X-14
チカチカと視界が明滅する。
それでも死の恐怖が僕の意識を繋ぎ止める。
どうする。
あの絶対の中の絶対、最強の中の最強を相手にどうすれば良い⁉
「お、スカー……」
呻く。
ヒロインをどうにかできる可能性を秘めた、たった一人の少年に向けて。
「オスカー、生きてるだろ。あいつがお前を殺す事はない。こんなトコで物語が終わる訳がないからだっ‼ 僕が書きそうな展開は一つだ、ここからのお前の大逆転! 何かあるだろ、盤上をひっくり返す秘策が、相手に一泡吹かせるアイディアが‼ あるって言ってくれ、頼むからッッッ‼」
「……る、せ……」
頭から血を流すオスカーが何かを言う。
エマの魔法をほぼゼロ距離で喰らったからか、明らかに僕よりも重症だった。
「いい、か」
「おい待て、立ってくれ。そこで妙な言葉を残してリタイアしようとするんじゃねえ‼」
「これは」
サラサラと、砂が崩れるような音が鼓膜を刺激する。
オスカーの指先や頭の先から、風に吹かれる砂のように崩れていっているのだ。まるで土人形が脆く崩れて散っていくように。
「……こいつは、アンタの物語だろ……?」
呆然とする時間が、しばらく続いた気がする。
オスカー=クロスハートがこの世界から完全に姿を消し、そしてエレメンタルヴィーナスまでもが動きを止めていた。
分かる。
次の展開が、どうしたって分かってしまう。
「だん、な、さま」
「……エマ」
「旦那様をどこへやったァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼」
「エマ、ここから話し合う展開は……ないよな」
疲れたようなため息を吐き出した。
ここで投降すれば、死が待っている。
そして、十中八九幼馴染の少女も。
こちらの心情なんて知った事じゃないエレメンタルヴィーナスが口を開いて魔法の限りを尽くして僕を虐殺しようと動く。
「死ね、愚民」
「……」
立て。
立ち上がれ。
休むのは、きっと死んだ後で良い。
命なんかここで捨てられる。好きな女の子のために死ねるのなら、ちょっとは胸を張れる人生だ。
「エマ、お前は最強だ」
「旦那様以外にわたくしの名を呼ぶ権利はありませんが」
「だけど絶対に倒せない敵じゃない。だってお前はラストで絶対にオスカーと結ばれるんだから‼」
「何でしてそれ一体何の話ですの詳しく教えなさい‼」
「っ‼」
可能性があるとしたら、聖書‼
手にした者にただ一つ、あらゆる願いを叶えてくれる魔法の書。あれにこの状況を元に戻すようにしてくれと祈れば、エレメンタルヴィーナスも消失するはずだ。
色恋へと意識が引っ張られている間に、僕は壇へと走り込む。
そして、思い知らされる。
僕は、神をナメていた。
「あらあ?」
ドゴッシャア‼‼‼ という崩壊の音と一緒に、僕の体が真横へとぶっ飛んだ。長い椅子を薙ぎ倒しながら、肉食獣にやられた草食動物のように雑に倒される。
「……ぐ、が」
「そんなにこの聖書には可能性が? ふむふむ、めくってみても大した事はありませんが、まあまあの魔力が込められていますわね。書かれている内容をわたくしが書き換えればさらに力が倍増しそうですわ」
「……ッ‼」
最悪だ。
鬼に金棒過ぎる。
僕はこの星の滅亡を願われないように、無理矢理思考を切り替えさせる事くらいしかできない。
「それ、恋愛成就だって叶えられるぞ」
「ななななななんですと⁉ 旦那様とあれやこれやのイチャラブ生活がこんな魔導書一冊で⁉でしたら書き換える必要もなさそうですわね!」
「書き、換える……」
……そうか。
ああ、何だ。
やっぱりあるじゃないか。どこにだって可能性は転がっている。何もファンタジーだけじゃない。このクソッたれな世界でも希望の光はどこにだってあるのかよ、ちくしょう。
あったぞ。
これが唯一残された、逆転の一手だ。
「ではこれはわたくしの願いを叶えるとして……あら?」
不思議な声を出すエレメンタルヴィーナスだったが、無理はないのかもしれない。
僕は蹲るようにして、ボソボソとこんな言葉を紡いでいたのだから。
「キャラクター設定、山下歩夢、一六歳。当物語の主人公。特性としてはギャンブルの最強キャラに近い。人生をどうしてもプラス側に捻じ曲げる力を生まれつき持っている。例えば生と死に挟まれた状況に陥っても否応なしに生き残ってしまうような」
スマートフォンを操作していた。
指で弾いて文字を打つんじゃ駄目だ。間に合わない。だから僕が選んだのは音声入力だ。
開いたアプリは、教室でもよく触るメモアプリだ。もちろん誰かに見つかったら黒歴史確定だから、補修の終わりの空いた時間や人気の少ない時間の図書館でしか触らないけど。
「彼の身に纏う制服はあらゆる魔術、魔法、魔力といったオカルトを」
「チッ‼」
エレメンタルヴィーナスが舌打ちして、こちらに緑と茶の輝きを誇る魔法を放つ。
砂嵐によって僕の口でも塞ごうとしたのかもしれないけど、甘いな。
タッチの差で僕の勝ちだ、メンヘラ女神‼
「全て無効化して相手に跳ね返す力がある‼ これでどうだ、エレメンタルヴィーナス⁉」
バリィン‼ という衝撃波が僕を中心に周囲へと席巻した。
そう、僕の制服がエマの魔法を跳ね返し、爆撃のような勢いが白い少女の体を叩いたのだ。
「ぐぅ……⁉」
歪む。
エマの顔が初めて苦痛に歪む。
『魔導エンジニアの受難』の中でもここまでの善戦は見られなかっただろう。しかし、今回は追いすがるだけじゃ駄目だ。
打ち勝つ。
僕は必ずこいつに打ち勝たなくちゃならないんだ‼
「調子に乗らないでいただけます? 人の子の分際で‼」
やはり女神も女神なりの意地というものがあるのだろう。
そしてヤツの手には。
一冊の聖書が。
「聖書よ聖書、わたくしに力を与えたまえ。あのガキを殺すための力を‼」
「分かっていないな、エマ」
再び音声入力のアイコンをタップしながら僕は続ける。
挑める。
海原真那枝。
あの子のためなら、神様にだって挑んでやる。
「その制服の原理は魔力返し。跳ね返すだけではなく、あらゆる力を一万倍にして蓄積する力がある。力の蓄積は必殺技として使えるため、魔力が一定までチャージされれば相手にぶつけて破滅を招く」
そう、聖書だって魔術や魔法の類だ。
だったらこの制服で弾き飛ばせる。その上で、チャージが完了していく。
自分の力以外のものに頼れば僕を葬れるとでも思ったのかもしれないけど、そいつはお門違いだ。
素人が銃を握れば暴発の危険に見舞われるように、お前は安易な力に飛びつき過ぎたんだ。
だから、そう。
真那枝に手を出した事を永遠に後悔しろ、クソッたれの女神様。
「出力する際は標的の名前と合図にて、絶対に逃れられない一撃を放てる」
これで『設定』は完了だ。
あとは、クライマックスを決めるだけ。
「標的はエレメンタルヴィーナス。発射ッッッ‼‼‼」
直後だった。
最強の敵が破滅の時を迎え、ついに人が神を超えた。
「……あばよオカルト。良かったな、これで番狂わせの世界から消え失せられるぞ」