3.金色の人形
ドンドンと下で扉が叩かれる音で俺は目をさました。
うっっ! 身体全体が痛い……しかもかなり熱を持っているのが分かるくらいに頭がぼーっとする……。
「……ルネ……そうだ! ルネは!?」
俺以外誰もいない物静かで灯りもない自分の部屋を見渡すがルネがいる気配はない。
そして再び一階の玄関の扉が叩かれた。
もしかしてルネか!? いやあの死神かも知れない! どちらにせよ確認しないと!
俺は痛む身体を引き摺って一階に降りた。そしてそのまま叩かれている玄関の扉の前まで行き、剣を構えた状態で扉を開け放った。
「ソレイア!」
「……ベルードさん」
俺はルネでもあの死神でも無かったことに少し落胆した。
「やっぱりソレイアは無事だったか。さすが二年上の先輩の俺を差し置いて騎士学校の首席になっただけあるな」
「俺のことはどうでも良いんです! あの死神を……ルネを知りませんか!?」
「ルネちゃんなら見てないな。それに……死神っていうのはそもそもどんなやつなんだ?」
「死神は今日の朝までこの街に居たあの黒いボロ切れを着た連中のことです!」
ベルードさんは何か考えているようだったが、答えがしぼり込めなかったのか俺に聞き返した。
「朝って一昨日の朝のことか? もしそうだとしたらあの連中ならもう何処かに行ってしまったよ」
嘘だろ! 俺は二日も気を失ってたのか!?
「今警備隊でその連中にやられた人がどれだけ居るか街の中を見て周ってるんだ。でも、お前が無事で良かったよ」
……そうだ。父さんと母さんは?
「……ベルードさん少し待ってて貰えますか?」
「構わないけど?」
俺は玄関を開けたまま居間に向かった。そこには力なく壁にもたれ掛かかった父さんと、床に転がっている母さんの変わり果てた姿があった。
「父さん……母さん……。ごめんよ。俺があのとき一緒に下にいれば父さんと母さんを守れたかも知れないのに……」
ルネもどこに行ったか分からない。父さんと母さんももう居ない。俺にはもう……何もない。
そう考えた瞬間に俺の中で何かがなくなった感覚に陥り、俺は身体に力が全く入らなくなって床に倒れた。
「おい! ソレイア大丈夫か!?」
俺が床に倒れる音を聞いてベルードさんが玄関から俺に声を掛ける。そして俺の返事が無いことを怪しんだのか、居間の電気を付けて俺の元に駆けつけた。
「っ! その髪は!」
髪? 髪なんてどうでも良い……。俺にはもう既に何も無いんだ。
ベルードさんが居間にあった手鏡を取ってきて俺に見せる。
……髪の下半分が白くなってる。
「ソレイアの言う死神に斬られた人は何かが身体から抜けたように髪の色が白くなっていたんだ。今ソレイアは半分だけ白くなっているからかなり危ない状態かも知れない」
そうなのか……でもルネを守れなかった俺に生きてる意味なんて……。
「取り敢えず警備隊の救護班のところにお前を連れて行くからな!」
……勝手にしてくれ。
俺はベルードさんに担がれて警備隊の救護班のところに連れて行かれた。
「ソレイアを……こいつを観てやって下さい!」
医者はベルードさんに促されるまますぐさまに俺の診察をした。
「……身体に問題はないですが、髪が白く変色してるのが気になりますね……。髪が全部白くなった人しか居なかったので良く分からないですね。申し訳ない」
「そうですか。ソレイアの身体が問題無いことが分かっただけでも十分です」
救護班のところで観て貰った俺はベルードさんに家まで送って貰った。
俺は玄関先から抜け殻になった様な足取りで家の中に入り、その足取りのまま家の中を歩く。
居間に父さんと母さんはもう居なくなっていた。多分警備隊の人が死体を回収したのだろう。
ルネもあの死神に身体から吹き出していた炎を抜かれたときに髪が白くなっていた……ということはルネも……。
そのことを考えると身体から力が抜けて床に倒れてしまう。
この脱力感……このまま死んでも不思議じゃ無い感覚だ。
俺は居間の横の廊下で倒れたまま目を閉じた。
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どのくらい寝ていたのだろうか、ドンドンとまた玄関の扉を叩かれる音が聞こえる。
でも、俺にはもう全てがどうでも良い……無視しよう……。
そんな俺の頭の中をルネの顔が一瞬過ぎった。
……可能性は殆どゼロだけど、もしかしたらルネが帰ってきたのかもしれない。
そう思って俺は叩かれている玄関の扉を開けた。
「おうソレイア。久しぶりだな」
「ベルードさん……」
またアンタか……。
「あんな事があったからしょうがないけどな、そろそろ騎士学校に行ったらどうだ?俺のところに恩師からソレイアをなんとかしろって言われてるんだ」
何言ってるんだ? そんなに時間は経っていないよな? 体感まだ八時間しか経っていないんだけど……。
「あれからもう一年だぞ? 立ち直ってくれないか?」
一年だって!? そんなに経っているのか!? だって俺は一年間も何も食べてもないし飲んでもないぞ!?
「ほ、本当に一年も経っているんですか?」
「時間も忘れるくらい辛い事だったってことか……ごめんな。やっぱり無理に騎士学校に行く必要は無いぞ?」
俺が聞きたいのはそんなことじゃ無いんだ!
「ああ、そうだ。ソレイア宛に贈り物が来てたんだった。これ凄くデカいし重いしで持ってくるの大変だったんだぞ?」
そう言ってベルードさんは地面に降ろしていた荷物を俺に手渡した。
「じゃあな。すぐに立ち直ってくれとは言わない。でも少しずつでもいいから受け入れていって欲しい」
「ベルードさん! 待っ……」
待ってくれと言う前に玄関の扉を閉めてベルードさんは行ってしまった。受け取った荷物を玄関に置いた。
一年って……でもどっちにしろ俺の家族は戻ってこないってことに変わりは無いしな。
俺は玄関に置いた荷物に視線を落とす。
荷物の上には『君への贈り物だよぉ』と書かれた紙と三枚刃の大鎌の形をしたシールが貼り付けてあった。
これはもしかして! あのときの三枚刃の死神か!?
俺は荷物の封を大急ぎで切って中を開けた。するとそこには、金色の長髪の精緻に作られた人形の様に美しい女の子が眠る様に箱に入っていた。




