06「相対する彼女」
「おはようございます先輩!遅刻っスよ!!」
「解ってる、今何時だと思ってんだ」
「それはこっちのセリフでしょうが。」
指定された時間より一時間遅れて、海月は編集スタジオ"ティルナノーグ"の自動ドアを潜った。
その姿をずっと待ち構えていたのだろう河津の顔はだいぶ焦っている。
「寝坊スか」
「あのなあ…相棒が大怪我してグースカ寝てられるかよ。疲れてんのこっちは。」
差し出された資料を受け取って軽く目を通しながら海月はぼやく。
「わかりますけど、珊瑚さんめっちゃキレてますから。」
白に近い金髪の眉毛を顰めながら、河津は片手を口元に当てながら海月へ耳打ちした。エレベーターに乗り込んで、編集室のドアを開けると、革張りの3任掛けソファーの真ん中に憮然とした表情で禍々しいオーラを湛えながら座敷童の様にちょこんと座る珊瑚がすぐ目に飛び込み、海月は軽く頭を下げた。
「どーも。」
「――そんだけか詫びは。」
ドスのきいた声で唸るように言われたのを合図に、海月は無言で珊瑚の前に置かれたガラス製のテーブルの上へ、持って来たビニル袋を乱雑に乗せた。
その中身を確認し、無表情で頷いた珊瑚は「まあ許したろ」と呟いた。
「見事に買収されてんじゃないすか。」
河津が呆れた表情で溜息まじりに呟き、早速とばかりに隣のソファに座る人物へ片手を向けた。
「海月さん、急なんですけど、うちの…珊瑚ルームの新しいメンバーです。」
そう紹介され、海月はふと顔をあげて面食らった。
奥の椅子から立ち上がり、ツツツと歩み寄ってきてニッコリ笑うその姿は、如何にも"少女"と形容するに相応しい格好だった。
リボンが付いた赤い靴、フリルのあしらわれた靴下、誕生日ケーキの様なレースたっぷりの白いドレス。
極め付けには頭の上にドレスとお揃いのリボンが乗っかっていた。
カイツに所属する面々は個性派 揃いであるということは誰しも知っているが、所謂ロリータファッションのフル装備で出社するような人間は今までいなかったので海月は面食らった。
「…これからピアノの発表会?」
海月は揶揄するように述べ、後ろに控える河津へ“まじかよ”、という視線を向けるが、珊瑚が話し始める。
「名前は水果ニナちゃん。前々から新しい子が入るってのは聞いてたやろうけど、ほんまにド新人やから優し~く面倒見たってや。
ちょっと訳アリで困ることもあるかもやけど、実力は太鼓判やって上から言われとるさかい、まあ安心して。
――で、このアホヅラしたガラ悪いのが海月 冴。さっきまで噂してた奴な。」
珊瑚はニナへ向き直って、海月に見せた表情とは180度違う柔らかな笑みを湛えて教えた。
「えへへ、よろしくー。」
ニナはあどけない照れ笑いを浮かべながら立ち上がった。華奢な身体だが思ったより背が高く、十代初期で身体の成長を止めた珊瑚と並ぶとその差は結構あった。
ガタイのいい蛍と比べれば低いが、一般成人女性くらいの高さはある。
……にしては、恰好が幼すぎやしないか。
「どーも、海月です。」
海月は言いながらしげしげとニナの顔を覗き込む。
こんな服装に身を包んだニンゲンは身の回りに誰一人としていない筈
……けれども、このメルヘンな髪の色はいやに見覚えがあった。
「――いや、でもまさか」
海月は頭を捻る。
この髪が縦横無尽に暗闇の中駆け巡っている映像が記憶からチラチラと浮かび上がってくる。
髪形や表情は全く持って違うが、昨日突如現れて、自分と蛍を救った謎の女、に似ていた。
大体、昨日の女は芋臭いドドメ色のジャージに一本歯の高下駄を履いて、高慢な男言葉を使う奇々怪々な不思議ちゃんだったはずだ。
こんなガキっぽい女とは全く違う―――
すると、その考えを読んだのであろう珊瑚が頷いて言い放った。
「昨日、ホタちゃんと一緒にヘリに乗せたん、この子やから。」
「えっ?……双子とかじゃなくて?」
「ちゃう。まあ、それはおいおい解るわ。じゃあ、編集はじめよか。」
珊瑚は話を勝手に切り上げると、海月の背後に立ったままだった河津を促して座らせ、奥に控えていたエディターの赤間に声を掛ける。
「ほな、誰かさんのせいで随分遅れたけど、頼むわ。」




