Truth Is Stranger Than Fiction.
3…Truth Is Stranger Than Fiction.《事実は小説より奇なり》
真相を調べようという決意にまで至った日記を書いた翌日。娘も夫もそれぞれの行くべき場所へ出ていった後、私は父の自殺した場所……父の寝室に足を運んでいた。
既に父の死体は業者の方に頼んで、この場から移動させていた。
主の居ない部屋は、所在無く、力無く佇んでいる。
私は、「事実は小説より奇なり」という言葉を思い返しながら、父の遺書を探すことにした。
机の引き出しの中、花瓶の下敷きの下、枕の下、枕の袋の中、布団の中、畳の隙間、障子の裏、三面鏡の裏、手提げ鞄の中、社交ダンスに使う服のポケットの中、普段の服のポケットの中、箪笥の中、日本画の額の裏。出す穴の無い貯金箱があれば金槌を持ってきて割った。妖しげな置物も、壊して確認した。
結果として分かったのは、「遺書が無い」という事実。
但し、気をつけなければいけないのは「『父の部屋には』遺書が無い」ということ。
何故ならば、まだ疑惑の渦中に存在する娘の部屋を調べていないのだから。
父の部屋の隣は、娘の部屋である。
娘は幼い頃は私と部屋を同じくしたが、高校生になって新しい部屋を与えられた。
同じ部屋に人が居ては勉強に集中出来ないという娘の願いを、父が聞き入れたのだ。
昔なら彼は努力した孫によく何かを与えていたけれど、大きくなった彼女に物を与えたのは、この部屋が最初で最後だった。
若しかしたら父は、まだ己が孫に一縷の望みを託していたのかもしれない。
「さて、こっちに真実が隠れているのかしら?」
父の与えた孫への部屋に、自然と愉しそうな私の声が漏れる。
それに返事をするものは、果たして現れるのだろうか。
粗方、父の寝室で調べたような範囲は探った。
しかし、結果は父の部屋と同じく、「遺書が無い」という事実が眼前にそびえているだけだ。
この事実が指し示すのは、私の推測した最後の可能性。
そこまで考えを巡らせると、軽く周囲を見回す。
チラリと、机の上の本が視界に入った。
その本に視線を注ぐ。
注がれた本は、困ったように私を見つめ返してきた。
そういえば、小さい頃から娘は読書家だった。
熱心に色んな本を読み漁っていた彼女は、沢山の本を同時に読もうという無茶をよくしていた。
そんな風に中途半端に色んな話を覚えて、記憶が混乱してしまうのではないかとこっちが勝手に心配してしまう程、彼女は机の上に本を乗せていたものだ。
その本の全てに挟める程の栞を持っていなかった彼女は、何でも栞代わりにした。
時には、二千円札が犠牲になっていた。ある時には、友達からの手紙が入っていた封筒が。またある時には、鉛筆が、ボールペンが、綾取りの紐が。
彼女の部屋を掃除した時に本の山が崩れて、男の子からのラブレターが現れたこともあった。
娘の過去を思い出して、ふと小さな好奇心が頭をもたげる。
この本には一体何を挟んでいるんだろう?
まさか、この本の中に父の遺書が隠れてるなんてことは無いだろうが…。
軽く本の表紙を撫で、そっと摘み上げる。
ハードカバーのその本は、触り心地が良いフェルトの生地に包まれている。
一頁、二頁…。
まだ栞は現れない。
本の中程まで差し掛かった時、私は驚くべき「栞」を目にする。
そこには、父の字で「遺書」と銘打たれた茶封筒が挟まっていた。
「まさか」
その一言に尽きる。
吃驚してしまい、開いた口が塞がらない。
そんな私に降り注いだのは、すっかり忘れかけていた「事実は小説より奇なり」の一言だった。