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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第3章 悔恨エクソシズム
124/389

1.垣間見える幻妖① 鬼が悪戯ぁ?

◇ ◇ ◇


「鬼が悪戯(いたずら)ぁ?」


 リュートはペンを休め、市販の古文問題集から顔を上げた。


「そ。見たって人もいるんだから」


 目の前に立つ、眼鏡を掛けた少女――()(やま)(えつ)()は、リュートの興味を引いたこの機を逃すまいと、机に両手を突いて身を乗り出してきた。

 授業の合間の休み時間。

 教室では雑談をするなり、スマートフォンをいじるなり、次の授業で当てられたときのための予習をするなりで、(みな)が思い思いのことをしている。以前はリュートの一挙一動に注目していたクラスメートも、さすがに好奇心が落ち着いたらしく、こちらのことを気にする様子もない。

 そんな解放感あふれる空間の中、リュートはシャープペンシルの頭で、自らの頭をコツコツと小突いた。


「ふたついいか?」

「どーぞ」


 その反応は予想済みとばかりに、大仰にうなずく悦子。


「まず、鬼が出たら守護騎士(オレら)が即狩ってるけど、そんな場面見たことない」


 ()いた手で守護騎士(ガーディアン)の青い制服をなで、窓の外の運動場へと目をやる。ちょうど(とう)(はつ)の少年――テスターが、その鬼と呼ばれる()(しん)を狩っているところだ。


「んでふたつ目。なにより――もし鬼が、この世界に物理的な接触を図れるようになったとしても、だ――鬼が悪戯(いたずら)なんか仕掛けるわけないだろ」


 あまりに馬鹿らしい話題に、ため息が漏れる。

 しかし悦子は納得いかないようだった。手のひらで机を小刻みにたたき、


「そうはいっても実際、鬼が仕掛けるのを見たって人がいるの。めっちゃ悪意アリアリの悪戯(いたずら)!」

「どんなだよ」

「靴箱付近の廊下にワックス塗って部分的に滑りやすくしたり、教室の扉に黒板消し仕掛けたり」

「あるっちゃあるけど、しょぼ過ぎるだろその悪意。どうせどっかの馬鹿が、自分で仕掛けた悪戯(いたずら)を鬼のせいに――」


 興味も()せ、問題集に戻っていた手が止まる。

 ページをめくって(ひら)いた誌面には、赤い油性インキの文字が乱雑に躍っていた。


『変態 チビ さっさと出てけ』他、見るに()えない暴言が多数。

「ほらー! きっとこれも鬼の仕業だよ!」

「いや、これは絶対に鬼じゃない」


 ひとつ挟んだ右隣の席から、こちらをにらんでいる少女――(つの)(ざき)(りん)を視界に収め、半眼でうめく。


「とにかく(あま)()君たちに、なんとかしてほしいの」

「なんとかって言われても……」

「鬼が絡んでるんだよ、守護騎士(ガーディアン)の出番でしょ!」


 業を煮やしたように地団駄を踏み、悦子が机に体重をかける。傾いた机上から問題集が滑り落ち――


「あ。ごめん」

「いや、いいけど。別に」


 勢い余って容赦なく踏みつけてしまった問題集を、悦子が拾って差し出してくる。靴跡が付きページは無残に折れ曲がっているが、使えないわけではない。

 受け取ったそれを元の状態に戻そうと、リュートは折れたページを正し始めた。食費と違ってこれは自腹――訓練生が得られる微々たる収入からの自腹――での購入となるため、大切に使わなければならない。

 と、


「リュート様っ! さっきから、なにナヨったこと言ってるんですか!」


 廊下側の席から、金髪の少女が突進してくる。どうやら聞き耳を立てていたらしいその少女は、勢いを殺せずリュートに軽い頭突きを食らわせた後立ち止まり、拳を天井に突き上げた。


「今聞いた話、もし本当ならきちんと対処しないと! それが私たちの使命です!」

「そうだな」


 ぶつけられた額をさすりながら、感情なく同意する。緑を基調としたアシスタントの制服に身を包んだ少女――セラは、一見ものすごい使命の炎を燃やしているように見えて、その(へき)(がん)には全く違う感情をさらけ出していた。

 つまりは「マジどーでもいい」。


(相変わらず、末恐ろしいまでの猫かぶりだな)


 口に出しては言えないが。

 一方、セラの目が死角となっている悦子は、彼女の本音に気づくことなく感嘆の声を上げる。


「さっすが。(みず)(たに)さんは話が分かるっ」

「当然です! リュート様、私たちは(わたり)(びと)として――いえ、同じ(まな)()の友として、事の真偽を確かめるべきですっ!」


 調子が出てきたのか、さらに身ぶりを激しくしたセラの手が、そばを通り抜けようとしていた男子生徒の手首にぶつかる。

 思いの外強く当たったからか、不意を突かれたからなのか。

 男子生徒の手から、持っていたコーヒー牛乳の紙パックがはじけ飛び――


「あ」

「お前ら……俺に恨みでもあんのか……?」


 ずたぼろの上コーヒー牛乳まみれの問題集を見下ろしながら、リュートはぽつりとつぶやいた。


◇ ◇ ◇

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