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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第3章 悔恨エクソシズム
128/389

1.垣間見える幻妖⑤ 懸想というやつだな。

◇ ◇ ◇


 暗闇に包まれた廊下を、携帯ブザーの明かりが照らし出す。白色の光は行く先をおぼろには見せてくれるが、やはり少し頼りない。


(懐中電灯借りとくんだったな)


 今更思いながら、1階の廊下を進んでいく。

 一応の手順として各部屋の中も軽く見ていくのだが、存在が不明瞭なものを探しているため、どうにも身が入らない。義務的作業を黙して行っているうちに自然と、廊下に響く自分の足音に意識がいく。

 女神が口を(ひら)いたのは、暇を持て余したリュートが、古文法の活用形を頭の中で唱えだした時だった。


「だいぶ落ち着いたな」

「なにがだ?」

「久方ぶりの再会を果たした時は、めめしくわめいていたというのに」

「言っとくけど、その時の気持ちが消えたわけじゃねえからな。勘違いすんなよ」


 隣を見向きもせず警告する。それで会話を終えるつもりだったのだが、


「……須藤との同化、本当に解くことはできないのか?」


 ついつい未練がましい質問が、口からこぼれ出る。


「それは須藤明美が生きた状態で、という前提でか?」

「当たり前だろ」

「なら前にも言っただろう。現状無理だ。私の回復を待つしかない」

「そうか……」


 以前聞いた時と同じ返しに、同じ落胆。慣れきったやり取りだった。

 女神が、手に持っていたスマートフォンを傾ける。リュートの携帯ブザーが発する光に、彼女のスマートフォンが放つ光を重ね合わせるように。

 彼女はなにが面白いのか、光を重ねてはずらしてを繰り返しながら、


「そんなにこの(むすめ)と離れてほしいか?」

「そりゃあな」


 明美と女神が同化したのは、本をただせば自分のせいだ。さすがに気後れはする。

 リュートが数歩先行して女神の重ねてくる光から逃げると、後ろからにやつく声が届いた。


「なるほど。懸想というやつだな」

「はあ?」


 女神の顔をにらもうと振り返る。が、視界に収まったのは、こちらを追い抜く女神の横顔。

 女神は、リュートに先んじて2階への階段に足を掛けると、振り返って理解を示すような笑みを向けてきた。


「隠さずともよい。しかし残念だな。この(むすめ)の心はどうも、山本とかいう少年に向いているようだ」

「別に残念じゃない。つか人のプライバシーにずかずか踏み込んでんじゃねえよ」

「ショックなのだな」

「あのな」

「つらいか?」

「違うって! 別に須藤に興味はねえっ!」

「そう、なんだ……」

「へ?」


 一転してしぼむ声に、(きょ)を突かれる。

 女神の浮かべる表情は、もうひとつの、見知った人間のものに変わっていた。

 彼女は涙混じりの声で、


「なんとなくは分かってたけど……天城君、私のことなんてどうでもいいんだね」

「え、いや違――つか女神、お前なんつータイミングで入れ替わってんだよ⁉」


 責め立てようと彼女に顔を近づけた後、はっとし同じ分だけ顔を遠ざける。今の彼女は女神ではない。


「あ、いや須藤? 別に俺はお前のことどうでもいいとか思ってるんじゃなくて、あくまで特定の観点からの興味について述べ――」


 彼女は明美の声音と口調のまま、顔だけは陰険な笑みを浮かべて、


「ほら、やっぱり少しは気になるんじゃない」

「いーか俺早まるなよ、こんなしょーもないことするアホでも神だ」

「どうしたぶつぶつ、頭を抱えてしゃがみ込んで」

「ちょっと黙っててくれ、俺は今自分の心と戦っている」

「別に構わないが。一応言っておくと、目標を補足したぞ」

「なにっ?」


 女神の言葉に、リュートは慌てて立ち上がった。

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