08
前の話からの続きです。
途中ご近所さんと会い挨拶をしながらも急いだ。
駅前のビルに着いたら、いつものようにビルの中にある事務所に向かった。
事務所の前では伊織さんが待っていた。
そして私を見ると安堵したような表情になった。
けれど、それもほんの一瞬で、すぐに複雑そうな顔になった。どうしたのかなぁ?
そして、そのまま挨拶をして教室に向かいながら手短に説明をしてくれた。
助っ人と聞いていたけれど実際は講師となって教えてほしいとの事だった。えっ!? 無理です!
作るのも決まっているし材利も揃っているから大丈夫だと。
皆さん待っていて、後は私だけだとの事。
だから、さっきの疑問は頭の片隅に追いやられていた。
そしてドアの前まで行くと伊織さんが振り向き私の両肩に自分の両手を置いて
「最後に海ちゃんらしくで大丈夫だからね!? では健闘を祈っているわ!! じゃあねぇ〜」
今、来た道を颯爽と戻って行ってしまった。えっ!? 私らしくするけど健闘を祈るって私、今から料理するんだよね!? 伊織さん!? 伊織さ〜ん。
だけど考えていても何も始まらないし、ただ時間だけが過ぎていくので気合いを入れてドアを開けた。!!!
が、今開けたドアをすぐに閉めてしまった。はぁーはぁーはぁー。
原因は部屋の中に充満している香水の匂い。鼻が、もげるかと思ったよ!?
この匂いの中で料理なんか絶対に作れない!! うん無理!!
だから、まずは換気をしなくては!!
でも、そのためには中に入らないとダメなんだけど……あの匂いを思い出すと、いろいろと萎えてくる。
だけど気合いを入れ息を止めて再び挑んだ。
部屋の中に入ったら、まずは正面の窓を開けるために、そこまで一直線。息を止めてても匂ってきそう……。
少しずつ肌寒くなっているので暖房器具が使われていようが鍵を開けて届く範囲の窓は全て開けた。寒いなんて言ってられないよ!? とにかく臭かったんだもん!!
開けた窓から顔を出すと新鮮な空気を肺の中に取り込む。空気って、こんなに美味しかったんだなぁ〜。知らなかったなぁ〜。と新しい発見をした瞬間だった。
「匂いが消えるまで暫く開けていても良いですか!?」と聞こうと思って振り返ると皆さん一斉に私を見ていた。
表情は様々だった。
どうでもよさそうな、まるで興味がない。というような表情の人や寒そうな表情の人、知らない人に対する興味津々そうな人。
そんな中で一番多かったのは、やっぱり安堵した表情の人達だった。やっぱ皆、思う事は同じみたいだね!?
そんな人達の中もっと驚く出来事が私を襲う。
その出来事というのが『えっ!? そんな爪じゃ料理できないでしょう!? そもそも、その服装じゃエプロン付けれないから!?』という人達がいた事。
『問い』この人達は、ここに何をしに来たんでしょうか!?
『答え』料理を習いに来ているハズです。
『それなのに、どうして料理が出来そうにない服を着て来れるのでしょうか!? お金持ちの人は、この服装が普通なんでしょうか?』と勝手に変な印象をもちそうです。
だけど、それ以外の人達はお洒落をしていても料理が出来る範囲内で、すでにエプロンを着けているから今は大丈夫そうです。変な印象をもたなくてすみそうで良かったです。
確かに先ほど伊織さんから説明がありました。
「このクラスは全員が資産家の夫人や令嬢だそうで少しばかり個性が強い」と。えっ!? 少し!?
だけど実際ここまでとは思っていませんでした。はぁ〜。
まず初めに自己紹介をとホワイトボードの前まで行った。
そこには今日の実習内容が事細かに書かれていた。
どうやら今日は基本の和食を作る予定みたいだ。私でも作れて教えられそうな料理でよかった。
自分の自己紹介を手短にしてから次に、それぞれ順番に自己紹介をしてもらった。人の顔を覚えるのは得意なんです。
そして分かった事は料理初心者の人や花嫁修業のための人、子育てが一段落し時間に余裕ができたりでワンランク上の料理を作りたい人達だった。
共通しているのは皆さん「心を込めた料理を大切な人に食べてもらいたい!!」という気持ちをもっていた。
すでにグループ分けがされていたので最初が肝心と言いたかった事をある一部の集団に遠慮なく言う事にした。伊織さんから私らしくって言われたから、もちろん遠慮なんてしませんよ〜。
「衛生面的に不潔なので爪を切って下さい!! それと髪の毛をまとめて下さい!! そしてエプロンをして下さい!!」
爪切りを渡すと思っていた通り文句の嵐。
「私は、ここに花嫁修業に来ているのよ!? だから貴女が私に注意する資格は、なくてよ!?」
「注意されるのが嫌なら、そもそも何も教える事ができませんが!?」
「いつも私は、この格好で作っているのだから大丈夫ですわ!?」
「いや無理でしょう!? 私だったら食べたくないですね!!」
それぞれ痛い所を衝かれ先ほどまでの威勢は何処へやら顔を赤くして俯いてしまった。
もう一人は、おろおろしているだけだった。
その様子を見ていたリーダーらしき人が最後に出てきて
「私を誰だと思っているのかしら!?」
「えっ!? 知りませんよ!? だって貴女達に自己紹介してもらってませんから!?」
「これだから庶民は!?」
鼻で笑われてしまった。『自分を知らない人はいない!!』って思っている痛い人って本当に、いるんだなぁ〜。
「そんな庶民に、お金を出してでも教えてもらっている貴女は一体何なんでしょうね!?」
「お父様に言って貴女をここから辞めさせますわ!!」
「そもそも私ここで働いていませんが!?」
顔を真っ赤にしながら
「だったら私貴女に教えてもらう謂れはなくてよ!?」
「それでは、さようなら!! 出口は、あちらです!! 遠慮しないで、どうぞ!!」
私が入ってきたドアを示すと更に顔を真っ赤にして取り巻きを連れて出て行こうとしたリーダー。
だけど先ほど、おろおろしていた人が下を向いたまま、その場に残った。
「吉岡さん!! 行きますわよ!?」
意を決して顔を上げた吉岡さんは
「わ、私ちゃんと料理を習いたいのです!!」
そして爪切りを取ると爪を切り始めた。
出て行こうとしていた集団は目を見開き驚いて固まっていた。吉岡さん今まで我慢してたんだろうなぁ〜。私には無理だわ〜。