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活字の中の妄想世界  作者: 東雲 良
第X章 活字の中の妄想世界
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X-3






「あれ、歩夢じゃない。こんな時間まで補修していた訳?」


「まさか。補修なら九〇分前に終わってるよ」


「じゃあ何していたのよ。自習?」


「……をしながら絶望してた。何で自習ってあんなに内側に思考が向くんだろうな」


 下駄箱の辺りで、幼馴染の少女・海原真那枝とバッタリ再会した。


 と、それはそれとして、なぜか彼女は僕から距離を取る。なんか二メートル以上も離れている。いつからこいつは僕をソーシャルディスタンス認定したのだ。


「真那枝?」


「何よ」


「僕なにか嫌われよるような事したっけ。さっきは普通にお別れしたと思うんだけど。お腹が空いたとかで機嫌が悪いパターンならコンビニでも寄る?」


「い、いやあ、今日は、その」


「そういう気分じゃないのなら僕は一人で帰るけども」


「いや別にそこまでの話じゃない!」


「なら何なの」


「し、消臭スプレーを……忘れて、しまいまして……。その、ちょっと、匂っちゃうかなー的な心配がですね……」


「何だそんな話か」


 と僕は一気に距離を詰めて、というより僕の鼻と真那枝の首筋辺りの距離をぐっと近づけて、軽く空気を吸い込んだ。


「うーん、そんなに分からないぞ。というか無臭……?」


「ばっ、そんな訳ないでしょ⁉ つーか嗅ぐな嗅ぐな! 私は胴着と防具だけは嗅がれたら死ぬ自信がある類の女子なんだからね⁉」


「いや本当に匂わないんだって。気にしなくて良いと思うよ」


「はいはいありがとうもう良いから帰るわよ‼」


「がぶべふっ⁉」


 首を絞められたと思ったら回れ右させられてケツを竹刀の袋でぶっ叩かれたら、人間誰だってこんな声が出るというものだ。


 夕焼けがオレンジ色に街を染め上げていく時間帯であった。野球部とサッカー部が片付けをしている茜色のグラウンドを見送りながら、僕と真那枝は校門を潜り抜ける。


 通学路を歩くたびにポニーテールの黒髪を左右に揺らす幼馴染はこう言い放つ。


「はあ、お腹空いた……」


「やっぱり腹も減ってたか。コンビニ寄る?」


「ダメっ、最近食べ過ぎだから‼」


「……絶対に気にしなくても良いと思う」


「歩夢、あなたフォローをするためとはいえ、スタイルを見る際に舐め回すみたいに上から下へと視線を流すのはやめなさい。ちょっと背筋がゾクゾクする」


「普段から見てるからあんまり分からないだけかなあ」


「シカトするんじゃないわよオイ。グーで殴っちゃうぞ☆」


「その可愛らしいウィンク付きでもお前に殴られたら僕の内臓は潰れちゃうんだ」


「はい罰」


「うぎゅう」


 頬っぺたをつねられつつ。


「……でも晩ご飯まで胃がもたない。ちょっとコンビニのおやつが食べたい」


「良いね、僕も肉まん食べたい」


「じゃあ行こっか」


 よっしゃ放課後デート‼ と軽く僕は心の中でガッツポーズを決める。ともあれ口に出すほどの勇気はないんだけど。


 そんな訳で次の角を左に曲がり、目的地をコンビニに変更する。


 犬を飼っている家の前をいつものように横切り、点滅している自販機の前を通り過ぎる。そして、小さい頃に何度も何度も遊んだ公園を通り過ぎようという時であった。


 僕の体の動きが止まった。




 銀色の髪の執事と金髪幼女なお嬢様が公園で砂遊びをしていたのだ。




「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、は?」


「どしたの歩夢」


 日常に紛れた光景をスルーしようとした真那枝が戻ってくる。といっても、体を後ろに傾けて僕の視線を追うような形だが。


 なんか公園の中を見ないで欲しかった。


 僕の指先が震える。背筋が超寒い。


「ああ、あれ? 確かにちょっと変わった格好よね。執事さんっていう事はお金持ちの人なのかしら。この辺りにお屋敷とかってあったっけ?」


「……さ、さあ? どうだろうな。と、とりあえず行こうか、うん、それが良い」


「? あなた急に汗がすごくない?」


「そっ、そんな事はないですよー」


「どうして敬語ですよー?」


 とか何とか話し合いながら、僕らは徒歩三分のコンビニへ向かう。


 中に入ると早速エナジードリンクを手に取った真那枝に、僕は軽く頭を抱える。


「どういう理由で部活終わりにエネルギーをチャージしようと思うんだよ。普通は部活の前だろう」


「私はこれから家に帰ってご飯を食べてテストの復習をしてから筋トレに勤しむという使命が残っているのだ。つまりベッドの上でスマホを見てだらだら過ごす歩夢とは、使うエネルギーの量が違うのよ。眠気に負けていられない!」


「代わりに女子力はガリガリ削られていってるがな」


「……そこまで言うならやめとくわよ」


「別にやめる必要はないけどさ。ただ毎日のようにそれを飲んでいる真那枝を見ると普通に心配になるっていうか」


「えっ、あ?」


「せめて無添加とかオーガニックとかって言葉に反応してくれると良いんだけど。……お前の好物ってなに」


「ハンバーガー」


「ファーストフードが出てきちゃう辺りで割とアウトなんだよなあ……」


「あ、あなたも好きでしょ、ファーストフード‼」


「僕は肉まんだけで良いや」


「あっ逃げた⁉」


 逃げたというか出口のない会話が面倒臭くなっただけなんだけど。


 それでもこうして幼馴染とは気まずい空気にならないのだから、それなりに積み重ねてきた時間に助けられているのかもしれなかった。


 そんな訳で買い食いの時間である。


 それぞれのチョイスは僕が肉まんで真那枝がピザまんだった。


 もうツッコミ入れずにはいられなかった。


「僕に釣られてんじゃん」


「あなたは文句しか言えないのかしら。別に良いでしょ、おいしそうに見えちゃったんだから」


 二人で食前のおやつを頬張ろうとする前の出来事だった。


 僕らは全く同じ動きでもって、おやつを半分に割るとその片方をお互いに押し付け合った。


「「はいこれ」」


 まあシェアしやすいものだし、半分ずつ交換すれば二つの味を楽しめる。一〇年以上の付き合いがある幼馴染の仲なのだ、これくらいは普通である。……とか格好つけてスカしている僕だけど、心臓は軽くバクバクしている。心の中をレントゲン写真みたいに撮ったらお祭り騒ぎみたいになっているはずだ。正直テンションが高い。


 だって熱々のピザまんを半分に割った衝撃に耐え切れなかったのか、真那枝の方のおやつから飛び出したスカートの膝とかシャツの胸元とかにだらりと白いチーズが掛かってしまっているし。


「ちょっ、うわっ、最悪⁉ 歩夢、ティッシュ持ってる⁉ ウェットだとなおベストなんだけど!」


「……ええと、どうだったかな」


「ちょい待てどうして私の制服を凝視している訳……? そして目つきが怖いんだけど」


 うん、まあ。


 そりゃあ男子高校生なんだし今の真那枝のビジュアルでイロイロと妄想しない方が難しいだろう。とりあえず僕はこいつに飛びかかるほど野獣ではないつもりなので、必死に紳士の顔を取り繕いながらバッグの中を漁るとビラ配りと一緒にもらったポケットティッシュがあったので、真那枝の方に放り投げてみる。


 こちらを見ずにポケットティッシュを一瞬でキャッチした幼馴染の少女の運動神経と反射神経に僕はもう苦笑いするしかなかった。仙人かこいつ。


「……肉まんうまー」


「ピザまんって子ども向けの味がするのにどうしておいしいのかしらねー」


「まだ子どもだからだろ」


「ぶっ飛ばして欲しいからさっきから馬鹿にしているのかしら。ねえ正解? やって良い?」


「ほんとに竹刀取り出すのやめてください! 土下座までならやります‼」


 ちょっと放課後デートが放課後デートっぽくなくなってきた。


 コンビニの前でガチ喧嘩をするようになったら人間関係的には赤信号だ。LEDライトの寿命でも来たのか、それとも配線の接触不良なのか、目の前の郵便局の看板がチカチカと点滅するのを眺めながら、僕らは車のストッパーの役割を果たすコンクリの塊に腰掛けておやつを頬張る。


 空模様は夕方から少し薄暗い夜へと変わり始めていた。


 車のフロントライトが光り出し、視界がぼんやり見えにくくなる時間帯だった。


 だが、『それ』は鮮明に見えた。




 ドッゴン‼ という強烈な破砕音がして、目の前の郵便局が縦に割れる。




「……、はァあ⁉」


 比喩でも冗談でもなかった。


 本当に三階建ての郵便局が縦に亀裂を走らせて、瓦割りみたいにパッカリ割れている。意味が分からない。おかしい。少なくとも凄まじい自然災害みたいな、そう、地震や津波なんかが直撃しない限り、こんな事はあり得ないはずなのに。


 スマートフォンを取り出して急いでいくつかのアプリを開く。目を通す。


 スマホから地震速報なんか流れていない。地下で大爆発があったという緊急ニュースもやっていない。なのにどうして⁉


「真那枝、どう思う?」


「うーん、やっぱり部活終わりはカロリー消費してるわ、エナジードリンクは飲んでおくべきね。ちょっと幻覚見えてる」


「現実だ馬鹿野郎っ‼ とりあえず少し離れ……っ‼」


 と、そこで郵便局の建物を眺めた僕は硬直した。


 全身の動きが止まった。


 正確には、その屋上。


 何かがいる。


 いいや、誰かが。


 いる。


 それは、四つの女性の影だった。


 翼を生やした者。


 長い髪を不自然にたなびかせる者。


 大鎌を持った者。


 そして長い爪を持つ小さな少女。


 僕は。

 何も考えず、思わずこの単語が口を突いて出た。




「……『マーメイド』? 嘘だろ、何かのドッキリかっ⁉」




 大声を出したのがまずかったのかもしれない。


 深海のように不気味な夜の中で、四人の女性がこちらを振り向く。


「あ」


 注目された。


 いいや、照準された。長い白髪を不自然にたなびかせる少女が視線だけで僕を射貫いてくる。その赤い瞳に僕の背筋が凍る。


「真那枝っ、走るぞ‼」


「えっ、ちょっと⁉ ぎゃーっ‼」


 手からピザまんがこぼれてアスファルトの上に転がってしまったせいで軽い絶叫が可愛い幼馴染ポニーテール少女から飛び出した訳だが、僕としては気にしていられない。自分だけちゃっかり肉まんを口の中に詰め込んで、全力ダッシュを敢行する。


「歩夢、あなた後でピザまん奢りなさいよね!」


「ピザまんだけ落っことしたって事はつまり俺が半分あげた肉まんは食べたんじゃん! それで我慢して‼」


「そう言うあなたはどっちも味わったくせに‼」


 後ろから噛みついてくるように叫ぶ海原真那枝だったが、実は僕の冷や汗が止まらなかったりする。


 まずい。


 何がまずいって、


「……あの銀髪の女が僕の思っている通りのヤツだとすれば、もう逃れられない。衛星から捕捉されてる! もしもあの一瞬で僕らが標的に選ばれたとしたらどこに逃げたって捕まっちまう!」


「は……? ちょっと待って、待ちなさいよ歩夢! 意味が分からない。え、なに? あなたあいつらの事知ってるの⁉ 結構ヤバそうな連中だったけど‼」


「知っているというよりも……」


 公園で目撃した、あの執事の男と金髪の少女。


 あれは偶然かと思った。ビジュアルとしてはコスプレなんかでも存在したっておかしくない組み合わせだから、少し驚くくらいで済んだ。


 でも、あれは駄目だ。郵便局を破壊するほどの威力、四人組の女ども、そしてあの特徴。


 つまり。


「信じられない。信じられないけど、あれはたぶん……ッ‼」


 ヴゥン‼ という空気を引き裂く轟音が僕の言葉の続きを断ち切った。


 いつの間にか郵便局の屋上からコンビニの駐車場に降り立っていた四人の女性。その内の一人、レザードレスの女性が手に持った大鎌を上から下へと振るう。己の身長よりも高いはずの得物をその女性は片手だけで存分に動かしていく。


 僕よりも速く走れる真那枝が並走しながら、背後に視線を送っていた。彼女は不思議そうに言う。


「あんなトコで鎌を振ったって何の意味が……」


「違う‼ 避けろ真那枝‼」


 真那枝を突き飛ばす。当然車道ではなく歩道の方へ弾き飛ばすが、大切な女の子を家の壁に叩きつけるなんて、これが男のやる事か、クソッたれ‼


 そして結果は僕の予想通りになった。


 ……なって欲しくなかったが。


 二人の間の空気が鋭く引き裂けた。先ほどまで幼馴染の少女が立っていた地面が鋭角に切り取られる。まるでアスファルトを切断する、深夜の路面工事のような傷が刻み付けられている。


 確信を得る。


 もはや言い逃れはできない。



「どういう事だ、どうして俺が創った物語が現実に飛び出してやがる⁉」






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