X-15
そして、オカルト的なパワーを一万倍にして丸ごと跳ね返したという事は、こんな結果を意味していた。
「聖書がァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼⁉⁇」
海原真那枝がそんな風に絶叫していた。
ムンクの叫びみたいになっていても可愛いのだから、こいつはまったく……。体を張って戦った理由があったというものだ。
「ねえどうすんの⁉ どうすんのよこれ‼ 聖書が唯一のゴールだったんじゃないの⁉ これがなくなったら原因不明の現象が止まらない訳でしょ?」
「だなあ。ひょっとしてこれは僕の創った物語のキャラを全員ぶっ飛ばしたら終わりとかいうコロシアム的展開なのかなあ?」
「死ぬって‼」
「まあそう焦るなよ、真那枝。ちょっと一度考えてみよう」
「考えるって何を……」
「怪しかった所を再発見、ってトコだな」
「?」
首を傾げる真那枝だったが、ボロボロになった教会で僕は長椅子に座って目を瞑る。
自室のテーブルと椅子、あとメモ用紙がないのが残念だ。いつもの頭の調子が出るかは分からないけど、今回は妄想でも想像でもなく回想だ。
思い出せ。
これが僕の物語なら、エマのように他力本願になっちゃ駄目だ。
ゆえに、逆転の一手と同様に『それ』は存在すると思って良い。
家、学校、スマートフォンにホームセンター。河原にビジネスビルに芝生の丘と教会。
さて、問題。
怪しかったのは?
「……ああ、そうか」
「どうしたのよ?」
「行くべき所が分かった」
「どこよ」
「ここじゃなかった」
2
残りは、二時間を切った。
海原真那枝の首の『呪い』の首輪は半分以上も侵食している。
ボロボロの体を引きずってきたのだ。ゆっくりと歩くとそれくらいの時間になってしまうのは仕方がない。学校まで戻らなくて良かったのは僥倖だ。
体も心も疲弊し切っていたけど、僕はその扉を開けた。
「……ここ?」
「ああ、おそらく。この河原の小屋に全ての鍵が眠っている」
ギィ、という木の扉が軋む嫌な音が響く。
汚れたマグカップや農具を無視して、僕は真那枝に指示を飛ばす。
「アレを壊してくれ、真那枝」
「了解」
ドガゴシャッッッ‼ と爆音がして、木造の小屋が半分以上吹っ飛んだ。
懐かしい思い出の地が半分消し飛んだ事を意味していたが、幼馴染の少女が竹刀から電撃を放った訳ではない。
むしろ逆。
撃ち込んだはずの電撃が弾かれ、小屋を半分吹っ飛ばしたのだ。
小屋の中のたった一ヶ所だけが守られていた。
不思議な結界やバリアでも張られている。そんな風に説明された方が納得できそうな光景が広がる。
そう。
「幼い頃、僕が作り上げた石と草の人形。……これに、本当に何か特別な力があったとしたら」
恐ろしい仮定であった。
だが、もう今の一撃で馬鹿にできない『もしも』になった。
剣を構える真那枝に、僕は片手を水平に挙げて制止を促した。ここで隣の少女に暴れられたら全部ご破算になる。
「よせ真那枝、『こいつ』は善性だ」
「はあ? 根拠は?」
「僕の願いを叶えてくれたから」
補修終わりに呟いたあの一言。
想像が現実になれば良いのに。
あれを願いと受け取った『こいつ』が実際にこの世界に僕の生み出したファンタジーを出現させたのだとしたら、純粋に僕の願いを叶えただけとも取れる。
まあ。
その判断は、言葉を交わしてからでも遅くない。
主人公なら、とにかく拳を握るよりも、まずは対話初めて欲しい派だし。
「いいか真那枝、いきなり殴りかかるヤツはダークヒーローだ」
「ヒロインが良いしダークとか言われたしとりあえずシバいて良い?」
たぶん平手じゃなくて竹刀でやられる。
大人しく両手を挙げた僕だったが、実際に剣でシバかれる事はなかった。その前に邪魔が入ったのだ。
いつの間にか、であった。
僕と真那枝の間に割り込むように、灰色と緑色の影が割り込む。ベースは河原に落ちている石の色のようだが、質感は人間そのものだ。薄いミントのようなグリーンに染め上げられた長い髪の毛がさらりと揺れる。
『ご主人様に何をするのよ、まな板』
「ああん⁉」
「ぶふう‼」
「おいコラ歩夢ゴラァ‼ あなた今私の名前と体形を合わせてイジるようなアダ名に笑ったわよね⁉ 笑ったわよねえうおい‼」
「いやァガチギレ⁉ お願い守ってえ‼」
『かしこまりました、ご主人様。防衛ついでに言わせていただきますが、今ご主人様の制服はあらゆる魔力を跳ね返す魔装と化していますのでわらわが割って入る意義は特にないのですが』
正体不明の黒いバチバチと共に真那枝の竹刀が小屋の向こうまで吹っ飛ばされた。
そう、真那枝を残したままで。
彼女の手から竹刀は絶対に離れないはずなのに。
つまり。
「……お前は……?」
『人工神体と定義付けられます、ご主人様。あなたが組み上げた特殊風水の魔装に河の流れから魔力が注入され、わらわが形作られています』
「……、言葉も出ない」
『それは困りました。名付けるくらいはして欲しいのですが』
「この石の魔装? とやらを崩せばどうなるんだ」
『わらわの存在は崩壊して現状全ての魔術的物体・物質は消失します』
「つまり、お前が僕の願いを叶えたんだな」
『はいご主人様。魔力が溜まった瞬間のご主人様の願いが妄想の現実化でしたので』
「せめて想像と言ってくれ」
『何か違いが?』
「僕が泣きそうになるか自殺しそうになるかの違いがあるんだよバーカ‼」
トントンとこめかみを人差し指で叩いて、僕は知恵を振り絞る。
人工神体と来たか。僕の創り上げてきた物語では出てこなかったパターンだから、正直判断に迷う。しかも小さい頃に僕が偶然作り上げたみたいな言い草だ。
「あのさあ歩夢」
『ご主人様とわらわが話してるんだから黙ってて』
「あのさあ歩夢‼ こいつが私を軽視している理由は何⁉ この扱いの差が許せない‼」
「僕に摑みかかってもたぶんこの子の膨れっ面は直らないぞ! 痛い痛い足踏んでる‼」
『大丈夫ですかご主人様、こんな野蛮な女からは離れましょう。ささ、早く早く』
「ああん⁉」
「ええと、人工神体……石と河……じゃあストリヴァちゃん辺りで良いか。ちょっと神々しい名前だし。おい、どうだ」
『ご主人様の付けてくれた名前に不満なんかあるはずありません。んふー☆』
いまいち表情の読めない子だった。
マネキンにようやく表情筋が搭載されたとでも言おうか。
「じゃあストリヴァ、真那枝にキツく当たっている理由を教えてくれ」
『言わばご主人様はパパなのです』
「高校生に凄まじい文言が来たぞっ⁉」
『わらわを創り上げたのですから当然の定義です』
さらにストリヴァと名付けた人工神体は唇を尖らせて、
『そのご主人様が他の女に現を抜かし始めたのですから、そりゃあ面白くないに決まっています』
「他の女?」
「へえほうふーん?」
「真那枝、話は最後まで聞こう。ストリヴァ、続きを」
『はいご主人様。昔、わらわを創り上げた時に一緒に隣にいてくれた幼女です。あの子と仲がよろしかったのにいきなりこんな女を連れてきては……』
「へえほうふーん‼」
幼女?
僕に魔法少女以外の幼女の知り合いはいない。つまり……。
「ああ、ストリヴァ」
『何でしょう』
「時間が経った分だけ分かりづらいかもしれないけど、こいつがその幼女ちゃんだぞ。一〇年以上経っているんだ、真那枝のヤツだって成長する。今の僕と同じようになるさ」
『……』
ぐるん、と真那枝の方向へと向き直る人工神体の少女。
たたん、とステップを踏んで前に出るとストリヴァがじっくりと剣道少女の顔をまじまじと見つめる。隅から隅まで皮膚の状態を確かめられるくらいの近さで判断を敢行する。
『あの時の?』
「そうだけど。小さい頃は歩夢のヤツとずっと一緒に遊んでたし」
『ではママじゃありませんか! でもご主人様を誑かしているのは変わりないのでやっぱり嫌い!』
「歩夢、自由過ぎるこの子の思考回路を何とかして」
「済まん僕にも手に負えん」
正直に両手を挙げるとストリヴァが僕の方にすり寄ってきた。
何だか娘が父親に甘えてくるようにも見える。なんというか、父親の隣をキープする娘、と言えば聞こえは良いが、そこに強烈な胸の圧が掛かってくるとこっちの心臓はバクバクだ。
な、なんか真那枝の方を見れない。罪悪感がすごい。顔が熱い‼
「す、ストリヴァ、僕の願いはいくつ叶えられるんだ」
『いくらでも。河から補給される魔力をご主人様の願いの数が上回れば、わらわは次の補給完了までスリープモードに入ります』
「じゃあ願いを叶えてもストリヴァが消失する事は?」
『ありません』
「ならとりあえず、僕が今日教室で願った創造の現実化はナシだ。全てをリセット、元に戻してくれ」
『承りました。他に御用は?』
「そうだな。じゃあ……」
寂れた木造の小屋。ここで、ストリヴァは一〇年以上過ごしてきた。
さて、主人公ならどうするだろう。
最後の最後に格好をつけるために、一体僕は何をすれば良い?
「これは提案なんだけど……」
この石と草の人工神体の聖域を壊すか。
それとも、守るか。
僕は……。