05
怒り心頭の中、半ばやけくそで道なき道を転がる様に下山した海月は、身体に纏わりつく木の枝や土埃を乱雑に払い除けながら運転席へ乗り込む。
「クソがマジで…あんの根性悪老いぼれジジイめが…」
苛々を募らせながらエンジンを掛けるためキーを回していると、フロントガラスを小さな折り紙の黄色いツバメがコッコッと嘴で突いているのが目についた。
「ああ…。」海月はドアウィンドーを開けて、それを迎え入れてやる。
それは護符から作られたもので、展開すれば、綴られていた朱色の聖句は一筆一筆散り散りになり、生きている虫のように紙の上を這い回った後、徐々に日本語を織りなして、海月のよく知る筆跡のメッセージへと姿を変えた。
"何者かによる妨害が有ったようですが、お疲れさまでした。
詳細は明日のテレシネにて説明があるそうです。22時から、場所はティルナノーグにて。
しっかり休息をとってください。 河津"
河津、というのは海月の後輩の一人である。
風貌は派手で金髪、世の中では"チャラ男"に分類されるタイプのスカした若者だが、その実物腰穏やかで海月の事を慕い、海月も"カエル"と愛称をつけて可愛がっていた。
「了解、っと。」
海月は折り線通り丁寧に畳み直し、護符を再度ツバメの形に戻してから車外へ放つ。
行きは二人だったが、今は独りきりの車内。
偶然と雖も暗闇の渓谷を通り過ぎる時、数羽の蛍が星の様に煌めいて、恋を探すため思い思いに点滅しているのが見え、海月は奥歯を噛み締めながら数時間前の会話を思い出した。
『海月先輩、この仕事が終わったら……ちょっと、お話があるんですけど。』
俯き加減で耳まで赤くしながら伝えてきた、数時間前の蛍の姿。
『ええ?今言えよ今!』
後部座席にてフィルム装填を終え、ブラックバッグを畳みながら促すと、蛍は自らの両指をモダモダ絡ませながら取り繕う様に呟いた。
『いえ、ちょっと…今は、この後の仕事に差支えたら、御迷惑なのでっ』
普段の明るさとはきはきした態度とは打って変わった様子に、海月は閃く。
『ああ、まさか共有冷蔵庫に入れてたプリン喰ったのお前かよ、
ちゃんと俺の名前書いてただろー馬鹿。』
『ち、違いますよ!!あれは…』
こちらが冗談を言っても尚、緊張する面持ちを崩さない蛍を海月は茶化す様に笑って言った。
『さては……あっ、死亡フラグ禁止デスー!』
『しぼ…?もう、そんなんじゃないですからっ!』
蛍は小さな眼を丸くした後、拳をにぎって益々顔を赤くしながら叫ぶ。
『わかったわかった。んじゃさっさと解脱終わらせようぜ、ちゃんと正座して聞くから。』
『はあ……、はい。』
蛍はすっかり気の抜けた顔をして空返事をすると、男の海月でも持つのが困難な撮影機材入りのジュラルミンケースと書類入りのアタッシュケースをフンヌ、と一息で背中に担ぎ上げた。
『頼りになるわぁ』対して海月は三脚を付けたカメラだけを肩に乗せた状態で、わざと高い声を上げる。
持ち物にそんな差が有りながらも、荒れ果てた山道を蛍は先へ先へと案内すべく悠然と進んだのだった。
彼女の筋肉質で逞しい足が、海月の脳裏へ既に懐かしいものとして思い浮かぶ。
――『先輩は非力なんですもん。』『私がいないと駄目ですね。』
蛍は常日頃から海月へ、誇らし気にそう言っていた。
アスリート並みのトレーニングを日々欠かさず、女らしさと無縁の体格を作り上げていた。
それが誰の為なのか、彼女が何を言おうとしていたのか
「やっぱり死亡フラグだったじゃねーか。」
知っていた。




