06
大通りの一角、その中でも比較的人通りの多いその場所に、目的の店は在った。
王都の中でも一等地と言っても過言ではないそこは、市街区には数少ない三階建ての大きな建物。
話に聞く限りでは、その全フロアが店舗となっており、王都でも有数の名店として名を馳せているとのことであった。
意を決して中に入ってみると、大勢の女性やカップルが商品を興味深そうに眺め、十人以上の店員が忙しそうに動き回っている。
商品棚へとシルヴィアが目を向けると、小さな小物が隅々に並べられた商品棚。
その多くは綺麗な石のはめ込まれたブローチや金属製の髪飾り、あるいは布製の腕輪などの安価なアクセサリーの類であった。
見回せど、シルヴィアが用のある人物の姿はない。
壁に掛けられた案内板を見ると、上の階には宝石や貴金属の類が陳列されていると書いてある。
とりあえず階段を登ってみると、一階よりも人は少なく、一つ一つのスペースにゆとりを持って商品が並べられていた。
見れば案内の通り、一階で陳列されていた品よりも高価な物が多そうだ。
「何かお探しでしょうか?」
二階へ上がったシルヴィアがキョロキョロと周囲を見回していると、静かに近寄ってきた店員が話しかけてきた。
その行動に若干腰が引ける。
普段のシルヴィアはもっと軽い接客をするような店しか利用しないため、こういった一人一人が付くような形には慣れていない。
近寄ってくる店員が苦手というのは、こちらで過ごしていても早々慣れるものでもないようだ。
「当店は既製品から一点物の宝石をあしらったオーダーメイドまで、ありとあらゆるご要望に対応しております。なんなりとお申し付け下さいませ」
柔らかな笑みを浮かべ、丁寧に腰を曲げて告げる男性の店員。
シルヴィアが今身に纏っている服は、ベルナデッタからのお下がりの夏服ではあるが、それなりに良い仕立てをしたものだ。
雰囲気や服装から客層を見抜くことに長けているであろう宝飾店の店員は、シルヴィアから乗客の臭いを嗅ぎ取ったのかもしれない。
「あの……クラリッサさんに取り次いで頂けませんでしょうか」
「オーナーですか? ……少々お待ちくださいませ」
店員はほんの僅かに逡巡すると、一礼してバックヤードへと下がっていく。
この店は昨年、縁あって知り合うこととなったクラリッサの営む店であった。
シルヴィア自身はここに来るのは初めてであったが、想像以上に大きな店舗だ。
以前に聞いた話では、店の裏手に工房もあり、店で扱う商品の多くを生産している。
それなりには裕福な層であると思ってはいたが、考えていたよりもずっと立派な店構えに、入る前から若干委縮していたというのは否定できない。
「シルヴィア様っ」
しばらくすると、店の奥からクラリッサが姿を現す。
仕事の最中に押し掛けたというのに、これといって迷惑そうにする様子もなく、むしろ嬉し気にさえ見える。
最初に接客した男性店員も、クラリッサの後ろで今まで以上の笑顔となっていた。
オーナーであるクラリッサの知り合いであるためか、貴族のお忍びであると聞かされたか。
シルヴィアのことを様付けで呼ぶ辺りで、説明されていなくても、ある程度は察するであろうが。
「すみません、急に来てしまって」
「それは一向に構いません。遠慮せずいつ来ていただいても」
親しそうにはするものの、使う言葉は丁寧なままだ。
この辺りはどうしても立場的な理由が、多少なりと存在はする。
辺境の小領とはいえ貴族家の当主である人物に、いわゆるタメ口で話すというのは憚られるのであろう。
特にそれが人前ともなれば尚更だ。
「貴方は戻っていいわよ。こちらの方のお相手は私がします」
クラリッサはそれだけ告げると、シルヴィアを促すように店内を歩く。
その後ろをついて行くと、階段を登って三階へ。
上がった先にあったフロアは、二階以上に置かれた品数が少なく、より煌びやかな品が多い。
配置された従業員の数も少ないが、おそらくはこの店にある商品の中でも、最高級に近い品々が置かれているのであろう。
「まさか、私に売りつけるつもりです?」
「買って頂けるならありがたいですね。でもシルヴィア様は、あまりこういった高価な品にご興味がおありではないですよね」
どうやらクラリッサは、シルヴィアの好みを見抜いているようであったようだ。
以前にくれた物も、あまり高価であるとは言い難いが、比較的日常で使い易そうな品ばかり。
こういった職に従事していれば、自然と相手の嗜好を見抜く術に長けてくるのであろう。
「良くお分かりで」
「私個人としてはこれらを差し上げてもいいのですが、流石に今回は従業員の目もありますので。ご入用でしたら是非お買い求め下さい」
クラリッサはそう言って小さく笑う。
随分と落ち着きを取り戻したものだ、とシルヴィアは思った。
以前の不安定さは消え去り、今ではむしろ力強さすら纏っているようにも見える。
もっともそうでもなければ、このような大きな店を切り盛りなどしていけないのであろう。
「それで、本日はどういったご用件でしょうか?」
わざわざ客も従業員も少ない一番上の階へ移動したのは、何がしかの用事があるシルヴィアが話しやすいようにであろう。
バックヤードに移動するという手もあるのだろうが、そちらはそちらで人の目が有るのかもしれない。
「実は……これを見て貰いたくて」
自身の身に着けていた、木彫りのペンダントを晒す。
それは先日ドナートが見本としてくれた、鳥を模して作られたものであった。
今日クラリッサを尋ねたのも、ドナートと約束した評価を下してもらうためだ。
「ちょっとお借りしますね」
シルヴィアから受け取ったクラリッサは、壁の小窓を開けて明りの下でよくよく観察する。
裏返し、細かな部分へ指を触れ、隅々までチェックしている様はやはり商品を扱う者ならではか。
「これはどなたが作られたのですか?」
「まずはそういった情報を無しで評価してもらいたいんです。一応言っておくと、作ったのは私じゃありませんよ」
クラリッサがそういった事で評価を変えるとも思わないが、ドナートについては伏せておくべきだと考えた。
知ってしまえば、無意識の内にオークの作った品であるという先入観が混ざる可能性も、無いとも言い切れない。
しばし観察を続けたクラリッサであったが、小さく頷くとシルヴィアへペンダントを返す。
「かなり良い出来だと思います。細かな部分も手を抜かず、綺麗に鑢を掛けていますし」
「ほ……他には?」
「バランスが良いですね。全体に対する翼部分の比率や、構図も上出来だと思います。おそらく本職の方が作った品ではないと思いますが、かなり技量は高いかと」
クラリッサの口から出る褒め言葉に、シルヴィアは安堵の色を浮かべる。
若干ではあるが、不安が無かったとは言えない。
素人目には素晴らしくとも、専門の人から見れば違うかもしれない。
場合によっては酷評される可能性もあっただけに、その言葉にホッとさせられた。
「ですが……」
続けてクラリッサの口から、なにやら不穏な言葉が漏れる。
褒め続けた後で続く"ですが"の言葉に、良い内容が含まれることなどないであろう。
「どうにも消極的な作品ですね。折角の技術があるのですから、もっと大胆に彫り進めても大丈夫だと思うのですが」
作る人の性格が出てしまうのだろうか。
消極的と言われた言葉に、シルヴィアはドナートの顔を思い浮かべて妙に納得してしまう。
確かに見せたペンダントの意匠は、少々浅めに彫られていた。
シルヴィア個人としてはそれが好ましかったが、商品として扱う側からしてみれば、物足りないということなのであろう。
「ですがその点を改善すれば、うちで置きたいと思える品です。高級品とはいきませんが、それなりに需要はあるでしょうね」
「そうですか……」
少々悪い点も指摘されたが、概ね高い評価を得られたと言っても過言ではないのだろう。
クラリッサもその点のみなんとかすれば、問題はないと言う。
上手くすれば、ドナートの作品が日の目を見る時が来るかもしれない。
そう思うとシルヴィア自身、心が沸き立つのを感じた。
「もう一度お聞きしてもいいですか? これを作ったのはいったい……」
再度問うクラリッサの言葉に、本当のことを教えてよいものか悩む。
クラリッサは正体を知って評価を変えるような人物であるとは思わないが、客の側までがそうであるとは考えにくい。
商売人であればこそ、そういった点も考えるのではないか。
「実は……それを作ったのはオーク種の人なんです」
しかしもしドナートがこれへ本格的に取り組んでいくのであれば、隠し通せるものではないだろう。
いずれはバレてしまうし、ならば最初から告げておく方がマシとも言えるた。
「オーク……ですか?」
正直に告げたシルヴィアの言葉に、クラリッサは半信半疑といった様子。
無理もないか、オークの太く強い指で、これだけの緻密な細工が出来るなど考えもしないだろう。
ドナートがどういった人なのかを、出来るだけ好印象を持たれるよう丁寧に話す。
内容そのものは、これまで感じたことそのままではあるが。
「ああ、あのオークの彼ですね。知ってますよ、家の近所では有名ですから」
「そうなんですか?」
クラリッサは破顔し、なんだとばかりに告げる。
聞けばドナートは近隣住民が困っている時に、率先して手伝っているため非常に評判が良いのだということであった。
クラリッサも一度重い荷物を運んでいる最中、偶然通りがかったドナートに助けられたのだと言う。
「まさか彼にそんな特技があるなんて、思ってもみませんでした。ですがそういえば、確かに作りの良いアクセサリーを身に着けていたのを覚えています」
クラリッサはまさかそれが、彼自身によって作られたなど、思いもしなかったようだ。
その点はシルヴィアも同じであり、人のことを言えた義理ではなかった。
「オークでも、装飾品の職人になれたりはしますかね?」
「問題はないですよ。確かに世間の印象とは異なりますし、私も聞いたことはありませんが。それに正直言うと、この手の商品は作った人が誰かってのを、あまり表には出しませんから」
その気があるなら、一度顔を見せに来て欲しいとクラリッサは告げる。
シルヴィアはその言葉に、希望が見いだせたように感じていた。
ドナート次第ではあるが、もしかしたら好きな木工細工で生きていけるかもしれない。
今はただ、それを伝えたいという想いばかりであった。




