03
息は浅い……が、未だ生きていた。
ギュッと服が捕まれ、瞼が薄く開いて濁った蛍の目玉から涙がこぼれる。
「すみませ…私…」
まだ意識もあるようだった。
大腿部から下が、引き裂かれた布キレみたいに千切れてズタズタでも、しぶとい
"呪われた一族"の生命力。
「いや、まあ、このシチュエーションでお前が謝ると俺の立場無いだろ」
海月はいつも通りの口調で軽く諫めると、解放した力のまだ残っている余力を限りに蛍を横抱きにして立ち上がった。
「あ…」
下半身分の体重が無いせいか、この体勢だと割と楽だと思い至っての行動だったが、何か思う事が有るらしく蛍が微かに喜びの含まれた声を上げて意味深に見詰めてくる。
「え、ちょっとマジで…こんな時に何考えてんだよ」
海月は一気に脱力しそうになったのを持ち堪えて、カメラを置いた巌の陰へ蛍を運んだ。
急いでファインダーを確認し、画角の中心に化け物と、謎の女が奮闘する姿が収まっていることを確認する。
これが海月の本来の役目なのだ。怨霊、妖怪、化け物。それ等を撮影してフィルムに焼き付け、消滅させること。
「あの女……KAITZの新入りだな。」
傷口を丁寧にペットボトルの水で洗い流してやり、フィルムの装填をする際に使用するブラックバッグを引き裂いて、包帯代わりにしたものを蛍の太ももに巻きながら、海月は突然現れた救世主が何時か資料で顔写真だけ見たことがある人物とそっくりだったのを思い出して言った。
お伽噺のユニコーンの様なメルヘンな髪色はそうそう忘れられるシロモノではない。
蛍は眠ったようで返事をしなかった。
メジャーの残量がもうほぼ0に近くなったころ、ヒュンヒュンと素早い鳥の様に舞いながら飛んでいた新入りは動きを止めて海月の方を確認した。
「ようやっと好い頃合いだろう!君!狙いがこちらに向いている間に、3時の方向へ思い切り走ってくれ!」
化け物の全身に絡ませるようにメジャーのテープを張り巡らせた彼女は海月に叫ぶ。
声の方を見れば、化け物の死角になる場所でまだテープの先を掴んでいた。
何が成されるのか解らないまま海月は「了解」と答え、言われた通り走った。ビン、とテープが張り詰める。
化け物の方はと言えば、両側から引っ張られて白い糸にがんじがらめにされた虫けらの様にもがいていた。
通常ならばこんな、ホームセンターでも購入可能なただのメジャーは巨大で強力な怪物を縛れるはずなく、いとも簡単に切れているに違いない…が、これにKAITZの能力が伝わっているなら話は別だった。
女の口元は海月も知るあの呪文を唱え始めた。
解放された力によって輝きを放ったテープは緋色に染まりながら虫をギリギリ締め付ける。
化け物の力は十分弱まっているのを確認した海月はカメラの元へ戻り、それを肩へ担ぎ上げると化け物の目の前へ進み出た。
無数の目玉にピントを合わせ、レンズ越しの互いを見つめ合う。
そして、海月は封印と鎮守の言葉を言う為静かに口を開いた。
これは、仕事の度に毎回暗唱しているのでお手の物である。
煙を立てて地面に吸い込まれるように消滅していく化け物の残骸を見つめ続ける女と挨拶をすることなく、海月はすぐさま蛍の元へ急ぎ、改めて脈と呼吸を確認した。
「大丈夫だ。――けど、登山道の初まりに置いてる車まで運ぶのは危険すぎる。
お前はどうやって此処まで来たんだ?……って、おい!!!!」
振り返って尋ねると、新入りの女も蛍と同じく気絶したように地べたに倒れているのだった。




