第0夜 出会いは突然、必然、偶然③
桜は召喚の準備をすると言って話が終わると疾走して帰って行った。
…あの子、運動部じゃないのに何で早く走れるんだろう。
「ルーチェはどんな使い魔を召喚する気なんだい?」
走っていく桜を呆然としながら眺めていると藤丸先輩に後ろから声を掛けられた。
「そうですねえ、とりあえず簡単に用意できるものを使うのと私でも制御できるような悪魔か妖怪ですかね。」
「うん、さすがルーチェだ。自分の身の丈にあった子を探そうとしているなんていいことだ。…キルシュは強い子を召喚するために多少の無茶はするだろうからきちんと視ていないとだな。下手したら悪魔に魂を売ったり、心を蝕まれるようなこともするかもしれないから気をつけないと。ルーチェも気にかけてくれ。」
藤丸先輩は心を見透かしてきて時々怖いと感じてしまうが、本当は後輩のことを気にかける優しい人だ。
「先輩、私も帰りますね。」
「ああ、気をつけてね。楽しみにしているよ。」
先輩は私に微笑みながら手を振っていた。
何故だろう、その笑みに恐怖を覚えてしまった。まるで、まるで自分の意のままになる人形を見るような目を見てしまったからだろうか。
家に帰ると7時。お母さんが
「さっさとご飯食べて風呂に入ってね。」
と言って仕事に向かっていった。夜型の仕事で私と度々すれ違うことも多い。休みの時もあるが今日は仕事があり、ありがたかった。
帰ってすぐにお風呂に入りながらふと、どの本を使おうか考える。
小学生の時にそれらしいおまじないの本や悪魔について書かれた本をを多く買っており、種類はそれなりにある。
「そういえばしまい込んでいた本があったような…。」
ボロボロで面白そうな本と思って買ったが、夜に見ると怖くなり本棚の奥の奥までしまい込んだままだったはずだ。
夜10時、夕飯とお風呂を素早く済ませ、自分の部屋に篭りボロボロの本をを探す作業に入った。本当は今でもあの本を見るのは少し怖いが、せめて行動だけでもやる気を見せないと強制的にでも部長にされそうでそっちの方が怖い。
「っと、あったあった。」
本棚の奥から目当ての本を注意深く引っ張り出すと、破れないように読み始めた。中には魔法陣や呪文が書かれっている。
こんな胡散臭い本を集めてたんだなーと思い出に浸りながらページを読み進めていくとあるページで手が止まった。
「悪魔召喚縁式?なにこれ、ぴったりそう。」
読み進めると、どうやら自らの魂の縁を使って悪魔を地獄から引き寄せる魔術のようだ。
必要なものは魔法陣と小瓶と月の光だけと少ない。
その下の注意事項には
[月の欠けが少ないほど強い悪魔を召喚出来ますが、満月の日に召喚すると、魔物が暴走状態の可能性が出てきます。]
つまり、満月前後の日が1番最適なのか。調べてみるとどうやら明日が満月のようだ。
さっさと始めて失敗して明日部長に「才能なんてありませんでしたよ。」って言おう。
まずは部屋の電気を消し、カーテンを開けた。明るい月の光が部屋に入り込んでいく。
外を見ると少なくとも私には満月が見える。しかし今日は欠けが少しあるらしい。
俗に言う『小望月』と言うやつだ。私は本に書かれている魔法陣に15分ほど月の光が当たるように窓際に本を置いた。
次に本を机に移動させ、水の入った小瓶を月に数秒間かざし、魔法陣の中心に指で一滴垂らす。これがかなり難しく30分かけて、ようやく成功した。不思議なことに今まで失敗して紙に染み込んでいた部分ははまるで最初から失敗なんてなかったように乾いていた。
「さて、始めますか。」
私は深呼吸をして呪文を唱え始めた。何だかんだこんな感じで魔術を使う真似をするのは楽しく、やめられない。
「『我が名はルーチェ。我が魂よ、我が縁を用いて異世界の扉を開け。我が縁を用いて異世界の者と繋げ。代償は我が魔力。我が声に応じて、ここに召喚せよ!』」
呪文を唱えた瞬間、突然魔法陣が光り出した。
「…っ!?」
ありえない、あり得るはずがない。ただインクで書かれた模様に水を垂らしただけでで光るなんて。
そして、少しの風圧と眩い光を感じ、思わず目を閉じた。
目を開くと、先ほど光っていた魔法陣は光を失い、その傍らには人影があった。どうやら倒れているようだ。
ほんとに召喚できるなんて、思ってもいなかった。
「くっ…」
「あ、だ、大丈夫ですか?」
近づいてみるとその人は傷だらけだった。
ええっと、どうすればいいんだろう。仮にも呼んだのは悪魔だから人間と同じように治療するかもわからな
い。
「…魔力を。」
「え?」
「…魔力を、いや血を、…じっとしているだけでいいから。」
そう言われるがままに肩を掴まれ首筋を噛まれた。
「っ!?」
少し痛かったがそれでも針を刺される程度の痛みなので耐えた。
なにか首元から吸われている気がする。
「…っぷは」
いつの間にかある程度回復したのだろうか、少し傷が良くなっている気がする。
そしてその人は再びうつむいたまま声をかけてきた。
「おい。」
「は、はい。」
「少し寝たい。膝を貸せ。」
「はい?」
「いいから早くしろ。」
「あ、はい。」
その人は私の膝を枕にするとすぐ寝てしまった。
なんだろう、訳がわからない。なんでこの人はこんなに偉そうなんだ?そもそもこの人はなんなんだ?と考えながら無意識にさっきかまれた首筋に手を当てた時、ようやく気付いた。
あ、この人は吸血鬼で私が召喚した悪魔なのか。
なるほど、確かどこかの本で読んだことがある。吸血鬼は血を吸うことで自ら生成できない魔力や生命力を得るのだと。
そうして、私の膝を枕にしている人の顔を見ると、どうやら男性でとても整った顔だとわかる。
本当に悪魔なのか?人にしか見えない姿や格好だ。
黒い髪を触ってみると、とてもさらさらしており綺麗な肌で鼻も高い。
おそらくこれが俗に言うイケメンなのだろう。
服装はところどころ破けている部分があるが、とても柔らかそうな生地でかなり高いもののようだ。羽織っているマントには刺繍が施されている。なんとなく見覚えがあるような、ないような紋章だったので多分国旗か何かについてあったのだろうか。
社会は嫌いだ、国の場所とか国旗とかあんなの覚えられる訳がない。
などと考えているといつのまにか彼が目を覚ましていた。
寝起きが悪いのだろうか、しばらくぼーっと顔を見てきたので、手を振りながら声をかける。
「あの、大丈夫ですか?」
すると突然スイッチが入ったように目を見開き、慌てて起き上がった。
「っ!」
突然体を動かしたからだろう。痛そうに背中を押さえていた。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
「あ、ああ、大丈夫だ。まだ痛むが動けることには動ける。いや、それよりも!なぜだ!」
「 …?」
「こんなことがあってたまるか!なぜだ、なぜこんなことになった!」
どうやらひどく混乱しているようだ。突然召喚してしまったからだろうか。
「あの、落ち着いてください。また傷が痛みますよ。」
「っ!…確かにそうだ。だがこの俺がなぜ、なぜこんな小娘に呼ばれたんだ!」
その人は怒気を含んだ声でそう言った。
ああ、確かに貴族っぽいから自分が私みたいな力がほとんどないような人間に呼ばれるなんて思ってもいなかったのだろう。
「ごめんなさい、急に呼んでしまって。」
「ふん、見たところ経験や知識が浅いようだな。よかろう、特別に不敬を許してやろう。貴様、年齢と名前を教えろ。」
なんだか急に態度がさらに偉そうになった気がしてイラってきた。
「そういうあなたは何者なんですか?普通聞く前に名乗るべきでしょう。」
私は怒った口調で言い返してしまった。相手が悪魔であると気がついたのも時すでに遅く、悪魔に殺されるのではと思った。
しかし悪魔は怒るどころか愉快そうに笑い、
「ほう?王であるこの俺に命令するのか。まあいい、先ほどの魔力に免じて教えてやろう。俺の名はエルクロル・ヴラド・グランディアス。かつてドラクエア王国を治め、現代では吸血鬼などと言われている男だ。」
と言った。
エルクロル…うーむ、思い出せない。王様というくらいならなんとかわかるかなと思ったけど、やっぱり出てこない。やはり社会は苦手だ。
「私の名は羽鳥咲、14歳よ。」
「ふむ、ではサキ。貴様に問おう。貴様はなぜ俺を呼んだ?この俺を呼んだのだからそれなりの理由があるはずだろう。」
「実は……部長に課題を出されたんです。使い魔を召喚しろって。ただそれだけです。」
部長になりたくないから適当に呼んで、たまたま成功しちゃったと言うことは伏せておこう。
「……それだけ?」
「それだけ。」
「戦ったりはしない?」
「分からないけど、するかも。」
桜が召喚に成功したらどうなるか分からない。先輩は『より優れた使い魔』を召喚した方が勝ちと言っていた。なら使い魔同士で戦う可能性だって十分ある。
それを頷きながら聞いたエルクロルは聞き終わった後、驚愕した表情を浮かべながら
「は、なんだその理由は!?適当にも程があるだろう!?まったく、俺じゃなかったら貴様は死んでいたかもしれないな。」
と言った。
「なぜですか?」
エルクロルはそんなことも知らないのかと、呆れ顔で答える。
顔がコロコロと変わって段々イライラが溜まってくるな、この反応。
「悪魔は本来の仕事をやっていて、それを全て放り投げてこちらの世界に呼び出される。要は忙しいんだ。契約を解除するのに最も手っ取り早いのは契約者か召喚者の死。だから召喚者を殺す。」
「そういうあなたは忙しくないんですか?」
と聞くとエルクロルは目を逸らしながら
「いや、俺は別に忙しくないし、現世は楽しいからな。むしろ呼び出されることを楽しみにしていたくらいだからな。」
と言った。それに、と付け足して
「新しい玩具も手に入ったしな。」
と私の方を見てにやけながら言った。
え、まさか私のことを玩具だと言いたいのか、この人。
「じょ、冗談じゃない!私はアンタの玩具じゃない!」
「ふっ、どうかな?俺は貴様がどう動くのか楽しみだ。
そういえば、貴様はまだ寝ないのか。もう夜も更けてきている。」
その言葉を聞いてはっと時計を見ると11時を過ぎている。
まずい。明日は藤丸先輩に会わないように今日より早く出て行こうと思って、早めに寝るつもりだったのに。
「そろそろ寝ます。じゃないと明日起きれないし。」
そこまで言ってふと気付いた。この人が寝る場所ないじゃないか。
「あの、エルクロルは」
「王に向かって無礼だぞ、様をつけろ。」
「ええっと、エルクロル様はどこで寝るのですか?」
「ああ、基本的に悪魔は睡眠を取る必要はないからその心配はいらない。それに、地獄からの追っ手からお前を守らないと行けないしな。」
「どうしてですか?」
そう聞くと彼は俯き、やがて答えた。
「…俺の仕事は誰も変われない物だ。やがて誰かしらが連れ戻しに来るだろう。だがこのチャンスを逃すわけにはいかない。お前が死んでも元いた場所に戻されるだけだしな。」
なるほど、つまりこの人は自分の仕事をサボりに来たのか。
「さ、寝ろ寝ろ。子供は寝る時間だ。睡眠時間が削れるぞ。」
「はいはい。そうしますよ。」
私がそう言って布団の中に入ったのを確認すると彼は窓から屋根に飛び乗ったようだ。
正直何が何だかわからないが、眠ってしまえば忘れられそうな気がしたので寝ることにした。
いつもは寝付けが悪いが今日は疲れてしまっていたのだろう。すんなり意識を手放す
直前で思い出した。日記を書くのを忘れていた。
10月に入ってから何故か唐突に日記が書きたいと思い、ノートを買っていた。
基本的には毎日書いているが、まだ習慣付いていないために時々忘れてしまう。今日もいろいろなことが多すぎて書くのを忘れそうだった。
私は重い瞼を開けて、机に向かった。
『部活:あり
藤丸先輩に部長の座を賭けて、魔術を使って使い魔を召喚するように脅迫された。
仕方がないので召喚をすると成功してしまい、『エルクロル』という吸血鬼を呼び出してしまった。すごく偉そう。』
ノートに短く書き込むとフラフラする足取りで布団の中に潜り込んだ。
今度こそと思いながら私は眠りについた。
区切りが見つからなかったので多くなりました。
次回は来週の金曜日に更新予定。
「無力な俺に暁を」もよろしくお願いします。