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廃墟  作者: 小石沢英一
8/8

地下

犯人逮捕はおろか熊坂の行方さえも進展がないまま数日が経過した。


 僕は担任の山野が魔物ではないかと、疑っていた。証拠はない。本人に聞くわけにもいかず、目の前で直視するが、疑念が増すばかりだ。


「先生!」


 僕は放課後に山野を見かけたので、呼び止めた。


「何だ?」


 と、山野は振り返った。


「廃墟の病院って最近、行きましたか?」


「事件があった所だろう。行くわけがないだろう」


「殺された教授とか高校教師は知っていますか?」


「大学教授は知らんが名栗先生は知っているよ」


「やっぱり」


 僕の勘は当たっていたのか。興奮していたので、声が大きくなっていた。


「知っているって言っても、数回、会ってちょっと話したくらいかな」


 確証はないが、名栗と山野が繋がった。これで山野が魔物である確率は少なからずある。今日はその事がわかっただけでも収穫があったと言えよう。


 帰宅すると、僕宛てに手紙が届いていた。もちろん宛名はない。印刷されているので熊坂だと思った。いや、思いたかった。すぐに封を切った。


『今晩十時に廃墟の病院の地下に集合。


 時間厳守』


 文面はこれだけである。あっさりしすぎていて、イタズラではないかと疑いたくもなる。


 地下を指定していなければ、破り捨てたかもしれない。あの階だけはほとんど行っていないし、事件も起こっただけに何かある気がするのだ。


 事態は急に動き出した。

 

 父親が夜勤なので、家は簡単に抜け出せた。だが、外は寒い。こんな事でないのなら、家で寝ていたい。


 何度も廃墟の病院には来ているので、家から所要時間は把握していた。ちょうど三分前に到着した。誰もいない。


 手紙の送り主が熊坂なら到着しているはずだ。


 スマホが鳴った。予め十時にアラームを設定していた。音を切った。


 ここにいないなら、熊坂は地下で待っているのか。


 呼び出すくらいだから、事件に進展があるのだろう。それに久しぶりに熊坂と会える嬉しさで、陰惨な事件現場である事などすっかり忘れていた。いや、忘れるように努めた。


 階段を下り、踊り場を出て、長い廊下を抜けた。霊安室の鉄扉を開け、いつでも逃げられるようにドアは固定した。開けっぱなしの状態である。


「おーい、熊坂」


 照らした先には誰もいないし、返事もない。もちろん天井も照らした。


「ん?」


 新しい発見があった。入って来た鉄扉以外にもう一つ鉄扉があった。


 僕はすぐにもう一つの鉄扉を開けた。


 照らした先に壊れた机が三台ある。周囲に書類が散らばっていた。その部分だけ見ると、荒らされたような感じだ。おそらくは肝試きもだめしで入った侵入者がやったのだろうか。


 何かあると期待したが、新しい発見はない。


 なぜ、熊坂は地下に呼び出した?


 バタン、バタン!


 と、遠くからドアの開閉音がする。


 誰だ?


 熊坂が僕を探すために個室を一つずつ調べているのだろうか。もっと具体的な部屋を指定すれば二度手間にならずに済んだはずだ。


 僕は急いで霊安室に戻り、固定してある鉄扉を出た。


「熊坂!」


 大きな声だった。返事を期待した。


 静まり返っている。


 長い廊下を照らすも、誰もいない。


 バタン。


 近くのドアが閉まった音だ。


 僕は手前のドアから開けた。


「熊坂」


 誰もいない。続いて隣のドアを開けた。


 ここにも誰もいなかった。


 距離からして、次くらいが音の発生源だ。


 僕はドアを開けながら「驚かすなよ」


 と、照らした。


 ただの壁が見える。


 誰もいない。


 と、その瞬間、ポタポタと液体が天井から降って来る音がした。


 ここの空間には何かいる。


 魔物が天井に貼りついているのだろうか。確認をしたいが、光をあてて、襲ってくるのではないだろうかと、手が震えた。


 半回転して、部屋を出て長い廊下を駆け抜ければいい事なのだ。


 出来るか?


 自問自答して、出来ないと言う回答はない。


「わぁ!」


 僕が動く前に照らした先に魔物が降って来た。身体をドアに向けて半回転した。ドアを開けた。あとは右に向かって長い廊下を走るだけだ。それよりも足が重い。


 なぜだ?


 僕は前のめりに倒れた。右足を掴まれたのだ。魔物に襲われる。足をバタバタと暴れるが、うつ伏せの状態では先には進む事は出来なかった。


 魔物に食い殺されるのか。


 絶体絶命だ。


「大丈夫か?」


 踊り場付近から聞こえた。記憶にもない男の声だ。


 僕は耳を疑った。このに及んで幻聴か


「そのまま伏せていろよ。起き上がるなよ」


 と、まくし立てる。


 バキューン


 と、発砲音が響いた。本物の拳銃音を間近で聞く事はない。人生初めての体験だ。耳の鼓膜が破れるのではないかと思うほど、爆音だった。


 しばらく耳からの情報は遮断された。


 懐中電灯も落とした。


 視覚の情報も真っ暗で、ほとんどない。触覚が唯一の情報だ。腕を掴まれた。


 誰だかわからない。


 そうなると恐怖で冷静な判断は不可能だ。掴んでいるのは魔物か。


 僕は身体を動かし、暴れて振り解くしかなかった。びくともしない。圧倒的な力に魔物なら、命の保証はない。強引に引っ張られている。


 真っ暗でも階段を上がっているのはわかった。


 万事休ばんじきゅうす。これ以上の言葉はみつからない。


 まぶしい。


 ライトで目を潰すのではないかと思うほど、明るかった。


 時間の経過も麻痺し、長い時間、地下にいたような気がした。


「大丈夫か?」


 はっきり聞こえて、目の前にいるのが人間である。見た事もない大人の男だ。


「たぶん……」


 僕はこの状況が理解出来ないので、小声で曖昧あいまいな答えを言った。


「もう、大丈夫だぞ」


 と、同じ事を言っているので、何がと、問いたかった。


「俺がわかるか?」


 僕の目の前に熊坂がいる。幻覚か。それとも夢なのか。


「熊坂!」


 僕は現実に戻った。幻覚でも夢でもない。正真正銘の熊坂多久だ。久しぶりだ。


「危機一髪だったな」


 熊坂は微笑を浮かべた。


「何だよ、手紙をくれてどこに隠れていた?」


「手紙? ああ、お前を安心させるために前に送ったな」


「違うよ、今日ここに来いって」


「知らないな」


「じゃあ、誰が?」


「うーん、誰だろう……」


 熊坂は知っているようだ。


 周囲がガヤガヤする。


「あれは?」


 僕はパトランプで救急車の存在を知った。


 するとストレッチャーに人が乗せられているのが見えた。廃墟の病院から出て来たのだ。誰だ。魔物か。黒いズボンが見えた。


「魔物の正体だよ」


 熊坂は落ち着いた声で言った。


「ええっ! あの男が魔物かよ」 


 僕は正体が見たくて、近づこうとした。


「待て」


 熊坂が僕の腕を掴んだ。


「何だよ。どんな奴か顔が見たいじゃないか」


「知っている奴だ」


「えっ、もしかして担任の山野か?」


「違う」


「保科だ」


「ほしな? 保科えり? 女子だろう」


「そうだ」


 僕は地味な保科えりが魔物の正体とは信じられなかった。いや、違ってほしかった。


 人体実験にさせられ、薬の開発者、資金提供者、人材確保に関係した三人は死亡した。しかし、発見が早ければ命は助かったはずだ。


「手紙の送り主だな」


 と、熊坂はぽつりと言った。


 僕は保科に陥れるような事には無関係なはずだ。なのに、なぜ地下に呼び襲った。


 その問いに熊坂はわからないと言った。


 保科えりは僕を襲おうとして、警察が踏み込んだ際に命の危険を察知し、拳銃を発砲した。病院に搬送されたがまもなく死亡が確認された。関係者がすべてこの世にいなくなったので、事件の真相は闇の中に葬り去られた。


 報道では未成年者が関係していたが、自殺したのでバラバラ殺人事件の動機は不明と結論して終了した。


 僕は気がかりな事があったので、熊坂にいた。


「どこまで知っているんだ」


「魔物にされたと保科に告白されて、半信半疑だったよ」


「いつの事だよ」


「だいぶ前」


「最初の事件から知っていたのか?」


「知っていた。けど、大人が女子高生に襲われるなんてありえないって思って……」


「そうなんだ」


「だから、俺も変な事を言って、注意をうながしたんだ」


「もっと直接言ってくれればいいのに」


「確証がなかったんだ」


 熊坂はがっくりと肩を落とした。


 熊坂は表向きは事件の重要参考人だが、この奇っ怪な事件を警察に話し、行方不明を装い保護してもらっていたのだ。だから見つかるはずもない。


 数日後に学校に行くと、熊坂はバラバラ殺人事件とは無関係とわかり、誰も何も言わなかった。保科は退学したと発表されても誰も興味がないし、まして僕や熊坂がバラバラ殺人事件の犯人とは言わないので、忘れ去られた存在だった。


 表面上は大学受験に向けて、忙しいが、僕は保科が変身した姿が脳裏から消えなかった。また現れるのではないかといつも震えていた。いつになったら忘れる事が出来るのだろうか。


 ふと、保科えりの行動を振り返ると、変身後に怪力はあるが、凶暴ではない気がした。人体実験に関わった三人を傷つけただけだ。大学教授の大城と高校教師の名栗は発見が早ければ命が助かったはずだ。


 僕の場合も脅かす程度なのかもしれない。


 保科えりが死亡したので、本当の事はわからない。


 熊坂にはその事を言っていないのに「ネックレスは保科からもらった。けど、返すのがかわいそうだし、だから落とした時は焦ったよ」


 と、照れくさそうにしていたが、ネックレスは今も首に下げていた。


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