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活字の中の妄想世界  作者: 東雲 良
第X章 活字の中の妄想世界
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X-5






 痛い。


 頬を汗が伝っていると思って手の甲で拭うと、僕の手首から先が真っ赤に染まった。こめかみの辺りが切れて、血が流れてしまっている事に気付く。


「ぐ……」


 腹の上に乗った酒樽みたいに巨大な瓦礫を押し退ける。


 この動きだけで腕の骨が砕けそうだった。筋肉が悲鳴を上げる。こりゃ真那枝のヤツに勝てない訳だ。


「アンタ、どうして生きている訳?」


 目の前に、いた。


 悪魔がいる。


 死神のような鎌を肩に担ぎ、シェリー=S=ハミルトンが吐瀉物のようなものを見る目でこちらを眺めていた。


 僕はもう今後の展開が億劫過ぎて深いため息をつきつつも、


「思い浮かぶ最悪の手段と言えば、建物を丸ごと崩壊させる、だ。お前ならやると思ったよ。確か電波塔を切り裂いて、大木が倒れるみたいに敵の根城のビルに激突させてた気がするし」


「……確かにやった事はあるけれど、どうしてアンタがそれを知ってる?」


「やめとけやめとけ、いくら考えても答えは出ない。……だけど、もしも名乗るなら」


 座り込んだまま、僕は手を動かしつつこう言った。




「『マーメイド』の親。……なんて言ったらサブいかな?」




 そのままペットボトルの形をした爆弾を放り投げた。


 シェリーにはぶち当てない。近くの棚に向かって放物線を描きながら着弾するようにする。一応の警戒はあったのだろう、まずは僕が意味不明な場所を攻撃した事にレザードレスの少女が目を細める。


「あ?」


「そんな顔するなよ、これで合ってる」


 ドゴンッ‼ と、きちんと爆発が起こる。まずはこれにホッとする。作り方は知っていたが、当然ながら作るのは初めてだ。


 白い煙が目一杯視界を埋め尽くす。


「まさかこの爆風に乗じて逃げるつもりじゃねえだろうな?」


「お前が相手じゃ無理だよシェリー。その鎌は投げるだけで相手を追尾して首を切り裂くからな」


「……アンタは殺しはしない。何者か拷問して聞き出す必要があるしね」


「やれるもんならやってみろ」


 僕は拷問シーンなんか書いた事ないのに。ちくしょう、マジでタチが悪い! どこまでこいつら『カスタム』されている⁉


 濃厚な白い煙が薄い霧のような幕になる。


 お互いを視認できる距離だが、シェリーが近づいてこない理由は一つ。


 僕の持っているラスト一つの爆弾に警戒しているからだろう。窮鼠は猫を噛む。こいつは無敵のように見えて、弱者と敵対する事の恐ろしさを知っている。


「でも、お前は僕を捕らえられない」


「あ?」


「これで終わりだ。爆発させた棚にあったのは石灰だ、体育の授業で使う時にグラウンドに引くヤツな。……あ、確か子どもの頃から闇の世界にいるって設定だったっけ。悪い、学校の話なんて持ち出して」


「頭でもおかしくなったのかしら。何を……」


「粉塵爆発。あとはどこに爆弾を放り投げてもお前を巻き込んで空間丸ごと爆発が起こる」


「な……ッッッ⁉」


 ちなみにこちらは風上だ。


 石灰は僕の方にやってこない上に、強風ではなくわずかなそよ風。これほど良い条件はない。ピンチから勝つ。これも僕の作品に滲み出ている趣味の一つだったか。


「確かにここは現実だ、ファンタジーまで手は届かない。だけどなシェリー、お前自身がファンタジーなら、僕はついていくだけで良い‼」


 お前を前にして立ち上がって構えなかったのは、全力疾走して疲れ切っていたからでも瓦礫に押し潰されたダメージがあったからでもないぞ。


 空間を塗り潰すような爆発を受けるなら、立っているよりも座り込んでいる方が生存率は高くなる。


 これは映画で得た知識だ、お前ら『マーメイド』には難しい。だってあの作品では爆発は一度もなかったからな‼


 爆弾が手から放たれた。


 一秒後に視界が丸ごと真っ赤に染まり上がっていった。


 シェリーが吹っ飛んだ。そこまでは良かった。




 さらにその爆発を掻き消すほどの雷が僕の目の前を席巻した。




「………………………………………………………………………………………………は?」


 意味、が。


 分か、ら……ない。


 マーメイドの他のメンバー? いいや、いなかった。こんな雷を発生させるヤツや稲妻を操る化け物なんかいなかったはずだ!


 本当に爆発が掻き消される。爆弾といっても所詮は爆熱と爆風だけだ。その熱エネルギーを吹っ飛ばせるパワーがあれば、確かに理論上は粉塵ごと爆発を消滅させられるはずだけど……。


「一体何の騒ぎだか知らねえが」


 声は上から。


 僕は顎を跳ね上げるようにして、真上を見やる。


「良い匂いだけはしねえなあ?」


 瓦礫に挟まった結果か、それとも壊れ損ねたのか、とにかく斜めに屹立したコンクリートの柱の先端に誰かが座り込んでいた。背後には、満月。その服装は深い紫の色彩一色。トンガリ帽子に年中分厚いガウン。さらには身の丈ほどもある赤の箒。


 そのビジュアルで、僕の頭の引き出しが一つ、勢い良く開いた。


「……赤の魔術と純真聖域(エンジェルアート)


 覚えている。


 いいや、忘れよう忘れようと何度も心の中に言い聞かせたからこそ、すぐには思い出せなかったのか。


 僕が最初に作った作品。大好きな作家さんの作風に思い切り似過ぎてしまったから、特殊ルビ満載だし文体メチャクチャだし文章ボロボロだしキャラクターウザくしゃべるし会話ガッタガタだし展開ありきたりっていうかもはやパクリに近かったしネタパート全然面白くないしバトル長いだけで全然面白くないしとにかく全然面白くないしこいつマジで日本語知ってんのか日本人だろ⁉ って部屋の中で叫んだのは鮮明に覚えてる。どうしてまだ覚えてる僕。死ね。


 やがて二つの事に気付く。


 まずは彼、赤の魔術と純真聖域(エンジェルアート)の主人公・緋灯恭哉は、石灰と爆発だけではなくシェリーまでぶっ飛ばしていった事。気絶してしまったのか、軽い指先や足をピクピクと痙攣させて手足を投げ出している。


 もう一つは、ヤツの肩に一人、女の子が担がれている事。


 それが誰か認識した直後、きっと僕の目の色は変わっていた。


 代えの利かない僕の幼馴染、海原真那枝だったのだ。


「……おいクソガキ」


 立ち上がる。


 もう手の中には爆弾すらないけれど。


「その薄汚ねえ手をさっさと放せ。じゃねえとテメェをぶっ殺す」


「……へえ?」


 まずい。


 こいつ、そう言えば悪賢い魔術師で有名な人間だったか⁉


「こんな感じで良いかよ?」


 パッと。


 本当に恭哉の野郎が真那枝を摑む手を放したのだ。


 そう、高さが優に四メートルを超えるであろう地点から。


 全力で前へと駆ける。瓦礫を飛び越えて、両手を伸ばす。その体を抱き留める。こんな時でも手放さなかったのか、それとも必死に抵抗しようとして振り回したのか。竹刀だけは抱きかかえるように持っている少女に。


 飛びつくようにキャッチした。


 背中を瓦礫と地面に叩きつけ、ゴロゴロと転がる。


 それでも僕は両腕の中にいる幼馴染の少女だけは一度たりとも地面に接触させなかった。全て腕と体だけで衝撃を受け止める。


 血の味がした。


 制服の上着を脱いで意識を失ったままの真那枝に掛けると、地面の上に座らせて瓦礫の壁にもたれかかるような体勢にしてやる。これで下手な呼吸困難や寝違えみたいな体の痛みはないだろう。


「……あんなもんでも初めて書いた作品だ」


 自分でも驚くほどに、低い声が出た。


「思い出さないようにも見返さないようにもしていたけど、パソコンのファイルから削除する事はなかったし思い入れだって強かった。今でも少し時間をくれれば登場人物をフルネームで並べられるしラストのシーンだけは胸を張って最高だったって言える」


「あん?」


「テメェには一ミリたりとも分からないと思うけどな」


 ……状況は悪化していると見るべきだ。悪役はやっつけられる。だがどうしたって主人公というものはどんな事態からでも勝利する厄介な性質を兼ね備えている。だから事情を説明して妥協点を見つけ出して話をつければ無用な争いはしなくて済むはずだ。


 だったらどうした。


 知った事か。


 僕は愛する女の子を殺されかけておいて、そいつに友好的にできるほど人間ができているつもりはない。


 四メートル以上も上をたっぷり睨みつけて。


 初めて、殺意というものに支配されたままに、僕はこう言い放った。


「これでも生み出した事に後悔はしてなかった‼ だけど今は別だ、テメェがその気なら、今すぐここで消し去ってやる‼‼‼」


「……悪くねえ目つきだ。味方に欲しいツラだぜ、アイリスのヤツを守ってくれる戦力になってくれたかもしれねえ」


 誰も知る由もないが。


 緋灯恭哉は一流の魔術師だ。だが彼はその力を呪われた哀れな少女のためにしか使わない。戦って、ボロボロになって、全力で少女を守る代わりに自分の事を傷だらけにしつつ。


 それでも前に進む姿を書いたはずだった。


 なのに。


「お前にとってのアイリスが、僕にとってのこいつなんだよ。緋灯恭哉」


「……、へえ?」


 わずかにヤツの瞼が痙攣した直後であった。


 僕は何かを蹴り上げる。


 それは、シェリー=S=ハミルトンが投げ出した大鎌だった。扱い方は分かっている。設定ファイル、特に武器や服装は一つ一つ細かく設定しているんだ。無駄にムチャクチャで、だけど綺麗で美しく、何よりロマンがあるものを。


 そう思って必死に作り上げたものを摑み取る。


 横薙ぎにそれを振るい、固有振動数を共鳴させて、長く斜めに突き刺さるコンクリの柱を崩壊させる。相手はあの魔法でできた世界の中の三大魔術師の一人だ。こんなものでやられるとは思っていない。


 ズヴォウ‼ という酸素が燃焼する激しい音が響く。まるでガスバーナーのようなそれは、赤い箒の草の束が燃える音だ。細かく出力を調整する事で、飛行すらも可能とする魔術。


 箒草の束が黄金色に輝く。あの一本一本に術式を記載する事で、多種多様な魔法を生み出す。その手数の多さであらゆる強敵を薙ぎ倒す。そんな設定だったか。ああ面倒臭い。どうしてこんな隙のないキャラクターを作っちまったんだか。


 さらに鎌を操作して、僕は瓦礫の山に狙いを定める。固有振動数を利用してコンクリートのブロックを手あたり次第にぶっ壊していく。白い粉塵が舞うが、今度は摩擦による爆発を狙っている訳ではない。そもそもこんな風にメチャクチャに粉塵が立ち込めた状況で爆破なんか試みたら、僕や真那枝だって爆発に呑み込まれる。


 だから、この粉塵の役割は。


「目晦まし。小技だな」


 やっぱり一瞬でバレるか‼


 だが恭哉は魔術の事以外は頭が弱かったはず。細かい狙いを定めて引き金を引くより、大雑把に建物をぶっ壊す爆撃を敢行した方が良いと考えるタイプの人間だ。


 つまり、


「そいつが俺にとってのアイリスなら、こんなもんでやられる訳がねえよな?」


 箒草の一つに刻まれた術式に魔力が注がれたのか、粉塵の向こう側から黄金の輝きが炸裂してくる。


 来る。


 現実を完璧に無視した、圧倒的な魔術が僕と真那枝の方を適当に狙って攻撃してくる⁉


「くっ……ッ‼」


 僕は瓦礫に寝かせた真那枝に手を伸ばしながら、さらに鎌を追尾モードに切り替える。箒を持った魔術師をロックオンする。できているんだろうな、これ⁉


 直後に僕の手から鎌が飛び出す。炎を纏う茨のツタがこちらに襲来するが、鎌がそれらを切り裂いてくれた事で、何とか僕は大火傷を負わずに済む。しかし冷や汗が止まらない。やっぱり恭哉のヤツは頭が弱い。いいや、『ブラックマーメイド』と違い、科学をメインとした作品じゃないから分かっていないのか。


 これ、粉塵爆発が起きかねない。


 せっかくこっちが全滅を危惧して火気を避けたっていうのに全力の炎術を使いやがって。


 声を出したら狙いをつけられて危ういのは分かっていたけど、とにかく一度叫んでおいた。


「もうほんとお前馬鹿なのな‼ そんなんだからアイリスから下に見られるんだよっ‼」


「なっ、何だとテメェぶっ飛ばす‼」





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