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活字の中の妄想世界  作者: 東雲 良
第X章 活字の中の妄想世界
13/18

X-12






「あ、あうあうあうあうあう……ッ⁉」


 海原真那枝が壊れた。


 それが彼女の様子を見て僕が抱いた感想であった。


 何だか顔がやたらと真っ赤だし両手でその頬を押さえているし視線が泳ぎまくっているしチラチラ僕の方を見ては芝生の地面を見つめて呻き声を上げているしでとにかく落ち着きがない。


 何だかオスカー=クロスハートの方も訝しげな表情で僕の幼馴染を見ていた。


 そんな訳でデキる紳士な男こと僕・山下歩夢は問いかけた。


「トイレ?」


「トイレじゃないわよ‼ ほんとにあなたの辞書にはデリカシーって言葉がないわね‼」


「じゃあどうしてもじもじしているんだよ」


「あ、あな、あなたが……」


「?」


「あなたが言うからでしょ⁉」


「何を」


「わ、わたっ……私の事を、その、好き、な女の子、とか、何とか……」


「はい?」


「歩夢が言ったのよ、さっき! ついさっき‼ 私の事を好きな女の子って‼」


 ……ああ、荻野悠真に言い放った言葉にそんなワードも混じっていたっけ。


 ただ、僕の方は焦らなくても問題ない。このプチパニックの少女を一旦落ち着かせて、話を先送りにする言い訳があるのだ。


「真那枝」


「な、なに」


「その話は二人の時にしたい。全部カタがついた後にしても良いか」


「う、受けて立つわよ‼」


「真那枝、喧嘩じゃないんだ。あと竹刀を構えなくても徒手空拳で僕は普通に倒せるぞ」


「あなたは男としてそれで良い訳?」


「男は腕っぷしじゃない。ここぞって時に立ち上がれるかどうかだ」


 ……こんなサブい発言も、色んな主人公を生み出してきた弊害か。もはや僕を構成するものの中には大勢のキャラクターが混在していそうだ。それこそ、誰かに見せたらドン引きされるであろうものがたくさんある。


 それでも、誇りに思う。


 いいや、そう思えるものが僕には『これ』だけしかないのか。


「……オスカー=クロスハート」


 だから、迷わず視線をその魔導エンジニアへと向けた。


 水というエレメントの支配権を完全に掌握する少年に、僕はこう言い放つ。


「あの教会で叶えたい願いがある。手伝ってくれ」


 ストレートで良い。


 回りくどい言葉は、きっと僕が書いてきた主人公には響いてくれない。打算的だと笑ってくれ。それでも僕は好きな女の子が一番大切なんだ。


「俺が手伝う義理はない」


 哀しい断定があった。


 だけど、ああ。


 僕はこの次に来る言葉を知っている。


「ただ、乗り掛かった舟だ。寝覚めが悪くならない程度には手伝ってやるよ」


「流石だな」


「随分と知ったような口だけど」


「……オスカー、実はお前が思っているより知ってるよ」


「?」


 キョトンとした顔の魔導エンジニアには、それ以上説明しなかった。きっと懇切丁寧に事情を話しても、魔法に染まり過ぎた彼には科学的なこの世界の話に着いて来られないだろう。


 下手をすれば『え? そんな意味不明の状況たまにあるよな?』くらいの間抜けな返答がやってくるかもしれない。


 僕が真那枝の手を引っ張って歩き出すと、オスカーも教会に向けて足を動かしてくれる。


 白い教会だった。


 屋根に十字架が掲げられた、見ているだけですごく神聖な気分にさせられる、そんな場所だった。小さい頃、小学校のピクニックはいつもここだった気がする。何度も来た訳ではないが、海原真那枝とも訪れた事がある。


 そして思い出した。


 ……どうせ最後なら言っておくか。オスカーが近くにいるから少し恥ずかしいけど。


「真那枝、小学校の時、確か一、二年の頃だったと思うんだけど」


「何よ」


「僕と結婚する‼ ってシスターさんに宣言してたのとか覚えてる? 結婚式をやる時はシスターさんにお祈りをしてもらうって指切りまでしていたんだけど」


「ぶふっ⁉ そ、そんな訳ないでしょ! この私がそんなに無邪気な約束する訳ない‼」


「いや真那枝、無邪気かどうかは知らないけど、お前結構ロマンチストというか小っ恥ずかしくなるような事たまに言うからな。中学ん時剣道部に入る理由を聞いたら大切な人を守るためだーとか言っていたし」


「あちこち黒歴史を掘り返すな、仕返しか⁉ どこからツッコミ入れたら良いのか分からないでしょうが‼」


「でもそうかー、覚えてないかー。僕は真那枝と結婚するのかなーとか色々想像していた時期があったんだけど」


「全体的にイジメの時間なのは分かったわ。とりあえず一回痺れとく?」


 竹刀の先端が僕の顔面に突き付けられたので、こちらについてはオスカーを盾にする事で事なきを得た。


 そう、軽い電撃喰らったところで主人公格ならギャグの範疇で乗り越えられる。


 ぎゃぶばあヴぁばば⁉ という正体不明な叫び声と共にオスカーがミディアムレアになった。自動回復機能みたいに芝生から水の塊が溢れ出して魔導エンジニアの体が火傷を修復していく。ただ冷やしているだけのようにも見えるが、まあ本人が元気いっぱいになったのならどうでも良い。


「……真那枝、僕は将来お前が殺人犯にならないか心配だよ」


「別にあなたの事は殺さないし大丈夫よ」


「そこをボーダーラインにしている辺りが心配過ぎるって話をしているんだ」


 そしてオスカーまでこう加勢してくれた。


「というか暴力的な女の子って良くないよなあ」


「分かるよオスカー。やっぱり女性は優しい方が魅力的だよね。僕は頭を撫でられるだけでコロッとイッちゃう自信があるよ」


「……はあ?」


 と、真那枝の目の色がわずかに変わった事に、僕はもっと早く気付くべきだった。


「なに歩夢。あなた優しい女の子なら誰にでもなびくのかしら。ああそう、さっきの発言はああそういう事? どんな女子にでも可能性撒き散らすためにフラグ立てまくってた訳だ、ああそうへーえー?」


 あ、ヤバい。


 真那枝さんが超不機嫌モードに入った。


 面倒だ。


 超面倒臭いんだ、これ。


 真那枝は基本的に本気で怒ると暴力じゃなくて沈黙するタイプなんだ。機嫌が直るまでに一週間口を利いてくれない事もザラにある。


 ただ、ふーんとかつーんとか可愛らしい言葉で返してくれるからもうほんとに可愛いんだけども。


「……真那枝さん」


「ふーんだ」


「なあ、真那枝ってば」


「つーん」


「駄目だ、可愛いモードになっている……」


「ふ、ふんだ」


 ここからずっと人生が続く保障なんかどこにもない。


 やっぱり最後は楽しく締めておきたい。


 だから、二分ほど時間をもらって僕はスマートフォンを操作する事に。手続きを完了させると幼馴染の少女にこう告げた。


「真那枝、知っての通り僕は遊園地とかテーマパークとか、人混みがちょっと苦手だったりするんだけど」


「?」


「今チケットを二枚取った。もちろん財布は僕持ちだ。手当たり次第にフラグを立てる、なんて勘違いをさせちまったお詫びに、良かったら一緒に行ってくれないか」


「ふおおァ⁉」


 だんっ‼ と芝生を勢い良く蹴って真那枝の顔が一気に近づいてきた。


 残念なのはキスじゃなくて手を握られただけっていう点だ。しかもこれ、うん、手じゃなくてスマホを握られているな。画面を確かめて本当に予約を取ったのかチェックされている。


「……ちゃっかりしてるなあ、お前」


「ふふん、じゃあ次の休みね! 歩夢、あなたはそんな人じゃないと思っていたわよ☆」


「そして調子が良い」


「ありがとう、お褒めの言葉ね」


 これで真那枝の機嫌が直るなら安いものだ。さらに言えば自然にデートに誘えたので一石二鳥の作戦だった訳である。


「……俺は何を見せられているんだ。イチャつくなら全部終わってからでも良くない?」


 オスカー=クロスハートのそんな呟きも聞こえてきた気がするが、僕にとってはカレンダーのアプリに予定を入れる方が優先順位は高かった。


 そんなこんながありつつ、僕らは教会の中に入り込む。


 教室で言えば教壇の位置。十字架の下で愛を誓い合う場所に、目的のブツは置かれていた。


 黒い聖書。


 これを巡って僕の小説では魔術の戦争が起きたんだったか。


「……歩夢、あれが?」


「ああ、あれが聖書だ。手に持った者の願いをたった一つだけ叶える魔法の書。あれでこの状況を完璧に元に均す事ができるは




「んっふふ☆」




 白い輝きが爆発した。


 直後に教会の屋根がめくり上げられるように吹き飛んだ。


「……お、カー」


 そのお姫様のような少女の姿を見た瞬間、僕はたった一つの選択を迫られた。


 つまり。




「オスカー‼ 今すぐそのレイピアで僕を殺せッッッ‼‼‼」




「なっ⁉」


 むしろ疑問の声を放ったのは、魔導エンジニアの少年ではなく隣の幼馴染の少女の方だった。


 オスカーは僕の目の色を見たのだろう。ここで殺さなければお前を殺す。それくらいの覚悟は見て取れたはずだ。


 即座に彼はレイピアで僕の心臓を一突きでもって殺害しようとする。切っ先が僕の制服を抉る。


 その直前に。


「させませんわよ、旦那様」


 パァン! と不可視の暴風にレイピアが教会の床を叩いた。魔導ガジェットをハッキングするツールでもある得物、バランサーの切っ先が思い切り捻じ曲げられ、明後日の方向を貫いてしまう。


 そう。

 そうだ。


 認めよう。


 僕は最初の最初から『こいつ』が出てくるのを恐れていた。


「『魔導エンジニアの受難』出典……」


 それは、あらゆる魔術の全エレメントの支配権を握る純白の少女。


 ショートカットの白髪に頭に乗っけたティアラ。キラキラと瞬くように光るドレスを身に纏うそいつは、紛う事なき完全なる神様。


 最悪の設定は、向かうところ敵なしという謳い文句。


「エレメンタルヴィーナス……ッ‼ ついにお出ましか、ちくしょう……ッッッ‼」


 強力な刺客。


 最強の女神。


 絶対の存在。


 ……途中で遮られてしまったけど、カレンやクレアにはもう一つ聞きたい事があったんだ。それは『現象に対して観測者が消えた場合、今起きている現象はどうなるのか』。あの状況でネットサーフィンなんかやってSNSを調べた理由は一つ。ネットに僕みたいに意味不明な状況に陥っているヤツがいるかどうか、それが知りたかったんだ。


 つまり。


 観測者は、間違いなく僕一人。


 そいつが死ねば、聖書に願う間もなくこの状況が終わる。


 そう、思っていたのに。


 舞い降りる。


 剥がれ落ちて地面に向かって舞い降りる天井の瓦礫を自らの花道のようにして、その少女は自らの体を風の魔法で下から上へとなびかせながら、地上に足を着ける。


 言う。

 神が告げる。




「ハロー、異世界。……ま、わたくしは旦那様以外には興味がないのですがね?」





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