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活字の中の妄想世界  作者: 東雲 良
第X章 活字の中の妄想世界
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X-1






 山下歩夢。


 そう書くのを忘れたばっかりに一週間みっちり勉強して挑んだ数学のテストが〇点になって返却されたので、たぶん僕はもうすぐ死ぬ。


 テストの点数くらいで大袈裟だって?


 いいや、実はこれでもマイルドにしている方なのだ。


「くっそう……」


 うなだれる。


 テストの点数だけじゃない。


 放課後の時間が完全に奪い取られる補修が決定してしまったからだ。うちの高校は比較的に優しい制度を採用していて、補修の最後に実施する小テストをクリアすれば留年だけは免れる。


 当然、これだけでは僕の命は脅かされない。


 恐怖はもっと他にある。


 そう。


 放課後に突入した途端、隣のクラスからやってきた怪物が僕の教室の扉を開けてこんな声を飛ばしてくる、という形の恐怖が。


「歩夢ぅー? 私がみっちり教えてあげた数学はもちろん八〇点オーバーよねー?」


「ぎゃーっ‼」


 女子剣道部に所属する幼馴染・海原真那枝であった。


 剣道部では珍しく、長く綺麗な黒髪を絶対に切らないが座右の銘だったか。ポニーテールにした少女がパワフルに竹刀を担ぐ様子は、見慣れてしまえば随分とサマになっているように映る。


 とにかくこの女の子に〇点だった事を知られてしまえば、即座に竹刀が飛んでくる。刀だっつってんのに槍みたいな飛び道具風に、である。


「済まん真那枝、僕はまだお前に合わせる顔がない‼」


「あっ、ちょっ、歩夢⁉ あなたそっちは窓だけれど⁉」


 僕と一緒の高校一年生のくせに、すでに大将やってる人類最強の武士に捕まる方が万倍怖い。


 すぐ側の窓を開け放ち、そこからひらりと飛び出すように体を躍らせる。ちなみにここは二階なのだが、校舎の隣にそびえるやたらと太い木に飛び移れば問題ない。猿みたいにスルスルと木から降りると、僕はさっさと最恐剣道部女子・海原真那枝から逃れるように別の校舎へと向かう。


 補修は僕の教室がある北校舎ではなく、南校舎で行われるのだ。


「はあ、最悪だ……」


 ため息をつきながら、僕は疲れた体を引きずって補修の行われる教室へ。


 そして隣から声が聞こえた。


「いやー、ほんと最悪よねー。その分だと歩夢も補修でしょ? 私も国語のテストでフルボッコにされてさ。古文ってマジでどうして勉強しているのか謎なんだけど」


「……、真那枝さん? どうして窓から飛び降りた僕に普通に追いついているんだ」


「え? そりゃあ私も後を追って窓から飛び降りたからに決まっているけれど」


「おっ」


 色々言いたい事もあったし、テストについては熱心に教えてくれた真那枝に謝りたい気持ちもあるのだが、まずは幼馴染として言っておかなければならない事があった。


 それも声を大にして。


「女の子は体を大事にしなさいッッッ‼」


「べっつにあの程度、科学部でインドア派のヘナチョコ歩夢ができるんだし、私がやっても問題ないわよ。鞄と竹刀持ってても余裕余裕」


「誰がヘナチョコだ。これでも毎日腕立てくらいやっているんだぞ」


「一〇回くらい?」


「馬鹿にするな、八回だ」


「馬鹿なのね……」


 額を片手で覆われてしまったら、僕はどんな顔をするのが正解なんだろう。そして別に知っている訳でもないが断言できる。この実家が隣の幼馴染は、絶対に腕立てを一〇〇回以上できるだろう。おそらく五〇回なんて軽々超える。


 とにかく、補修組は確定している行き先へと歩いていくしかやる事がない。


「真那枝、剣道部は?」


「うちは文武両道がモットーなのよ。つまり補修が優先、その場合はスマホで連絡一本入れておけば問題なし」


「お前って剣道バカのくせに頭を使うのは苦手じゃないよな。勉強も一夜漬けしないし」


「そういうあなたは科学バカのくせに数学が弱いってどういう理屈な訳? あと誰が剣道バカだコラ?」


「そういうお前も俺の事を科学バカ呼ばわりし痛い痛い痛いっっっ‼」


 腕を首に回されて、なんかよく分からんプロレス技をキメられる。なんかこう、肘と脇で首を絞められるような感じで。


「なーにーかー?」


「げぶ……っ! ま、真那枝、僕はさっきも言ったように女の子は体を大事にするべきだと思う。つまり胸とか二の腕とかの感触が伝わってくんだよ心臓に悪いっ‼」


 あとどうしてバッキバキの筋肉が制服の下に潜んでいるくせに柔らかいトコはきちんとふっよんふっよんの柔らかさを誇っているんだ。そして夏服に変わったばかりの薄い制服だと余計来る、その、下着の凹凸の感触までシャツ越しに分かってしまうんだけど⁉


 顔がやけに熱を持ってきたので、僕は真那枝の腕をタップしてプロレス技を解除してもらうと、さっさと彼女を引っ張って補修の教室へと歩いていく。これ以上会話が長引くと僕の体のダメージの蓄積が止まらなさそうだったからだ。


 廊下から涼しい部屋へと入ると、すでに先生が教壇の上で準備していた。


 フランクな対応で有名な国語教師は言った。


「遅いぞーバカップル」


「「だからただの幼馴染だっつってんだろ」」





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