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05


 謝罪の応酬も一段落し、シルヴィアはドナートと並んで住宅地の中にある広場へと移動していた。


 ドナートが戻るや否や、子供たちは集まって取り囲み、広場隅のベンチへと連れて行く。

 以前と変わらぬその穏やかな光景に、シルヴィアの頬が緩むのを抑えられない。


 子供たちはドナートに着き沿って歩くシルヴィアの存在が気になるのだろう。

 少しだけ距離を置きながらも、興味津々といった様子でチラチラと視線を送っている。

 だが顔の区別はつかないまでも、以前に見たのと同一人物であると察したようで、然程興奮することもないようであった。




「ドナートさんは、いつもここで彫刻を?」


「はい、この子たちにせがまれるもので。最初は一人でやってたんですが、いつの間にか」



 周囲の子供たちを見回し、ドナートは微笑みながら答える。

 しかし直後、彼は相変わらず木彫りへと熱視線を送る子供たちの様子を見て、「どうして僕なんかに」と呟いた。

 背を丸めて言うドナートの姿は酷く自信なさ気であり、シルヴィアには創り出された品の出来とは、相反するものに思えてならなかった。

 ドナートの技術はとても高く、見ているだけでも興味深い。

 それを伝えようとしたところ、シルヴィアの前に口を開いたのは、彼の横に立っていた二人の子供だ。



「兄ちゃんはスゲーよ! 俺たちみんな力は強いけど、兄ちゃんみたいに器用じゃねえもん」


「そうだよ、兄ちゃんがつくるの、あたしは好き!」



 手を止めるドナートに、子供たちは熱心に力説した。

 この子たちは、よほど彼の作る品を好いているのであろう。

 そんなことはないと言いながらドナートの肩を揺する。



「だそうですよ?」


「参ったな……僕自身はそこまでだと思っていないんですが……」



 困った表情で言うドナートではあるが、よく見れば僅かに嬉しそうではある。

 頬を染めつぶらな瞳を細める姿には、オークという獰猛な容姿を持つ種族ながら、どこか愛嬌さえも感じさせた。


 その表情をシルヴィアが眺めていると、唐突に子供の内一人、少年がドナートへと問う。



「ところでさ、この人ってダレ?」



 目線が向く先に居るのはシルヴィアだ。

 考えてみれば、未だに子供たちへ自己紹介すらしていなかった。

 少年の疑問ももっともであり、急に見知らぬ者が輪へと入っていれば、ある程度気になるのも当然であろう。



「ああ、こちらの方はだね……」


「もしかして、兄ちゃんのヨメさんか?」



 少年の一言に、シルヴィアとドナートの動きは凍りつく。

 しかしその直後に取った反応や行動といったものは、両者で正反対と言えるものだ。

 一瞬後に噴き出して笑うシルヴィアに対し、ドナートはただ慌てふためくばかり。


 狼狽し適切な説明の難しいであろうドナートに代わり、シルヴィアは少年に対してただ一言、ドナートが受け持つ客の一人であるとだけ説明した。

 貴族云々に関しては、あえて言う必要はないであろう。

 子供たちにとっては関係のない話であるし、妙に緊張させるというのも可哀想だ。



「僕なんかに彼女の相手が務まるわけないだろう。そんな事を言っては失礼だよ」



 ようやく冷静を取り戻し始めたドナートは、少年に対して小さく諌める。

 しかし自身を卑下するその発言に、シルヴィアは内心で僅かに眉をひそめた。

 確かに立場の違いというのは存在するが、そこまで己を貶める言葉を吐くのは、如何なものであろうかと。


 会う度にシルヴィアが感じていたことではあるが、どうにもドナートは自己を随分と過小評価する癖がある。

 彼の持つ彫刻の腕にしても、同じことが言えるだろう。

 素晴らしい技能を持っているというのに、それが人並み以上のモノであると言われても、あまり信用しようとはしない。

 その理由はわからないまでも、シルヴィアにはとても勿体ないと思えてならなかった。




 そこから普段通りに広場の隅へ座り、彫刻をするドナートの横で見学させてもらう。

 脇では同様に、子供たちも思い思いにナイフなどを使って木を削っている。

 不器用ながらもドナートの指導に従い、少しずつ手を動かす子供たちの姿は楽しそうであった。


 シルヴィアも堪らなくなり、子供たち同様にドナートに教えを請う。

 オークや獣人などの種族に混じり、一人エルフが気を削る姿は奇妙であったようだ。

 広場を通りがかる通行人の多くが、訝しみながらも微笑ましい様子で笑んでいく。



「もう少し一度に削る量を減らした方が……」


「は、はい」


「時間がかかってもいいので、焦らないで下さい。最初は皆そんなものですよ」



 懇切丁寧に、優しく指導するドナート。

 横で穏やかに声掛けるその姿にシルヴィアは、子供たちが懐く理由が十分に理解できた。



「そうだ、これを見本に使ってみて下さい」



 そう言ってドナートが取り出したのは、一つのペンダント。

 彼がぶら下げているメダルよりももう少しだけ小さなそれは、浅く鳥を模した彫刻が施されている。



「差し上げます。その……先ほど無礼な発言をしたお詫びも兼ねて」


「頂いていいんですか?」


「勿論です。この子たち全員にはもうあげましたし、僕一人で持ってても置き場に困るので……」



 要するに置き場の無い余り物なのであろう。

 だが当人に悪気など無いのは、シルヴィアには理解できる。

 ただ単に、善意と詫びの気持ちを込めてくれようとしているのだ。

 丁度ドナートの作った品を、何か譲り受けたいと考えていただけに、シルヴィアには受け取るのを拒否する理由もない。

 よく見れば緻密に彫られた表面は丁寧に磨かれており、ドナートが精魂込めて作ったであろうことは容易に想像がつく。



「では、ありがたく頂きますね」


「こんな物で申し訳ありませんが」



 ドナートの漏らす謙虚な言葉に、そんなことはないのにと考えたシルヴィア。

 ここで不意に、とある人物の存在を思い出す。

 おそらくはドナートの作品が持つ価値を、評価し見極めてくれそうな人物を。



「そうだ、私の知り合いに宝飾品を扱っている人が居るんです。折角ですし、作った物をその人に見せてみませんか?」


「それだよねえちゃん! 兄ちゃんのなら、絶対にスゴイって言ってくれるよ!」



 その言葉に同調した子供たちは、いつの間にやらシルヴィアのことをねえちゃんと呼んでいた。

 自分たちに害意を抱いていないであろうと察して以降、身内のように感じているのかもしれない。

 単純に、ドナートと親しそうにしている点で信用された可能性は高いが。



「いえ……僕なんかが作った物じゃ、笑われるのがオチですよ」


「そんな事はありませんって。私から見てもドナートさんのは凄いと思いますし、見せる相手は笑ったりするような人でもありませんよ」


「ですが……」



 シルヴィアの説得にも、ドナートはなかなか首を縦に振ろうとはしない。

 それが単純に自信の無さによるものなのか、作る側の視点による評価から来るものなのか。

 どちらかを判断することは叶わないが、シルヴィアにはただ単純に、この技能を表に出さないのは勿体ないという考えだけがあった。




「では……見せるだけで」



 かなり強引な説得の末、ドナートは渋々ながら了承する。

 シルヴィアの言葉に動かされたというよりも、一緒になって願う子供たちに根負けしたのであろう。

 だが僅かに……その瞳に期待の色が灯ったように思えてならなかった。

 謙遜や卑下を繰り返しているドナートであったが、こういったチャンスが来るのを密かに望んでいたのかもしれない。



「では折角頂いたこれを見せてきますね。きっと大丈夫ですよ、ドナートさんの作る物なら」



 そう言った直後、シルヴィアは自身の言葉が随分と軽いものだと感じた。

 見せる相手は温厚で、本職でもない一般人を酷評するような人ではあるまい。

 だがやはりそういった物を扱うプロである以上、それなりの批評をされるのは覚悟しておくべきだ。

 それを告げずただ励ますだけというのは、酷く無責任な言葉に思えてならなかった。



「貴重な機会を頂けて感謝します」



 礼を告げる声はどこか弾んでいるように思え、シルヴィアは自身の発言に後悔する。

 しかし今更忠告する言葉を吐くのも難しく、ただ愛想よく笑む意外にはなかった。


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