03
「す……すみません、子供たちが騒ぎ立てて……」
「いえ、こちらこそ。お邪魔してしまったみたいで」
シルヴィアへと話しかけてきたドナートは、以前に屋敷で見た時と同様、どこか気弱な雰囲気を湛えていた。
案外人見知りする性格なのではないだろうか。
その歳の頃は推し量れないが、大人ではあろうけれども。
つい今しがたまで子供たちと会話していたような、頼りがいのある雰囲気は欠片も感じさせない。
「その……珍しいですね。この辺りに人型種の方が来るなんて……」
「あ、いえ。一応自分はエルフなんですが」
そう言ってシルヴィアは、この世界に来た当初よりも随分と伸びた髪を掻き上げ、自身の耳を陽光に晒す。
ドナートはそれを見てある程度納得したようではあったが、どうにも告げた言葉の意味合いは多少違ったようだ。
彼の言う人型種というのは、人に近しい外観をした種族を表すのであると告げる。
「この辺りは、僕等のように身体の大きな種族ばかりが済んでいる区域なので、ヒトやエルフは珍しいんです」
「ああ……それでか」
シルヴィアは横目で周囲の建物を見渡す。
先ほども思ったことではあるが、家々に据えられた扉が随分と大きい。
それは今ドナートが説明したように、オークや竜種などの身体の大きな種族が暮らしているためのようであった。
おそらく見た目からして頑丈そうな作りをしているのも、そういった理由があるのかもしれない。
「ではドナートさんも、この辺りにお住まいで?」
「はい、僕もすぐそこに家があるのですが……。あの、どうして僕の名前を?」
彼は怪訝そうな様子で、シルヴィアへと尋ねる。
なぜ自身の名前が知られているのか、不審に思ったようであった。
どうやらシルヴィアの顔を覚えてはいなかったらしい。
シルヴィアは自身が上街区に住んでおり、つい先日ドナートが食材を納入した時に顔を会わせたと告げる。
一瞬悩んだ様子であったが、ブランドンの名を出すや否や、急に思い出したようだ。
「す……すみませんでした! どうもその……ヒトやエルフの方の顔はよくわからなくて……」
申し訳なさそうにするドナートであったが、その口からされた言い訳に、シルヴィアは妙な納得をする。
だが言い訳と言ってしまうのも可哀想かもしれない。
なにせシルヴィアの側も、彼があの時の人物であると確信を持てたのは、その身に着けた装飾のおかげだからだ。
それが無ければ、人違いであると思い込んでいた可能性は高い。
あまりにも種族が違いすぎるため、細かな容姿の違いといった部分に、気付きにくいというのは否定できない事実。
現に彼を周囲に居たオークの子供を見ても、体形はともかくとして、それほど容姿に違いがあるようには思えなかったのだから。
「気になさらないでください。それに貴族の小娘が急に現れるだなんて、普通は予想しませんし」
それもまたドナートが気付かない要因ではある。
こんな場所と言うと随分失礼ではあるが、普通は貴族の娘が一人で歩き回る場所ではないであろう。
むしろ来ると予想する方が、どうかしていると言っても過言ではない。
「あの、それで……ここへはどういったご用件で……?」
「それが実は……」
おずおずと問うドナートの言葉に、シルヴィアはここへと辿り着いた理由を思い出す。
正直に白状するのが少々気恥ずかしくはあるが、背に腹は代えられまい。
観念して理由を説明すると、ドナートは少し逡巡した後、自ら案内を買って出た。
「よろしいのですか?」
「も、勿論です。この辺りはちょっと迷い易いですし……」
確かにドナートの言う通りなのであろう。
ここまでに来る間、幾度となく似たような道を通り、何度も道を曲がってきた。
例え道を教えられたとしても、シルヴィアには一人で無事辿り着く自信など到底ない。
「では、お願いします。お手数をおかけしますが」
「いえ、こちらこそ。……兄ちゃんはちょっとこの人を案内してくるから、大人しく待ってるんだぞ」
背後の子供たちへと向けてドナートが叫ぶと、子供たちは随分と聞き訳よく返事する。
その子供たちに遠目で見送られながら、シルヴィアはドナートの後ろを歩いて再び路地へと進んでいった。
▽
ドナートに案内されての道中は、夕方近くなり陽も随分と傾いていた。
周辺の建物に遮られているというのもあって、歩を進める路地裏には陽射しが入り込まず、より一層暗さを増していく。
シルヴィアの体力を気にしてであろうか、ドナートは先ほど歩いていた時よりも、ずっとゆっくりを歩いている。
大きな背中によって視界がふさがれ、今歩いている場所の見当がまるでつかないが、あまり不安感というものは感じられない。
それは案内するドナートが、純朴と思われる性格をしているが故か。
「すみません、折角子供たちと一緒に居たのに」
ただ黙って黙々と進む状況に堪えかね、シルヴィアは謝罪の言葉を口にする。
子供たちを前に彫刻をしていたドナートは楽しそうで、実際それを邪魔してしまったというのは確か。
やはりここは謝罪の一つもしておくべきなのであろう。
「いえ……気にしていませんよ。あの子たちとは、いつでも遊べるので」
「そうですか……。いつもああやって子供たちの前で彫刻を?」
「ええ、あそこではああいった事をする人は珍しいので、気になるみたいです。僕はただ趣味でやっているだけなんですが……」
シルヴィアの個人的な印象としては、オークなどの大柄な種族が、ああいった作業をするイメージは存在しない。
なによりもその大きな手は、微細な作業をするには不便であろうし、強すぎる力は細やかな加減をするのにも不利であろう。
シルヴィアがこちらの世界へと移ってから一年以上が経つが、オークや竜種などが細工職人をしているという話は、一度たりとて聞いたことはなかった。
であればドナートが"あそこ"という、大柄な種族の多く住む地域で彫刻をする光景は珍しいものに違いない。
特に子供の頃であれば、ああいったゼロから作品を創り出していく光景に、興味をそそられても仕方がない面はある。
「でも本当に上手ですね。いったいどこの職人さんが作ったんだろうって、思ってしまいました」
「そんな……僕なんて全然です」
「そんな事はありませんよ。最初に会った時から、そのアクセサリーが気になっていたんです。どこで買ったんだろうかって」
あまりにも褒め称えたためであろうか、ドナートは若干頬を赤く染め、照れた様子を見せる。
しかしシルヴィアの言葉は本心からのものであり、決して機嫌を取ろうとして出たでまかせではない。
それほどまでにドナートの作る彫刻は見事であり、装飾品に関心を示してこなかったシルヴィアをして呻らせるものであった。
「別にドナートさんの職業を否定するのではありませんけど、それを専門でやろうと考えた事は?」
「……少しは。でも僕より上手な人は沢山いますし」
好きで続けていて、ある程度人に見せても恥ずかしくない代物を創り出せるのだ。
そういった欲求が芽生えても不思議ではあるまい。
ドナートもその例に漏れず、多少なりとそちらで身を立てる自身を夢想したようであった。
しかしその後で、「でも」と続けてドナートは呟く。
それは諦めてしまった自身を肯定するものであると同時に、あながち妄想とも言い切れぬものであった。
「オークの作ったアクセサリーなんて、誰も欲しがりません」
「そんなことは……」
すかさず、そんなことはないはずだと否定の言葉を継ごうとしたシルヴィア。
だがそれは最後まで口から漏れることはなかった。
鍛冶師であればドワーフ、吟遊詩人であればシルヴィアのようなエルフ。
そして細工師や彫刻師であれば小人族。
それらは常に高い評価を得ており、この分野においては勝る者なしと言われる種族だ。
だが逆に、非力なエルフの打った金属や、エルフ以上に体力の劣る小人族の兵士。
あるいはドワーフの音楽家など、並べて言うだけで首を捻られる組み合わせも決して少なくはない。
ヒト種はこれといってそういった評価を下されることもなく、どの業種にも万遍なく存在する。
だがむしろ、ある意味で器用貧乏であると言われる場合も多い。
それは単純に偏見と言われるものばかりではなく、種族の特徴としてあまり得手とはしない分野があるという現実だ。
装飾品を手掛けるオークというのも、やはり同じ評価を下されるのがオチであろう。
「わかってるんです。大それた夢だってことは。それに僕は今のままで十分楽しいですよ、子供たちも喜んでくれていますから」
ドナートの言葉に、シルヴィアはこれ以上二の句を継げずにいた。
本心がどこにあるかはいざ知らず、十分に満足していると告げられては、どうしようもないであろう
そこで会話は途切れ、再び無言のまま歩を進める。
しばらくすると、次第に人々の喧騒が耳へと触れ始め、すぐに大きな通りへと出ることができた。
出た先は屋台の立ち並ぶ広場にほど近い通りで、ここからであればシルヴィアも迷うことなく帰宅は可能だ。
「ありがとうございます。ここまで来れたら、もう大丈夫ですので」
「それは良かった。では、僕はこれで……」
シルヴィアの礼に対し、ドナートは大きく頭を下げると、そのまま元来た道を引き返していく。
僅かに気まずい空気を抱えたままであるように思え、何か言葉をと考えるも、適切な言葉が思い浮かばない。
陽が落ち暗くなった路地を帰っていくドナートの背中が、シルヴィアにはどこか沈んでいるように思えてならなかった。




