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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第3章 悔恨エクソシズム
131/389

1.垣間見える幻妖⑧ この瞬間だけは気を抜けない。

◇ ◇ ◇


 そしてそれは、突然訪れた。


(ん?)


 違和感を覚え、リュートは生物の参考書から目を離した。

 英語の授業中は、他教科の勉強をするのがリュートの常だった。

 英語は第2言語として習得してあるので、当てられる時だけ気をつけていれば、さほど問題も生じない。もちろん教師はあまりいい顔をしないものの、理解は示してくれているのか――または、注意をするのが面倒くさいのか――とがめ立てられることもなかった。

 今日も今日とて、その対応に甘えて課題を片づけていたのだが。


(なんだ?)


 違和感の正体は左手だった。ノートに添えていた五指が、それぞれ独立した生き物のように(けい)(れん)している。


(……貧血か?)


 そういう形で貧血の症状が現れたことはないが、だから違うとも言い切れない。

 しかし、テスターが編入してきてからはリュートの負担も軽くなり、採血の頻度も減っていた。以前負った()()もとっくに完治しており、こうまで激しい症状が出るほど、身体(からだ)を酷使した覚えもない。

 などといぶかしんでいるうちに(けい)(れん)は止まった。


(なんなんだ?)


 疑問だけが残る気持ち悪さを抱えながら、教壇へと目を移す。

 若い女性教師が和訳を誰かに答えさせようと、座席表に目を落としているところだ。彼女の指名はいつもランダムなため、この瞬間だけは気を抜けない。

 と――


「――っ!」


 次元のずれを――それも近くに――感じ取り、リュートは後ろを振り返った。真後ろに座る生徒の戸惑うようなまなざしを飛び越えて、視線は中央最後列に座るテスターと明美につながれた。

 リュートと目が合ったテスターは、素早く立ち上がる。しかし()(けん)に手は添えたまま、その場からは動かない。

 役割が決まった時には、リュートは()(けん)を手に、床を蹴って後方へと飛び出していた。教室後方の壁に、半身を透過させて(げん)(しゅつ)した()(しん)に向かって。


(どうする?)


 ここで狩るには生徒たちが近過ぎる。明美はテスターが(まも)ってくれるだろうから、心配はいらないが……


()(しん)の気を引きながら、廊下に連れてくか)


 無難な選択肢を選び、カートリッジを(つか)に挿し込もうとしたところで――カートリッジが宙を飛んだ。


「は?」


 飛んだ。

 疑いもなく。

 理由は明快だった。リュートの左手が、カートリッジを投げ捨てたのだ。カートリッジは一直線に飛び、壁にぶつかって床へと落ちた。


「リュート、お前なに遊んでんだ⁉」


 この状況下での奇行に、さすがのテスターも焦った声を出す。

 しかし焦っているのはこちらも同じだ。


「いや俺は別にっ……え、ちょっ、はぁっ⁉」


 弁解を終える前に、異常が畳みかけてくる。

 左腕自身が意志をもっているかのように動き、リュートを後ろへと――教室前方へと引っ張り始めたのだ。しかし()(しん)に背を向けるわけにもいかないため、リュートは対抗するように身体(からだ)を踏ん張らせた。


「痛っ……くそ!」


 可動域を超えた腕の動きに、肩の関節が悲鳴を上げる。

 結局――見るに見かねたテスターが()(しん)を斬り、リュートへと困惑した表情を向けた。


「どうしたんだ、お前……?」

「分かんねえ、腕が勝手に……ってああもう!」


 暴れる左腕をたたきつけるように、右手で床に抑え込む。


「くっそ! なんなんだよこれっ⁉」


 なおも暴れる左腕に悪戦苦闘していると、生徒たちのささやき声が耳に届いた。


「え、なに……天城君って、そーいうスタイルだったわけ?」

「そーいうってなんだ⁉」

「悪魔が宿りし左手がー、みたいな?」

「あ、もしかして第3の()があったりすんの?」

「行く? 病院行く?」

「畜生! よく分かんねーけどなんかすっげー蔑まれてる気がするっ!」


 叫ぶ声に、6限終了を告げるチャイムが重なる。そこへ、


「リュート!」


 威圧的な呼び声をかぶせながら、明美が左腕を引っ張り上げてくる。

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