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活字の中の妄想世界  作者: 東雲 良
第X章 活字の中の妄想世界
10/18

X-9






「ねえっ、ねえっ‼ すごいすごい! ほんとにあなたの言う通りにしたら電撃が出たわよ! 私マジで魔法使いになっちゃった⁉」


「……言えてる。俺も箒で魔術を使っちまったよ。これでお互い科学の世界から片足がはみ出たな」


 あははと軽い調子で笑う。


 だが、直後だった。


 彼女の首筋を見て、僕の表情が硬直する。


 手汗が止まらない。足裏も気持ち悪い。緊張が凄まじいからか、汗腺という汗腺がぶっ壊れているのかもしれない。指先の震えがどうしたって止まってくれない。おそらく河に一度浸かったのが原因ではないだろう。


 やらかした。


 馬鹿みたいに大きなミスをしでかした。


 そう、真那枝が……いいや真那枝がモデルになった少女が出てきた作品では、彼女はヒロインだったのだ。


「真那枝、大丈夫か?」


「へ? 何が? 私は歩夢みたいに接近戦した訳でもないんだし、怪我一つないわよ」


「……そうか」


 一つ、心の中に注意書きをする。


 今、真那枝に鏡を見せるのはNGだ。


 その首周り。現在は爪ほどの大きさの黒い汚れのようにも見えるが、あれは痣だ。しかも呪いの類である。首筋から生命力を徐々に奪っていく『灰被り殲滅(シンデレラバースト)』の弊害。


 諸刃の剣なのだ。


 呪いの元は竹刀。決してその手から離れる事のない脅威、だが深夜一二時までは力強い味方になってくれる異形の刃物にして、それ以外の要因で死ぬ事を許されない呪い。


 一方、呪いの方も次の夜一二時までがリミット。痣がぐるりと首を一周した時点で、真那枝の命が絶たれる。


 そういう物語だった。


 ……もう、恥ずかしがっている場合じゃない。素直に設定でもキャラクターでも向き合って真摯に分析する必要がある。


 あの物語の中では、主人公はヒロインを救えなかった。


 これは僕の創作物の中でも珍しいパターンで、割とバッドエンドな終わり方だった。数多ある作品の中で、ちょっとくらいテイストの違うものを書きたいと思ったのだ。幼馴染の少女と結ばれる未来なんかない、という自信のなさでも表出してしまったのだろうか。


 結局僕は、緋灯恭哉を馬鹿にできないくらい馬鹿野郎だった訳だ。


 魔術師を退けるために真那枝に協力を仰ぎ、その結果、彼女の命をさらに危険に晒している。


「……」


 スマートフォンをチラリと見やる。


 今表示された時刻は、八時を刻もうとしていた。


 残りは、約四時間。


 これが僕の想い人の命の残り時間。


 思う。

 肝に銘じる。




 絶対に。


 これから先、ほんの些細のミスも許されないと。




「……行こう」


「わっ、と⁉ ちょ、手を摑む必要ある?」


「お前が危なっかしくて見ていられないんだよ。人の目がなけりゃ首輪をつけてリードで引っ張りたいくらいだ」


「心配している風を装って妙な性癖を押し付けてくるんじゃないわよ」


 残念ながら、まだ終わった訳じゃない。


『ブラックマーメイド』のステファニーにはまだ目をつけられたままだ。今この瞬間にも翼の生えたクセニア=ラブニャリアや実験により肉体を限界まで改造されたロザリア=マリアーニが襲撃してきてもおかしくない。


 河原から黒いアスファルトの上へ。


 駅はもう諦める。人の多い所に向かえば向かうほど、さらに事態は悪化の一途を辿ってしまう。無関係な人間を巻き込む訳にはいかない。


 幼い頃から知っている、この手の温もりだけは失いたくない。


「歩夢、行くアテはあるのかしら」


「今まで書いた作品は『ブラックマーメイド』『赤の魔術と純真聖域(エンジェルアート)』『犯罪都市のライフスタイル』『盗賊王J』『科学で作る魔法少女』『Artificial Intelligence War』『魔導エンジニアの受難』……その中で使えるものがある」


 そう、あるはずだ。


 何が原因なのか知ったこっちゃねえが、とことんまで僕の創作物が現実になっているこの世界ならば、あの眉唾だってあるはずなのだ。


「『赤の魔術と純真聖域(エンジェルアート)』の中で闘争が起きたのはあらゆる者の願いを叶える聖書のせいだ。あれは隣町の教会を完全にモデルにした。だったらあそこには僕の願いだって叶えてくれる聖書が眠っているはず……ッ‼」


「なるほど! それでこの狂った状況をゼロに戻してもらうって訳ね!」


 納得したような声を出す可愛い少女だったが、僕としては現状の回復というよりも真那枝の命が脅かされないように祈る方が先だ。……正直に言って、これは緋灯恭哉のせいだけじゃない。怒りに任せて責任転嫁したい気持ちはあるが、完全に僕の不注意だ。


 好きな女の子の手を握っているっていうのに、トキメキとかドキドキとかピンク色の気持ちが湧いてこない。


 とにかく、たった四時間の焦りが勝つ。


 財布にロクな金額は入っていないが、教会までのタクシー代くらいならギリギリ足りる。急いで大通りに出るか、スマホのアプリでタクシーを呼ぶか。いくつかの選択肢が浮かんだ時だった。




 ぎゅうっぶわあッッッ‼‼‼ という意味不明な音と共に。


 女の子が二人、夜空から落っこちてきた。




「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 二人の少女がアスファルトの地面とコンクリートの建物の壁にそれぞれが激突していった。


 すげえ痛そう。こいつら登場早々死亡したんじゃないか。


 もう良いよー、もう説明しなくて良いよ省略しようよー。どうせ僕の小説関係でしょ? 逆にそうじゃなかったら本気で怖い。空から女の子が降ってくる時代になったら僕は時代遅れの老害になった方がまだマシだ。


 そして局地的ファンタジーが繰り広げられる。


 高速で走行する車に吹っ飛ばされるよりもさらにえげつない速度でもって地面や壁に激突したはずだというのに、空から降ってきたそっくりな少女二人はむくりと起き上がり、こちらに向けて発言した。


「ええいっ、ここは一体どこな訳⁉ タイムスリップでもしたのお⁉」


「いきなり似たような女子に叩き落とされるは使っている技術も似ているしでマジで意味不明なのよねえ‼」


 まったりした喋り方だというのに、何だか二人ともこめかみに青筋を浮かばせていた。怒りマークすら薄く見えるような気がする。


 似ていた。


 双子レベルでそっくりだった。


 赤と桃色、所々に金や銀のカラーリングを施した金属製のドレス。ミニスカートに白いステッキ。結わえたポニーテール、そして左目を覆うそれぞれの片眼鏡はわずかにピンクに色づいており、いくつかの情報が映し出されていた。ひょっとしたらAR方式で視界をモニターにしているのかもしれない。


「……ま」


 悪い癖が出てしまう。


 僕は現状という現状を丸ごと忘れてこう叫んでいた。


「魔法少女キターっっっ‼」


「……ええと、歩夢さん? 紹介してもらえるかしら?? これはあなたのどういう性癖が爆発して生まれたナニ???」


「真那枝、発言には気をつけよう。そのたった一言で僕はヒキコモリになれる程度には傷ついている」


 出典は間違いなく『科学で作る魔法少女』だ。


 そして僕の創った物語、『Artificial Intelligence War』にも魔法少女が登場する。そう、いわゆるマイブームだったのだ。魔法少女がやたらと上手く書けた。そんな理由で別の作品にも魔法少女が出現した訳である。


 ……つまり、競合していやがるんだ。


 同じメールアドレスが二つ存在しているようなものだ。送られてくるメールは一つじゃなければおかしいのに、二つあるためこっちの世界では存在している魔法少女が二人になっている。もちろん作品自体は二つあるからおかしい事ではないんだけど、僕からすればほぼ同じキャラクターだから違和感がすごい。ぶっちゃけ言うと同じ人間が二人いる感じがする。


 でも出典が違えば丸っきり異なる人間なのだろう。


 よくよく思い出せば名前も違った気がする。


「えーっと、どっちがカレンでどっちがクレアだ?」


「私がカレンで」


「わたしがクレアよ。……どうして名前知っている訳?」


 お前らの生みの親だとか言ったら最後、たぶん変態扱いされてボッコボコにされる。


 だから黙っていたのだが、彼女達は科学技術の数式のみでガチの魔法を生み出してしまった怪物級の天才だという事を失念していた。


「……ま、言っても信じないだろうしなあ」


 この一言のみだ。


 たったこれだけの言葉で、彼女達には無限の推論が成り立つのだ。


「え、なにこれそういうコト? つまり私達の生きている世界がシミュレーション仮説だったって訳?」


「いやいや、それこそどういう事なのよ。だったらわたし達がこうして『外』の世界に飛び出している事自体がおかしいでしょうが」


「問題はそこなのよね。誰かが化け物じみた数式で私達を召喚させた……?」


「三次元から四次元より向こうへ? わたし達が観測できる次元には限りがあるはずよ。そのフィルターを突き抜けて体が世界線を超越するなんてあり得るのかしら」


 ……二人の会話は、残念ながら理解できてしまう。


 真那枝がキョトンとしているのは頭が悪いからではない。これは僕が考えそうな言葉で、僕が構成しそうな話の道筋で、僕が展開しそうな会話だからだ。自分の考えを外から聞いているようでムズムズするけど、考えが整理されていくようで割と心地良かったりする。


 ただしこれ以上、議論が激化してしまうと僕の大好きな女の子の顔が完璧に固まってしまう事請け合いだったのでとりあえず天才の共通言語だけはブレーキを掛けてみる。


「……カレン、クレア。ちょっと一度落ち着こう」


「やかましい‼」


「つまりあなたが私のパパを殺したって事でしょ⁉」


「あなたもなの⁉ わたしの世界線でもパパが殺されて悲劇のヒロイン状態からスタートだったわよ⁉」


「だってそれは仕方がないだろ⁉ そういう始まりじゃないとあの物語は始まらなかったじゃん!」


「「そんな理由でいたいけな女の子の父親を奪ったかキサマ‼」」


「怖い怖いステッキこっちに突き付けるな‼」


 それでもドレスの力を利用して本気で襲い掛かってくる事はなかった。


 ハッピーエンドで終わらせておいて本当に良かった。バッドエンドだったらここで僕はリアルにスプラッタにされていただろう。彼女達は新しい人生を歩いている。ここで高校生をフルボッコにして自分の人生を台無しにするほど、この子達は馬鹿じゃない。


「……天才少女に聞きたいんだけど」


「「なに?」」


 二人同時に返事が来た。


 ありがたかったので、とりあえずこう言い放つ。


「例えば、科学の世界でファンタジーが現実になったとしたら。……アンタ達なら、真っ先に何が起こっているって考える?」


「「……ふむ」」


 二人ともが顎に手を当てる全く同じ挙措で思索にふける。


 ここからは僕の知恵じゃ足りない。生み出したキャラクターでも、僕自身が魔法を使える訳ではないのと同じだ。天才少女と定義した。それだけで僕以上の思考能力を彼女達は保有している。


「わたしの考えが間違っていなければ……まあ間違ってないと思うけど、まず前提として『それ』があなたの常識の外にあるに違いないわね。観測はできても分析ができないもの」


「私達が科学で魔法に見える技術を作り出したのと同じね。……ま、理論を与えてくれたのはあなたみたいだけど。観測者には魔法に見える、でも使っている技術は科学の法則でしかない」


「つまり見えている角度によって現実はどうにでも歪むのよ」


 やばい。


 頭が良過ぎてちょっとついていけない。二人で暴走されると生み出した僕ですら追いつけなくなってしまいそうだ。


「小学校の先生にもよく言われていると思うけど、馬鹿にも分かるように言って」


「愛波先生はIQが低いだけで馬鹿な訳じゃないもん」


「うっわ、学校の先生の名前一緒だっ⁉ こいつこの野郎っ、名前を考えるのが面倒臭いからってキャラの名前使い回ししていやがるわね⁉」


「だって仕方がないだろ⁉ 俺の文章を一番最初に褒めてくれた恩師なんだ、名前を拝借したってバチは当たらないはずだ‼」


 真那枝はもう頭が痛くなってきたのか、こめかみの辺りを指先でグリグリなさっていた。


 小中高と一緒の学校だから先生ももちろん共通認識のある項目だ。こんな状況でいきなり知っている人の名前が出てくれば、多少は苦い顔になって当然か。


 しかし魔法少女達の方からは、予想外の反応があった。


「ほえー、素敵な理由……」


「分かるー、わたしも最初にパパが認めてくれたから科学の道に進んだ訳だし……」


 なんかほんわかした空気が流れる。


 全体的にはペットの犬がじゃれている動画でも見た時の反応に似ている。女子特有の甲高いきゃーきゃーが夜の街に響く。できればこんな恥ずかしい理由で聞きたい声ではなかったが。


 本題に戻ろう。


「で?」


「この世界はきちんと科学が闊歩しているのよね? だったら科学技術の究極が顔を出した。もしくは」


「……その域を大きく超えているか。そのどちらかでしょうね」


 科学技術だけでこんな事が再現できるか。


 まだまだ未知数だとはいえ、科学に限界はあるはずだ。特に時間はそこに密接に関係している。未来の事は知らない。だけど今こんなファンタジーじみた事ができるとは思えない。


 率直に言って、緋灯恭哉側の匂いがする。


 科学ではなく、魔術寄り。


「あともう一つ聞きたい。現象に対して観測者がき




 ドゴッア‼ という硬い何かを砕く音が全員の鼓膜を叩いた。


 会話が完全に中断された。




 僕と真那枝の背後から響く唐突な音に慌てて振り返る。


 獣耳を生やした少女が見えた。どうやら本当に生えている訳ではなく、クセまみれの髪の毛を整えて作っているようだった。


 一瞬で看破する。


 平和な時間のせいで忘れかけていた存在が闇から顔を出す。


「『ブラックマーメイド』出典、ロザリア=マリアーニか‼」


 緋灯恭哉に比べれば、なんて事はない。


 ただの怪力少女だ。見た目は一二歳程度、赤い髪に必要最低限の部分をライオンの毛皮で覆った女の子。人体実験によって改造された肉体、というこれまたダークな一面を持つロザリアではあるが、こちらには光と同等の速さで攻撃できる真那枝がいる。しかも武器のないロザリアに少しでも触れた途端、電撃で昏倒を狙える好条件が揃っている。


 そう思っていた。


 だけど違った。


 先ほどの異音は何だった?


 硬い何かを砕くような、あの音の正体は?


「……おいおいっ⁉」


 ケモミミ少女の拳が黒いアスファルトの上に叩きつけられていたのだ。


 そこから衝撃波を可視化でもしたかのように、地面のヒビが蜘蛛の巣状に広がっていく。ベギベギベギッッッ‼ という炭鉱の掘削工事よりも強烈な音が地を這うかのようにやってくる。


 やらかした。


 まずい。


 ロザリアの細腕にしては、筋力にステータスを極振りし過ぎたか⁉




 それは割れるというより、崩壊に近かった。




 アスファルトが砕け散る。そして地面の感触が消えて、足元に通っていたらしい地下鉄が見えてそれが線路の上……っ‼⁉⁇


 思考が飛びかけた時であった。


 襟首をぐいっと引っ張られる感触がして、落下を始めようとしていた僕の体が上へ上へと舞い上がっていく。あっという間に近くの建物の三階部分を飛び越えてしまう。首を動かして横の建物を見る。窓ガラスに映る自分の姿を目撃して理解する。


 カレンのヤツに首根っこを摑まれて浮遊していた。


 魔法以外に空も飛んでしまうのだから、今夜はもう初体験の記念日として僕の人生を設定した方が良いのかもしれない。


「カレン、真那枝のヤツは⁉」


「クレアに持ち上げられてもう屋上に辿り着いているわよ」


「頼むから落っことさないでくれよ。何なら抱き着こうか?」


「まだ信じられないけど、ドレスの設定をしたのがあなたなら大丈夫なのは知っているでしょ。これでも車一台ぐらいなら持ち上げられるわよ。ロザリアみたいにぶん投げるのは無理だけどね」


「あれ、ロザリア知ってたっけ?」


「……私の世界線にもあいついるわよ。またキャラ使い回ししたでしょ」


「どうして浮気現場を目撃したような顔でこっちを見るんだ。お前には格好良い幼馴染を用意してやっただろ。それで許してくれ」


「ぶふっ⁉ あいつ、うそ、あの子が私の運命の相手な訳ぇ⁉」


 ぐらんぐらんと視界が揺れた。魔法少女のドレスの出力か操作か、とにかく何かミスったのか、飛行姿勢が軽くメチャクチャになっていた。危うく振り落とされそうになるが、結局はカレンに抱き着く事で事なきを得る。


 どこの建物かは知らないが、屋上に着地すると真那枝とクレアが待っていた。


「……歩夢、どうして女子小学生に抱き着いている訳?」


「命の危機だったから以外に理由があると思っているのなら真剣に話し合おう」


 めらっとしている幼馴染であったが、たぶんこれは僕が嬉しい嫉妬のパターンではない。昔から一緒にいる少年が性犯罪者になっていねえだろうなコラ? みたいなニュアンスが強い。つまりここで鼻の下を伸ばしたりなんかしたら竹刀から僕の体に向かって真っすぐに稲妻が走って黒コゲにされるはずだ。


 そして真那枝に言い訳している場合でもなかった。


「……それ、どういう原理で空を飛んでいるの……?」


「クセニア=ラブニャリア……ッ‼ くそっ、『マーメイド』に追いつかれたのか‼」


 シェリーは退治したから無視して良し。こいつらは利害だけでつるんでいるような関係だから報復や復讐、仇討ちなんかの私怨が乗っかってくる訳ではない。


 だけど、そんなものを除外してもこいつらの戦力は最悪だ。


「さっさと行きなさいよ」


 そんな中で意味不明な言葉が聞こえた。


 傍らの魔法少女の口からであった。


「こいつらは私達が引き受けてあげるわ。その間に目的を果たしなさいよ」


「あれだけ悪魔的な思考ができるんだし、この事態を収めて状況を『元』の世界に戻す算段もついているんでしょう?」


「方法が全くないとは言わせないわ。だってあなたはいつも私達にそういう状況を用意していた。私達にさせておいて自分にはできない、なんて主張は通らないわよ」


「お前ら、どうして……」


「ここであなたが倒れれば、きっと私達は『元』の場所に戻れない。だから戦う、それだけの事よ」


 感謝するしかなかった。そして拘泥している暇はない。一瞬の迷いがたった一つの希望を瓦解させる事もある。


 僕は隣の幼馴染に向けてこう叫んだ。


「真那枝っ、目潰しだ‼」


「んっ‼」


 竹刀の扱い方は直感的に分かっているのか、幼馴染が電撃を空に向けて放つ。……だったらクセニアに放電すれば良いと思うかもしれないが、彼女の翼はあらゆる物質、物体を飛んできた方向に跳ね返すという厄介な性質を持っているので、これで正解である。


 その隙に僕は真那枝の手を摑み直し、ビルの屋内に続く扉に向かって走る。


 たった二〇メートルが遠い。爆音と轟音が背後から響くが、一度でも振り返ったら現実離れし過ぎた光景に足が止まってしまいそうだった。


「歩夢、良いの⁉」


「僕は確かに創り出したキャラクターを愛してる。でもお前の方が大切だ、真那枝‼」


「なっ⁉ にゃに言って……っ⁉」


 背後に執着しそうになった真那枝を扉の向こうに引っ張り、エレベーターにぶち込む。


 一階まで降りるとすでにビルの入り口は閉まった後だった。定時で帰れるホワイトな企業なのかもしれない。


「どうやって開けましょうか、ええと、鍵とか……」


「探してられるかクソッたれ……ッ!」


 観葉植物の植木鉢に目をつける。


 ちっこいヤシの木みたいな幹を両手で摑むと、僕はガラス張りにされている窓に走り込み植木鉢を叩き込む。


 幸運な事に一回で割れる。


「いいや、真那枝の手を放して植物握ってんだからこれは不運か……ッ⁉」


「あなたさっきから頭おかしくなってない?」


 実は割とこれで正常なんだけどな。


 砕け散ったガラスを無視して、僕と真那枝は外に飛び出す。


 教会まで走る。


「タクシーとか捕まえないの?」


「タクシーを外側から襲われたら逃げ場がない。車から外は死角だらけだ。おそらく後方支援のステファニーはまだ『ここ』を見ている」


 魔法少女側が絶対に勝つ。


 そんな理想は通らない。創った僕からしても、勝利の軍配がどちらに上がるかは分からないのだ。大接戦になるのは間違いない。


 今も屋上からバンバン花火みたいな音が聞こえてきているし。怖い。隕石みたいに魔法少女がもう一回落下してこないか超怖い‼


 疲れた体を引きずりながら、僕らは教会を目指す。


 教会までの距離はどれくらいだろうと思って、スマートフォンのナビアプリを開く。


 徒歩二〇分。真那枝一人だけならともかく、僕の現実的な体力を加味すれば走って一五、六分といったところだろう。


 視線を横へと促す。


 真那枝の首の痣が広がっていた。


 残り時間は三時間半ほど。



 このまま順調にいけば余裕だ。


 ……そう、順調にいけば。横槍さえ入らなければ。


「ねえ、歩きスマホ禁止。走らなくても良いのかしら」


「調べ物をするまで待ってくれ」


 SNSを少し閲覧して目的の情報を手に入れると、浅く疲れたような息を吐く。


「どうしたのよ?」


「……歩き疲れただけだよ。さっさと走ろう。真那枝、僕を置いて行かないでくれよ」


「朝寝坊しないように毎朝コールしてあげているのよ? 今になってそんな事する訳ないでしょうが」


「僕は中学のマラソンでそう言ってぶっちぎりで一等賞を取るお前を三回見たよ」


 疲れた息を吐いた理由に、嘘をついた。


 本当は、思いついたのだ。




 何の横槍も入らず海原真那枝の無事を確保して、この状況を収める方法を。






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