X-13
「エマ」
オスカー=クロスハートがレイピアをどちらに向ければ良いのか分からないままに、エレメンタルヴィーナスへと言葉を放っていた。
「どこにでも現れるその神出鬼没さ。そろそろやめてくれないか」
「うふ、旦那様現れる所にわたくしありですわ☆」
「俺のいる所にお前が現れてるんだ」
やはり主人公の少年には、レイピアの切っ先を近くの僕に向ける勇気は出なかったらしい。
得物を素早く真っ白なお姫様の形をした悪魔の方へと構え、オスカーはこう問いかける。
「何をしている」
「ええ旦那様、少し散歩を。ちょっとばかり強い魔力を持った聖書があったようなので、魔導闘技やらマナ生産ガジェットやらに惹き寄せられる旦那様でしたらバッタリ遭遇があり得そうだなって感じで来ちゃいました」
ちくしょう……ッ‼ こっちはお前が目の前に現れただけでほぼチェックメイトを決められている状況だっていうのに‼
こいつが求めているのは富でも名声でもない。そんなものは繁華街をただ歩くだけで民衆の方から勝手に集められる。
だからこいつは、オスカー=クロスハートという主人公しか求めないヒロインなんだ。
この女はそういう存在。
そして、エレメンタルヴィーナス・エマは定義通りの行動を起こした。
すいっ、とその手を水平に挙げて僕の方へと目標を照準したのだ。
「邪魔ですわよ、愚民ども」
「っ‼」
赤と緑のエレメントの輝きと共に。
間に割り込んだ真那枝が、炎と風の魔法による爆発になぶられてぶっ飛んだ。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
認識が遅れた。
教会の外の方まで吹っ飛んだ幼馴染の少女。その事実に僕の脳が現実を咀嚼し切れずにいる。
遅れて叫ぶ。
「真那枝ッッッ⁉」
「おや、妙ですわね。今のは偶然や奇跡の入る余地がないように攻撃したはずなのですが」
カレンやクレアは、僕の発言や状況からあらゆる理論を組み立てて今の自分達を分析した。
だけど、こいつは異次元だった。
僕らには干渉できない世界をその銀色の両目で見て、勝手に正答に辿り着いてしまう。
「あらあら、旦那様以外に興味を持たないわたくしが少しばかり殺すのが惜しいと思ってしまうものに出会いましたわね。ま、味わいたいと思えるほどの珍味ではありませんが」
「おい、エマ」
口を開いたのはオスカーだった。
次の一言が僕らの命、いいや、世界の行方すら左右すると知っておきながら。
「俺の前で別の野郎の分析をするなんざ良い度胸だ」
「だ……」
そして、急に女神様の雰囲気が変わった。
赤らめた頬を両手で押さえ、爪先から頭の先に喜びでも走り抜けるかのように、ぶるりと震えを発して彼女は言った。
「旦那様、それはあれでして⁉ ヤから始まってチで終わる四文字の独占欲から来るアレでしてっっっ⁉」
「ああ、嫉妬してる」
「やん、わざわざ避けなくても可愛らしくヤキモチと言えばよろしいのに‼」
きゃー。
そんなソプラノボイスと一緒に炎の魔導を使って湯気でハートマークまで作り始めるエマが両目を瞑ってわずかに愛を噛み締めた瞬間だった。
隙を作るためだけに全くの嘘をついたばかりのオスカーがエマの懐に飛び込み。
そのレイピアでもって心臓を突き刺しにかかる。
「あら、あら、あら」
ドロリとした恐ろしい色がエマの瞳に混じる。
鋭いレイピアの先端をエマは踵落としで叩き落とす。華奢な少女の素早さではなかった。さらに茶色の輝きが光る。土の魔導によってオスカーの踏む地面がガダン! と音を立てて一段階段のように低くなり、魔導エンジニアの少年は大きくバランスを崩す。
「乙女心を弄ぶと痛い目に遭いますわよ」
「馬鹿晒せ。こんなに怖いヤツはな、乙女とは言えねえんだよ‼」
駄目だ。
オスカー、お前は一般人を守っているつもりかもしれないけど、それは駄目なんだ。
「よせオスカー‼ そんな正攻法じゃあエレメンタルヴィーナスは倒せないッッッ‼‼‼」
「流石は創造者」
すでに僕の正体は看破されていた。
最強は告げる。
「ようく、分かっているじゃあありませんか☆」
今一度の爆発と暴風に、今度こそ僕とオスカーは教会の壁に叩きつけられた。
さあ、この辺りで議題の解答を出そうか。
創造が現実になったら?
正解は一つ。
地獄だ。