疑問
次の日。
熊坂は欠席だった。
担任の山野が病欠としか言わなかった。直接聞きたくても熊坂と連絡が取れない。
授業は上の空だ。魔物が気になってそれどころではない。
学校が終わると、直接行った。
昨日あれほど警官に注意を受けたのは覚えている。足が勝手に動いたのだ。何度も熊坂と連絡を取るが留守電状態だ。
時間を経過し、冷静に考えると、魔物はいた。しかし、あの昆虫のような顔はどう説明すれば納得する?
仮面でも被っていたと思えば合理的である。天井から降って来たり、口から吐いた物は今のところ不可解としか言えない。だから現場でタネを探すのだ。
昼間に廃墟の病院を見ると、手入れをしていない建物だけあって、くたびれた感は隠せない。
数日前にバラバラ殺人事件があった場所とイメージすると、狂気じみて無気味だ。これだけ話題になると、他県から興味本位で訪れる輩がいてもおかしくはなかった。
大勢いると思ったが、一人しかいなかった。
僕は気になった。
「おじさん、何しているの?」
男は振り返った。年齢は三十歳前後で、顔色が悪かった。
「ここが事件現場だってね?」
「おじさん、やじうま?」
「いや、殺された高校教師の知人さ」
「知人?」
僕は知人が現場に来て何をするのか疑問だったのだ。立ち入り禁止だし、線香でも持っているようでもないし、事件に関係があるのではないかと勘繰ったのだ。
「変な奴に狙われているって事を私は聞いてましてね。警察に相談したらと、言った矢先でした」
「変な奴って?」
「この町に住んでいるらしいんですよ」
「ストーカーですね」
「まぁ、そう言われればそうですね」
男は情報を隠蔽しているような歯切れの悪さだ。
「それなら、やっぱり警察に相談するしかないですね」
「警察か。相手にしてくれなかったようです」
「それって、もしかして……」
僕は何か引っかかるのを感じた。
「何かね?」
「昆虫のような仮面をつけた人ですかね……」
「そうなんだよ」
男は意外にも否定するでもなく、淡々《たんたん》と答えた。
「おじさん、驚かないんですか?」
「君は見たのか?」
「はい……」
僕は躊躇したが、首を縦に振って頷いた。
「名前は?」
「野村差機緒です」
「差機緒君か、変わった名前だね」
男はさっと名刺を差し出した。
僕は受け取った。住所と電話番号が印字してある。『岩野進』が名前だ。情報はこれだけなので、職業まではわからなかった。顔を上げると、岩野はいなかった。
謎の人物だ。
今度の事件に絡んでいるような気がした。急に探究心は薄れ、恐怖心が襲った。
僕は廃墟の病院には入らず、家に帰った。事件は思わぬ方向へと進んでいた。
帰宅した。ふと、テーブルの上を見ると、僕宛の郵便物があった。
送り主の名は書いていない。
誰だろう。
封筒からは便せんが一枚入っていた。
パソコンで入力し、プリンターで印刷したのだろう。
『バラバラ殺人事件。私は疑われている。警察はどこまで真実に近づいているか知らないが真犯人を知っている。警察に言っても信じてもらえないが、遠回しには伝えたつもりだ。このままでは私が犯人にされてしまう。だから、真犯人を捕まえる。これを読んでくれた人は無条件に信じてくれると思っている。では、戻るまで待っていてくれ』
文面の最後にも名前は書いていない。この状況なので、熊坂が書いた確率が高い。信じるしかないと、思った矢先にまた惨事が起こった。
大城広務と言う男が被害に遭った。職業は大学教授だ。自宅で殺されたのだが、殺害方法も廃墟の病院と同じように両手足が食いちぎられた痕がり、死亡原因は失血死だ。
妻は旅行から帰宅し、発見した。もちろん死後数日が経過していた。近所の話では数日前の夜の十時頃に見知らぬ若い男が大学教授の家から出て来るのを目撃した。男は赤いジャンパーを着ていた。顔は暗くて判別がつかないらしい。この大学教授に子供はいない。この男が重要参考人として警察は追っていた。
赤いジャンパー。
僕は熊坂に最後に会った日に着ていた事を思い出した。
このニュース情報だけでは謎だらけだ。怪しい人物の顔は見ていないのに若い男と断定している。違和感がある。やはり、警察は熊坂が犯人と思って動いているのだろうか。赤いジャンパーは気になるが、それだけでは疑いようもない。
僕が廃墟の病院で襲われた時は赤いジャンパーを着ていた。やはり、熊坂の言う魔物なのか。それを追うってかなり危険な気がした。高校生に捕まえられるのか。逆にバラバラに殺されてしまうのではないかと心配になった。
二つのバラバラ殺人事件と僕の事件がおぼろげながら、繋がっているような気がした。
事件はこの町で起こっているからだ。
僕を襲っただけで、殺害されなかった事だけは疑問が残る。