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廃墟  作者: 小石沢英一
1/8

怪事件

この静かな町で怪事件が起こった。


バラバラ殺人だ。


手足だけが切断されていた。鋭利えいりな刃物ではなく、動物にでも食いちぎられたようなあとだ。死因は失血死しっけつしと警察は断定した。


 場所は住宅街からは目と鼻の先だが、森林が生いしげっていて、未開発地帯に一棟だけポツンとそびえている。


地下一階地上三階建ての廃墟になった病院だ。一階は受付と診療科の跡がある。二階と三階は手術室と病室が並んでいる。地下はあまりいかないので、どうなっているか不明だ。三階の元病室が僕らのたまり場所だ。昼間に訪れるので、内部にはかなり詳しくなっていた。


第一発見者は親友の熊坂多久くまさかたくだ。何階での惨事さんじかは警察発表にはない。


 暑い秋が終わり、急に寒くなった。二学期も数週間しかない。大学受験を控えている僕らには、大変ショッキングな出来事だ。


「野村!」


「は、はい……」


野村差機緒のむらさきおこれが、僕の名前だ。


「野村、ぼんやりしていると、大学に落ちるぞ!」


白崎高校しらさきの担任の山野やまのが言った。身長が低いので、教壇きょうだん身体からだの半分は隠れている。


受験生なのだから、勉強にはげまないといけない時期なのに、僕までも熊坂の心配をして、勉強に身が入らない。


事件は警察もさっぱりわからないらしく、熊坂も死体を見てから、元気がないのだ。


僕と熊坂は廃墟の病院にいるとなぜか気持ちが落ち着くのだ。以前は週に三回は行っていたが、三年生に進級してから、行く回数はぐっと減り、月に二回程度だった。


熊坂は話す。将来の話など面白く、ついつい時間を忘れてしまうのだ。


事件があった昨日は久しぶりにおとずれた。熊坂の都合つごうで、夜の八時に集合した。最近は家に戻ってから行くので、私服で会う事が多かった。三階まで上がり、長い廊下の左右には病室が並んでいて、ランダムに『305』号室を選んだ。一時間ほど話して廃墟の病院を一緒に出たが、熊坂は戻ったらしい。


 なぜ? 


 この問いにしばらく沈黙ちんもくし、「ネックレスを落としたから」と、もっともらしい理由を言ったがに落ちなかった。僕より熊坂は身長が高い。普段からネックレスをしていた記憶はない。もちろん制服の時はない。昨日もネックレスを首から提げていた記憶はない。真っ暗だったし、それほどジロジロと見ていたわけではないので、断定は出来ない。


 嘘なのか?


 しかし、嘘をつく理由も思い浮かばない。


この廃墟の病院はみんなから怖がられていて、誰も近づかなかった。


 その原因は僕らにあるのかもしれない。


 最近はネットに心霊スポットとして、紹介されているので、他県から訪れる人が増えた気がする。


 本当に迷惑だ。


 僕らがいる時に訪れる人がいれば、奇声きせいはっし、それを幽霊と勘違いし、ネットで拡散されているようだ。


僕は幽霊とかオカルト系を信じていなかった。もちろん熊坂も同意見だ。


今回のバラバラ事件は幽霊のたたりが起こしたと、ネットで話題になっていた。


熊坂は落ち込んでいる理由は殺人の重要参考人だからなのかもしれない。将来医者か教師になりたいそうだ。人の命のとうとさについてはさんざん聞かされていた。暴力で人を圧する事さえ嫌いなのに、まして殺人なんて発想すらない。


 警察が間違っている。抗議をしたくても、勇気がないと言えば簡単だが、僕は機関銃でもあればどこでも乗り込んで行く気はあった。


熊坂が重要参考人と言う事がわかったのは僕の父親が警察関係の仕事をしているからだ。


「彼とは少し距離を置きなさい」


 と、その一言でさっしはついた。


僕が言わなくても熊坂は気がついているようだ。身の振り方をこの年で習得しているのはさすがに成績優秀なだけある。


 朝に昨日の事を少し話した程度だ。休み時間に熊坂に話をしようとしても、教室にはいなかった。チャイムが鳴る寸前に戻って来たのでは長くなるので、控えてしまった。


「昨日は大変だったのかーい。事実を言った方がいいぞ」


 ある男子生徒が軽いトーンで話している。熊坂に話しているのではなく、隣の席の保科ほしなえりにである。制服を着ていなければ男子に間違われるような短髪で、顔も地味だ。


 保科えりは下を向いたまま黙っていた。


「早く、吐けよ」


「おい、うるさいぞ」


 熊坂が反応した。


「お前がやったのは知っているんだぞ!」


 男子生徒は保科えりの耳元で叫んだ。


「だから、めろって言ってんだろう」


 熊坂は男子生徒の腕を引っ張った。


「お前に言ってんじゃないよ」


 男子生徒はおちょくるように舌を出した。


「保科は関係ないだろう」


「こいつ、女子なのに耳が出るくらい髪は短いし、色気が全くないから、男子と間違えたよ。ゴメン」


「今のは差別発言だぞ!」


「だから、ゴメンって言ったじゃないか」


「心がもってないんだよ」


「はあ? 何で熊坂に籠もっているとかわかるんだよ」


「お前の態度だよ」


「はあ? はあ? はあ?」


 男子生徒は右手を耳の後ろで広げて、聞こえていないポーズをした。


「俺を犯人だと思っているんだろう。だけど、違うぞ」


「バラバラ殺人事件の事なんて聞いてませーん。自供しましたね。早く警察に行って下さい」


「バカやろう!」


教室内は喧噪けんそうに包まれていた。収拾が出来そうもない。


「静かに!」


 一際ひときわ、大きな声が聞こえた。担任の山野だった。


 燃え上がっていた教室は急速に沈静化した。数秒前の事が嘘のようだ。


 このやりとりがあって、僕は熊坂と会話するチャンスを失った。この後の休み時間も教室からいなくなったからだ。



 今日の授業が終わると、熊坂は急いで教室を出た。


 僕はあわてて追った。下駄箱で追いついたが、背の低い男子生徒が先に熊坂と話している。


 よく見ると、スカートをはいている。男子ではなく、女子生徒だ。


 僕は真横まで行くと、女子生徒は保科えりだった。顔を真っ赤にしてペコペコと頭を何度も下げていた。口を動かしているが、声が小さくて聞こえない。


「大丈夫だから」


 と、熊坂は言った。


 保科えりは僕に気がつき、一瞬であるがにらんだようだ。しかしすぐに身を隠すように消えた。


「よぉ」


 僕は言葉が見つからず、声を出した感じだ。


「俺は疑われているんだ」


 熊坂は静かに話した。


「何が?」


 僕はとぼけた。


「お前、下手へただな」


「えっ……」


「廃墟の病院で殺人事件の容疑者だと、思っているんだろう」


「そんな事はない」


「お前の親父さんは刑事だろう。何か聞いたんだろう?」


「確かに刑事だけど、殺人事件を扱う捜査一課の刑事じゃないし、ただの交通課の刑事だよ」


「そうか。気のせいか?」


「そうだよ」


「でも、クラスメイトたちの雰囲気が前と違ってないか?」


「そう言われれば何となく……」


「みんな疑っているんだ」


「僕は違うよ」


「それはわかっている。だから、あえて仲良く話さなかったんだ」


「気にするな」


「そうもいかない。朝から下駄箱や机の中に宛名不明で殺人犯と書かれた手紙が届いているんだ」


「ひどいやつもいるんだな」


「お前を巻き込みたくないからな」


格好かっこいい事を言ってくれるじゃないか」


「ここじゃ、みんなの目があるから、ウチに来いよ。そこでくわしく話す」


「それがいいな」


 僕はうれしかった。熊坂の真意を聞いて涙が出るのをこらえた。


「すぐ来いよ」


 熊坂はそう言って足早に行った。


詳しく聞きたい僕は制服から私服に着替え、熊坂の家に急いだ。


 部屋に入ると、熊坂はすぐに話してくれると思ったが、僕を置き去りにした。


 数分後に戻って来ると、「コーヒー飲むだろう?」


 と、熊坂は問いかけるが、すでに二人分のコーヒーを持っていて、いらないと言えない状態だ。


「ありがとう」


 と、僕は言うしかなかった。


 部屋中にコーヒーの匂いが充満じゅうまんし、熊坂は軽く一口すすり、コーヒーカップを置いた。


 僕は猫舌なので、すする事はおろか、手にもコーヒーカップを持っていない。


「あの日、お前と別れて、すぐにネックレスがない事に気がついたんだ」


 熊坂は突然語り出した。


「……」


 僕はコーヒーカップを持ち上げていた最中さいちゅうだったが、また元に戻した。まだ熱くて飲めそうもないからだ。


「それであの廃墟の病院に戻った」


「あの日、ネックレスをしていたか?」


 僕は一番疑問に思っていた事をいた。


「大事な物なんだ。ズボンのポケットに入れておいたはずだったけど見つからなくて、廃墟の病院に落としたのかって思ったよ」


「あんな夜にいかなくても、翌日の昼間に行けばよかったんじゃないの?」


「今はそう思うよ。でも、昨日はそう思わなかった」


 熊坂は話を途中でめた。惨殺死体ざんさつしたいが頭に浮かんだのか。


「何があったんだよ!」


 僕はその続きが聞きたくて、かすように言った。


「最近、ネットで幽霊が出るとかで、有名だろう。昼間に訪れる奴がネックレスを持ち帰るか壊すかわからないが、そんな被害を受けないとも言い切れないだろう?」


 熊坂はネックレスが相当大事なのか。なのにポケットにしのばせている理由がわからない。


「そうだな……」


 僕はうなずいたが、ネックレスの件は納得していない。


「戻った時に下の方から物音がしたんで、気になった」


「侵入者が動画撮影でもしていたのか?」


「俺も最初はそう思ったよ。そして、驚かしてやろうと、そっと音のする地下に向かったんだ」


「地下?」


 僕は耳を疑った。地下は懐中電灯がないと行けないので、ほとんど行かないのだ。


「踊り場を出て、まっすぐ行くと霊安室にぶつかった。ドアを開いたら異臭がしたんで、ライトを照らした。マネキンの手足がバラバラに散らかっているのかと思って、立ち去ろうとするんだけど、何か違う気がして、一番近くの固まりにさわった」


 熊坂は目と口を閉じた。


「死体だってわかったんだね」


 熊坂はゆっくりと首を縦に振った。


「すぐに警察を呼んで、後はこの有様ありさまさ」


「でも、死体を発見したなら、犯人に疑われる可能性はあるけど、バラバラ死体なら、相当大変だから、高校生が犯人に疑われるなんてありえないだろう」


「そのありえない事が起こったんだ。記憶を辿たどると、刃物で切り裂いた感じはしなかった。動物に食い荒らされた感じかな……」


「むごいなぁ」


「警察もわけがわからないらしい」


「それで疑われているのか。おかしくないか?」


「不本意だよ」


 僕は熊坂の目をじっと見た。嘘は言っていないし、犯人ではないと思った。


「よし、事件現場に行こう」


 僕は急に思い立った。理由はわからないが、行けば何かあると、思いたかったのだ。


「マジか?」


 熊坂はしかめっつらになる。


「今日の夜だ」


「考えておく」


「現場に行ったら何か発見出来るかも」


 熊坂はこの場で行くとは言っていない。この雰囲気だとすっぽかされる可能性の方が高かった。

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