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廃墟  作者: 小石沢英一
5/8

呼び出し

あれから数日が経った。


依然事件いぜんじけんに進展はない。熊坂は行方不明のままだ。もちろん魔物が新たな事件を起こしていなかった。


 そんな最中、僕の携帯電話が鳴った。見知らぬ番号だ。無視をしようとしたが、記憶の片隅に見覚えのある番号だった。


「もしもし……」


 僕は警戒しながら、相手の反応を待った。


『岩野です』


 落ち着いた声だった。僕の記憶にあるはずだ。と、一人で納得した。


「どーもです」


 僕は明るい声のトーンで言った。


『一回しか言わないから聞いて。あの病院で重大な事がわかったんだ』


 岩野はここでしばらく沈黙した。


 僕はしびれを切らし「重大な事って?」


『無理だ。電話では無理だ。今晩にでも廃墟の病院に来てくれ。夜の十時頃がいい』


「ちょっと待って下さい」


 すでに電話は切れていた。断る暇さえなかった。僕はこの事件を静観せいかんするつもりだ。だから、今さら廃墟の病院に行く気はない。問題外だ。



 僕は懐中電灯をくか何度も確認した。廃墟の病院の前でも繰り返した。電池切れなら帰宅を決めていた。


懐中電灯は点いていた。


 改めて廃墟の病院を見ると、無気味ぶきみだ。夜だからなのか、バラバラ殺人事件があったからなのかわからないが、昼間と違って目の前にいるだけで震える。それは寒さがプラスしてさらに身震いが激しくなるのだ。


 午後十時頃に待ち合わせをしたが岩野が現れない。緊急で呼び出すほどなのだから、事件に関して重要な事だろう。


 人気のない場所で待っていると、いつ魔物に襲われてもおかしくない雰囲気だ。


 僕はスマホで時間を確認した。


 もう限界だ。寒さにえる自信がなくなっていた。


「ん?」


 男の声で悲鳴がかすかに聞こえた。廃墟の病院からである。


 魔物が現れたのか。


 もちろん恐怖もあるが気になった。


 足が勝手に走り出していた。廃墟の病院に突進するようにである。


「岩野さん!」


 僕はまず大きな声で呼んだ。反応はない。予想していた事だ。


 どうする?


 警察に電話して逃げる手もある。


 その選択は選ばなかった。


 階段で二階に上がり、踊り場から出て、廊下を左右に懐中電灯を照らした。叫び続けた。


 二階にはいなかった。いや、調べていないがいない気がするのだ。


 三階が怪しい。僕が襲われた場所だからだ。


 三階の踊り場を出た。見慣れた廊下も恐怖心で違って見える。


 だから一歩が遅い。嫌な汗が額にまとわりついている。


 病室には入らず、廊下でひたすら「岩野さん!」と、ここでも呼びかけるが反応がない。


 深閑しんかん


 息が苦しい。呼吸を忘れるほど、周囲を注視していたからだ。


『305』の部屋だけ、気になる。中に誰かいるような気はするのだ。


 気のせいか。それならいいのだ。 


 しかし、ここまで来て引き返したら、新しい情報が聞けない。熊坂のためにも前に進むしかないのだ。


 僕は部屋のドアをおもいっきりスライドさせた。


「岩野さん!」


 叫ぶように言った。懐中電灯に照らした先は薄汚れた壁と、割れて窓枠だけが残されている。


 急いで、病室をぐるっと一周した。


 誰もいなかった。


 僕の身体はびっしょりと汗で濡れていた。このまま放って置くと、カゼでもひきそうだ。


 安堵感から今まで遮断された感覚が蘇ったようだ。


魔物はいないし、岩野もいない。


 悲鳴は幻聴だったのかもしれない。


 全てが自然現象だと、楽観視する。悲鳴も風のせいで、建物の中にある物が動いたりした衝撃音に違いないと、結論した。


 数分前とは心境が変化していた。


 そう言えば三階で見ていない空間があるのを思い出した。手術室である。建物の角にあって窓などなく、外からの光を通さない場所だ。


 僕の足は軽るかった。ドアが壊れて、開けっぱなしの手術室は恐怖感はなかった。


「岩野さん!」


 僕は強めに言った。もちろん返事はない。奇っ怪な音すらしない。


「どうせ、ここにもいないんだろう」


 予想通り、誰もいなかった。


 三階の病室はほとんど確認していないが、反応がない事から誰もいないと、思われた。


 僕は岩野に会う事を断念した。当分、この廃墟の病院に来る事はないだろう。


 今日は何もなかったって事で終了だ。一階の出入り口を通り抜けた。


「ん?」


 僕は探していない場所を急に思い出した。地下の存在を忘れていたのだ。一旦いったん、足を止めて、振り返った。


 気になった。


しかし、もう一度戻る一歩が出なかった。


 地下には何かある。そう感じる。数回しか行っていないだけに、内部には詳しくない。


 危険だ。


 岩野からこの病院と魔物が関係している理由だと思うが、その情報より命の方が大事だ。


 寒さも手伝って、断念した。


 今、悲鳴が聞こえても、行かない。だから、耳をふさいだ。


 僕は不安定な格好で走った。後ろも振り返らなかった。もちろん悲鳴も聞こえなかった。いや、聞かなかった。

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