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活字の中の妄想世界  作者: 東雲 良
第X章 活字の中の妄想世界
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X-10






     1



 幼馴染の呪いが進行していく。


 深夜一二時になる前に教会の聖書を手に入れなければ、僕の好きな人の命が失われる。


 だというのに。




「なんかお腹減らない? とりあえずハンバーガー屋さんに寄りましょうよ」




「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………もう好きにしてくれ」


 よくよく考えた結果、僕はうなだれながらそう言うしかなかった。


 だってなんて言えば良い。


 呪いの事は何としても隠したい。この子の事だ、首の皮膚全部焼き切ったら呪い止まるんじゃないかしらとか言い出しかねない。街に実害は起こっているんだけど、喉元過ぎれば熱さを忘れるというか、どこか遠くの国で起こった自然災害のような印象を与えてくる。だから真那枝の方もあんまり焦りがないんだろう。


 実力差は半端じゃないので、もう竹刀の切っ先でブレザーを引っかけられたら僕はハンバーガー屋さんに引きずり込まれるしかない。


 そんな訳で壁のメニューを眺めて、僕らはスマイル一〇〇%で固定したままの店員さんにオーダーする事に。


「お腹空いたー。この時間まで晩ご飯食べなかったの久しぶりだわー」


「……燃費が悪過ぎる」


「歩夢と違って私はコンビニのおやつを食べ損ねたのよ。それにあなたより筋肉があるんだから消費が激しいに決まってるでしょ」


「僕はチーズバーガーのセットとオレンジジュースで。真那枝は?」


「ガッツバーガーのセットとコーラかな」


「……なんかチーズバーガーが三つ重なっているようにしか見えないんだけど、本当にこれで良いのか」


「え? 大丈夫よ、セットなんだからポテトもあるし足りるわ」


「足りないだろって意味で確認したんじゃねえよ! お腹に入りきりますかって意味だ、後でおいしくいただけるスタッフはここにはいないんだぞ!」


「任せて。死んでも食べるわ」


 真那枝さんったらオメメがキラッキラであった。


 なんかお肉の匂いを嗅いだ犬に似ている。こいつは竹刀と肉さえあれば永遠に元気でいられるのではないだろうか。


 こんな呪いさえなければ、素直に笑って平和を謳歌できたものを。


 と、勝手に感傷に浸っていると、ここで問題が一つ起きた。


「……この竹刀、離れてくれないんだけど」


「ああ、じゃあ包装紙を開けてやるから……」


「ヤダ」


「はい?」


「ヤダ。私ポテト食べるごとにコーラを一口飲みたい派なのよ。あの塩辛い口の中にバッチバチの炭酸が効いたコーラを流し込みたい人なの! ハンバーガーも一口ごとにコーラ飲みたいし」


「コーラどんだけ好きなの? 一回の発言で三回コーラって言う人がいる事にびっくりだよ」


 あんまり気分じゃないんだけど、最後かもしれないし、まあ提案しておくか。


「じゃあ食べさせてやるよ。ほらあーん」


「さんきゅっ! あーん」


 ……ここまで素直にリクエストが通ると後が怖いな。


 ともあれ真那枝のヤツ、本当に僕の事を男として見ていやがらない。普通に差し出したポテトを食べてはコーラを飲み、ハンバーガーを差し出してはコーラを飲んで口の中の刺激を堪能しているようだった。


「もう見た目は完全に女王様だな……」


「ほれほれ従僕よ、さっさと口にポテトを運びたまえー」


 完璧に調子に乗っている幼馴染にポテトを差し出しながら、僕も僕でチーズバーガーを口にする。オレンジジュースを飲むとやけに喉が渇いていた事に気付いて、一気に半分くらい飲み干してしまう。


 ちなみにポテトは僕の分もほとんど真那枝に食べさせてあげた。


 全部食べていたら胃が満タンになってロクに動けない。僕はこいつみたいに運動バカじゃないのだ。ガソリンが満タンになったらガンガン走るのは車だけで良い。


 そしてスマートフォンを見たら二〇分くらいロスしていた。


 休みなしでしっかり真っ直ぐ歩いていたら、もう教会に到着して聖書を入手している頃だ。


 そんな事を考えていると後悔というか疲れというか、正体不明の気だるさが押し寄せてくるが、頭を軽く振って思考のレールを変更する。


 今の真那枝は呪いにかかっている最悪の状況だけど、僕がやけに焦って先を急ぐと全部見抜かれそうである。何だかんだで長い付き合いなのだ。ほんの少し気を抜くと一撃でバレる。これだけは頭に叩き込んでおかなければならない。


「うっぷ……? 歩夢、私のポテトLサイズだったっけ……?」


「さあね。少し多かったのなら、親切な人がサービスでもしてくれたんじゃないかな」


「へふー」


「真那枝、ゲップは我慢だ。もしくはこっそりやるんだ。じゃないと女の子って枠組みからはみ出しちゃうぞ」


「し、してないわよ! というか女の子はゲップなんかしない‼ コーラの炭酸なんて全部体が吸収しちゃうんだから‼」


「あーそーかいそーかい」


 適当な調子で言いながら、僕は教会へ向かう足を速める。


 教会は結婚式も行われているが、普段は礼拝堂として使われている。シスターさんなんかもたまに見るくらいの場所なのだが、僕は滅多に行かない。


 休日は景色も良いしピクニックなんかをしている人達も多いのだが、僕はインドア派以外の理由であそこを毛嫌いしていた。


 丘なのだ。


 絵本みたいに小さな丘の上に立っている教会だから、そこまで行くのが超面倒臭い。


 これが本音であった。


 そして一〇分後、僕の太腿は千切れかかっていた。


「はあ、はあ、ふう、ぜえっ‼」


「ほら、腰を曲げない! 胸を張って両足をテキパキ動かして腕をしっかり振りなさい!」


 ビシバシィ! と竹刀の先端が僕の背筋を叩く。ビリビリと痛むが多分これは感電の痛みとかじゃない。普通に骨格と筋肉が痛みを訴えているパターンだ。


 真那枝教官に逆らったら本気の雷が(物理的に本当に)落ちてくるので、指令に従って芝生にまみれた丘の坂を登っていく。気分的にはプチ登山である。


 教会のてっぺん、掲げられた銀色の十字架は見えるが、建物は見えない。


 スマホのマップで確認したのは教会までの道のりだったので、この丘の道のりは想定内に入っていなかった。あっという間に河原を出てから四〇分ほどが経過してしまっている。


 まだまだ時間に余裕はあるが、三時間強で真那枝の命が失われると思うとどれだけしんどくてもひたすら前へと足が動いていく。


 最初、疲労や酸欠によって耳鳴りがしたのかと思った。


 しかし違う。


 耳鳴りにしてはその音が低過ぎる上に、やけにリズミカルだ。


 そして、背後。


 僕は咄嗟にこう叫ぶ。




「『電撃の波』を後ろに撃ち込め、真那枝ェ‼」




「んむぅ⁉」


 真那枝の動きが固まらないように竹刀を蹴り飛ばす。その勢いを利用して、幼馴染の少女が一気に得物を振るえるようにする。


 ヴン! という空気を切る音を掻き消して、バヂバヂと恐ろしい稲妻を鳴らしながら波状型に広がる電撃が芝生の丘を舐めるように進む。


 それでも何かが来る。


 そう、耳鳴りのように聞こえていたのは足音だ。素早く走っているというのに、強烈な足音がしないのだ。




 白い影。


 それは、『マーメイド』のステファニーなど軽く超越したアンドロイド。




「『Artificial Intelligence War』のメアリー=ミレディアーナ=クラウド=ブロックバスターか‼」


 純白の髪の毛にワンピース。武器らしい武器は何も手に持っていないが、その肉体こそが完成された彼女の凶器である事に、果たして唖然としている幼馴染の少女は気付いたか。


 トストストスっ‼ という簡素な音と共に、髪の毛が次々と芝生の地面に突き刺さる。


 それは避雷針の代わりだ。電撃を自分の方向へ、ではなく髪へと流して肉体へダメージを喰らわせないようにするための手段。うねうねと蛇のようにのたくる髪の毛は、確か電磁製複合細胞とかいう訳の分からない物質で作られた最先端科学の結晶だったか。


 恐るべきは、技術ではない。


 その演算能力だ。


 たった一瞬で危機を回避し、次の攻撃の一手を打つ。それが平然とした顔でできるのが、ステファニーの後に僕が生んだ完全なアンドロイドだ。……ちなみにこれ、割と馬鹿にできない。科学部の部長に色々と聞いて、一ヶ月かけてガチで最強のアンドロイドを創造したのだ。一筋縄で攻略できる相手とは思えない……ッ‼


「真那……ッ‼」


「歩夢は黙ってて! 私の方があなたより剣の使い方を分かってる!」


 っ、それもそうか。


 一瞬一瞬が命取りになる戦いの最中に横からアドバイスを逐一される事ほど鬱陶しいものはない。しかもセコンドの経験すらない僕に横槍を入れられたら真那枝だって随分とやりづらいはず。


 ここは戦闘センスが僕なんかよりもズバ抜けている真那枝に任せた方が良さそうだ。


 そう思って。


 ばむっ‼ という痛々しい殴打の音と共に、幼馴染の体が僕の真横を吹っ飛んで行った。


 五メートル。


 いいや、一〇メートル以上はぶっ飛んだ。


 芝生がなかったら、真那枝の体はズタボロになってしまっていたかもしれない。


「……おや? 殴った感触がおかしかったのですが」


 メアリー=ミレディアーナ=クラウド=ブロックバスターがそんな風に言う。


 赤色の目が、瞳孔の部分がカメラレンズのように拡縮する。あれで疑問を表情に出しているつもりか。メアリーのヤツ、僕が思っていたより無表情が過ぎる。


 純粋に肉体のスペックが違い過ぎる。


 ただの突進で人間の少女一人分の質量が真後ろへと吹っ飛んだ。


 そして真那枝の方はと言えば、芝生の上でお腹をさすりながらキョトンとしていた。


「……って、あれ? 意外と平気?」


「なぜ行動が可能なのでしょう。脳震盪くらいは起こすはずなのですが」


「『科学側』のお前には分からないよ、メアリー」


 ……呪い以外の理由では死ぬ事は許されない。そんなルールがあるのを忘れてはならない。真那枝はこのままだと確実に死亡する。だけど今は、あと三時間くらいは致命傷だけは確実に無効化できる。


「せっかく結城陸斗と結ばれるハッピーエンドを用意してやったっていうのに、夜にやる事がデートの邪魔か? 少し趣味が悪いぞ」


「誰がデートか」


 竹刀から紫電を飛び散らせながら、真那枝にそうツッコミを入れられつつ。


「お前は善性のはずだ。少なくとも真っ黒な『マーメイド』と違ってステファニーみたいにいきなり襲ってくる事はないと思っていたんだけど」


「衛星ですよ」


「なに?」


「ステファニーとやらが何かは分かりませんが、リペアテレサと接続されている衛星から私に警告情報があったのです。要注意人物、高圧電流を操る正体不明の危険因子と」


「……クソッたれ」


 そこで競合を起こしたか。


 確かにステファニーもメアリーもこの星を回る衛星と繋がっている設定だった。だからって、くそ、同じ衛星に繋がるなんてどんな確率だ。しかもリペアテレサなんて存在しない建造物型のスーパーコンピューターだぞ! やっぱり魔法の箒があるんだ、幻の建造物だってしれっと飛び出してきてもおかしくないか⁉


 そして高性能アンドロイドのくせして、大前提から間違っている。


「誤解だ、メアリー」


「ノー。根拠を提示してください」


「こんな美人が悪性な訳があるか」


「ぶっ⁉ びっ……ッ⁉」


 背後の真那枝から妙な声が聞こえたような?


 ただし、目の前の白い少女から響くのは単調な言葉の波だ。


「ノー。ろくな根拠ではありません。実質私も整った造形美をしているもののこうしてあなた達を襲撃しています」


「嘘をつく機能は確かに実装していないけど、自画自賛は程々にしないと恋人にウザがられるぞ」


「何ですと」


 いくら間抜けた会話をしていても、メアリーのスタンスは変わらない。


 赤の瞳がこちらを照準する。


「その少女をこちらに引き渡してください」


「メアリー、いくらお前でも今の真那枝は倒せない。ここは見逃してくれないか」


「あなたが私の何を知っているのでしょう」


「もうその類の質問は飽きたけど真摯に答えさせてもらうよ。電磁製複合細胞に自在に動く髪の毛、体重は九二キロ、腰からワイヤーが搭載されていて、その先端を家庭用電源に接続する事で充電が可能な便利ボディ。……あと一〇〇ページかけても良いならお前の事を説明できるけどご所望かな?」


「……」


 彼女の両の目が見開かれる。


 素直に驚いているようだった。おそらく恋人しか知らないであろう秘密を初めて見た男がスラスラと自身を語るのだから当然だ。


「たとえあなたが、あなた方が本当に無害だとしても衛星からの警告は出ています」


 ああ。


 美しい正義を目指したあの物語のヒロインなんだ。そりゃあこうなるか。


「わずかでも、私の知り合いに危機があるのなら、ここで排除させていただきます」


「……ふっ」


「何がおかしいのでしょう」


「いいや、やっぱり嬉しいものだ。今の今まで堪えていたけどもう限界だ。ちょっと大爆笑させてくれ」


「理由を聞いた後ならいくらでも」


「僕の中では終わっていた。毎回生み出したものが終わっていくあのほろ苦い味と一緒に忘れていたつもりだったんだ。完結したものをいじったって蛇足にしかならない。でも何の因果かお前はここにいて僕が書いた正義を確かに実行してる。……生きていたんだなって感動しているんだよ、こんなもん笑わずにいられるか‼」


「あなたは、本当に一体……?」


「あははは‼ 分からなくて良いよ、そんなもん気にするな! 来いメアリー、思う存分やり合おう‼」


 教会の前でやるべき事ではなかったかもしれないけれど。


 僕の隣を幼馴染の少女が駆け抜け、稲妻を纏う剣を白い髪の毛が受け止める。


 そう。


 激突が始まったのだ。



     2



 そして、少し離れた所では、太い木の枝に腰を下ろす影があった。


 芝生の上に立つ三名(?)の少年少女を見下ろし、そのコソ泥はこう呟く。


「……まーた関わりたくねえもんが目の前に。さあて、どっちが弱者かね?」



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