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愚神と愚僕の再生譚  作者: 真仲穂空
第3章 悔恨エクソシズム
122/389

0.兆候① 凜は譲るのが嫌いだった。

◇ ◇ ◇


 最近は腹立たしいことばかりだ。

 大股で歩道を歩きながら、(りん)は自分の不運を嘆いた。


(ウザい守護騎士(ガーディアン)が来るわ(やま)(もと)は生意気だわ、エリには買い物ドタキャンされるわっ……!)


 日曜の朝に張り切って待ち合わせ場所に行ってみたら、友達(エリ)から体調不良で行けないとの連絡。


(もっと早く教えろってのっ)


 不可抗力とはいえ、無駄足を食らったことへの怒りが募る。

 加えて最悪なのは、エリと制服コーデでそろえる予定だったことだ。

 ひとり制服姿でショッピングする気にもなれず、かといって帰る気にもなれず、(りん)は当てもなく道を進んでいった。


 さして広くもない歩道。対向して歩いてくる者がいれば、どちらかが寄らなければすれ違うこともできない。が、(りん)はかたくなに自分のルートを維持し続けた。

 半端に動けば、互いに同じ側に()けてしまうという面倒が生じる恐れがある。それを()けたい――というのも理由のひとつだが、なにより単純に、(りん)は譲るのが嫌いだった。特に今みたいに不機嫌な時は。

 何人もの歩行者とすれ違い、今また中年男性が、(りん)の進路からどこうと――


(……しない?)


 こちらへと歩いてくるスーツ姿の男は、()けようとする気配を全く見せなかった。(りん)と同じ『お前がよけろ派』に違いない。


(うっざ)


 (りん)は内心舌打ちした。こうなると、もはやチキンレースのようなものだ。

 互いに譲らず真っすぐ進み――


(ああくそ!)


 ぶつかる一歩手前、結局は(りん)身体(からだ)をずらした。負けた感が半端ない。

 その上()けるのが遅すぎたため、両者の肩と腕がぶつかった。

 今日はつくづくろくな事がないと、(りん)はこれ見よがしにため息をつき、


「おい、今ぶつかっただろ。なぜ謝らない?」

「は?」


 (けん)()(ごし)に呼び止められ、眉をひそめて振り返ると。

 たった今ぶつかった男が、無愛想を張りつけた顔でこちらをにらんでいた。


「ぶつかっておいて、謝ることすらできないのか?」


 積年の恨みでもあるかのようなまなざし。たぶんここで謝罪のひとつでもすれば、場は丸く収まるのだろうが。


「じゃあなんであんたは謝らないのよ」


 (りん)も負けじとにらみ返した。

 悪くないのに一方的に謝るなど、絶対にごめんだった。


「なんだと?」


 男の顔が引きつる。そこへ、


「あーっと、すみません」


 ひとりの少年が割って入ってくる。高まった緊張感を壊すような、気の抜けた調子で。


「その子俺の連れなんですよ。なにか面倒おかけしました?」


 突然湧いた自称関係者を前にして、男の顔に惑いが生じる。表に出ないようとっさに押しとどめたが、実は(りん)も同様だった。


(は? 誰?)


 少年は白いワイシャツに黒ズボンと、学校の制服を(ほう)彿(ふつ)とさせる格好をしていた。が、頑強そうなブーツを履いているので、奇抜な制服コーデという線もあり得る。


(前テレビとかで見たような格好の気もするけど……)


 思い出せそうで出てこない。少なくとも、(りん)の通う(たすき)()高校の制服でないことだけは確かだ。

 男は少年をじっと見ると、なんらかの――恐らくは自分が優位に立てるかどうかの――答えを出したようだ。偉そうに鼻を鳴らした。


「その女はぶつかっておきながら、謝りもしないんだ」

「は? そんなのあんたも――」

「それはひどい」


 (りん)の言葉を強引に遮り、少年が(おお)()()に嘆く。明るいオレンジ色の髪は似合ってはいたが、声の調子も手伝って、全体的に軽薄な印象を受ける少年だった。

 少年は、あっけらかんと繰り返す。


「それはひどいですね。あなたは謝ったのに、彼女は謝らなかったと?」

「いや、俺は……」

「謝ってないんですか? ぶつかっておきながら?」


 言葉を濁す男に、少年がわざとらしく目を見開いた。


「俺見てたんですど、彼女がどうとかいうより、必然的にぶつかったという感じですよね? そうなると両者謝罪するのが普通ですが、もめるくらいなら、両者謝らないってことで手を打ちませんか? どっちが謝るべきだとか見苦しいだけですよ」

「な……!」


 一気に言葉を畳みかけられ、男が鼻白む。


「あと結構目立ってますけど大丈夫ですか? 相手が少女ですし、あなたが変に誤解されるのではないかと、俺は()(にん)(ごと)ながら心配しますけど」


 事実どうでもいいというふうに付け加える少年に、男ははっと周囲を見た。道行く人の注目を浴びているとようやく――本当にようやくだ――気づいたのか、


「れ……礼儀くらいは頭に入れとけ!」


 わざとらしく肩を怒らせ、早足で去っていった。


「な……」


 一方的に置いていかれた不快感に、(りん)の頭は怒りではじけた。


「なっっによあのおっさん! むかつく!」


 追いかけて蹴飛ばしてやろうかと思っていると、少年が「まあまあ」と立ち塞がってきた。


「変に騒いで暴力沙汰になっても困るだろ。()けられるいさかいは()けとこうぜ」


 笑いかけてくる。

 今更気づいたが、少年はかなり整った顔立ちをしていた。こうして目を合わせていると、無駄に心拍数が上がりそうなほどに。 


「で、あんたは誰なのよ?」


 自分の心音を落ち着かせようと、(りん)はあえてぶっきらぼうに尋ねた。


「俺? 俺は――君の仲間ってことになるのかな」


 少年が面白がるように目を光らせる。その視線は、(りん)の格好を確認しているようにも見えた。


「じゃ、俺はこれで。今後ともよろしくな」

「え? よろしく?」


 唐突な挨拶に惑う。が、去りゆく少年は、(りん)の戸惑いは無視して手を振った。


(なんなのよ、今のは……)


 (りん)は疑問を抱えたまま、それでも認めざるを得なかった。


(……ちょっとかっこいいじゃん)


◇ ◇ ◇

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