01「蛍の煌めき」
――ああ、これはもう…死んだかな。
目の前で引き摺られながら脚から喰われ始めていく相棒を目の前にして、海月は一瞬ぼんやり考えた。
巨大な蜘蛛に似た化け物に、先の尖った爪を身体に深々と差し込まれて血を滴らせ、幾重にも歯が生えた口で骨を砕かれ咀嚼されながらも、しかし未だにその音を掻き消す様に叫び続ける蛍の慟哭を聞いて、己の考えの甘さを知る。
「グああああああああああ!!!だ、だすげでえええええええええええ!!いだいいいいいいいいいいい!!!!!!」
普段はアニメに出てくるヒロインの様だと称される鈴の音に似た可愛らしい声なのに、悪魔の断末魔を彷彿とさせる獰猛な絶叫を聞いて海月は、自分たちがそう簡単に死ねないという事実をまざまざと実感して舌打ちをするのだった。
――普通の人間なら、な。
普通の人間ならもうとっくに御陀仏してる筈なんだろう。
けれど未だに意識を放棄することも叶わず、ただ激痛に悶えるしかない呪われた血族の一員である蛍を救うべく、海月は"稲妻"と呼ばれる撮影機のファインダーから目を離すと
一脚を外して即座に組み換え、杖と化したそれで眼前の空気を斬るように斜めに大きく振り翳した。
巻き起こった風に煽られて空気中の塵が光を帯び、ただの黒い棒だった杖の上下部に集結、凝固しながら錫杖に似た装飾を形成する。
取り敢えず、頭まで喰われなければ及第点か。
脳みそが残れば生存可能かもしれない。
自身の戦闘能力が他の仕事仲間に比べて底辺レベルであることを誰よりも自覚している海月は、救助と呼ぶには余りにもランクを下げた目標を掲げて化け物の眼前へ踏み込んだ。
稲妻の録画ボタンは起動したまま、広角で撮影出来るように巌上に置いたので、何とかターゲットを画角に収める事は出来ているだろう。
フィルムも十分に充填されている。
――最悪、蛍を救出出来ればこいつの解脱は今日じゃなくても良い、と海月は判断して自分の身の丈よりも数十センチ長い杖を高跳びの棒の如くダッシュしながら地面に突き立て、化け物の頭上へ降り立った。
足の裏に集中して不確かながらもバランスを保ち、片膝を立てながらしゃがんだ海月は、化物の首筋へ指先をあてがい、苛つきながら早口で呪文を唱える。
彼ら一族のみ使用可能な、人間の能力を限定解除する長々しいそれは、学校で何度も暗唱させられ、トイレにポスターまで貼って記憶に叩き込んだ言葉の羅列だが
実地で使うのを頑なに面倒くさがって来た為に久々過ぎて軽快に口が回らない。
それでも世界は認証をしてくれたらしく、指先が仄かな青紫色に輝き出したことに安堵する。
水に浸かっているように背筋が冷え、全身を硬直させゆく、久々の感覚に身震いが走った。
それをやり過ごして海月は化け物の後頭部へと渾身の力を込めて杖を刺す。
怪物の外皮へ粘着質な音を立てて切っ先が体内に入り込み、深緑の艶々した液体を滲ませた。
そのまま杖を抜かずに皮膚を割く様に身体を移動させ、化け物へ致命傷を与えようと海月は奮闘する。
しかして蜘蛛は皮膚が弱い、という知識は持っていたが、巨大化すれば分厚くなるのは当然で、思ったよりも頑丈だと歯を喰い縛った。
ちらと横目で化け物の口の動きを確認する。
流石に自らが何者かに傷つけられているのに気付いた化け物は蛍をやや口から離して大きく身を捩った。
振り落とされないように杖にしがみ付きながら、まだ辛うじて上半身が残されている血塗れの蛍に海月は肩を撫で下ろす。




