X-2
「あいつほんと勉強できるの腹立つな……っ‼」
というより、『やればできる子』なのかもしれない。
秒で小テストを終わらせた幼馴染の少女は、一足先に補修から解放されて部活に向かった。一方で僕はカリカリ音を立てながら、シャーペンを紙に走らせていた。
「うおーい山下ぁー。あとはお前だけだぞー、小テストくらいとっとと解いちまえー」
「待って、待ってくれ先生! 自信のある解答を全部数えても四八点しかない! この最後の問題を解かないと僕リアルに留年かも‼」
「あと五分」
「補修は救いの場じゃねえのかよっ⁉」
だが幸いにも頭の中で何かがスパークしたのか、数学の授業を思い出した事でラストの問題が良い感じで解けた。
「よおしこれでどうだっ‼」
「採点、今してやろうか? 三分待ってくれれば終わるが」
「お願いします‼」
そして言われた。
情け容赦なかった。
「四九点。来週の月曜日もこいよ」
「何でだよ! 今割とクリアできた手応えだったじゃねえか‼」
「いや知らないけど。惜しいなー、計算ミスさえしなければここ三角じゃなくて丸あげられたんだけど」
「そのパターンで俺は中学の時も補修連発したんだよー……。もう三角にするくらいなら一発でバツつけてくれない?」
「その心は?」
「合格ラインを左右するトコならもういっそ甘く見て丸をつけやがれ‼」
「課題を倍にしてやろうか? もしくは小テストを超難問にしてやっても良い」
「ごめんなさい! 帰ってしっかり勉強します‼」
「自習ならしばらくはここ使っても良いぞ。鍵は職員室に返しに来いなー」
結局、今日は良い所なしで机の上に突っ伏す羽目になった。
誰もいなくなった補修の教室の中で、僕は窓の外に視線を投げる。どうやら夏が始まるらしい。差し込む強烈な陽射しとわずかに開いた窓の隙間から爽やか過ぎるそよ風が入ってくる。それほど綺麗でもないカーテンが揺れる。
僕の高校はスマートフォンの使用が禁止されていない。そりゃあ授業中に触ったら普通に怒られるけど。
補修が終わった放課後ならバズっている動画なんかを見ても誰に咎められる事もない。
ただし、僕が開いたのはメモだった。
いくつかのファイルが保存されている。その内の一つを開き、何度か画面を指先で叩く。
テニスボールを打つ音や野球の素振りをする音が聞こえてくる。そう言えば南校舎はグラウンドまでそう距離は離れていないんだったか。
緩やか過ぎるひと時だった。
スマートフォンの手は一時間くらい動いていたが、やがて止まってしまう。
結局は、机に突っ伏して窓の外へとまた視線を戻してしまう。
「はあ……」
この世界は、大変な事が多過ぎる。
学生で辟易するくらいなのだ、大人になったら一体どうなる。どこまでストレスの掛かる生活を許容すれば人は幸せに生きられるんだろう。
そんな事を考えて。
僕は呟いた。
「……想像が現実になれば良いのに」
のちに僕は、知る事になる。
この発言の浅はかさを。