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活字の中の妄想世界  作者: 東雲 良
第X章 活字の中の妄想世界
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X-6






 ホームセンターから飛び出す。


 格好良くそんな風に言ってみたけど、実際は足も腕も疲労困憊である。インドア派を舐めないで欲しい。こっちは体育でバッドの素振りをしたら翌日は弁当箱すら持てないレベルの筋力しかないんだ。


 そんな訳で良い匂いが凄まじい幼馴染・海原真那枝を揺さぶって起こしてみる。腕が肩に回っているし腰に手を回して軽く抱いているので凄まじい柔らかい感触がもったいなくて仕方がないんだけど。


「おい真那枝」


「ん……」


「起きてくれ、おいって! 自分で歩くんだ、真那枝!」


「うーん」


「胸と尻をとことんまで揉みしだかれたくなかったら起きろ‼ 本当にここで殺されるかもしれないんだ、今の僕なら本当にやるぞ‼」


「ふみゅ……?」


 今ので意識を覚醒してくれなかったら犯罪者になるところだった。


 あとこいつの防衛本能すごいな。この子だけでも何とか今夜を生き残ってくれると嬉しいんだけど。


 あの状況でも竹刀だけは放さなかった剣道バカに対して、僕はこう問いかける。


「真那枝、シェリーは何とかできたけどもっと面倒臭いヤツが現れた。とにかくどこかに避難したいんだけど名案は? もしも駄目ならあの野郎をぶっ飛ばす妙案でも良いよ」


「どちらにしろ誰かを巻き込むのはナシよね……」


 僕のペースに合わせて小走りになってくれる真那枝についていきながら、僕らは次の目的地を目指す。問題はどこに向かうかハッキリしていない点である。


 しかしうちの幼馴染は緋灯恭哉みたいにド阿呆じゃないので、すぐに思考を巡らせてくれる。


「家はなし」


「学校もヤバい。この時間ならまだ先生がいる」


「図書館」


「緋灯恭哉の野郎は炎の魔法が得意なんだ。人はいないだろうけど本が燃え盛ったら消防車一台でどうにかなるもんか?」


「ならあそこしかないわね」


「どこ」


「秘密基地よ」


 そんな風に言われて、一瞬だけキョトンとした。


 だけどすぐに思いつく。いいや、思い出すといった方が近いか。確かここから歩いて五分の河原の辺りだ。古びた木造の民家が永遠にあるから、子どもの頃に勝手に侵入して遊び場にしていたんだったか。


 ちなみに普通にいけない事だ。中学に上がった頃にはもうめっきり行かなくなっていた場所だけど、スーパーにおつかいに行く時なんかはあそこを通りがかるので、ああまだ潰れていないんだな、なんていつも思っていた。


「あそこなら河が近くにあるから大事にはならないでしょ。木造とはいえ湿気のおかげで燃えにくくなっているはず。なんか中に農具もあったし」


「あの横に畑があったろ。多分あの木造小屋、農具入れか何かなんだよ」


 ……そして一周回って笑えてきた。


 炎を自在に操り、数多の魔術式を箒に宿す最強の魔術師に対してクワやスキや熊手で戦えっていうのか。ちなみに元々は農具である鎌はもう軽くあしらわれているので、勝てない公算が高い。


 しかし代案はないし、いつ緋灯恭哉がこちらに追いついてくるか分からない。あいつは馬鹿だから多分ホームセンターの瓦礫の中で迷子になっている、辺りが現状だろう。敵を倒す前に一枚苦難のターンを用意される宿命なのがあいつだ。


 そういう設定で良かった。


 完璧超人の最強であれば、きっと真那枝を担いでホームセンターを出た時に背後から心臓を焼かれている。


「なら行こう」


「一度駅の方に向かっておいて良かったわね。走って三分よ」


「お前の足ではな⁉ 僕の足だと五分以上かかるんだよ!」


「文句言うか生きるか死ぬかどれが良い?」


 そりゃあもちろん生きる方だったので、全力で両腕両足を動かして木造のオアシスに向かう。砂漠だったら水分補給、この状況であれば武器補給か。全く笑えない状況だったが、石まみれの河原に降り立ち、木造の小屋に立ち入ると急にノスタルジーに襲われた。


「……こんな状況じゃなければ、思い出話に花を咲かせられたのに」


 懐かしい。


 色々な思い出が蘇ってくる中で、嫌な気持ちになるものが一つもない。テーブルに置いたマグカップとかそのままだ。そりゃあ今は汚くて使えないけど、一時期はペットボトルのジュースなんかを買って持ち込み、一日中しゃべっていたものだ。


 部屋の隅に置いてあるのは河原の石や草で作った人形のオモチャだ。一日かけて人型の石を集めて、雑草や木の枝で家まで作ったんだったか。崩されずにそのままという事は、ひょっとして側の畑の所有者は、所有しているだけでこの場所に立ち入っていないのかもしれない。


 そんな事を思いながら、壁にかかった農具を見やる。


 武器になりそうなのは……やっぱりクワか。チェーンソーとかもあるし使い方も分かるんだけど、小型のエンジンを強烈に響かせながら振り回せるかと言えば答えはノーだ。僕の腕力じゃ無理。自分か真那枝の足を間違って切ってしまうのがもう予知できる。


 見失うな、僕は書いてきたキャラクターみたいに戦える訳じゃない。


 それでも真那枝を傷つけたあいつだけは許さない。本気でぶっ飛ばして自分の行動を後悔させてやる。


「歩夢? なんか顔が怖いけれど」


「別に」


 クワだけじゃ無理だ。恭哉なら木はもちろん金属すら溶かせる。


 これじゃ真那枝が手放さない竹刀に毛が生えた程度のものだ。


 一方の真那枝は竹刀でどこまでも戦い抜く侍のつもりなのか、農具の方には目もくれず、竹刀に目立った傷がないかを眺めていた。


「……真那枝、あいつには索敵魔法がある。おおよその位置はすぐにバレる」


「逃げきれないって訳ね。うーん、じゃあやっぱり今の内にチェーンソーの使い方を教えてもらっておく方が良いわよね」


 侍が現代の凶器、しかもガチで殺傷力のあるもんを手に取ろうとする。


 と、そこで真那枝が眉をひそめた。


「……あれ?」


 彼女の視線は自身の手に注がれていた。


 僕も自分の目を疑った。


 真那枝の手から竹刀が離れていない。五指から完全に力は抜けているというのに、接着剤でくっついているように、掌から柄の部分が密着しているのだ。


「なにこれ、いや、えっと、マジでなにこれ???」


「……」


 唖然とした。


 そして一秒後、僕はハッとした。





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