岩野の証言
テレビの報道で、二件のバラバラ殺人事件の共通点を知った。大学教授の大城と高校教師の名栗教子は、同じ大学卒だった。年齢も近く、友人関係にあったらしいのだ。
僕は一枚の名刺に電話をしていた。それは高校教師の知人の岩野だ。
大城とも知り合いかを訊くためである。
二コールで出た。僕が名乗ると、有無を言わさず、これから廃墟の病院で会う約束を強引に決められた。
約束の時間に廃墟の病院には岩野はいなかった。午後三時だったので、周囲は明るかった。
僕はスマホにイヤホンを差して、音楽を聴いていた。曲に包まれていると、別空間にでもいるように錯覚した。
肩を叩かれて振り向いた。
岩野だった。
僕は耳からイヤホンを外した。
「先ほどはどうも。野村差機緒君だったよね」
正確な時間経過はわからないが、二曲聴いたので十分程度待っていたのだろう。
「そうです」
「ここで話すのも違う気がする。もっと人気の多い所にでも行こうか」
「はぁ」
僕は岩野が待ち合わせ場所を廃墟の病院に指定したのに疑問に思った。それならば最初から人気の多い場所にすればいいのではないかと不満が募った。言葉にして発しないが顔が膨れていた。
「喫茶店でおごるからね」
岩野はすぐに察したようだ。
人での多い商店街だ。夕方に向かっているので、買い物客が殺到しているようだ。
岩野は小さな喫茶店のドアを開けると、カウンター席ではなく、テーブル席に座った。
注文を終えると、岩野は周囲をキョロキョロした。
「ここだけの話だけど、あそこに魔物がよく出没するんだよ」
岩野は小声で言った。客はカウンター席に一人だけで、三席のテーブル席は無人だ。
「魔物!」
僕はオウム返しに言った。まさか熊坂から聞いていた単語がここでも耳にするとは予想すらしていなかったからだ。
「しっ! あまり大きな声は、出さないで」
「すみません」
「先日、殺された大学教授の大城は不思議な薬を作ったらしいんだ」
僕が岩野に聞きたかった事をもう言ってくれている。大城と知り合いなのか。
「薬ですか?」
「その薬を、人間に飲ますと魔物に変身するんだ」
「変身ですか……」
僕は魔物に襲われた事を岩野に言うか逡巡した。
「その実験になったのが、名栗の知り合いの高校生って聞いている」
「って事は教え子ですか?」
熊坂は殺された高校教師の教え子ではない。その事がはっきりすれば僕の心のモヤモヤもすっきりするはずだ。
「その辺は詳しく知らないんだ」
「教師の知り合いの高校生って言えば普通は教え子だと思うんですけど……」
「本当にその事は聞いていないんだ」
岩野はゆっくりと頭を下げた。
「でも、何だって高校生を実験の材料にしたんですか?」
「詳しくは、知らないけど、成長期が止まる前後の年齢に薬の効果があったらしい。十五歳から十八歳までがいいって聞いた」
「そうですか」
「思い出した。実験材料になった高校生だけど、たぶん、自分の学校の生徒以外を集めていたって聞いたような気がする」
岩野は自信ありげに言った。
つまり、熊坂も例外ではなく、もしかしたら人体実験されたのかもしれないのだ。
「自分の学校以外って……」
僕は危険を承知していたのなら、許せる事でない。
「危険な実験だから、教え子なんてとんでもない事だよ」
「でも、高校生に実験したんですよね?」
僕は岩野に怒りを覚えた。
「効果は長く続かないと聞いている」
「魔物に変身するって事ですよね?」
「変身後は、凶暴になり、見境がなくなるそうだよ」
「殺人を起こすくらい大変な事をしているのに、なぜ実験をストップしなかったんですか?」
「だから、さっきから言っているように、いつ変身するかわからないんだ」
僕の質問の回答になっていない。
「僕にこんなことを話たんですか?」
「魔物がいるなんて誰が信じる?」
「でも、一応警察に言った方が」
「駄目だ! 今度は私が狙われているんだ!」
「それならなおさら警察に……」
僕の話を無視するように岩野はさっと消えた。
今回色々わかった。
殺された二人と岩野は知り合いだ。名栗教子は人材を大城に提供していた。
では岩野の役割は何だろう。
もっとも重要なのは危険と知っても実験を続けたのか?
岩野が狙われている理由がわからない。
制御不能なら無関係な人を襲うはずだ。どう考えても恨みによる犯行の方が筋が通る。
岩野の証言には無理がある。やはり関係者なのか。
でないと、あそこまで語れるはずがない。
熊坂が魔物に変身して、制御不能なら、僕を襲う事もありえるだろう。
岩野の話を鵜呑みにすれば熊坂が魔物に該当する。
本人が否定しようとも、いつ変身し凶暴になるかわからないのだ。
熊坂は何を探しているのだろうか。次のターゲットなのか。
もっと岩野に聞きたい事はある。今日は矛盾が多すぎて、頭がパンクしそうだ。