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請負小説家Hisaeは片乳のエバからSizuちゃんを紹介される。Sizuちゃんは独特な感性を持つ女の子。

1.チャネリング小説家

請負小説家Hisaeは、今までの依頼者の希望の人生を小説にしてするという仕事が主体だが、それ以外にもパラレルセルフが織りなす人生を、Hisaeが透視して小説にするという仕事を始めた。


2.Sizuちゃん

Hisaeはスナックオネェの髭のエバに、Sizuというサバン症候群の女性を紹介してもらう。そのSizuが待ち合わせ場所でとった行動とは。


3.Sizuと会社

大きな仕事を終えエバと焼肉店で食事をしていると突然Sizuが店にやってきた。

その後、Sizuからの「助けて」というメールを受けとり、HisaeはSizuの会社を訪ねるが思いもよらぬ返事が。


4.Sizuとスパイ

Sizuの特殊な能力を知った会社はスパイを強要する。エバとHisaeは喫茶店でSizuと待ち合わせるが本人と一緒に来たのが会社の人間だった。事の経緯を聞いたHisaeがとった行動とは。


5.SizuとHisae

Hisaeの家に毎日遊びに来るようになった。一緒にいる中でSizuには特殊な

才能があることに気が付く。その才能をどう活かすかHisaeは考える。


6.Sizuと花子と覚醒

Sizuを吉祥寺のカウンセラーの花子と三人で居酒屋に行く。Hisaeが小説では表現が普通なのに、こうして話すと断片的なのはどうしてか質問をする。HisaeはSizuに変わった方法で接するようになった。


7.利幸

オネェの髭でSizuの自閉症が改善された経緯を直接聞いた客がいた。その後一通のメールが届いた。自分の息子のパラレルにはどんな職業の仕事をしているのか。

オネェの髭にいた客が自分も同じ症状の子供がおりHisaeにコンタクトを取ってきた。


8.母からのメール

Sizuを実家に戻したHisaeだが心に空虚感を覚える。察したエバの計らいでまた二人は一緒に働くことになる。そんな中一通の依頼があったが死んだはずの依頼者の母からの依頼。久しぶりにあったエバはSizuの重大な異変に気が付く。


9.夢

Sizuは他人の夢と自分の夢を同調させて、同時に二人同じ夢を視ることが出来た。

Hisaeが垣間見た夢は、130年程前のアイヌだった頃の前世の世界だった。

その世界ではコロポックルという小人との交流がなされていた。


10.母さんの塩むすび

亡くなった親友を偲んだ小説を書いて欲しいという依頼だった。楽しい高校生活を送っていた親友が、兄の作ったラーメンに魅せられて、調理人の道を目指す。親友は長年調理を極めたいと語っていた。そして行き着いた料理とは?

【Hisae&Sizu】


一「チャネリング小説家」


 私は、請負小説家Hisae、但しこれは表の顔、実はもうひとつ仕事やってるの……なにか聞きたいでしょ……?


えっ、別に聞かなくていいですって?


なんで…… 興味ないの?


どっちでもいい


ねぇ、そんなこといわないで聞くだけ聞いてみたら?


う~ん! やっぱ、どちらでもいい……


そこまで言われたら話さないわけにいかないわね……


だから、どっちでもいい……


いや、話すから。 話させてちょうだい。 聞いてちょうだい。


だから、どっちでもいいですって、Hisaeさんしつこい


わかった、お願い聞いてやって下さい。


じゃぁどうぞ


私は、裏の仕事もしてるの。


それさっき聞いた


あっ、わかったごめん。 話しには勢いというか話し始めが肝心だからそこんところよろしく…… その裏の仕事とはチャネリング小説なの。 チャネリング小説っていうのは私の造語なんだけど小説請負人っていうのは依頼者の要望にそって書くのが原則。 チャネリング小説は、チャネリングして執筆するの。 どう?


そのまんまでしょっ!


まぁ、まぁそう焦らないで聞いてちょうだい。


焦ってないけど


そうよね…… わかった。 ゴメン説明する。 依頼者がやってみたい職業や、思い描いた人生など心にあるものはパラレル。ワールドの自分が既にやっている場合が多いの。

それを、私がパラレルの依頼者にチャネリングして人生や生き方を小説として書くの。

それがHisae流チャネリング小説。 だからフィクションなんだけど本当はパラレル・ワールドではノンフィクションなの。 わかる?


?わからないけど


う~~ん、架空の小説として書いてるけど、本当は実話なのよ。 別世界のもうひとりの自分の生活を忠実に書いてるから。


その辺がわかりにくい


う~ パラレル・ワールドってわかるよね? その別世界の依頼者の事を小説風に私が書くの。


どういう風に?


チャネリング。


長い人生をチャネリングするって大変では?


気を遣っていただいてありがとう。 でも、チャネリングっていうのは基本的に時間が存在しないもの。 全てが瞬間たえず今しかないの。 パラレの自分の性格はどんなんかな?と思った瞬間、刹那的に性格がわかる。 時間が存在しないってそういうことなの。 いつも今しかないの、時間だけじゃなく当然距離も存在しない。


それがチャネリングの世界なの。 もっというと、チャネリングという概念も本当は無い。

チャネリングをするという私と、される相手とはチャネリングをした段階で二元性から一元性に統一されてしまうのね、だからチャネリングという相対性の概念は本来無いの。

それは究極だけどでもそれが真実なの。 わかってもらえた?


めんどうくさい


そっかぁ、忘れてちょうだい。 早い話が、依頼者のもうひとつの世界の依頼者に重なって、その人の人生を小説にするの。


それ、わかりやすい。


……Hisaeは沈黙した。


あのね、名前はいえないけどこんな依頼があったのよ。 聞く?


聞きたい


そうこなくっちゃ…… 今度は素直ね。 じゃぁ話す。



 Sさんという方から一通のメールが届いたの。

 

「Hisaeさんのブログ見ました。 私も依頼したいのですがチョット普通と違うので、先に確認したいと思いメールを差し上げました。 私のパラレルセルフの小説を書いて欲しいんです。 パラレルの私は何をやってるのかものすごく興味があるんです。 とても知りたいです」


そういう文面だったのね。 私も初めての仕事だったから正直不安だったの。 私に出来るんだろうかって…… で、こんなメールを返したの。

パラレルの小説は正直、経験ありません。 でも挑戦してみたい気持ちはあります。 もしよろしければSさんの写真と自分がなってみたい職業なり表現したい自分を感じてみて下さい。 まとまったら簡単な文章にしてメール下さい。 Sさんのパラレル・セルフにチャネリングして私が実際に視てきます。 それをあらすじにしてメール返信しますから、それでよければご依頼ください。  追伸 写真は私が依頼者にリアルに重なる為、重要なアイテムです。 出来れば添付して下さい。 ってね。 


そしたら返信があったの。


「内容は子供の頃から芸術が好きで、自分でも色々な作品を作っていました。 でも実際は現実の生活に追われ芸術とは遠い世界におります。 なのでパラレセルフにそれを職業としてやってる自分がいたら是非、チャネリングして欲しいのです」


そこまでいわれたら、私もチョット本気になっちゃってさ! 行きつけの美容室に行ってカットしてもらい、風呂入って身を清め、パソコンの前に座って写真に集中してみた。

五分くらい集中したら、視えた! もう一人のSさんが。 Sさんに送ったあらすじをそのまま伝えます。


あらすじ

 ここは長崎県佐世保市、主人公Sは子供の頃から手先が器用。 高校在学中、美術部所属のSはある作品を文部科学省主催のアートコンクールに応募しました。 作品は人間の潜在意識から湧出してくるワクワク感をイメージした木の3次元造形と絵の二次元的平面空間を融合させた作品。 これが文部科学大臣賞に入選。 それを期に将来芸術の分野で働こうと意を決し上京。 美大では絵に描いたような貧しい生活。


同じ大学生でも綺麗な服を着て遊びほうけてる、お嬢様やお坊ちゃん生徒と違い、Sは少ない仕送りで質素な生活をし、アルバイトで稼いだ少ないお金でアクリルペンやその他諸々、芸術に必要な工具や材料を工面するという極貧生活を続けた。


彼女が大学を卒業し就職したのは某大手デザイン会社。 入社前から大手の会社は企業受けする仕事専門になるから、自分の目指すものとは違うという事は承知の上で入社。


父母に世話になった手前、だが入社はしてみたがやはり納得いかず三年で依願退社してしまう。 自分の目指す世界を突き詰めてみたい一心からの行動だった。 退社してからは出来るだけ出費を抑えた生活が五年ほど続いた。 生活は苦しかったが楽しく充実した日々。 結果、その五年間が今後の基礎をつくる事に繫がることになる。 ある時、御茶ノ水駅前のカフェでコーヒーを飲んでいたら男性から突然声を掛けられた。


「君、Sさんだよね」


その声の主は以前勤めていた大手会社の同僚。 話しから彼は規格デザイン室のチーフに抜擢され、ひとつの大きなプロジェクトを任されているとのこと。 そしてSの独創的な発想を認めていた彼はそのプロジェクトに使うデザインを発注してきた。 そのデザインが採用になれば今後も継続して取引したいという申し出である。


その後、仕事は成功をおさめ、その会社から引き続き仕事が入るようになり、やがて全てが順調に運び日本はおろかアメリカからもオファーが入るようになり、原宿にアトリエを設け夢が叶う事となった。 順風満帆の日々が十年ほど続いた。 そんなある日Sのもとに一通のメールが舞い込んだ。


「拝啓 S様 私は以前からSさんの作品のファンです。 あなたの斬新で革新的なデザインを楽しく拝見しております。 私事で恐縮ですが先日主治医から癌の告知を受け、余命三ヶ月から半年との診断を下されました。 そこでSさんへの仕事の依頼なんですが、私のお墓の制作をお任せしたくメールいたしました」


Sにとって墓のデザインは初めてだった。 そこからSの人生が一変する出来事に出くわすことになる。 以上

                       


 Hisaeは話しを止めた。 


まっ、こんなあらすじを提出したわけよ


そんな細かいことまでわかるの?


そこまではわからない。 わかるのはSのパラレルセルフの一人に、長崎生まれで高校時代になんかの作品展で賞をもらい、それが切掛けで上京。 初めに勤めた会社を辞めて独立しまあまあ成功した。 この辺までと、その心の動きはわかるの。 あと具体的にはピンポイントでチャネリングしないとわからない。 チャネリング能力の限界ってやつかもね。 パラレル小説ではそこに脚色しないと作品にはならないの。 音楽でもアレンジが欠かせないでしょ? 同じ理屈。


いくら私でも他人のパラレル・ワールドを映画やTVドラマを見るようにハッキリとは表現出来ないわ。 そのまま書いたんじゃ全然味気ないし、だから私のような人間が必要なのね……きっと。 霊界を視たり、ガイドやハイアーセルフとの会話なんて本当に素朴よ。


こう思ったとか、ああだろう、なんて人間的な言葉遣いや感情移入なんて無いから。 聞いたら答えるけど答え方は簡単明瞭。 だろうとか、かも知れないとか、そう思う、なんていう曖昧な言い回しはしないないもの。


チャネリングは電話での会話とそこがまったく違う。 早い話し要点だけなの。 TVに出るような事細かに話す霊能者さんって、事実を大げさに脚色してるかデタラメかもよ…… あるいは力ある制作ディレクターからの指示ね。 早い話し、やらせかも。 


これはここだけの話しよ。目に見えない世界を操る人はインチキか狂言者か妄想癖人間が多いの。 残念だけどそれが現実。 くれぐれも他言しないでね。


Hisaeさんはどうなの? 


当然、狂言者って言われたら反論できないよ。 だって実証出来ないもの。 だから霊能者やチャネラーって一色単にされるのほんとうは苦手なのよ。


じゃぁ何て呼ぶかって?


……うんっ? 感応能力者かな? 人間ラジオか人間チューナーかしら? なんでもいいけどね。 話し長くなったけどわかってもらえたの?


わかりました。 デタラメって事でしょ?


てめぇぶっ飛ばす! 顔貸せ! とっとと表に出ろオラ!


ふと我に返りHisaeは心落ち着けた。


で……? あいつ誰? 何処から入ってきたの? なに? 今の? もしかして私は病気か? 気持ち悪いから風呂入って寝ようと。


南無阿弥陀仏・南無妙法蓮華教・南無大師遍照金剛・アーメンソーメン、チャーシューメンってね…… チョッチ古いか…… アハハ






二「Sizuちゃん」


Hisaeは久々に渋谷の街に出た。 いつ来ても渋谷って若者のパワーが凄いところなだね。 ここも日本か……嗚呼、田舎が懐かしいな~ 何故か渋谷に来るといつも思い出す。 Hisaeは北海道は羊蹄山の麓、倶知安街という田舎で生まれ育った。 東京に憧れ上京したのが十八歳。 東京の街は全てが新鮮だった。 なんで、なんで? わたしって今だ独身なわけ? 私って変? 渋谷に来るたびに毎回同じ思いが頭を過ぎる。 スペイン坂の辺りを歩いていると、前から来た女性と軽く手が接触した。


「あっ、すいません」三十歳前後くらいの女性だった。


「いえ」Hisaeはそのまま立ち去ろうとした。


「チョット待って下さい」その若い女性らしき?ひとが話しかけてきた。


Hisaeは怪訝な顔で「なにさ?」


「あなた『いえ』って、ひとにぶつかっておいてそれだけなの?」


Hisaeはその女性を凝視して言った「……なにが?」


その女は「なに?このオバハン」


禁句の言葉をいってしまった。


「今なんていった?」


「オバハンっていったの。 それが何か? ふんだ!」


「オバハンって誰のこと?」 


「あなたでぇ~す」


「……なにさ、変なオカマ」

 

「なにそれ! 頭にきた。 誰がオカマよ!」


「誰がって、あんた以外ここにオカマいないけど?」


「そんなこといってるから彼氏出来ないのよ……」


「オカマにいわれたくない」


「だから今だHisae姉さんは独身なのよ」


「要らぬお世話だよ! あんただって今だに片乳だろうが。 片乳のエバさんよ」


そう、二人は知り合いであった。


「Hisae姉さん久しぶり~」


「エバ久しぶりだね~相変らず片乳なのかい?」


「そう片乳で~す。たぶんこの先もずっとカタチチの予定、ヤダ~なに言わせるの」


「何年ぶりだいネ?」


「私が池袋店に移った頃だから五年ぶりかしら?」


Hisaeはスナックオネェの髭の常連だった。 エバが池袋店に移るまで二人は毎週六本木で朝まで飲み明かす仲。 二人は喫茶店に入って話し始めた。


「姉さん元気してたの?」


「あったりまえよ。 誰だと思ってるの?」


「あ~変わってな~い。 受ける~」


「なんだい、そのコギャルみたいな話し方は?」


「コギャルだって~。 久々に聞いたっていうかそれ何十年前の言葉なの?」


「うるせっ! それより急にどうした?」


「姉さん、私より男臭い」


「エバてめぇわたしゃ帰るぞ」


「メンゴ~ メンゴ」


「エバ、お前もじゅうぶん古いけど……」


なかなか話しが先に進まない二人である。


エバが「実はね、店の客なんだけどチョット変わったタイプの女の子がいるのよ。 私との何気ない会話の中で、その娘が急に『私、目標にしてる人がいて、その人は小説を書いてる』っていうのよ、ね。 そしてこうもいったのよ。 『その人はHisaeっていう人なの』って。 それを聞いた時、正直ビックリしてフリーズしたわ…… Hisaeさんは私の知り合いよっていいたかったけど少しこらえたの。


何処がいいの? て聞いたら『わからないけど、いい』って言うの。 当然、なんでそう思うの? てまた聞いたのね。 『私、分るんです』って答えたので思わずその娘を透視してみたの。 そしたらその娘のガイドが黙ってうなずいたのよ。 で、Hisae姉さんを紹介しようかどうか迷って、気が付いたら電話してたの。 以上…… どう思う?」


「べつに紹介したっていんじゃない?」


「いいの?」


「だって、金貸せとかわたしに恨みがあるとか、そんな事じゃないんだからべつにかまわないでしょが……」


「えっ本当に? 良かった! 実は今日、連れて来てるの。 紹介するね」


エバは言い終わるか終わらないうちにメールを打ち始めた。


「あんたねぇ、そういう事は早くいいなよ」


五分ほどで女の子がやってきた。 現代ではチョットこころなしかお地味なというか、個性的などちらかというと昭和のファッションという感じの娘だった。


「わたしSizuなのだ……」


「こんにちわ、わたしエバの友達のHisaeです」


「エバさんに知り合いだって聞いてびっくりしたのだ。 Sizuに会わせて下さいって言った。 夢が叶いました。 会ってくれてありがとうございます。 なのだ、じゃぁ、さようならなのだ……」


そのまま席を立って歩き出した。 Hisaeはコーヒーカップを持ち上げた手が途中で

固まってしまった。 そして、エバに目線を向けた。 エバは笑顔で手を振りSizuを見送っていた。


「エバ…… 今、なにかあった?」


「ごめんなさい、姉さん。説明が足らなかった」


「足らないっていうよりも今のなに? なにがあったの?」


「Sizuはサバン症候群なの。 でも全然軽度の障害で普通に印刷会社にお勤めしてるOLさんなのよ」


「なんで? エバの店にSizuちゃんが出入りするのよ?」


「最初は会社の飲み会で連れてこられたのよ。 その時、どういう訳か私と話が合ったっていうか同調したっていうか姉さんならわかるでしょ? その後、何度か会社の飲み会に彼女も参加するようになったらしいの、私に会いたい一心で」


「それって怖いもの見たさからかい?」


「おい、Hisae、こら…… で、一次会など他の店ではほとんど無言なんだって。 私の店に来たら私とは沢山話しするのに。 去年の忘年会の二次会、うちの店じゃなかったのね。 そしたら翌日、会社を無断で休んだらしいのよ。 オネェの髭に来られない事で彼女ひねくれたらしいの」


「ふふ、そうなんだ。で、なんで私の事を知ってるの?」


「ネットで妖怪を調べていてリンクしたらしいのよ。 それで姉さんのブログが彼女の目に止まり是非会いたい。 エバ知ってるっていう具合なの」


「なるほど、で、なんで妖怪からHisaeにリンクするわけ?」


「妖怪と共通する何かを姉さんのブログが持ってるのよきっと」


「なるほど納得したわ。 するか馬鹿野郎、エバ表に出ろオラ! でも、会った瞬間帰るってどういう事?」


「たぶん一瞬で姉さんの事、見抜いたか、姉さんに会う事だけが目的だったと思う」


「私の何をどう見抜くっていうのよ?」


「そこがSizuちゃんなの。 私達凡人には理解出来ない世界かも」


「なにが凡人よ。 エバは凡人というより奇人。 で、私は天才Hisae」


「奇人? 相変らず姉さんと会話してると面白い」


「私もSizuちゃんに興味持ったかもしんない。 ねぇ、もう一度電話してここに呼びなよ。 なんかこのまま別れるのはもったいないよ……」


「そうね、私も姉さんとSizuちゃんの会話を見てみたい」



 そして三人は場所をカラオケBOXに移し酒を飲んだ。


Hisaeが切り出した「Sizuちゃんはなんで私に興味を持ったの?」


「ブログが綺麗だったから…… なのだ」


「あっ、そうありがとうね。 で、どういうところが?」


「形なのだ」


「あっお姉さん、言い忘れたけど彼女、私達と似たような能力を持ってるの。 Sizuちゃんは意識の形が視えるの。 たぶん、ブログから姉さんの持ってる意識の形が視えたんだと思うよ」


「なるほど、あんたも片乳なのかい?」


「おいHisaeこらっ!」


「そう言うことか。へえ、面白い能力持ってるのね」


「……」


「それと、Sizuちゃんは質問には答えるけど、自分から他人に質問しないから。 ねぇSizuちゃん」


「なのだ」


「へぇ~~ブログが綺麗か初めていわれたよ」


「私なんか初対面の時にオネェさん? お兄さん? どっち? って聞かれたのね。 だからお姉さんですって少し強めにいったのよ。 そしたら『半分なのだ』って笑い出したのよ。 失礼でしょ? でもSizuちゃんは気持ちに裏表が無いから好きなのよ」エバは笑顔で言った。


「Sizuちゃんには目には映らない感覚が視えるのね、Hisaeもファンになりそう」


「でしょ? 私もすぐSizuちゃんのファンになったのよね。 そんなSizuちゃんの口からHisaeっていう名前が出た時は本当に驚いたわ。 二度ビックリよ、これって絶対何かの運命って感じたの。 早く姉さんに会わせたかった」


Sizuは二人の会話を楽しそうに聞いていた。 そしていきなり「二人、仲良くやれよ。なのだ……」


Hisaeとエバはコケた。 そして大笑い。


その時いきなりスピーカーが鳴りだした。 誰も曲をセットしてなかったのに、スピカーからイントロが流れ出した。 ベートーベンの第九交響曲合唱。 エバが曲を止めようとリモコンに手を伸ばした瞬間、Hisaeがその手を制止させ、Sizuを見ろと目配せをした。


視線の先にはマイクを持ったSizuの姿があった。 Sizuは淡々と歌い始めた。 しかも流暢なドイツ語で。 Sizuのカラオケを聴いた事が無かったエバは、ただ呆気にとられ目にはうっすらと涙まで浮かばせていた。


歌い終えたSizuに二人は大きな拍手を送った。


エバが「あんた、どこでその曲、覚えてきたのよ? 店では一度も歌った事無いのに凄いよ……」


「CD聞いたのだ」


Hisaeが「Sizuちゃん、他にも何か歌ってよ」


Sizuは気を良くしたのか続けて三曲アニソンを熱唱したが調子が外れていた。 つまり音痴。 聞いていた二人は何故第九だけが上手に歌えたのかその時は知るよしも無かった。


それから数日が過ぎ、Hisaeのもとにエバからメールが届いた。


「姉さん、先日はご馳走様でした。 あの後Sizuからメールが来て、またHisaeさんに会いたいと書いてありました。 この前は本当に楽しかったみたい」


「OK、私のPCメルアド教えてあげてちょうだいよろしく。 Hisae」


数日後、PCにSizuからメールが届いた。


「Hisaeへカラオケ楽しかった。 また行こうなのだ」


か~~色気もなににもねえSizuちゃんらしい文章。


「OK!また行こうね Hisae」


返事が来た「いつ行きますか? なのだ」


「そのうち行こう」


「そのうちって、いつなのだ?」


勘弁してけろ~~~





三「Sizuと会社」


Hisaeは久々に大作をこなしひと息ついていた。 金も入ったし、池袋のオネェの髭にでも行くかな? おっ、そうだどうせ行くならあいつも。


携帯でエバに「エバ? 私。今日、焼き肉に行ってからオネ髭に行かない? 私がご馳走するけどどう?」


「あら、珍しい。 姉さんがご馳走してくれるの? ゴチになりま~ス。 じゃぁ十九時、南口の焼き肉の聖園で」


「姉さん、先日はお世話になりました」


「どういたしまして。 今日は腹一杯食べてちょうだい」


Hisaeとエバが焼き肉を食べ始めてまもなくして、店のドアが開きまっすぐに二人に向って歩いてくる人影。


「いらっしゃいませ~待ち合わせですか?」店員の声。


その女性は二人の前に立ちはだかりいきなり声を掛けてきた。


「なのだ~」


Hisaeとエバは食べる手を止めて唖然とした。


エバが「Sizuちゃんどうしたの……?」


Hisaeも「Sizuちゃん、よくここがわかったね? どうぞお座りください。 一緒に食べようか?」


エバはHisaeの方を見て「姉さんが知らせたの?」


Hisaeは首を横に振った。


エバが「Sizuちゃんどうしてここが分ったの?」


「夢で視たのだ」


エバは「あっそう夢で視たの……えっ? 夢で? Sizuちゃんの夢って、店の名前と場所まで視えたのかい?」


二人はSizuの能力に驚かされた。


Hisaeが「Sizuちゃんも一緒に乾杯しようよ。 大きい仕事してお金入ったから好きなもの食べてちょうだい」


Sizuが「百万円なのだ」


Hisaeはエバを見つめ「エバ、この娘本物だよ凄い能力! 当たってるよ、びっくり!」


「この娘にどれだけの能力があるんだろう?」エバが言った。


二人は改めてSizuの顔を凝視した。


Hisaeが「チョット話し変わるんだけど、Sizuちゃんはなんで言葉の最後になのだって付けるの?」


「あっそれ私も同じ事聞いた。 Sizuちゃんは天才バカドンのパパが好きなんだって。だから言葉の語尾に『なのだ』が付くんだって言ってた」


黙って聞いていたSizuが笑顔で「そうなのだ」


Hisaeとエバはまた大笑いした。


エバが「この娘といると一回は必ず笑わせてくれるのよ。 私がSizuちゃんにはまるの理解できるでしょ?」


「わかるわかる」Hisaeの目はSizuの顔を見ていた。


Hisaeは真顔になって話し始めた「私、Sizuちゃんの隠された能力、調べてみたくなってきたわ。 私の中の知りたい虫が起き出してきたみたい」


その後、三人はオネェの髭で飲みなおした。


「Sizuちゃん、今の仕事面白い?」Hisaeが聞いた。


「わからないのだ」


「どんな仕事やってるの?」


「伝票整理なのだ」


そこにエバが「印刷会社なのよ。 そこで身体障害者雇用何とかっていう形式で働いてるの。 よくあるでしょ? 障害者を雇用する会社には国から助成金が支給されるっていうシステムのやつ」


「なるほどねSizuちゃん頑張ってるじゃない。 仕事、楽しいかい?」


「……」


Hisaeの問いかけに反応しなかった。 Sizuの表情をHisaeとエバは一瞬で読み取った。 二人は目を合わせお互いに頷いていた。 一時間あまりでSizuちゃんは帰ると席を立ち上がったその時だった。


Hisaeの耳元で「助けて」小さな声が囁いた。


翌朝、Hisaeは多少酒は残っていたが、普段通り起床し食事を済ませ机に座った。

キーボードに手を乗せた瞬間。 何かを書きたい気分に襲われ手が勝手に動き始めた。


モニターに「助けて、Sizu」と無意識に入力していた。 えっ、チョット待って、なに今の……?


書き終えると、その変な感覚は消えていたが、モニターには「助けて、Sizu」の文字がしっかりと映し出されていた。


どういう事?とりあえずエバに話してみよう。


「エバ、おはよう。 昨日はお疲れ、朝早くてごめん。チョット調べて欲しい事があって」


「朝早いけど姉さんだから許す。 どうしたの?」


Sizuの、昨夜の帰り際と今朝のPCへの書き込みのことを一通り聞かせた。


エバは「う~ん。 なにかあるわね。 でも私、会社の人達皆知ってるけどそんな変な人は心当たりないけどね……」


普通のホステスならいざしらず、Hisaeの認めるエバの言う事なので信用した。 それにしても二度も同じ言葉を聞いたのは気にかかる。



 それから数日してPCにまたSizuから書き込みがあった。


「助けて」同じ文面。


Hisaeは直接Sizuに電話をかけた。


「……」何度かけても通じない。


これって着信拒否されてる? 今度はエバに電話した。


「エバ、 私、電話の経緯を話し終え、私が会社に直接様子を見に行ってみたいから会社名と住所教えてくれない?」


「うん、いいけど、上手くやってね。 なんかあって会社辞めた場合はSizuちゃんみたいな障害がある人が再就職するって大変なことなの。 皆それを知ってるから極力おとなしく波風立てないように黙って働いてるのよね」


「うんわかった。なにかあったらまた連絡するよ。 エバありがとうね」


HisaeはPCで地図をプリントし部屋を出た。 ここは池袋二丁目にあるこぢんまりとした印刷会社。 その会社の前にHisaeは立っていた。 どうしよう、思わずここまで来たけど休み時間めがけて行こうか? でもこういう時はいきなりの方が自然か?


えい、行こう! Hisaeは会社に入っていった。


「ごめん下さい」


「は~~い」奥の方から女性が返事をしながら出て来た。 年の頃なら五十歳位の品のいい女性。


「あの~う、私、あっ、Sizuの名字聞いてなかった。 こちらにSizuちゃんっていう女性おられますか?」


その女性は少し怪訝な顔をして「前田静ですか?」


「ごめんなさい。 何度か話してるんですけどいつもSizuちゃんとしか呼んでないので名字がわからないもので、おられますか?」


「たぶん前田静だと思いますが今、手を離せないので十時の十五分休憩か、十二時から十三時の昼食時間に又こられます? 来たことは伝えておきますから。 で、失礼ですがあなたのお名前は?」


「Hisaeと申します」


その場を離れた。


「まっ、普通の応対ね。 今のオバハンは問題無し」


十二時ちょうどにもう一度訪ねた。 さっきの女性が現われ「前田に伝えたのですが、お会いしたくないと申しておりまして申し訳ありませが」


そう一方的に言い終えると背を向け立ち去ろうとした。


「あのう、チョット待って下さい。 すぐ帰るのでひと目だけSizuちゃんに会わせて下さい」


「あなたしつこいよ。 本人が嫌だって言ってるんだから仕方がないでしょ。 帰りなさいな」


さっきと違い語気が強くなっている。


「あのう、会わせてもらえない事情でもあるんですか?」


「事情もなにも本人が嫌だって言ってるんだから、しょうがないでしょ。 あなた、私の言ってる意味わかります?」


Hisaeは内心ごもっともと思った。


「わかりました。じゃぁ、メール下さいと伝えて下さい」そう伝言を頼み会社を後にした。


帰りの電車の中で、私っていったいなにをしに出かけたの? 私の一人勝手な思い込み?

だんだん心が沈んできた。 経緯をエバに報告し家に帰った。 いったい何だったの? 遅めの昼食を食べながらひとり呟いた。 その日の深夜に携帯が鳴った。エバからだった。


「はい、今日はどうもねどうかした?」


「さっき、Sizuちゃんの会社の部長が店に来たの。それで『Sizuちゃん元気してた?』って言ってやったのよ。 そしたら何ていったと思う? あの子は仕事だらしないから解雇したって言うのよ。


だから『いつ辞めたの?』って聞いたの。そしたら先週の金曜日って言うの。 なんか変でしょ? だって今日、姉さんが会社行った時は退社したなんてひと言もいってなかったんでしょ? おかしいと思わない?絶対なにか隠してるわよ。 店のお得意さんだから、それ以上突っ込んだ話しは聞けなかったけど絶対何かありそうあの会社」


「エバありがとうね、もう一度Sizuちゃんにメール入れとくよ。 何かあったらまた連絡する。 じゃぁ」


Hisaeにとってはどうでもいいことなんだけど「助けて」の文面が気になっていた。

通常、助けてという言葉はそうやたらと使う言葉ではない。 ましてSizuちゃんはその辺の障害者とは違う。 HisaeはSizuと意識を合わせようと瞑想を始めた。 頭の中に「Sizuなのだ」という言葉を思い浮かべ集中してすぐだった。


また「助けて」という声が聞こえた。どういうこと? ガイド教えて? いつになく真剣に思ったその刹那「虐待」の二文字が浮かんできた。


虐待ってどういう事よ?


その時、携帯が鳴った。エバからだった。


「姉さん、Sizuちゃんのこと考えてたら、虐待っていう字が浮かんでくるの、嫌な予感がするのよね」


「私も同じこと感じてるの、だからチョット慎重に行動するよ。 今日はもう遅いし、明日の朝一から調べてみるから待って」


翌朝、Hisaeは八時前から東建印刷の前に立っていた。 内心、なんでわたしがここに立ってなきゃいけないの……? 私はSizuのなんなの? 親? 姉? 保者?  たった二度会っただけなのにどうして……? なんで……? 自問自答した。


八時過ぎた頃から従業員と思われる男女数人が会社に入っていく。


「あっ、昨日応対してくれたあのオバハン」


そこに昭和風出立のSizuを発見した。 Hisaeは急ぎ足で近寄った。


「Sizuちゃんおはよう! わたし」


SizuはHisaeの顔を見て「おばさん誰ですかなのだ?」


「えっ? Hisaeだけど」拍子抜けした声で言った。


「そうですか? で、なんなのだ?」


「で、なんなのだって……?」次の言葉が浮かばなかった。


「失礼するのだ」Sizuはそのまま会社に入っていった。


「あっ、そう……? なんで?」 


Hisaeは泣きたい気持ちになったけど堪えた。 自分はなにをやってるのか?

完ぺきなジレンマに陥った。 昼過ぎ、エバに今朝のことを報告した。


「なにそれ? 部長は解雇したっていうし、昨日は姉さんに会いたくないっていうし、今日はあんた誰でしょ…… 姉さん、もうSizuと関わるの辞めようよ」


「そうするしかないよね。 とりあえずほっとこか」


Hisaeはそういい終えると電話を切りPCに向った。 PCを立ちあげてすぐメールが届いた。 開くとSizuからのメールだった。


もういい加減にしてほしい、そう思いながらメールを開くと「Hisaeさん助けてSizu」


「どうしたの?」


「助けてなのだ」


こいつ、しつこいな「なにをどう助けて欲しいの?」


「会社に殺される」


「どうやって?」


「暗い部屋で」


「警察に言ってみたら?」


その後Sizuからのメールは途絶えた。 あのSizuが私をからかうわけが無いか…… 私のガイドが虐待と伝えてきたし、やっぱ、気になる……


今のHisaeは様子をみること以外なにも出来ないでいた。






四「Sizuとスパイ」


 Sizuからの不思議なメールの後、Hisaeは仕事に身が入らず自分に苛立ちさえ覚えてきた。


「どういう事? なんでなの…… この心の動揺は何処から来るの?」


携帯が鳴った「はい、おっ、エバ?どうかした?」


「姉さん、私、なんかしっくりこないのよねぇ」


「エバもかい、私も同じ。 あの後、数回メールがあったけど最後に警察に言ってみたらって。 そっけない文章を送ったの、その後途絶えたっきりよ」


「分った、私からSizuちゃんにメールと電話してみるね。 何かあったらメールします」


その日の夜エバから直接電話が入った。


「姉さん、私、今Sizuちゃんからメール入ったよ。『助けて』ってそれだけなのよどう思う?」


「私の時と一緒だよ。 とにかく会って話ししようってメールしてよ。 場所が決まったら私もそこに行くからさ」


エバからメールが入った「明日十八時に池袋の喫茶Konaで待ち合わせ」


「了解」


Hisaeは三十分前から店で二人を待っていた。


「お待たせ~」エバだった。


「お疲れさま。 Sizuちゃん来るかな?」


「うん、来なかったらもうSizuのことはもう忘れようよ。 姉さんも落ちついてられないでしょ」


「私のことはいいけど、なんかしっくりこないのね!」


「私もそうなの健常者ならいざ知らず、Sizuちゃんはやっぱねぇ」


二人が話しているとそっと横に座ったのがSizuだった。


Hisaeが「Sizuちゃんどうしたの? あんたになにがあったの?」


「姉さんチョット待って……」エバはHisaeの話しを遮った。


そしてHisaeの後ろ側を指で指し示した。 Hisaeが振り返るとそこにSizuの会社を訪問した時に応対に出た女性が立っていた。


次の瞬間その女性は「あなた達ねこの子に訳の解らない事吹き込んでいるのは。いったいどういうつもりなの? 弱者虐待で警察に届け出しますよ」


いきなりのけんか腰に二人は呆気にとられていた。


「あれ……? あなたはオカマバーのエバとかいう」


「まいどお世話になってます」気まずそうなエバの顔。


それを察知したHisaeは「今、警察っていいました? どうぞ、どうぞ、なんなら私が呼びましょうか?」


「シズ、この人達はなんなのよ?」女は矛先をSizuに変えた。


「チョット待ってよ。 今、あなたと話してるのはこのわたしなの、わたしはHisaeといってSizuちゃんの友達。 Sizuちゃんから助けを請うメールを受け取ったからここに事情を聞くために来てるの。 なんならその文章を警察に見せましょうか?

私は全然かまいませんけどどうします?」


女は一瞬たじろいだ。 その様子を二人が見過ごすわけがない。


「どうします? 返事は? どうなのよ」


「いやそこまで事を大げさにしなくてもいいかと……」態度が一変し、女の声はだんだん小さくなってきた。


「だって警察を呼びますか? って言ったのはあんたでしょうが。 あの勢いはどうしたの?」


「すみません……」


「えっ、なんかいった?」


「すみませんでした。 私の失言です。 申し訳ありません」


「まっ、それはいい、その前にSizuちゃんと話しさせてちょうだい」


Hisaeは向きを変えた「ねぇ、Sizuちゃんが私とエバにメールした内容覚えてる?」


「……」


「じゃぁ、エバ携帯メールを出して」


エバはメールをHisaeに渡した。


「いい、読むよ。『助けて』これどういうこと?」


「……」小刻みにSizuの身体が震えてきた。


エバが「Sizuちゃんもう話さなくいいから、ごめんね」


Hisaeが女に向かい「あなた見たでしょSizuちゃんの身体の震え。 なにがあったのか説明しなさいよ。 本当に警察に行くよ。 これは助けてだけど、わたしのPCには殺されるっていうメールが届いてるの。 殺されるって何度も着信あるの。 どういう事か説明しなさいよ。 したくないならそれでも結構。 警察にこの話し持っていきます。わたし、刑事に知人がいるから」


女は口を開いた「これから話すことは他言しないと約束して下さい。 それが出来るのなら話します」


「他言するかどうかは今はいえません。 わたし達が聞いた上で判断させてもらいます。 それにおたくさんは立場の間違えてません? こちらが聞かなくても警察が聞くことになりますけど」


「……分りました」女はこの二人には小手先の騙しは通用しないこと、そしてHisaeの賢さを見抜いた。


「おたくさん達が何処まで彼女の能力を把握してるか分らないけど、彼女の夢は未知数の能力を持ってるの。 予知をしたり。 見えないものを視てきたりと不思議な能力の持ち主なの。 最近はますます能力に磨きが掛かり、詳細まで把握できてるみたいなの。 例えば今開発中の車の設計図だとかかなり正確に透視できるの。 但し夢だけど。


その正確さはかつてテレビや雑誌で騒がれたブラジルのジャンセリーノなんか比でないの、そのくらい凄いのよ。 私の会社は色んな会社から仕事を請負っていて、開発会社のお客様も多くいます。 彼女のことを何処からか聞きつけた企業が、彼女指名の依頼があったの。 その内容が商売がたきが次回どんな商品を世に出すかっていう事でした。


Sizuちゃんはその商品を正確に克明に言い当てたの。 依頼主は商品をいち早く開発アレンジし、その会社よりも二ヶ月早く特許を取得し世に出すことに成功したの。 そして、それがとんでもない商品で一気に世界を駆けめぐったんです。 その商品名を言ったらおふた方も解ると思います。


すべて彼女Sizuちゃんの能力のおかげです。 彼女の存在は知る人ぞ知る有名な女の子なんです。 そんな彼女だから、外部との接触や友好関係にもたえず会社は目を光らしてるんです。 以上よ」


エバが言った「あなたの話は解りました。 でも、Sizuちゃんは殺されると言ってるんです。 殺すっていう言葉は普段簡単に使いません。 それはどういう事ですか?」


「たぶん、最近外部から不穏な動きがあるようなので軟禁状態にしたんです。 通勤には必ずボディーガードも付けてました。 シズはかなり息苦しい思いをしたんだと思います」


Hisaeは顔を傾げた。 内心、話しは確かに面白い。 けど実際メーカがそんな小さな町工場に会社を左右するスパイの依頼をはたして発注するかどうか? もうひとつ、このオバサンの話しかたは事前に用意されていたかのように流暢な言葉使い。 まったく淀みが感じられない。


Hisaeは考えた。 そして切り出した。


「ねぇ、Sizuちゃんひとつ質問していい?」


「ハイなのだ」


「じゃぁ、Sizuちゃんの夢は白黒? それともカラー?」


「両方なのだ」


「はい、ありがとう。 エバ、なにか聞きたいことある?」


「会社は今後Sizuちゃんをどう考えてるの?」


「それを決めるのは社長で私には分りません」


Hisaeが「Sizuちゃんは今のままでいいの?」


Sizuが口を開いた「会社辞めたい……」


「それがSizuちゃんの意向です。 おたくの社長さんに伝えてもらえますか?」Hisaeが言った。


「ええ、伝えますよ、でもみなさんSizuちゃんのような障害者の就職率を分って言ってるの? 同じような娘が何年も失業中なんて当たり前なのよ。 親御さんはただ同然の給金でも社会の一員として働かせ、社会の仲間入りしてほしいと思ってるの。 あなた達は責任ある行動してると考えてるの? 親御さんの気持ち考えてるの?」


Hisaeが「あなたねぇ雇用する方が立場が上って考えてるようね。 ということは障害者を雇用してやってるから会社のいいなりになりなさいって私には聞こえるけど…… 私の勘違いかしら?」


「そんなこと言っておりません。 私は今の社会の現状を踏まえて話してるだけ、あなた達のように感情論では言ってません。 親御さんと話し合った方が好いわよ。 親御さんはその辺のこと十分心得てると思うけど。 まぁいい、シズのことは私個人では対応できないので社長に伝えておきます」


そこまで言って女は去っていった。


エバが「Sizuちゃんの親と今から会えない?」


「会えるのだ。 家に来ますか?」


Hisaeが「エバ、ここは私に任せてくれる? あんたは店もあるし。 あとで、あんたに報告する……」


「でも姉さんに任せたままだと……」


「いいの、Sizuちゃんの大事だから任せて」


SizuとHisaeは自宅に向った。


「今晩は」


「ハ~イ、いらっしゃいませ。 あら、シズお帰り」


Sizuが客を連れてくる事は初めてのこと。


「あのう~手前どもの娘がなにか?」


「私はSizuちゃんの友達でHisaeと申します。 実は娘さんの仕事のことでお話しがあって訪問いたしました。 できればお父さんとお母さんが揃った上でお話ししたいのですが、お父さんの帰宅は遅いのでしょうか」


「はぁ、あと三十分程で戻ると思います。 それまでシズの部屋でお待ち下さい。 部屋散らかってますが」


Hisaeはシズの部屋に通された。


「Sizuちゃん案外綺麗にしてるのね。 私の部屋なんかひどいのよ」


「なにがなのだ?」


「私の部屋が汚いの」


「Hisaeバッテンか?」

「おう、いわれた。 あんたはたまにドキッとするこというね……」


「でも、あんたの部屋、なんか暖かい感じがする……」


しばらくして下から「シズ、お父さん帰ったよ」


四人はリビングで向き合って座った。


一通りHisaeは今日の話しを説明し終えた。


父親が「Hisaeさん、あなたの話は簡潔で解りやすい。 お仕事はなにをなさってるのですか?」


「はい、物書きをしてます。 請負で小説を書いて生計を立てております」


「どうりで話しに無駄が無く明瞭で分りやすい。 私どももシズが疲れた様子で帰宅するのを見てましたが仕事の内容までは分りませんでした。 シズが働いてくれるのが幸せだと思っておりました。 『助けて!』なんてシズの口から出るとは思ってもみませんでした。 正直びっくりです。 ありがとうございます。 よく聞き出して下さいました。 シズは自分の考えや感情を表現しませんから正直驚いています。 これからも話し相手になってやって下さい。 事の善し悪しなど私には分りません。 が、シズが苦しんでいて辞めたいというのなら私はシズの意向に従います」


その後、Sizuは月の締め日で会社を退職し失業保険の手続きをした。


HisaeがSizuに電話で「Sizu? 何やってるの~?」


「姉さんですか、Sizuなにもしてないのだ」


「そっかい、あんた下北沢まで一人でこられる? 私の家に遊びに来ない? 下北沢の駅まで来てから私に携帯くれたら迎えに行くけど」


「今、いくのだ」


「分った、ちゃんとお母さんに話してから気付けてくるのよ。 じゃあ、待ってるから」


初めてHisaeの家にお呼ばれした。


「散らかってるでしょ。 女の一人暮らしはそんなもんよ。 ケーキでも食ってのんびりやって」


「掃除してもいいのか?」


「なにいきなり? 掃除してくれるのかい?」


「うん」


「助~かる~! Sizu大好き。 頼む……」


HisaeとSizuは息の合う二人だった。


 




五「HisaとeSizu」


 Sizuは毎日Hisaeの家に遊びに来るようになっていた。


「姉さん、Sizu来たよ」


「ハイどうぞ」Hisaeはオートロックを解除した。


「Sizuあんたに、この部屋の鍵預けるよだから今度から黙って入っていいから。 私が留守の時でも勝手に部屋に入っていいからね」


手の渡されたルームキーを見てSizuは嬉しそうにじっと見てそして呟いた「なのだ!」


Sizuには妹のような感覚を覚えた。 SizuHisaeを姉のように慕っていた。

Hisaeが部屋に籠もって執筆している時は、Sizuが部屋掃除をするか好きな絵を描くか、時にはなにかをキーボードで打ち込んでいた。


「Sizu今日はヘアーサロンに行こうか、KOHEIっていう男の子を少しからかいに行こうよ…… 決定!」


「ハイ、決定なのだ」


二人はヘアーサロンKONAにいた。


「Hisaeさんいらっしゃいませ。 お久しぶりでした」


「こんにちわKOHEIくん。 この娘Sizuちゃん。 今日はあんたがやってちょうだい。 いいかい綺麗に可愛くネ、頼んだよ」


「はいお任せ下さい。 こちらにどうぞ」


「?なのだ……」


「はい?」


「Sizuちゃんは天才なのだから感覚が私たちと違うの。 だから話しかけないでほっといてやって」


「どのような感じにしたいのかと思って」


Hisaeが「Sizuどんな頭にしたいの?」


Sizuが壁の写真を指を差して「あれ……」


指の先にあったのはモヒカン頭のモデルの写真。


「Hisaeさん、ああいってますけど宜しいので?」


「チョット待った。 Sizuこんな頭にしたいのかい?」


「したいのだ」


「う~、さすがにモヒカンは…… あんたの場合は親の承認をもらわないと~ KOHEIは初めてHisaeの困惑している顔を見た。 うっすらとにやけていた。


「KOHEIなに見てんのよ」


「Sizuその頭は今度にしようよ。 お前は就職活動中だからその頭はチョットまずいかも面接にいった会社の人がビックリするべ」


Sizuが次に選んだのが黒柳徹子風の写真。


「KOHEIなんでこんな写真ばっか置いてあるのよ。 ここはモデルさん御用達の店なのかい…… たくもう? 変な写真撤去撤去。 普通の写真集ちょうだい」


「この中からどうぞ」KOHEIがSizuに渡したのはストレートヘアーの写真集。


「これなのだ」次に選んだのは写真の中では地味系のヘアスタイル。


Hisaeは「これが好いのかい?」


「なのだ」


「じゃ、KOHEIこれで頼む」


KOHEIが「本当にこれで好いですか?」


「なにが?」


「後ろ借り上げですよ」


「なに~。 KOHEIてめえ俺を舐めてるのか」


すかさずSizuは「舐めてる~ 舐めてる~」大はしゃぎしていた。


結局スタイルが決まるまで一時間を要し、決まったのがHisae風カット。 二人は双子の姉妹のようになった。


「なんで私がSizuと同じカットなのよ」


「これでいいのだ」Sizuは大満足だった。



Hisaeは寝たのが早朝のためSizuが来ても熟睡状態。 目が醒めたら昼の二時をまわっていた。


「おう、Sizu来てたかい」


「昼グワン(昼ご飯)作ったのだ」


「いつもありがとうね助かるよ」


「助かるのだ」


Sizuはここに通うようになってから料理や洗濯・掃除と何でもこなすようになってきた。 Hisaeに誉めてもらうのがSizuは嬉しかった。


「ねえ、Sizu今日も忙しいから相手してできないのごめんね。 もう少しで終わるからそしたらエバのところにでも行こうかね?」


「うん、エバ姉ちゃん兄ちゃんって行く」


「姉ちゃん兄ちゃんか?あんた上手いこというね」


Hisaeはリビングにある古いノートパソコンに電源が入っていることに気がついた。 何気なくフタを開けてみた。


「なに々?」しばらく見入ってしまった。


「なに? これ?」


そこに書いてあった文章はSizuが書いたであろう小説。 なぜなら句読点が全くなく、です、ます、なのだ、の文章の言い回しがSizuそのものだったから。 原稿用紙で訳約百枚程度の短編小説。 内容はSizu目線から見た社会の動きをファミリー小説っぽい書き方ものや、宮沢賢治が書くようなメルヘンチックな動物の物語と、抽象的なHisaeでも形容しがたい世界の小説になっていた。 どれも句読点や構成がデタラメだけどそれもまたSizuらしい表現に思えた。


「Sizuこれあんたが書いたのかい?」


無言で首を縦に振った。


「どうしてこれ書こうと思ったの?」当然の疑問だった。


普段Sizuが話す会話は要点だけで、断片的であり会話として成り立っていないのに、小説ではしっかりと形容詞も心理描写も交えた口話形式になっていたからだ。 そして、なによりも驚いたのは、絶対にSizuが見たことがないであろう明治・大正・昭和の背景や当時の人の意識も書かれていたことだった。


何故なら、Sizuはテレビを見ていてもドラマやニュースなどまったく興味を示さないし、動物が出る番組以外はまったく興味を示さないからで当然本も読まない。


「姉さんが書いてるからSizuも書くのだ」


もしかしてSizuは感能力がずば抜けてるから、私のやり方に感応してる? とりあえず仕事を済ませたらエバに相談してこよう。 数日後、二人は池袋のオネェの髭にやってきた。


「いらっしゃいませ~」


Sizuが「エバ姉さん兄ちゃんSizuきたよ」


エバはすかさず男の声で「兄ちゃんは付けなくていいから」


Sizuも低い声で「兄さん付けなくて好いから」店に居た全員が笑った。


Hisaeはエバに感応能力のことを話した。


「姉さん、Sizuは私達の知らない能力がもっとあるかも知れない。 チャネリングだって出来るはずよ。 チャネリングで小説執筆させたらどう?」


「チャネリングか…… 面白そう。 アイデアは私が考えるとしてそれをどう伝えるかよね、とにかく初めての事だからとりあえずやってみようかね」


「カラオケベートーベン第九」をリクエストした。


Sizuと言えば第九よね。


それから二人は飲んで歌って店をあとにした。


「まだ十時か、Sizuお前の家に電話しろ。 今日は姉さんのところにお泊まりしますって言いな。 なんか言ったら私と替われ」


Sizuが「お母さん、今日姉さんが泊まれって言うのだ。 良いですか? はい、変わるのだ」


「もしもしHisaeです。 ご無沙汰してます。 今晩うちに泊めますので、はい失礼します」


電話を切って「良いのだ。良いのだ」Sizuは嬉しい時には言葉を二度繰り返す癖があった。


「さっ、今度は下北沢で飲むぞ」


「ワーイ、飲むぞ、飲むぞ」


二人は下北沢のスナックに入っていった。


翌朝「Sizuおはよう? あれ? いない?」


家の中からSizuが消えていた。 時計に目をやった。 まだ八時か…… あいつ何処行った? とりあえずSizuの携帯に電話した。


「只今電話の出来ない地域に……」


……何処行った? その時ドアの鍵の音がしドアが開いた。


「姉さんおはようなのだ……」


「Sizuどこ行ってたの?」


「スズメのご飯買ってきた」そう言い終えるとコンビニの袋から米を出した。


「そっかいスズメね分ったよ。 でも、なんで急にスズメの餌なの?」


「お腹空いたって言うのだ」


「うん、分った。 質問した私が間違ってた。 どうぞ、餌やってください」


二人は朝食を終えてひと息ついた。


「ところでさ、あんたもなんか書いてみない? 例えばスズメの学校なんてどう? スズメはいつも群れて生活してるよね。 その中には私みたいな変わったスズメがいるかもしれない。 そのスズメの物語なんてどう?」


「Sizuスズメさん好き、書くのだ」


「分った。 じゃあ、そこのパソコン使っていいから書いてみなよ。 バックアップの取り方は分るかい?」


「分るのだ」


「そっかい、じゃあ書いてみな」


食卓にパソコンを乗せキーボードをたたきだした。 ここから、奇才Sizuちゃんの小説活動が始まった。



[スズメの学校]


スズメの学校に通う一羽のミミというスズメの物語。 ミミは、みんなと同じ事をするのが苦手なタイプ。 ある日、学校でお遊戯の時間に突然空からハヤブサが群れをめがけて急降下してきました。


スズメたちは一斉に避難しました。 が、ミミだけは逃げ出さずにその場にジッと

していました。 ハヤブサは鋭い爪をミミに向けて飛びかかってきました。


ミミはたじろぎもせずに「どうぞ食べて」そう言ってその場に羽を広げて立っていました。

それを見たハヤブサはなにを思ったか、急にミミの前に舞い降り、威厳ある声で「お前は

なんで逃げな……い」と聞いてきました。


ミミは「どうぞ食べて下さい」


「お前は私が怖くないのか?」


「怖いです。 でも私はいいの。 どうぞ食べて下さい」


ハヤブサはこんなスズメと会ったのは初めての経験。 逃げまどう動物には本能が反応するけど、ジッと死を待つ動物には会ったことがないし、なにか拍子抜けする。


「なんで? 逃げない?」


「私が逃げたら、あなたは他のスズメを狙うでしょ?」


「うん、当たり前だ」


「だったら私をどうぞ」


「だからそこが分らないのだ。 お前は確実に死ぬんだぞ。 お前の父さん母さんや兄弟と会えなくなるんだ、それでもいいのか?」


「しかたありません。 さぁ早く、私を食べて下さい」


「お前は頭がおかしい。 又来るからその時は食ってやる」


そう言い残しハヤブサは大空に飛び去って行きました。 遠くから見ていたお父さんスズメがミミに近寄て「ミミ、お前はどうして逃げなかった?」


「もし、殺されたらそれもミミが選んだこと。 それに、みんなとお遊戯して遊ぶのつまんないもん」


「なにを言ってる。 我々は昔からいやこの先もずっとこうやって生きるんだ。 それがスズメというもの」


「だから、分らないの? ミミはもっと違うところを見てみたい。 みんなと同じ事したくないごめんなさい」


そう言い残してミミは大空に飛んでいきました。 ここからスズメのミミの物語が始まります。


Hisaeは一時間後また見に来た。


「Sizu書いてるかい?」


Sizuはパソコンに向ったまま返事もしなかった。 Hisaeは後ろに回りモニターを覗いた。 この娘ったらちゃんと文章になってるし句読点も打ち始めてる。 これってどういうこと? Sizuのチャネリング能力は凄い。 これを書けるのにキーボードから手を離すといつもの「なのだネェチャン」に戻るんだからなんだろうね……?


Hisaeが「Sizu今日お泊まりしなよ。 吉祥寺に連れてってあげるから。 家に電話しな」


「吉祥寺ですか?」


「うん吉祥寺だ」


「吉祥寺にエバ姉さんいますか?」


「今日はエバはいないけど花子姉さんがおります」


「花子?」


「そう花子姉さん」


原稿料が振り込まれると、二人で食事に出かけることがすっかり習慣となった。


「今日は、ホームレス花子っていう友達に会いに行くよ。 三人で酒を飲むべし」


「花子・花子・花子なのだ」


「お前は九官鳥か?」






六「Sizuと花子と覚醒」


「花ちゃん久しぶり。 この娘Sizu」


「私、花子です初めまして」


「Sizuです。 なのだ」


「なのださん、よろしく」


花子には事前にSizuのことを話してあった。 ホームレス花子は吉祥寺のアーケード街で椅子とテーブルを置いて、相談者のガイドとチャネリングやスピリチュアルなカウンセラーを職業としているホームレス上がりの女性。


花子は大学卒業と同時に横浜でホームレスの中に入り、次郎さんという老人に師事した。

その次郎が殺されたのを期に精神的に乱れてしまう。 そんなある時、突然悟りを開きホームレスを辞め吉祥寺の実家に戻り、今は、サンロードで夜になると店を広げ相談者の話し相手をしている。


Hisaeとはエバの紹介で数年前から親交があり、年に何度か酒を飲む間柄でもあった。

境涯の高さからエバやHisaeの相談相手にもなっている存在。 それがホームレス花子。 今日は、吉祥寺の居酒屋Noroで焼き鳥を食べる約束になっていた。


「乾杯」


「Sizuこの花子姉さんは何でも答えてくれるから聞きたいことがあったら聞きなよ」


「ホームレスなの?」


「うん、昔、横浜でホームレスしてた」


「Sizuちゃんは?」


「Sizuは印刷屋さんなのだ」


Hisaeが「電話で話したように小説では表現が普通なのに、こうして話すと断片的なのはどうして?」


「もともと魂の段階つまりエーテル体では障害者はひとりも存在しない。 肉体がないから当たり前だけど、でもこの世での表現方法を障害者というかたちで表現してる魂もあるの。 こうしてSizuちゃんのように」


「なんで?」


「ひとつの表現方法よ。 今世では、そういう表現の仕方を選んだのね。 こういう場合は潜在意識に語りかけるの、他にも表現方法があることをね。 すると変わるよ。 現にこの子は今小説という表現方法を選んだのよ。 だんだんとSizuちゃんは変わるよ」


「そうなんだ。 でも、他にもそういう子はいるけど、なんでSizuちゃんは小説なの?」


「Sizuちゃんはチャネリング能力あるでしょ」


「うん、すごく強いよ」


「自分の頭で考えてないのよ。 いわば、勝手に湧いてくるって表現した方がはやいかな。キーボードから手を離したらすぐ戻るよ」


「そう、確かにいえてる」


「Hisaeさん次第でだんだんと変わってくるよ。 仕事上差し支えないのなら、そのまま雇用してみたら? HisaeさんもSizuちゃんの能力に同調して、新たな自分を発見できるよ、きっとお互いの相乗効果にもなるから」


「なるほどね。さすが花ちゃん的確な意見ありがとう。 Sizuちゃんあんた分ったの?」


「分ったなのだ」


「お前、キ-ボード持ってあるきなよ。 普段とまったく違うんだから。 もう」


「違うのだ、違うのだ、違うのだ、違うのだ」


「勝手にやってろ」


花子が「他の才能も開花されると思うよ」


「Sizuに?」


「いや、二人に」


「二人?」Hisaeの声が大きくなった。


「どういう事」


「具体的にはまだ分らない」


「ふ~ん、期待して待ってるよ」


その時Sizuが「美味しいのだ」


Hisaeが「なにが?」


「餅ベーコン」


「あっ、そう。あんたは幸せでいいやね」


こうして三人は楽しい時間を過ごした。


翌朝「Sizuおはよう。 もうキーボード叩いてるのかい? ちゃんと寝たのかい?」


「……」


「無視かい。 PCの前に座ると外界はシャットアウトだものね、その驚異的な集中力

私も欲しいよまったく」


さて、このままじゃぁHisaeらしくないから。 Sizuをどう導こうか?


チャネリング小説か……


誰とチャネリング……


なにをチャネリング……


どれもベタだよね……


突然なにかを書きたい衝動に駆られたのでとりあえずキーボードの上に手を置いた。


画面に「体外離脱」という文字を無意識で入力していた。


体外離脱? そっか!面白い。 HisaeはリビングのSizuのところに向った。


「ねぇ、Sizuチョット手を止めてくれる」


集中しているSizuには聞こえてない。


「ねぇ、Sizu。 お~い? こらSizu手を止めろ、てめぇこのやろう」


Sizuはやっと気が付いた「……? なんなのだ?」


Hisaeは肩を落とした。


「Sizuごめんおはよう」


「おはようなのだ。 はい、なんなのだ?」


「お前、正気に戻るまで長いよ」


「……?」


「まっ、いっか、あのさSizuは夢に入ること出来る」


「……?」


「寝てる時夢見るだろ」


「はい」


「その夢に入ること出来るのかい?」


「?」


「じゃぁ、夢を自分で作ること出来ますか?」


「うん、出来る」


「今日のお昼ご飯を食べたら、私と一緒に昼寝しようか」


「?なのだ?」


Hisaeは試してみたいもくろみがあった。 軽い昼食を済ませた二人はアイマスクをして手を繋ぎシーター波発生CDをかけて横になった。


「いいかい~これからゆっくりこの音楽を聴いて」


二人が横になって五分が過ぎた頃だった。 急に意識が頭から抜ける感覚がしたと思ったら次の瞬間広い空間があった。 視界のはるか先には高い山がそびえ立っていたが、どういう訳か距離感が全く感じられない。 景色を眺めているといつの間にかHisaeの横にSizuが立っていた。


Sizuが話し始めた「姉さん、ここはSizuの意識の一部だよ。 ようこそ」


「Sizuここは何処?」


「私の中にある世界の一部」


「一部ということは他にもある?」


Hisaeが質問した次の瞬間景色が変わった。 そこは宇宙空間で視界の先には月があって、その向こうには青い地球が浮かんでいた。


「月?」


「そう、月の裏側。 後ろの青いあれが地球」


Hisaeは言葉を無くした。 次の瞬間場面が中世のヨーロッパのような雰囲気に

変わった。 視界の先には城が見えた。


「ここもSizuの一部?」


「はい」


次の瞬間、南米の密林で川の水を、木の皮の器に入れている人が現われた。


「ここもSizu?」


「そう」


次の瞬間、小さな庭で丸いテーブルを囲んで、お茶をしながら話している三人の女性が視界に入った。 その刹那Sizuとエバと私と実感した。


そして二人は現実に戻った。


「なんだこれは?」Hisaeが叫んだ。


横でSizuがにやけながらHisaeの顔を見ていた。


Sizu、まったく普通なんで? そうよね、数%の表面意識は自閉症のSizu

だけど霊体というか潜在意識は全く別よね。 なんで、わざわざ自閉症のSizuを演じてるの? だんだん面白くなってきたよ。 小説よりリアル感があるからおもしろい。


それから事あるごとに二人は同時に体外離脱をして別世界を楽しんでいた。 だが、Hisaeにはあるもくろみがあった。 自閉症のSizuというのは表現方法のひとつ。 本当のSizuというのは別。 自閉症の表現意外に本当のSizuがあることを教え込んでしまおうと考えた。 それから数ヶ月間ほとんど毎日のように二人は体外離脱を繰り返した。


「Sizu昼ご飯頼むよ」Hisaeが言った。


「任せて下さい。 で、なに食べたいの?」


「う~ん、Sizuはなんか食べたいものある?」


「モスバーガー食べたい」


「おっ、たまにジャンクもいいか。 私は、チキンとモスとポテト頼むね」


「ハイ!」


Sizuの会話にはあきらかに変化が現われていた。 Sizuの家族とHisaeは、変化に気付いていなかった。


ある日Hisaeが「Sizu今日はオネェの髭行こうか?」


「わ~い、嬉しい。 エバ姉さん久しぶりだ。 嬉しい……」


Hisaeが「まいど」店のドアを開けた。


「いらっしゃ~い、姉さんSizuちゃん久しぶり~。 元気してたの~」エバだった。


Sizuが「エバ姉さん久しぶりで~す」


エバは唖然と立ちつくした。 そしてHisaeの顔を見た。 Hisaeは何事も無いかのようにしていた。


エバは「……」なにか異次元を視たような気になった。


とりあえず平静を装いグラスに焼酎を注いでSizuとHisaeの前に置いた。


Hisaeが「乾杯」というと。


Sizuも「乾杯」


普通に何処にでもある当たり前の光景だが、Sizuを知るものは天地がひっくり返るほど驚くことだった。 エバは立ったまま無言になっていた。 そして目から大粒の涙が溢れ大きな声を出して泣いてしまった。


Hisaeが「エバどうした? なにがあった?」


Sizuも「エバ姉さん、どうかしたの?」


気を取り直してエバが二人に「Sizuどうしたのあんた。 何があったの? 姉さんSizuになにか魔法かけたの? 私に分るようにいやこの店のみんなに分るように説明してほしい」


Sizuの事をよく知るオネェ三人も目を丸くして頷いた。 Hisaeはここで事の重大さに気が付いた。


「そうだ、私は毎日Sizuと一緒だから自然と当たり前に感じていた。 そうだよね、Sizuはちゃんと普通に会話できてるよね、そうだ。今気付いた」


エバが「うんそれは分ったけど。 どういう風にSizuが変わったっていうか、変えたの?」


Hisaeが「たぶん体外離脱を毎日欠かさずやってるから、Sizuの表面意識が変化したのかもしれない。 体外離脱してる時のSizuは全然健常者なの、肉体がないから健常者という表現も不的確かも知れないけどね。 にかく頻繁にやったよ。 事あるごとにこの世での表現方法変えたらってねそんだけ」


「親はなんて言ってるの」


「そういえばしばらく帰ってないな~。 Sizu、この店はお前家に近いから今日は家に帰りな!」


「Sizu帰りたくない……」


「いや、たまには帰りなさい。 そうだ、私達いちど店を出るよ! Sizuを自宅に送ってから私だけ出直す」


そう言って二人は店をあとにした。 二人が帰ったあと店ではSizuとHisaeの

話題で大変な騒ぎになっていた。


「Sizu今日は帰ってゆっくりしな。 お父さんお母さんにお土産でも買ってくか。 なにが好きなんだい?」


「どら焼きが好きだよ」


「本当だ、受け答えがハッキリしてる。 私もバカだね毎日一緒なのに気が付かなかったよ」


Sizuの家のチャイムを鳴らした。


「ハイ」


「私、Sizu」


「おや、お帰り。 待ってね」母親が玄関を開けて出て来た。 そこにHisaeが立っていたので丁寧に二人は挨拶をした。


「Hisaeさんにはお世話になりっぱなしですみません」


「いえ、こちらも楽しくやっておりますので」


「中にお入り下さい。主人も買物に行ってるので、すぐ戻ります。 どうぞ中に」


「はい、お邪魔いたします」リビングに通された。


そこに父親が帰宅した。


「やぁ、Hisaeさん来てたんですか? Sizuが世話になっております」


Sizuが「お父さんお母さん只今。 今日は池袋のエバ姉さんの店で飲んでたら。 姉さんがSizuの家近いから今日は帰りなさいって言ったの。 それでお土産にって、どら焼きを買ってくれました。 ふたりとも好きでしょ……」


父親と母親はエバ同様なにが起きたのか一瞬分らないでいた。 二人の知る我が子Sizuとは全然違っていた。 二人の心と感情と脳の意見がかみ合っていなかった。 それどころか空白というか虚無のような感覚だった。


場の空気を察知したHisaeは「説明させていただきます。 よろしいですか?」


その瞬間だった、母親が大きな声で泣き出した。 その横で父親も顔を歪めていた。


母親が「チョット待って下さい。 こ心の整理がまだ……」


HisaeはSizuの顔を見て言った「Sizuは大変なことをしたんだよ。 ご両親がこんなに喜んでるよ。 よかったね」


黙っていたSizuも大粒の涙を浮かべていた。 その情景を見たHisaeも涙が溢れていた。 時間をおいてHisaeが今までの自分とSizuの経緯を分りやすく説明した。


父親が「まだ、心の整理が出来ていないので正直分りません。 ですが、今は、感謝しております。 ありがとうございました」


「Sizuあんた何日間か家に帰ってなさい。 それからまたおいで」


そう言い残してHisaeはオネェの髭に戻ってきた。 店に入った瞬間、沢山の目がHisaeに集中した。 従業員以外ほとんどがHisaeのしらない顔だった。


エバが「姉さんごめんなさい。 姉さんの噂をしてたら話が聞きたいって、つぎつぎとこんなに集まっちゃったの」


「あっ、Sizuのことかい?」


「うん」


全員が固唾を呑んでいた。


「わかった。 でも、他言はしないで。 私も今日気づいたばかりで、私自身が動転してるの。 まずはとエバ、ビールをジョッキーでちょうだい」


「何から話そうか? Sizuのことは?」


エバが「それは説明済み。 あとはどうやってSizuが変わったかってことを知りたがってるの」


Hisaeはビールを飲みながら話した。


「簡単に説明すると、人の意識体って本当はみんな健康なのね、だから障害者っていう概念が本当はないの。 この世に生を受けてから、たまにその意識体が歪な表現をする場合があるの、それが精神障害だったり身体障害だったりするの。 それ以外にも色々要因は

あるけど一般的に大まかに。


私はそれを知ってたからSizuちゃんの意識に、違う表現方法もあることを数ヶ月かけて教えたのよ。 そしたら徐々に変わってたの。 私は毎日一緒だったから実感がなかったのね。 今日、エバに指摘されて私も気が付いたの。


今、実家に行ったら両親は大泣きしてたの。 私も思わず泣いてしまった。 部屋の空気が一変した瞬間って凄い。


その夜は終始Hisaeへの質疑応答で終わった。


「最後にこの事は他言しないでね。 Sizuちゃんだからそうなったのか分らないの。他に依頼があっても私責任もてないからくれぐれも他言しないで下さい。 お願いします」







七「利 幸」


 Sizuはその後Hisaeのもとで正式に働くことになった。 従来の請負小説をHisaeが担当し、Sizuはチャネリングでパラレル・セルフの小説を担当する事になった。 Sizuの知名度も徐々に上がり、ブログを見た客が多数依頼してくるようになった。 この頃のSizuは生活も支障なく普通にこなしていた。


「Sizu今日はどんな人の小説書くの?」


「今日の依頼は大学関係の人なのだ」


「また出たな。 なのだは禁止」


「無意識につい出ちゃうの……です」


「よくこらえた。 頑張れ」


「ハイ」


こうして二人の一日が始まった。


「その大学の関係の人ってどんなパラレルがあるの? それと写真見せてみな」


「はい」PCに添付されていた。


Hisaeはじっと見ていた「この人の名前は?」


「新井田利幸二十五歳」


「着信メールも開いてくれるかい」


「どうかした?」Sizuは意味が解らなかった。


Hisaeは写真とメールをじっと見ていたが、次の瞬間PCのキーボードの上に手を置いた。


「この度はチャネリング小説の依頼ありがとうございます。 執筆の前にひとつ質問させて下さい。 あなたの本当の意図をお聞かせ下さい」


「Sizuこの客は様子を見守って。 メールが入ったら私に教えてくれる」


「ハイ?」


その日の夜、新井田からメールが入った。


「姉さんメール来たよ」


「おっ、来たかどれどれ」


「Hisaeさんの洞察力には驚かされます。 偽りのメールで申し訳ありません。 私は先日、オネェの髭であなたと同席していたメガネでスーツ姿の五十歳の中年男です。

新井田と申します。 話を聞いて個人的に沢山の質問をしたかったのですが質問が敵わぬまま、あなたが帰ってしまわれました。 私は帰宅して早速PCで検索し、あなたのホームページに辿り着きました。 最初はメールで質問する予定でした。 がどういう訳か書いた文面が、私の息子の名前を使って書いてしまいました。


私の息子、利幸はSizuさんと同じ障害者です。 もしあなたの言っていたパラレルワールドの息子が存在するならば、どんな生活をしてるのか? その世界でも障害を持って生まれているのか? Hisaeさんに大変失礼だと思いながら息子を思う親心からか、好奇心を優先してしまいました。 この度のチャネリング小説の申込を撤回いたします。 本当に申し訳ありませんでした。 お許しください」


一緒に添付された写真には二人並んだ姿があった。


「おっ、このおやじ覚えてる。 私への視線がやたら真剣だったんだ。 そっか、そういうことね」


Sizuに新井田のことを分りやすく説明した。


「Sizuこの男の子よく視て。 この男の子のパラレル視てみな? 視えたら教えて」


Sizuは写真を凝視した。


「姉さん、この人は時計とかメガネとかを修理する人。 それと学校の先生で数学を教えてる。 それと動物園で働く人で猿の飼育やってる。 まだ視る?」


「いや、ありがとうね」


Hisaeはキーボードに手を置いた「新居田様メール拝見いたしました。 息子さんのパラレルには、貴金属の小物を修理される方。 学校の教師。 動物園で働き猿の飼育する方が存在するようです。視る限りではいずれも健常者です。 こちらの利幸くんが障害者を演じているのは、この世界のご家族とのカルマかも知れません。 それが私とSizuの見解です。   Hisae」


返信が届いた「ありがとうございました。 メールを拝見して驚きました。 利幸は動物が好きで、今でも頻繁に上野動物園に行っております。 とくにチンパンジーが大好きで。オリの前から離れません。 それと子供の頃から手先が器用な子です。 どこかでパラレルと影響し合ってるのかもしれませんね! 能力の高さに敬服します」


Hisaeはそのメールを見て宙を凝視していた。


「姉さん。 ネェ・ネェさん。 私寝るけど」


Sizuの声は全然聞こえてなかった。



 翌朝、Hisaeは早くからPCの前にいた。


「新井田様。利幸さんと一度会わせてもらえませんか? ハッキリしたことは今の段階で云えませんが、私にはある構想があります。 会った時に説明いたします」


そして新宿にあるホテルニュートラルのラウンジで五人が顔を合わせた。 利幸の両親とHisaeとSizuはテーブルを囲み挨拶をした。


「君が利幸くんね。 私はHisae、この娘がSizu。よろしくね」


利幸は頭を軽く下げ、そして母親の顔を不安そうに覗き込んでいた。


「お話しはご主人から聞いてると思いますが、私からもう一度説明させていただきます。これがSizuの障害者手帳。 半年前までは自閉症と位置づけされていました。 私の友人から紹介されてSizuと知り合いました。 何度か合ううちにその能力に興味を持ちました。 彼女の失業と同時に私の家に遊びに来るようになったんです。


その間、数ヶ月私が彼女にしたことは、彼女の潜在意識に朝晩二回働きかけることでした。

『彼女の表現方法はそれだけではない。 もっと違う表現方法を見つけよう』って語りかけるだけです。 それ以外何もやってません。 ただ毎日同じことを話しかけることだけ、それ以外のことは望んでもいないし。どういう風になるか想像すらしてませんでした。 ある時その友達の」


「Hisaeさん、オネェの髭のことは全部家内に話してありますから、そのまま話して下さい。 気遣いありがとうございます」


「あっ、はい。その店のエバという友達に彼女の変化を指摘され、私が逆にビックリさせられたんです。 ですから、私がやったのはSizuの潜在意識に語しかけるだけ。 それ以外特別なことはなにもやってないし、心当たりもありません。 そういうことです」


横では、利幸とSizuがなにやら会話をしていた。


Sizuが「姉さん、利幸くんがね。 前にオバサンに殴られたんだって。 だから今優しくしてもらうんだって」


Hisaeがじっと二人を見つめていた。



 母親が「あのう。 利幸にオバサンとか叔母はおりませんけど」


Hisaeが「Sizuもう一度、分りやすく話してくれるかい?」


「うん、利幸くんが前にオバサンに殴られその傷が元で死んだの。 だから今、オネェちゃんが優しくしてくれるんだって」


利幸の両親はSizuの言葉に理解できず頭を傾げた。


Hisaeは「利幸くんが、なんでこのような障害者という表現方法をとったかが理解できたような気がします。 これは前世の問題ですね。 因みにお姉さんがおられるんですか?」


「はい、二歳違いの姉がおります」


「そのお姉さんは利幸くんに対してどうですか?」


「とっても優しいです。 子供の頃はそうでもなかったんですが最近はとても弟思いの姉です」


「これは私の推測でひとつの仮説です。 どう取ってもらってもかまいません。 多少話しはぶっ飛びます。

利幸くんは、前世でオバサンと何かあったようです。その時のオバサンの魂が、今のお姉さんとして生まれ変わり利幸くんの助けになってる。 これで帳消しゼロ。 ふたりのカルマの解消。これ、私のひとつの仮説で、当然断言できません。 ただ、彼女にはそういうことを察知する能力があるんです。


魂には陽の因子と負の因子がたえずバランスを取ろうとしています。 最終的に調和の状態を目指します。 俗な言い方をすれば貸し借りゼロの状態です。 今、利幸くんとお姉さんはその状態にあると考えます。 ベストな状態といえます」


両親は黙って聞いていた。


「このままで好いということですか?」母が聞いた。


「今現在は良い状態だと思いますが、お姉さんも年頃、自分のことを考えなくてはいけませんよね。 子離れという言葉がありますが、弟離れも必要かと思います。 遅かれ早かれその日は必ず来ます」


父親が「利幸をSizuちゃんのようにその、潜在意識に働きかけるにはどうやればいいのですか? 教えてくださいお願いします。 私達に出来るのでしょうか」


二人の真剣な目線が利幸に注がれていた。


「理論的に可能です。ただ何度もいうようですが、もしかして偶然の結果かSizuの能力がそうさせたのか? まったく分らないの。 それでもいいですか?」


「はい、かまいません」


「そうですか、じゃぁ、利幸くんを何ヶ月か私に預けて下さい。 Sizuにやった方法でやってみます。 下宿代だけひと月五万円下さい。 それでよければ」


「はい、是非お願いします。 私の方から利幸に話して聞かせます。 準備が出来たら連絡しますがHisaeさんの方のご都合は?」


「布団用意したり色々準備します。 来週に入ったらいつでもかまいません」



そして、利幸がホームステイにやってきた。


「Sizuあんたが色々と生活のサイクルを教えてあげなね。 私もやるけど頼むね」


「姉さん」


「なに?」


「お風呂一緒ですか?」


「駄目よ別々。 当たり前でしょ」


「利幸くん一人で洗えますか?」Sizuが聞いた。


「嫌です。 できません。 洗えません」


SizuはHisaeの顔を見て「だそうです」


「う~ん。 分ったよ、私が水着きて入るよ。 水着あったかな? 遠い昔着たような気がするよ。 お前、はやく自分で洗えるようになれよな、たく。 もう二十五歳だろが」


こうして三人の珍生活が始まった。


「利幸、お前はなにが出来るの?」


「お母さんって帰る」


「しばらくはここで生活するんだよっ」


「お父さんって帰る」


「そのうち帰えれるからさ」


「おねえちゃんって帰る」


「Sizuお前からも何とか言ってよ」


Sizuはニヤニヤしながら利幸を観て「ダメ!」


「はい、です」利幸は即答した。


SizuはHisaeの顔を見て「だそうですハイ」


「うそ。 あっ、そうこの二人なんなのさ?」


それからHisaeは朝晩二回利幸の潜在意識に語りかける日が続いた。

Sizuの時はやっていなかった観察日記を付けるように心がけた。 意識の変化を克明に付けることで何かが分ると考えた。 


利幸と暮らし初めて一ヶ月が経過した。 基本的な利幸の行動パターンが把握できた。 そしてSizuの言葉に反応しやすいことも分った。 それが変化なのか日常の馴れなのかはまだハッキリしない。 二ヶ月目が過ぎた辺りから何となく変化の兆しが見え始めた。

まず、テレビではマンガ主体だったものが、バラエティーを見るようになり、そしてポイントポイントでしっかりと笑うようになっていた。


Hisaeが「花子、利幸、今日は吉祥寺に行って花子と美味しいご馳走でも食べようか」


「ハイです~」利幸だった。


「利幸あんたはタラちゃんか」


「が、はは。 姉さん面白いです」利幸が言った。


「そっかい受けて良かった」


Hisaeは利幸の変化に気が付いていなかった。 横でSizuが微笑んでいた。


三人は吉祥寺にやってきた。


「花ちゃん久しぶり、こいつは利幸」


「初めまして花子です」


「ぼく利幸です」


予め予約を入れておいた中華の春香飯店に四人は向った。 Hisaeは花子に利幸のことを報告していた。


「Sizu、利幸、好きなもの注文しなさいな」


「僕、天津飯と餃子お願いします」


「はいよ、Sizuは?」


注文したものが揃い四人は乾杯をした。


Hisaeが「花ちゃんさぁ、今日は何かニヤニヤ、にやけてない?」


花子は「なんでだと思う?」


「分らないよ。 なにさ?」


「そのうち分る。 フフッ」


その時だったHisaeの脳裏にあることが甦った。 昨年、Sizuを花子に会わせた時、やはり今と同じ事を花子から言われたことを思い出した。 Hisaeは最近利幸日記を付けていなかった。 というか利幸に大きな変化が感じられずただ怠けていたのだった。 Sizuの時もそうだったが自然と変化していたので気付いていなかった。


いきなりHisaeは「おい、利幸、お前なんか聞きたいことないか? この花子姉さんはなんでも答えてくれるよ」


「僕は、なんでみんなと違うんですか?」


花子は微笑ながら「みんなと、なにが違う? どこが違う? こっちが聞きたいけど」


「だって、みんなは仕事に行ってるでしょ。 姉さんもSizuちゃんも働いてるでしょ。僕、なにもやってません。 みんなと同じ事出来ません」


そばで聞いていたHisaeは「利幸が他人と自分とを比べている。 っていうか会話が文章になっている。 こいつ、変わってる……」


HisaeはSizuの顔を見た。 Sizuは母か姉のような眼差しで黙って利幸を

見ていた。 食事も終わりHisaeが思ってたことを切り出した。


「花ちゃんこれで二度目の経験なんだけど、具体的に教えてくれない? どういうこと?」


相変らずの笑顔で花子はゆっくりと話し始めた。


「潜在意識に話しかけるってそういうことなの。 気付く切っ掛けを与えたの。 二人の潜在意識にこれまでと違う表現のしかたをHisaeさんが気付かせたの。 二人はそれに応えたのね」


「もう利幸は実家に戻してもいい?」


「うん、この気付きは忘れない。 一生涯」



利幸を帰宅させる時が訪れた。


「利幸、今日またみんなで食事に行こうか」


「僕行きません。 姉さんの家が良いです」


こいつ感づいているHisaeは思った。


「新宿のホテルだよ、最初に私達と会ったところ。 覚えてるでしょ。 お父さんもお母さんも一緒だったでしょ」


「今日もお父さんとお母さんは来るの?」


「はい、来ます。 久しぶりだね。 お前が会って帰りたくなったらそのまま家に帰っていいよ」


「……」


利幸は急に我が家が恋しく思えた。


利幸の母親が「お父さん。 利幸はどんな風に変わったろうね?」


「そうだな、利幸がHisaeさんのところに行って、お前と姉ちゃんは、気が抜けたようになってたからなぁ。 途中経過も全然聞かされてないし。 ドキドキするよ」


ホテルのラウンジでは、姉も一緒に三人そろって利幸が来るのをじっと待っていた。


出入り口のドアが開いた。


最初に入ってきたのが利幸だった。 脇目もふらず家族のテーブルに歩いてきた。


三人の顔を見て「みんな顔怖いけどどうしたの?」


そのわずか数文字の言葉は利幸家族の歴史を覆す言葉だった。 利幸の変貌を家族には瞬時に理解した。 瞬間、三人の目から大粒の涙が溢れていた。 両親はHisaeのほうを向いて何度も頭を下げた。


六人は席について食事をした。 健常者と比べるとまだ多少ぎこちない話し方だが、以前の利幸を知るものは激変してることに驚きを隠せない。


食事を済ませHisaeが利幸に「利幸、ここからお前は自宅に帰りなさい。 お父さんお母さんに私たちとの生活をしっかり報告しなさい。 分った?」


「はい」


「それから一人で何でも出来ること見せてあげな。 風呂もひとりで入れて洗えるよってね。 分ったの?」


「それから」


すかさずSizuが「姉さん、しつこい……」


瞬間みんなの緊張がほつれた。


Hisaeは「くれぐれも甘やかさないで下さい。 すべて自分で決めさせてください。

私からはそれだけです」


その場からHisaeとSizuが出て行こうとした時だった。


利幸が「姉さんSizuちゃんありがとう。さようなら……」と手を大きく振った。


ラウンジをあとにするHisaeとSizu、二人の目も涙で赤くなっていた。


Hisaeが「Sizu」


「なに姉さん?」


「エバのところに行って飲もうか。 今日は利幸に乾杯だ」


開店時間より少し早めだったが店に入りエバと三人で乾杯した。


「姉さん、大変なことしたよね。 たぶん歴史覆すかも。 キリストが死者を蘇えさせた。モーゼが海を割った。 釈迦が水の上を歩いた。 次ぐらいに大変な偉業かもよ」


「それがさっ、実感がないのよね。 Sizuといい利幸といい手応えが無いのよ。 やったっていう手応えが。 なんか気が付いたら変わってたみたいな」


「で、今後どうするの? また聞きつけて問い合わせあるかも」


「もう、お断りよ。 結構エネルギー使うし依頼者の期待に添えるかどうか自信ないよ。

万一期待を裏切る結果になったら依頼者どう思う? すごく落胆すると思わない? たぶん半端ない落胆だと思う。 だったら最初から安請け合いしない」


「確かにそうよね」


「わかった、私も口止めするね」


その後、問い合わせがあったがHisaeは取り合おうとしなかった。 確証のない安請け合いはしないと心に決めたHisaeだった。


その後、Sizuも実家に戻り、Hisaeは元の一人暮らしになった。


「さあ、久々にCONAに行ってヘアースタイルを決めてひとり淋しく寝ようかSizu…… Sizuいないか……嗚呼」






八「亡き母からのメール」


Sizuが実家に戻って一ヶ月が過ぎた。 Hisaeは仕事に追われ寝る暇も無くがむしゃらに働いた。 チャネリング小説という分野を確立したおかげで依頼や問い合わせが多く仕事に追われる毎日が続いた。


「あ~Sizuの奴がいたおかげで、結構助かってたんだな…… なんで帰したんだろう? トホホ、あれはあれで楽しかった」


最近のHisaeはSizuのことでひとり呟くことが多くなった。


チョット、エバに電話してみよっと。


「もし~、エバかい、Sizuからなんか言ってこない?」


「なんにも言ってこないけどどうして? 気になるなら自分で電話してみたらいいジャン」


「なんで私がSizuに電話しなきゃいけないのよ」


「そうよね、で、何にか用?」


「何かって?」


「用事あるから私に電話くれたんでしょ?」


「あ、いや、もういいのゴメン……」


姉さん、Sizuが帰ったもんだから淋しんだ。 わかりやすいババァだ。 顔に似ず可愛いかも…… エバは即Sizuに電話した。


「Sizu。 エバだけど今日辺り店に遊びに来ないかい? えっHisae姉さんなにやってるって? わたし知らないわよ自分で電話してみたら?」


電話を切ったエバはあの二人どうなってるの? 姉さんはめんどくせえけど、Sizuは可愛い…… エバの計らいで同時にオネエの髭で顔を合わせることになった。 二人には当然内緒で。


「いらっしゃいませ~。 姉さん久しぶりね生きてたの?」


「当たり前でしょ! 私を誰だと思ってるの、たく!」


「なんかイライラしてる?」


「なんもしてねぇよカタチチのエバが」


「やだ!なにそれ、喧嘩売ってる~」


「売ってねえし早く、いいちこ飲ませろ」


「Hisae姉さん怖い~」


「うっせ、早く持ってこい」


その時ドアが開いた。


エバが「いらっしゃいませ~ Sizuちゃんようこそ。 このオバサンの横の席は怖いからこっちに座りなさい」


Hisaeが「エバ。 おまえうるさっ」


Sizuは「わ~い、姉さんだ。 ちゃんと食べてるの? 夜寝てる?」


「うん、寝てる…… ていうかお前は私の保護者か?」


全員笑いにこけた。


「家に帰ってなにやってる?」


「うん、ハローワーク行ったり。 ネットで求人見てるよ」


「そっか。 働いてみたい会社は無いのか? っていうか何がしたい?」


「姉さんみたいな仕事したい」


「そっか!」急にHisaeの顔が明るくなった。


「お前にあのパソコンあげるからあんたの自宅で私の仕事手伝いなよ。 どう? 給料は歩合制で?」


「やりたい。 また姉さんと仕事したいもん」


「わかった、じゃあ明日PC持ってお前の家に行くから。 お父さんお母さんにも挨拶するよ。 それでどう?」


Sizuはさっそく親に報告すると言い喜んでエバの店を出ていった。


「エバ、あんた企んだろ。 私達を会わせるように」


「ぐうぜんで~す」


「馬鹿野郎Sizuがひとりでオカマバーに来るか。 ありがとうねエバ」


「ぐうぜん~で~す」



翌日パソコンを抱えたHisaeがSizuの家を訪問し話しはまとまった。 Hisaeも元気を取り戻し仕事に励んだ。 そんな矢先一通のメールが届いた。


「前略 Hisae様 私は四十歳普通の主婦です。 主人は公務員で娘ひとりの三人家族。 十年前に下の娘が六歳で他界しております。 この度、Hisaeさんにお願いがあってメールいたしました。 娘が旅立った先の霊界での生活を小説にしてもらえないでしょうか? 向こうの世界でどんな生活をしているのか知りたいのです。 依頼料は百万円の用意があります。 是非ご検討願えないものでしょうか。 山岸杏奈」 


この手の小説を請負うのは難しいのよね。Hisaeは躊躇した。


「メール拝見いたしました。 残念ですがこの仕事はお受けすること出来ません。 申し訳ありません。 Hisae」


またメールがあった。


「どうしてでしょうか? お聞かせ下さい。 山岸杏奈」


「霊界のことは私には解らないからです。 失礼します。 Hisae」


そして数日が経過しまた山岸からメールが届いた。


「先日は大変失礼しました。 今度は違う形で申込みいたします。 他界した娘を主人公とした小説でお願いいたします。 娘は大学を卒業し高校の先生という道を選びました。

生徒から評判の良い教師一筋の一生です。 子供は女の子二人で、孫も二人おり、何処にでもいる普通の女教師として描いて下さい。 山岸杏奈」


Hisaeは首を傾げた。当たり前すぎというか文面から伝わるバイブレーションがどうも気になる……どうしようか? この感覚はHisaeが以前何処かで味わった記憶がある。 言葉で表現できない。 確実に経験した感覚だった。


「なんだろう? しっくりこないそうだ……」


メールを返信した。


「イメージを作りたいので娘さんの写真を添付して下さい。 Hisae」


返信がきた「娘が死去して数年後に火災に遭い、思いで以外手元にはなにも残っていません。 山岸杏奈」


「そうきたか……」


「大変申し訳ありませんがイメージが湧きません。 私の手法は依頼者からのバイブレーションを文章に創作してまとめます。 今回はそれが感じられません。 イメージが湧かない仕事は執筆することが出来ません。 すみません。 Hisae」


後日、またメールが届いていた。


「初めまして、私は山岸アズミと申します。 杏奈という名前でHisae様とメールのやり取りがあったと思いますが、杏奈は他界した母の名前です。 私には事情が解りません。 なぜ私のPCであなたに誰がメールしたのか皆目見当がつきません。 文面を見るとHisae様は、何か物書きを職業にしてるかたと見受けられます。 失礼とは思いますが簡単で結構です。 事情を聞くわけにいきませんか? 悪戯なら返信の必要ありません。 山岸」


「なにこれ? やっぱり……」


Hisaeはあの違和感の原因が何となく把握できた。 事の経緯を山岸アズミにメールした。


また返信があった。


「Hisae様 私のかってで恐縮ですが、母とメールのやり取りを続けてもらえないでしょうか? 当然代金はお支払いいたします。 他界した母が今何を考えているのか知りたい気もします。 姉とも相談した結果、Hisae様にお願いしてみようという事になりました。 小説は適当でかまいません。 母とHisaeさんのメールのやり取りに興味があるからです。 是非願いいたします。 私達の希望を叶えて下さい。

山岸アズミ・姉ムツミ」


「……乗りかかった船。 書いてみるか」


Hisaeはキーボードに手を置いた。


「山岸杏奈様この小説を書くにあたり多数質問があります。 質問に返答いただけるのでしたら執筆したいと思います。 Hisae」


「Hisae様 ありがとうございました。 さっそく質問にお答えしたいと思います。どうぞお聞き下さいませ。

 山岸杏奈」 


「質問1、お二人のお子さんの産まれてからの思い出に残るエピソードをお聞かせ下さい。Hisae」


「Hisae様 長女ムツミは小さい頃から気の利く子でした。 あの子がまだ三歳の頃、私が風邪で高熱を出して寝ておりましたら、オムツをしたよちよち歩きのムツミは私のそんな姿をみて、なにを思ったのかあの子は、自分で冷蔵庫のフリーザーを開けてアイス枕を取出し、私の枕元に持ってきたことがありました。


アズミは活発な子です。 いつも姉のあとをついて遊んでおりました。 でも、目をそらすと何処か違うところに勝手に行ってしまうのでムツミに叱られては泣いておりました」


こうして母杏奈の文面は長々とつづられていた。


家族への愛情に満ちたその文面から、生前の母としての思いが痛いほど感じられた。


「質問2、将来理想とする山岸家の夢をお聞かせ下さい。 Hisae」


「Hisae様 ムツミもアズも人並みで充分です。 家族が皆健康で明るく、いつも笑いの絶えない家庭であることが私の願いです。 そして二人の子の笑顔が私の最大の望みです。 杏奈」


Hisaeは文面を見ていて心うたれ、熱いものが頬を伝わっていた。 我が子を思う母の愛情が痛いほど心に伝わる文章だった。


数時間後、ムツミとアズミからメールが届いた。


「Hisae様 私達姉妹はHisaeさんのおかげで改めて家族を思う母の愛情を感じております。 二人で涙しました。 最後に、私達から母親にメッセージを伝えて下さい。


『お母さん、ムツミもアズミも幸せにしてます。 これからも私達家族仲良く生きていきますから、お母さんも天国から視ていてください。 こちらのことは心配しないでね 。産んでくれてありがとう。大好きなお母さんへ。

ムツミ』


『お母さん、生前は心配ばかりかけてごめんね。 私は思い立ったらなにも考えずに行動してしまう癖があるの、いつもお母さんには迷惑をかけてしまいましたね。 私の目標はお母さんのような母になること。 私の生涯で最大級の感謝を送ります。 お母さんありがとう。今度また産まれる時はお母さんの子供に産んで下さい。 そちらの世界で又会いましょうお母さん。 アズミ』


その後、杏奈からのメールが途絶えた。


「Hisae様 先日は誠にありがとうございました。 母は昨年病死しました。 死後も私達のことを気遣っていたことに私達は感謝と同時に母の愛に泣きました。そして、Hisaeさんの仕事のすばらしさに感謝しております。 ただ、母のメールには父親のことがひと言も書かれておらず不思議でなりません。 このようなケース場合、何か事情があるのでしょうか? 心あたりがあったら教えてくれませんでしょうか?

アズミ」


「アズミ様 私のところに来たメールは、全てそちらのPCからのもので、それ以外の文面はありません。 確かにお父さんの事は、何も書かれておりません。 私も理解できません。 あしからずHisae」


どうしたことかね?なんで父親が出てこないんだろう? 恨みか何かあるんだろうかね?ま、私には無関係だけど。



それから数ヶ月、HisaeとSizuは忙しい日々が続いた。


Hisaeが「Sizu久しぶりに焼き肉食いに行こうかどう?」


「焼き肉行きたいです」


「了解、じゃあいつもの春光園で六時に待ち合わせ。 それと今日はオネェの髭でも行こうか。だから、私の家に泊まるってお母さんに言ってから来な」


「乾杯~」Sizuは満面の笑み。


「Sizu何か良いことあったのかい?」


「無いです」


この頃のSizuはビールが飲めるようになっていた。 憧れのHisaeと乾杯したいが一心で父親にビールを飲めるように手ほどきを受けていた。


エバが「にしてもなんで笑ってるの?」


「なんでも無いのだ」


「ドカボン親父は禁止したろ」


「ごめんなさい」


二人は焼き鳥を抱えてエバの店に行った。


エバは「久しぶり~姉さんとSizuちゃん。おゲンコしてた?」


Hisaeが「お前ね、古い言葉使うなよ。 Sizuなんのことかわからんだろうが」


「そうよね、Sizu元気だった?」


「元気です。 エバ姉さんは?」


「ホイ、私も元気だホイと」


「キャ、ハハハ……」Sizuは喜んだ。


「Sizuこんな馬鹿ほっときな。 馬鹿が移るよ……」


「馬鹿って移りますか?」Sizuは真剣だった。


「当然移るさ……そのうち片乳だけ大きくなるよ」


「キャ・ハハハ……」


エバは「Sizuちゃん言葉の遊びまで解るんだ。 もう、健常者と同じだね、凄いよSizuちゃん」


Hisaeは笑顔で頷いた。






九「夢」


「どこなのここは……?」


HisaeはSizuと池袋で飲んで自宅に戻り、たしか布団を敷いてシャワーを浴びて寝た……うん。 昨日のことだからしっかり覚えている。 確かに寝たけどここどこ?

自分がアイヌの代表的楽器ムックリを囲炉裏のまえで演奏していた。


「なんで?」


その時後ろから「ヌック朝からムックリを鳴らしてどうした?」


振り返り声の主に視線を向けた。


「……誰?」髭の生えた濃い顔をした見知らぬ男。 この出立はもしかしてアイヌの人?

それに私の持っている紐の付いた楽器っぽいものはたしか……


「あんた誰?」


その男が「なんだって?」


「イシリクラン(なんか変)」Hisaeが言った。 これってアイヌ語? なんで私がアイヌ語話せるのよ……?


「イペルスイ(腹がすいた)」男が言った。


「うるせ、腹がすいたぐらいで、ぐだぐだ言うな。 こっちは何が何だかさっぱり解らねんだから!」


「エシアンテ(腹立つ)」と言い捨てて男は出て行った。


「何が腹立つだって、こっちがエシアンテだよ。 あれ?私の頭やっぱ変だ、アイヌ語で言った……」


その時Sizuのことが頭を過ぎった。


「Sizuはどうなった?」


次の瞬間ひとりの女が入ってきた。


「姉さん目が醒めたの?」


紛れもなくSizuの声だった。 でも姿形がなんか違う。


「あんたSizuなの?」恐る恐る聞いた。


「そう、私はSizu」


「なんかおかしいと思わない?」目を丸くして言った。


「おかしくないの。 ここは百三十年程前の北海道なの。 場所でいうと太平洋側に位置した静内町辺り」


「なんで静内に? しかもアイヌなの」


「これは私の夢の中。 ただの夢じゃないよSizuと姉さんの前世」


「夢って事は解ったけど、なんで私があんたの夢の中にいるのよ?」


「Sizuねぇ、他人の夢と同調させること出来るの。 同時に同じ夢を二人で共有できるの」


「お前そんなこと出来るのかい? たまげたね、でもなんか面白い。 で、これはどっちの夢なの?」


「二人共通の夢、姉さんと前世で一緒だったから当時のこと思い出してるの」


「……解った。そういう事なら表に出て楽しもうよ。 それとあの男は誰なの?」


「姉さんの旦那さんでセキという名前だよ」


「ふん~。 ということは私は主婦なのか」


「フチというシャーマンでもあるのよ」


「あんたは?」


「私もフチなんだけど病気とかのお払い専門のフチで祈祷師なの」


「私は?」


「姉さんは神託とか妖精とアイヌの架け橋というか通訳みたいなこと」


「へ~面白い」


「それとラマッコロクルという長老の知恵者がここでは絶対的存在なのね、だから逆らったりしないでね。 あと、倭人は北海道を我が物顔で歩いているけど、逆らわないように。私達アイヌはハッキリいって迫害を受けてるの、人種差別」


「そっか、そういう時代か解ったよ。 外を案内してよ」Hisaeは複雑な気分で表に出た。 外は澄み切った空と海と川が一度に視界に入る所だった。


「Sizuここ凄い所だね、綺麗……」


「綺麗でしょ。 これからこの地も文明が栄えて段々と町が変わるの。 本当に進化って呼べるのかどうか?」


「あっ、思い出した。 さっき私の旦那らしき男が腹減ったって言ってたけどどうするの」


「大丈夫だよ、何処かに行って食べてるよ」


「何を食べてるの?」


「夏場はそこら中食べ物が豊富にあるの。 蓄えは冬場のぶんだけ肉や魚を干したりするの」


「なんかそれって原始風で好いね」


それから二人は村を散策した。


「姉さん全然思い出せないの?」


「うん、断片的に、言葉だとか音楽や服や家の造りなどいいなって感じるけど。 あんたのように詳しく思い出せない」


「そっか…… 私はこの時代は楽しい事ばかりだったから結構鮮明に覚えてたのね」


「そういえば姉さんは、いつもラマッコロクルと言い争いしてたから。 一度、村を追放されたことあったのよ」


「あんたそんなことまで覚えてるの?」


そこへ、向こうから長老ラマッコロクルが二人に向って歩いてきた。


Sizuが「噂をすれば」


Hisaeは深々とお辞儀をした。


それを横でSizuが慌てて辞めさせた。 長老は一瞬怪訝な顔をしたがそのまま通り過ぎた。


「Sizuなんで折角の挨拶止めるの?」


「お姉さん、今の挨拶は倭人式なの。 アイヌ式とは違うの、だから村長は変な顔してたの」


「なるほどねめんどくせぇ……」といいながら道ばたの小石を蹴っていた。


Sizuはその仕草が面白いと笑っていた。


「Sizuところでこの夢いつ覚めるのよ?」


「もう帰りたいですか?」


「いや、帰らないでみんなをからかって遊ばない?」


「姉さん、こっちの人達は純粋なんだから。 それに姉さんのというかフチの言葉には影響力あるんだから」


「はいはい」


Hisaeは思った「なんで私がSizuから注意を……?」


「姉さんこっちに来て」


「はいよ」


二人は小川の淵にきた。 スズランの群生を指さした。


「おや、スズランかい綺麗だね…… ほのかな匂いがまた良いね」


Hisaeが近寄ると葉の陰に黒い影が隠れた。


「なにいまの? Sizuいま何か動いたけど?」


Sizuはその影に近寄って声をかけた。


「出ておいで」


スズランの葉の陰から小さい人の形をした生きものが顔を出した。


ジッと見ていたHisaeは「あんた誰?」声をかけた。


Sizuが「この人達はコロポックル族の妖精さんだよ」


「妖精なの…… ウソッ! 本当に妖精なのかい可愛いね。 こんにちは私ヌック。 あなたは?」


「Pinoだよ」


「Pinoちゃんよろしくね。 Sizu、この子Pinoちゃんだって、可愛いね」


「Sizuは前からこの子らと知り合いで、妖精さん達の世話役なの」


「へ~。 他にも仲間いるんですか?」


Pinoはヌックの後方を指さした。 ヌックが振り返るとそこには十人のコロボックルの集団が立っていた。


ヌックが「皆さんこんにちは」


その中の一人が「ヌックさん、こんにちはダニ。 ここで何やってるダニ?」


「Sizuおもしろいこの子達ダニだって」


「姉さん」ヌックはまた叱られた。


ヌックはその場に屈んで「Pinoさんはここで何をやってるダニ?」


「ノッキリ(花)から蜜を採ってるダニ」


「蜜は美味しいの?」


「美味しいから採ってるダニよ」


「それもそうね、変なこと聞いてすいませんでした」


「ヌックさん、あなたおもしろいダニ」


それから二人と妖精達は太陽が真上に来るまで語り合っていた。


Sizuが「姉さんそろそろ帰りましょう」


「えっ、もう帰るのかい? もっとコロポックル達と話そうよ」


次の瞬間Hisaeは自宅のベットの上で目が醒めた。


「……なに今の夢?」


ベットから起き上がりSizuの寝ている部屋に入り、いきなり寝ているSizuの体を揺らし「おい、Sizu起きろ」


「……なに? あっ、姉さんおはようございます」


「お前さ、今、夢見てなかった?」


「姉さんとアイヌコタンで妖精達と遊ぶ夢を視たけど」


「やっぱり、あの夢は本当だったんだ。 夢に妖精のPino出て来た?」


「Pinoちゃんや十人の仲間もいたよ」


「同じだ。 あんた夢を操作できるのかい?」


「操作かどうか解らないけど、こういう夢視たいと思ったらその夢が視えるけど」


「へ~、そういうこと出来るんだ。今朝の夢みたいに二人同時に同じ夢も視られるのかい?」


「姉さんと前世の何処かで一緒だったのかなって思って寝たの。 同時に同じ夢を視たいとは思ってなかったど」


「そういうことか。 あんたの能力は凄いよ。 そしたらさ、あんたがなんで今回は自閉症という表現方法で産まれてきたのか知りたいと思わない?」


「それ解らない。 解りたいと思わないし」


「そっか…… ごめんねSizu」


「はい」


「話し変えようね。 Sizuはアイヌ以外に他の世界にも遊びに行くのかい?」


「たくさん行きました」


「何処か思いでに強く残る夢ある?」


「印度でヨガをやってました」


「それはどんな想い出があるの?」


「肉体の感覚を超越して光の世界に繫がる修行をヨガを通してやってよ」


「ヨガね…… で、出来たの?」


「結構簡単にやってたよ」


「今のSizuは出来ないのかい?」


「必要ないからやってないけど」


「なんで?」


「出来ても役に立たないもん」


「……なるほどね。 しかしお前は本当に変わったね、これからもその感覚を磨いてね。もっと感覚を研ぎすますのよ」


「はい、姉さんのおかげです」


「なんだい、そんなお世辞も使うようになったのかい」


「お世辞ではありません。 Sizuの本心です」


「はい、ありがとう素直に受け取っておくよ」






十「母さんの塩むすび」


あ~よく寝た。 昨日は花子と下北沢で遅くまで飲んでたのに、この清々しい気持ちの朝は何だろう? 花子と飲むとストレス感じないから?


Hisaeは布団から出てPCの電源を入れた。 一日の作業はここから始まる。


メールが入っていた。


「Hisae様、初めてメールいたします。 先日、他界した友達のこと書いて欲しくてメールしました。 その友達の名前は納谷勝雄と申します。 勝雄と僕は高校からの友達です。 その勝雄が先日、肝硬変で他界しました。 五十六歳でした。 僕は彼から沢山のことを学びました。


勝雄は高校卒業後調理師を目指し専門学校に入り、その後調理師として三十六年頑張ってきました。 ごく普通の優しい二児の父親としての生涯と、料理の本質を見極めようと鋭く厳しい目を持った人間です。 そんな彼を偲び小説という形にしたいと考えメールしました。


内容は、Hisae様のアレンジで結構です。 勝雄にはこれという大きなエピソードはありません。 平凡なので逆に表現が難しいと思いますがお願いいたします。 松岡幸彦」


う~ん。これといったエピソードが無いのか。 チョット難しいかもね、まっ、何とかするけども…… よし引き受けようか。


「松岡様 お引き受けしたいと思います。 執筆にあたり納谷さんの人柄と、お二人の写真があれば添付して下さい。 私の中にお二人のイメージを作りたいのです。 あらすじが出来上がったらメールいたします。 Hisae」


「ありがとうございます。 写真は二年前の同窓会の集合写真と本人の近影です。 あと、彼の性格は地味で自分から表面に出るタイプではありません。 いつも影から冷静な視線でものごとを見つめ適切なことを言ってくれます。 侍の調理師のような男でした。


僕が若い頃、東京で家庭を持っていました。 長女の出産も東京でした。 出産を知った彼はわざわざ札幌から東京に日帰りでお祝いを持って来てくれたんです。 あの時は本当にビックリしましたと同時に感激しました。 僕は妻の実家小樽に住みついてから、数度だけ酒を交わしました。 お互いに休みが合わず飲む回数は少ないほうでした。 今になって悔やんでおります。 もっと飲みたかったと……


最後に飲んだのが二年前のクラス会。 本当に良い想い出になりました。 その後、僕は大阪に転勤となり現在に至っております。 今、心には空白ができております。 どうぞ宜しくお願いいたします。  松岡」


Hisaeは考えた。調理師か、私、料理苦手だからどこまで表現できるか? こんな事なら料理の基本だけでも学ぶんだった~


「母さんの塩むすび」


あらすじ

彼の名は納谷勝雄。 人は彼のことを調理界の哲学者と呼ぶ。 類い希な才能を持つ彼は、高校時代、調理人の兄が作ってくれた一杯のラーメンの味に魅了され、自分も高校を卒業したら料理の道を極めてみたい。 そう思い立ち調理の道に足を踏み入れることになった。


調理学校を出た。 彼は調理の世界に馴れるため学校で斡旋しているレストランで働くことになった。 その後、調理に道は一ヶ処に止まってはいけない。もっと料理を学びたいという思いから複数の店を歩いた。 調理の世界の閉塞感を感じながらも三十八年間思考錯誤を重ねてきた。 彼が心に秘めた調理にはある思いがあった。 調理仲間には話せないが、高校時代からの親友で今は調理の世界から離れ公務員になった、心の友である松岡に密かに語っていた。 勝雄流の料理に対する哲学があった。


その極意とは『塩むすび』という四文字。 そのたった四文字に納谷勝雄の調理人生が表わされていた。 決して華やかではないが数日間じっくり煮込んだスープのように、奥深く味わいのある彼の人生を綴った作品」


「松岡様、簡単ですがこんな内容でどうでしょうか? ご検討願います。 Hisae」


「Hisae様 宜しくお願いいたします。 松岡」


その後、二人は打合せを重ね執筆をする事になった。 


「そっか、調理の世界は出来るだけ避けてきたけど、衣食住に携わることは避けて通れないか。 Hisaeガンバンべ!」 自分に気合いを入れた。



 「母さんの塩むすび」


 ここは北海道岩内町。 札幌から東に車で二時間半の港町。 その町で主人公の納谷勝雄は産まれた。 勝雄は納谷家の次男として育ち、岩内町の中学を卒業し近隣の町、余市町の高校に通った。 通学に時間が掛かるという理由で下宿生活をした。 その町で高校時代を過ごした。 勝雄は温厚な性格でたくさんの友達に囲まれ、生涯の友と巡り会ったのもこの時期でであった。


高校三年生の春。


「勝雄、今日の放課後、俺の家でジンギスカンパーテーやろうぜ」仲間のひとり地元出身の富田が声をかけた。


勝雄が「いいね~。 俺、飲み物担当するよ。 で、何人来るの?」


「十五人位かな」


「なに、そんなに来るの?」


「そう」


勝雄は瞬時に金額を頭の中で計算し「じゃあ一人三百円会費だな」


富田が「ああ頼む、俺がジンギスカン鍋とか燃料を用意してるから、肉と野菜は全部勝雄と松岡とダイスケに任せていい?」


二人は勝雄の指示で買物に行った。


こうして十五人がジンギスカンを囲んで食べていた。 その話を聞きつけた隣のクラスの

伊藤や曽我部や秀敏が急にやってきた。


松岡は「肉足りなくなりそうだからお前ら、ひとり三百円だから九百円分の肉を買い足してこいよ楽しくやろうや!」


当然だった。 が、勝雄は違った。


勝雄が「チョット待って。肉だけでなく燃料や野菜も飲み物もトータルで考えて買ってきてよ」


エイジが「うん、さすが勝雄。 ちゃんとポイントをついてるね!」


勝雄はどんな状況であってもその場の感情に流されない冷静に観る目を持っていた。 些細なことでも瞬間的に判断し、そして対応する目をもった生徒だった。 反面すこぶる人情もろくすぐ涙するタイプでもあった。 そこが、勝雄の友達受けする要因でそんな勝雄がみんなに好かれていた。


勝雄のクラス三年C組は普段はバラバラでまとまりに欠けていたが、ここぞという時は学校でトップのまとまりをみせ、他の生徒や先生をいつもアッといわせた。 合唱コンクールや球技大会は二年連続総合優勝に輝いた。 小さいことではあるが開校以来の快挙だった。

球技大会などは練習もしない、意見もバラバラで競技開始寸前まで各々が適当にやっていたかと思いきや、いざ始まると勝雄の号令で一枚岩のようなまとまりをみせ、担任の三宅先生を驚かせた。 勝雄はそんなクラスが大好きだった。


一生涯つきあっていく友もこの時期に出来たのだった。 因みに二年・三年とクラス替えのない学校で、担任の三宅千種は女教師特有の優しさと暖かみのある指導をしていた。 男子生徒の向井などはいつも勘違いして、好き放題。 三宅を困らせることがよくあった。

そんな向井に意見するのが決まって勝雄で、一年から卒業まで千種のクラス。 先生からの信頼も厚く勝雄をいつも心の何処かでたよりにしていた。


三年の秋、秋の学校祭も終わり進学や就職試験の結果も出て、大半の仲間は進路が決定していた。


「学校祭が無事終ったし、みんな僕の下宿先に集まり騒ごうや」と声を掛けたのも勝雄だった。 その下宿で十名ほどが集り学校祭の打ち上げをやっている最中。 近所からの通報を受け突然警察官が六名ほどその場に入ってきた。


「君達、何をやってる!」ひとりの警官が大きな声を張り上げた。


「オイ、そこ、すぐタバコを消しなさい」


当然だった。学生服を着た高校生が喫煙していたのだから。


その警官が「ここで、何をしている? 君達はどこの学生だ」威厳のある声で尋問した。


勝雄が「全員、後志高校です」


「何年生かね?」


「はい、三年です」


「近所から不穏な動きがあると通報があった。 おい、そこタバコを消しなさいと言ってるだろ!」


「す、すいません」トシアキだった。


勝雄が「はい、今日は最後に就職が決まった、上野くんの就職祝いで集まってました。 喫煙しうるさくして大変申し訳ありません」


勝雄は深々と頭を下げた。 続く全員も深く頭を下げた。


警官は「他に薬だとか、シンナーの類は所持してないのか? あるならさっさと出しなさい。 あとで出したら面倒くさい事になるからな」


勝雄が「そんな悪いことやってません」


「そんなって、未成年のタバコも悪いことだろが」


「そうでした。 すみません」


「いいか、君達。 折角就職も決まったというのに警察に厄介になったら内定も台無しだろう。 そんなことも解らんで浮かれてたのか?」


「何度も何度も面接で落とされて、やっと受かったんです。 僕達すごく嬉しくてつい軽はずみな行動を取ってしまいました」 勝雄の半分泣いたような神妙な声だった。


その偉そうな警官は「解った、今回は目を瞑ろう。 但し、今度このような騒ぎを起こしたら学校に連絡するから心しなさい。 今日は即刻解散しなさい」


下宿人の勝雄と他三人を残して解散した。 後日、あれは演技だったと勝雄が話していた。

全て、勝雄が咄嗟に考えた嘘、いや、シナリオであった。 勝雄はこのように瞬時のアドリブに長けていた。


勝雄が進路を決める切掛けになったのは「札幌の兄が作ってくれたラーメンが美味しかったから、将来調理人になりたい」と松岡に話していた。


松岡も勝雄からその話しを聞かされ、調理の世界は面白そうと考え調理学校に進路を決めた。 学校を卒業して数年後。 松岡は仕事で東京に転勤し妻は身籠もった。 そして女の子をもうけた。 出産のことは当時東京に住んでいた富田だけに知らされていたが、何処から聞いたのか勝雄の耳にも入り、彼は東京に出産祝いを渡しにわざわざ上京。 その日のうちに札幌に帰省した。 

後日、松岡が仲間と酒を飲む時は必ず嬉しそうにその時のことを語っていた。 


調理師になった勝雄は最初、小さなホテルで働いていたが、経営不振で倒産。 その後上司から紹介されたレストランに移ったがそこも業績不振で閉鎖。 幾度か職場を変わって気づいたことがあった。 人の数だけ調理方法があって、味付けも考え方もみんな違う。諸先輩の理屈はみなごもっとも。 でも、持論が多すぎて憤りを感ずることが多多あった。


最後の二十二年は大型病院の経営するレストランの調理長として晩年を終えた。 事あるごとに高校時代の仲間と酒を交わす機会も多く、若い頃のエピソードを話すのが勝雄の楽しみだった。 決まって出る話題が下宿での警察沙汰になったときの話題。 本当に楽しい三年間だったようである。

また、料理の哲学をよく語っていた。 心の底から調理が好きだった。 ある時、勝雄とダイスケとミノルが居酒屋で飲んでいた。


ミノルが「勝雄は職業だからしかたないけど、料理に凄いこだわりが強いようだけどなんでなの?」


勝雄は笑顔で「うん、いい塩梅ってひと口に表現するけど、どの辺りの加減をいうと思う?」


「いい塩梅か? う~~ん、おいしさ加減?」ミノルが言った。


「でも、その加減って人によってみんな違うよ。 たとえば家庭環境や国の違い、体調や季節の違いなどきりがないと思わない?」勝雄は焼酎を含みながら言った。


ミノルが「うん、そうだよね、焼酎だってロックもあれば、水割りだってある。 人それぞれ好みの加減があるよね……」


ダイスケが「そうだけど、それ言ったらきりがないけど」


勝雄が「そこなんだ。 料理って案外絶対数の問題で、美味しいっていう人が多いとその味はいいと評価される。 たとえば納豆なんて外人が初めて臭いを嗅いだら絶対に食べたいと思わない食べ物だよ。 どう考えても腐ってるとしか思えないよ。 つまり、味は目と鼻と舌と思い込みの感覚なんだ。 特に感覚って個人差がある。 つまり美味しいって幻影だと思ったんだ。 早い話が錯覚だよ。錯覚……


それを踏まえた上で僕はいい塩梅を追求したくなったんだ。 色々試したり考えたりしたけど結果解らなかった…… そして三十数年間試行錯誤して、やっとひとつ見えたことがあるんだ。 目隠しして鼻も塞いで何か食べたらどうなる?」


ダイスケが「……? 味気ないと思う。 美味しいか旨くないのかがわからない」


「そう、つまり味って観念でも決まるんだ。 たとえば、カレーの味はさ、頭の中に子供の頃からインプットされてるからあの味がカレーといえるんだ。 あれがカレー風シチューだったらカレーかシチューかどっちだと思う?」


ミノルが「シチュー」


勝雄が「でも、カレーっていって出されたら?」


ミノルが「……? カレーかな?」こころなしか声が少し小さくなった。


「そう、他から与えられた観念でカレーになると思わない?」


ダイスケが「言ってることがいまいち解らないけど」


「うん、早い話が脳で味わうっていうこと」


ダイスケが「勝雄悪いがもう少し解りやすく説明してくれないかなあ?」


「うん、味は味わう人によって変化したり。 作ってる人のひと言でも変化する。 つまり観念で変化する。 それが僕の結論なんだ」


ミノルが「したらさぁ。 作る側の立場はどうなるの?」


「美味しく食べられるように、食材に魔法を掛けるんだ」


「……魔法って? じゃぁ、勝雄が一番美味しいと思う最高の料理はなに?」


「海苔の巻いてない、具も何も入ってない死んだ母さんが子供の頃作ってくれた塩むすびなんだ。 今のところそれが一番美味しかったんだ。 もう二度と味わえないけど心にあるお袋の味。 ただの塩むすびさ! 工夫もなにもない塩だけのおむすび」


ミノルとダイスケは納得した。


ミノルが「確かに! あれは無条件で旨い。 絶対あれ以上シンプルで美味しい料理は無いかも……」


勝雄が「あれこそ塩加減で簡単に味が左右される食べ物は無い。 シンプルイズベストな食べ物。 それが、かあさあの塩むすび」


ダイスケが「言ってることよく解る。 勝雄は食の哲学者だね」


勝雄が「哲学者か、ダイスケ面白いこというね。 今まで料理の世界でしか表現できなかったけどさ。 なんか人生でも同じ事がいえるような気がする。 人生経験豊富な人や金銭面でも何不自由してないで、高い車に乗っていい家に住んで宝石をたくさん飾って、それって豪華なフランス料理か日本料理みたいでさ。


でも、時が経つどんなに優雅な料理でも消えるんだよね、絶対最後は無くなるんだ。


腐った高価なフランス料理と、腐ったただの塩むすびと何処が違うと思う? 結局腐ったら同じだと思わない? 最後に残るのは思いで。 これは詭弁で究極の例えかも知れないけどさ。 最近になってそんなこと考えたんだ。 そしたら急に数年前に他界した母親の作ってくれた塩むすびが頭に浮かんだんだ。 オレ、胸が熱くなり涙が出て来たんだ。


世界各国、色んな食材や調理のしかたがあるけど、最後は母親の作った手料理に敵わないかも。 料理の味プラス愛情。 味って脳の何処かにインプットされる。 それが生涯に渡って味覚の好みにも出るんだ。 途中どんなに手の込んだ料理を食しても、最後は母親の素朴な手料理に戻るような気がする。


あと料理って絶対笑顔で食べて欲しい……  母親の通夜の席での料理は全然美味しくなかった。 味が美味しいとかそうじゃなく僕の心が沈んでたんだ。 そういう意味では笑顔はバイブレーションを上げてくれるんだ。 今日みたいに普通にある居酒屋料理でも。


味覚以外の部分で美味しく感じる。 当然料理をつくる側も笑顔で作るのが本当は良い。

そんな人の作ってくれた料理って、美味しさや楽しさが食べる側に絶対伝わると思う。


この世界に入って最初の料理長が教えてくれたんだ『納谷いいか、食は命だ。 どんな料理でも絶対に手を抜くな。 手を抜いていい料理なんてひとつもない。 俺たちは命を提供してるんだから』そう教えてくれた。 今でもそう思う。


それに食に国境は無い。 中華料理やフランス料理が日本に来るのにパスポート持ってこない。 話しが周りくどくなってゴメンな……」


ミノルが「勝雄、なんか料理の話しから、すごい話しに進展したね。 でも、なんか鰹って凄いよ。 まるで、お袋さんの塩むすびが神の啓示に思えるよ」


ダイスケが「その例えおもしろい。 やっぱ、シンプルイズベストって事なの?」


勝雄が「うんそれが俺の結論かも知れない。 やっぱ、料理の基本は母さんの塩むすびかも……」


勝雄の通夜の席で、ミノルがその時の三人の会話を語っていた。


富田は珍しい料理が出ると決まって「勝雄これどういう風に作ったの? これなに?」と質問すると、勝雄はひとつひとつ丁寧に答えていた。 数年ぶりのクラス会が余市の富田家で有志による手作り料理のおもてなしで開催された。 勝雄は久しぶりに同級生の顔をみた。


そして「やっぱ友達っていいよな。 高校時代にいつでも簡単に戻れる。 あの頃は毎日なにをやって遊ぼうか? どういう風にしたら楽しいか? そんなことばっか考えてた」


クラス会では明け方まで楽しそうに勝雄は飲んでいた。


翌朝、多少のアルコールが残っていたがみんなの制止も聞かず札幌に帰っていった。

それが全員がみた勝雄最後の姿となった。


二千十四年三月二十一日春分、肝硬変でこの世を去った。 勝夫五十六歳の誕生日の数日後だった。 葬儀には高校の友人十一名が列席した。通夜の儀が終了し最後の焼香も終った。 その時、幸夫が他の十名に声を掛けた。


「すまないけど、みんな勝雄の遺影の前に横一列に並んで欲しい。 最後の挨拶をしようよ。 俺が勝雄に引導を渡す……」


一列に十一名が並んだ。


幸夫が前に出て手を合わせ「合掌」大きな声で言った。 全員合掌した。


「納谷勝雄大変お疲れ様でした。 俺たちはみんな勝雄が友達だったこと誇りに思ってる。

本当に楽しい想い出ありがとう。 先にそっちに行ってくれ。 そのうち必ず俺達も行く。

そしたらまた千種の会やクラス会やろう。 その時は勝雄が幹事やってくれ、先に死んだ千種先生や敏明も呼んで欲しい。 先にそっちに行った勝雄の役目だ。 幹事を頼んだぞ。そして、そして、今度この世に生まれたらまた俺たちみんなと友達になろうな。 約束だからな! 本当にありがとう。 そしてお疲れ様でした。合掌」


全員泣きながら合掌して終わった。


END


Hisaeは手を止め、製本して松岡に送った。 やっぱ何度執筆しても死は苦手だね。

最後の松岡が引導を渡す場面は自分で書いてて泣いてしまった。 実際の葬儀でもでもやればいいのに…… 訳の解らない僧侶のお経より、友人などの引導の方がよっぽど好いと思うけど…… そう思うの私だけかな?


そして、全ての職業や人にもよるけど、ある一線を越えた人って共通する見解があるのよね。 シンプルが基本みたいな…… 行き着いた人って今回の調理の世界・武道・芸術・音楽・他の分野でも達人って行き着くところは同じ臭いがする。


昨日一緒に酒を飲んだ花子も同じだった。 表現は皆違うけどお母さんの塩むすびかも。



THE END


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