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廃墟  作者: 小石沢英一
7/8

手紙

一夜明け、殺人現場までの記憶はある。岩野が死んでいる事ははっきりと覚えている。死因はわからない。その後の事は覚えていない。自宅に戻り、父親に怒られた記憶はある。事件の詳細はわからないままだ。


 朝食時にテレビは消されたままだった。父親が事件の報道を見せないための処置だろう。


 僕は家を早く出た。スマホで昨日の事件を閲覧えつらんするためである。


 警察発表によると殺されたのは岩野進。死亡推定時刻は一昨日の午後十時頃から十二時位の間らしい。あの悲鳴を聞いた時間だ。この事件も左足だけがなく、バラバラ殺人事件と断定した。死因は窒息死と発表された。しかし、これ以上詳しい情報はない。


 そして重要参考人が行方不明の男子高校生と発表した。いかにも熊坂が犯人扱いされているので、僕は憤慨ふんがいした。


「熊坂さんは何日も欠席だけど、どうしたんですか?」


 下駄箱で小さな声でいきなり話しかけられて、僕は心臓が止まるかと思うほど驚いた。視線の下に保科えりはニコリともせず、無表情だ。


「風邪だろう」


 と、僕はぶっきらぼうに答えた。もしも目の前にいる女子が綺麗な子だったら僕の態度も違っていたはずだ。


 登校する生徒が増えて来ると、話題は熊坂の話になっていた。予想はしていたが、聞かれても知らないとしか答えられない。


「うそつけ。本当は知っているんだろう。どこに隠した殺人犯を!」


 人権侵害な発言に怒りを抑えるのが大変だった。全方向からの絶え間なく騒音のようで、あと数秒続いていたら、大暴れしていただろう。


「静かに!」


 担任の山野が大声で言うと、教室は嘘のように静まり返った。


 いつもグッドタイミングだ。また救われた。山野は小柄なのに生徒を黙らせる力量を持っていた。改めて感心した。


 その瞬間、ある事を思い出した。


 魔物だ。向かい合った時に僕の視線より低かったのだ。つまり、熊坂は長身だから、魔物であるはずがない。山野の方が魔物にピッタリと合うのだ。これは確信だ。

 

 制服は便利だ。第一発見者なので、岩野宅に帰りに寄った。通夜中だった。人がぞろぞろと出て来る。


 僕は高校生だったので、大人にまぎれて、門を通り抜けた。偶然にも奥さんと出くわした。殺される前に奥さんと面識があるから、僕は会釈した。


「ちょっと、待って下さい」


 奥さんは言って、家に入った。


 僕はその場に立ち止まった。


 奥さんはすぐに出て来た。


「これを」


 一枚の封筒を渡された。


「これは?」


「最近、見つかったんです。野村って男子高校生に渡せとだけ書いてありました」


「……」


 僕が質問をしようとするが、奥さんは潮が引くようにいなくなった。


 岩野が死に際に残した手紙。重要な事が書いてあるに決まっている。いや、岩野の証言は支離滅裂なところがある。簡単に鵜呑みにするのは危険だ。それでも内容は気になるのだ。


 家に父親がいたら、手紙を読むのも憚れたはずだ。今はいない。


僕は興奮を抑えるのが精一杯だ。


『この手紙を、読む頃には私はいないかもしれません。


ですから、魔物についてすべて教えます。


こんなことは警察に言っても信じてもらえないので、魔物を見たあなたなら大丈夫だと思います。


まずことの起こりは、大学教授の大城が新薬を作るということで私が、莫大な資金を提供しました。


この薬は、もともと若返りのための薬でした。ところがいつの間にか肌の色が変化する薬に変わりました。私には到底理解出来ませんが、大城は中止する事なく続行しました。 

 そして、高校教師の名栗教子がどこからか、数人の高校生を連れて来ました。


 最初は失敗ばかりで、効果は何もありませんでした。失敗と思っていましたが、一人の高校生だけ反応があったのです。初期症状としては吐き気と頭痛に悩まされていたようです。薬との因果関係を調べているうちに凶暴になり、身体全体が変異し、昆虫のように変身したわけです。変身後一定時間で姿は元に戻るようですが、いつ変身するかは研究中でした。


どうやら、大城教授は無断で人体実験をやったのです。


 魔物にされた高校生は何も処置してくれないどころか、見捨てたようです。それが恨みに変わり、大城と名栗教子に復讐を果たしたのです。二件の殺人事件に発展したと推測しています。


 私の知っている限りでは数人に反応があったと聞いています。その中で一番効果があったのが貴柿優斗きがきゆうとと言う人です。調べれば事件は解決に向かうはずです』


 手紙には貴柿優斗の住所まで書いてあった。


 これで熊坂が犯人でない証拠をようやく見つけ、僕は大声で叫びたい衝動にかられた。


廃墟の病院と違って、十階建ての団地は無気味とは無縁な場所だ。いや、廃墟の病院が異常なほど無気味だからだ。


 エレベーターで四階に上った。『貴柿』と書いてある表札はすぐ見つかった。ドアを叩いた。チャイムが見当たらなかったのだ。


 すぐにドアはゆっくりと開いた。十センチほど開けて、その隙間から顔が半分見えた。


 四十代と思われる女性は貴柿優斗の母親だろう。


「何でしょう?」


 貴柿の母親は眠そうに目を腫らしている。


「優斗くんいますか?」


「優斗? いないよ……」


「いつ帰って来ます?」


「もう、帰って来ないよ」


「えっ? それじゃ、今、住んでいる住所を教えてもらえませんか?」


「だから……」


 貴柿の母親は声を荒らげるかと思うと、途中で黙った。


「……」


 僕は貴柿の母親が機嫌が悪いのはわかったが、その原因はわからなかった。


「死んだよ」


「えっ?」


「三ヶ月前にね」


 刺々しい。


「そうですか……」


 すでにドアは閉められていた。


 魔物の正体だと思われていた人物かすでにこの世にいない。岩野の手紙に踊らされた。やはり事実と違う事ばかりだ。


 貴柿優斗はバラバラ殺人事件に無関係だ。振り出しに戻り、徒労感とろうかんに襲われた。


 重い足を強引に帰宅するために動かすのが苦痛だった。心は曇るだけで晴れ間さえ見えない。


 家に帰るのも億劫おっくうな状況だ。赤いジャンパーを着た人が僕の目の前に現れた。


 熊坂を想像した。


 だが、違った。


「保科かよ」


 学校ではスカート姿だが、目の前にいる保科えりは真っ黒なジーンズで男性に見える。


「……」


 保科えりは返答に困り、きょとんとしている。


「そのジャンパー、熊坂と同じじゃないか」


「これは部活のオリジナルジャンパーです」


 耳に聞こえる程度の音量だ。


「そうか」


 僕は納得した。確か文芸部だ。


「それじゃ……」


 足早に立ち去ろうとしている。


「ちょっと、待って。部の顧問って誰?」


「山野先生です」


「そのジャンパーって山野も持っているか?」


「はい……」


 保科えりは幽霊が消えるようにいなくなった。僕は山野が魔物に思えた。

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