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07


 トントンと、シルヴィアは一枚の扉を叩く。

 そろそろ陽の落ちようかという夕方近く、立つのは一軒の家の前。

 扉を叩くノックの音は、どこか急いでいるようであり、早くそこに住む住人が出てくるのを待ちわびるようであった。


 クラリッサの店から出たシルヴィアは、一旦屋敷へと帰ろうとした。

 しかしどうしても、その日の内に伝えたいと考え、あえてドナートの家まで押し掛けてしまったのだ。

 家の場所は子供たちに聞いたことにより、すぐに判明した。

 普段子供たちの相手をしている広場から、細い路地を少しだけ入った場所、そこがドナートの家だ。



「留守……か?」



 何度か叩くも、これといって中からは反応がない。

 まだ眠るには早い時間ではないかと考えたシルヴィアであったが、直後にドナートの仕事を思い出す。

 彼は毎日、朝早く屋敷へと食材を運んできている。

 ということは、当然眠る時間も早いのであろう。


 シルヴィアはしまったと考え、出直すべく叩く手を止めて踵を返す。

 数段ほどの小さな石段を降り、帰ろうとしたその時、背後にある扉が開かれた。



「……はい?」



 姿を現したのは、当然のことながらドナートだ。

 しかしその目はとても眠そうで、半分以上落ちてしまっており、手でゴシゴシと擦っている。

 やはり早朝の仕事に備え、就寝していたようだ。



「すみません、急に押し掛けてしまって。お休み中だったんですね」


「いえ……それは構いませんが。どうかされましたか?」



 寝起きであろうに、不機嫌な様子すら見せることなく、ドナートは笑顔を向ける。

 申し訳ないという想いを抱きながらも、シルヴィアは先ほど行ってきたクラリッサの店について話を切り出した。



「え……今日行かれたんですか? そ、それでどうでしたか!」



 眠気すら吹き飛んだ様子で、ドナートは巨体を迫らせて問う。

 その圧に少々怯んだシルヴィアであったが、焦って問うドナートを落ち着かせながら、少しずつ告げられた内容を伝えていく。


 高く評価された構図や、バランスの良さ。

 技量の高さを褒められた点や、一定の需要があるだろうという話など。

 そして言い辛い事ではあるが、もし本職としてやっていく場合にドナートが抱える課題についても。


 しばしクラリッサからの言葉を伝えるシルヴィアに目を輝かせていたドナート。

 しかし課題となる面を伝えると、急速にその表情は沈んだものへと変わっていく。



「やっぱり……ダメなんですね」


「そんなことはありませんよ。その気があるなら顔を出して欲しいって言ってましたし、オークでも何も問題はないそうですから。あとはドナートさんのやる気次第なんです」



 フォローするシルヴィアの言葉が聞こえているのか否か。

 ドナートは沈んだ様子で俯く。



「一度行ってみてはどうですか? きっと良い方向に動いてくれますよ」


「いえ……もういいんです。逆に諦めがつきました」



 ドナートは僅かにうるんだ目で、もういいと告げる。

 その言葉がどうしてもシルヴィアには理解できず、どうしてなのだと問い続けた。



「指摘された点は、僕自身よくわかってるんです。確かに僕は思い切りが悪くて、大胆な彫り方ができない。やっぱり見る人が見ればバレちゃうんですね」


「でもそれが改善されれば、欲しいって言ってくれてるんですよ。試しにやってみては……」


「いいえ、僕には無理です……。もっと大胆にしてみようと思っても、どうしても怖いんです、失敗してしまうのが」



 終いには僕には才能がないのだと言い切る。

 ドナートに才能が無ければ、自分などなんなのかとシルヴィアは思いはするが、今はそれに関して言っても仕方がないだろう。

 何度も説得を試みるも、やはり答えは変わらない。



「もういいんです、僕のことは放っておいてください」


「……余計な、お世話でしたかね」


「…………はい」



 問うたシルヴィアの言葉に、時間を掛けて肯定する。

 それを聞いたシルヴィアは、しばし押し黙り悟った。


 自分のしてきたことは、完全な自己満足に過ぎなかったのだと。

 凄いと思ったドナートの作品を、是が非でも表に出したいと願い、それを彼自身も切望しているのだと確信していた。

 だが実際は、ドナートの微かな希望を打ち砕く切欠を作ったに過ぎなかったのではないか。

 そう思えてならなかった。



「すみませんでした、勝手な事ばかり言ってしまいまして。失礼します……」



 一礼し、そのまま屋敷への帰途に就くシルヴィア。

 家の入口に立つはずのドナートからは、何も言葉を発せられない。

 その表情を見るのが辛く、振り返ることなく進み子供たちの遊ぶ広場を通り抜けて路地へ。

 路地を抜けて大きな通りへと出たところで、シルヴィアはようやく振り返ることができた。





「……どうされましたか。昨日お帰りになってから、ずっと元気がないご様子ですが」



 その日の午前中、シルヴィアは厨房の片隅で、呆としながらブランドンが料理をする光景を眺めていた。

 単純に暇をしているというのもあるのだが、少々相談事があったため、この場を訪れている。

 しかしどうやって話を切り出したものか悩んでおり、厨房の隅で椅子に腰かけたまま、なかなか相談できずにいた。



「何があったかなんて、説明しなくても知ってるだろう」


「無論です。ですがやはりご自身で口にして頂かなければ、こちらとしては望む答えを返せません」



 勿論相談事というのは、昨日のドナートとの一件についてだ。

 一部始終を報告されているであろうブランドンではあるが、どういった悩みを抱えているのかなどは、言葉にせねばわかるまい。



「ブランドンは……毎日料理を作ってくれてるけど、それを人に出すのが怖いと思ったことはないのか?」



 唐突にした問いに対し、振り返ったブランドンはしばし悩む素振りを見せる。

 問われた内容をドナートとの一件に絡めて、どういった答えをシルヴィアが望んでいるのか。

 それを考えているのであろう。



「私が作っているのは、基本的なレシピに基づいた料理ばかりです。ああいった創作物とは異なるので、あくまでも参考適度に」


「ああ……それでもいいよ」



 シルヴィアはブランドンの言葉に、ゆっくりと頷く。

 今はただ、あれほどまでに自身を失っているドナートの気持ちが、少しでも知れればと考えた。

 同じく何かを作り出し、人目に晒すという行為を続けているブランドンならば、多少なりと近い気持ちを理解しているのではと。



「私が真っ当に料理を始めたのは、この屋敷へと派遣されてからなのですが、最初は随分と酷い出来の物ばかりでした」


「ブランドンが? ……信じられないな」


「なのでやはり最初は恐ろしかったですね。こんな下手な料理を出して、いったいどんな罵倒をされるのであろうかと。実際あの頃皆様にお出しした料理を思い出すと、今でも顔から火の出る想いがします」



 若干懐かしそうに、ブランドンは目を細めて語る。

 当時と言うと、シルヴィアやフィオネがこちらに来る前の話であり、今は亡き住人たちが何人も居た頃であると言う。


 しばし懐かしい思い出に浸った話をしていたブランドン。

 だがその話は、あるところでドナートに直接触れるものへと変わる。



「評価を恐れるというのは当然の反応かと思われます。褒められたいという欲求以上の罵声を浴びる可能性は高いのですから」


「そう……だろうな」


「特に彼のようなタイプの亜人は、これまで偏見の目に晒される機会も少なくはなかったでしょう。ある程度の人数が王都に居るとはいえ、オーク種は決して多いとは言えませんから。故に他者からの反応を恐れる気持ちは、わからなくはありません」



 そのせいで臆病になっているのでは、とブランドンは告げる。

 決して表だってされる訳ではないが、ヒト種が多数を占める王都では、ある程度は種族間で扱いの差というものが存在するのは否定できない事実であった。

 ヒトやエルフ、ヒト寄りの獣人種などは貴族にも多く、扱いにそう差はない。

 だがオークを始めとした特異な外見を持つ亜人は、畏怖も込められた奇異の視線で見られることも多い。



「そう言うことも……あるんだよな、たぶん」


「はい。彼らがあの地域で固まって暮らしているのも、建てられた住居が身体に合っているというだけの理由ではありません」



 その言葉を聞き、その手に握られた品を握り締める。

 ミシリと小さく軋むそれは、ドナートから贈られたペンダント。

 掌に納められたそれを見遣り、シルヴィアは俯く。



「……どうかされましたかな?」


「いや、なんでもない。ありがとう、参考になったよ」



 話は終わったとばかりに立ち上がって軽く一礼し、厨房から退出する。


 どこか呆としたような思考のまま、ただ自室へと向かいながら手でペンダントの溝をなぞり続けていた。

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