06
誰がこんな荒唐無稽な話を信じるというのだろうか。
古今東西その手の話は多々創作されてきた。
異世界に流れ着いた主人公が、強大な力を手に入れ巨悪を倒す。あるいは持ち前の知識を駆使し国を富ませる。そういった話しだ。
雄喜もそういった内容の漫画や小説を読んだことはあるし、案外好きなジャンルであったかもしれない。
だがいくらなんでもそれが現実に降りかかってくるなどと……。
「そんなまさか……冗談でしょう?」
「冗談かどうかは、自身の目で確かめな。目を覚ましてからここまで、それなりに手掛かりはあったろう」
その言葉に、雄喜は押し黙る。
確かに、アウグストが持つ被り物とも思えぬ、生物らしい血の通ったドラゴンの頭。
そして何よりも、雄喜自身に訪れた身体の変化。
今現在目の前に突き付けられ続けている光景と感触は、それだけでアウグストの話が信じるに足るだけの説得力を放っていた。
「そう……ですね……」
「まぁ俺の姿を見せりゃ、だいたいの奴は信じるもんだ。明らかにおかしいからな」
「それもありますけど……特に自分の身体ですかね」
「身体? 嬢ちゃんもかなり変わっちまった方なのか」
やはりその外見からは判らないのであろうか。
雄喜がそもそも男であるという発想が、アウグストには全くないようであった。
「俺……実は男なんです」
アウグストは眼を点にする。やはり俄には信用してもらえないのであろうか。
いったいどう説明したものであろうかと思案していた雄喜であったが、そこへ多少困ったような、アウグストの言葉が返る。
しかし返される言葉は、雄喜にとって少々意外なものであった。
「すまんすまん、名前じゃどっちかわからんでな。それにしてもお前さんもか……珍しいのが続くもんだ」
その言葉に、雄喜は反応する。
確かに字を見ず言葉だけで聞いたなら、勘違いをしてもおかしくはない名ではあるだろう。
女性でも名付けられる人はたまにいる名前だ。
アウグストはすんなりと、雄喜の言葉を信用したようであった。
しかし雄喜が気になったのは、その部分ではない。
アウグストの告げた、おまえさん"も"の部分。
雄喜は驚愕し問い返す。
「"も"って、貴方も同じなんですか!?」
「ん? いや、俺じゃあない、他のヤツだ」
同じく性別ごと身体が変異した人が他にも居る。
それを喜んでよいものかどうかは微妙ではあるが、多少なりとその事実は雄喜にとって希望となる。
だが元に戻るという可能性を探るには、一人で居るよりは二人居ればまだマシというものだろう。
「そのことについては後で話してやるよ。先に伝えておくべき内容もあるしな」
雄喜は詰め寄ろうとする身体を押し留め、不承不承ながらも頷く。
自身と同じ状況に置かれたという人物の話を、もっと聞きたいというのは確かだ。
だが今の時点では、ひとまず話を進めてもらうべきなのだろう。
この世界に関する情報もまた大切だ。
その人物についてはまた後で聞けばよい。
極力落ち着こうと息を整え、雄喜は椅子へと座り直す。
その様子を確認したアウグストは、可能な限りゆっくりと、雄喜が反芻して理解できるよう説明を始めた。
この国の成り立ちや、数千年もの永きに渡り一つの国が統治し続けていること。
その結果戦争をする相手も存在せず、安定を続けていることなど。
「普通ならありえん話なんだろうな。だがこの世界ではそれこそが普通だ。今年は王国歴の3258年、これが統一されて建国してからの年月になる」
文明単位ならともかく、一つの国家がそれだけ長く世界を統治し続けるというのは本来なら異常なのかもしれない。
少なくとも、地球の歴史に関してはそうであった。
現存する世界最古の国家である日本でさえも、二千年を超えたくらい。
そこからさらに千年以上も単一の国家が世界を統治し続けるなど、雄喜の持つ常識の範疇外だ。
「稀に地方の領主が馬鹿な真似をしてキナ臭くなる事はあるがな。それでも大概は本格的な行動を起こす前に鎮圧される。一応国は治安維持とかの名目で軍隊を持っているし、国と一地方領じゃ規模が違いすぎて相手にならん」
「魔物とか……モンスターみたいなのは?」
「物語のお約束ってやつか? 他の連中も似たような事を言ってたな」
雄喜以外の者も、似たような発想はしていたようだ。
異世界、ドラゴン。これらのキーワードが重なれば、そういった考えになるのも、そうおかしくはないのかもしれない。
「だが残念なことにここには居ねぇな。あえて言えば、俺みたい亜人が該当すんのかもしれんが」
「ではそういった存在は居ないと?」
「人と混じって問題なく生活してる連中を、化け物だなんだと言うのが適切かどうか。オークやらエルフの連中も、普通に街で暮らしてるしな」
「オークも?」
聞き覚えのある種族の名前が出てくる。
オークやエルフはファンタジー系物語の典型的な登場キャラクターと言える。
だが雄喜の知る限りオークといえば、言葉を解さず、物語の登場人物たちに狩られるばかりの敵役となっていた。
「体力があって、かなり重いもんでも簡単に運んじまう連中だ。船の荷おろしや林業、鉱山で働いてるのが多いな。あとは農業か」
「俺がイメージする異世界とは随分違う……」
呟く雄喜を見やると、アウグストは立ち上がり、壁際に置いたテーブルの上から陶器でできたポットとカップを持ってくる。
戦争もなく、安全を脅かす魔物の類も居ない。
ならばそういった解決を求められて呼び出された訳ではないのだろう。
であるならばどうして雄喜はこの世界へと。
アウグストがカップへと液体が注ぎ、手渡す。
それを言葉も無く受け取ると、雄喜は若干の警戒と共に臭いを嗅ぐ。
無臭のそれが水であろうと判断し、そのまま中身を飲み干した。
目を覚まして以降、雄喜は何も口にしていない。
いくら暑さを感じぬ気候であるとはいえ、水分の失われた喉は乾ききっていた。
その身にはただの水がありがたく、少しだけ気持ちが落ち着けたような心境となる。
「俺がこれまで読んだ小説やゲームとかだと……こういう場合は異世界で悪が存在して、それと戦う為に呼び出されるってのが多くて」
「俺はそのゲームとやらは知らんが、これまで俺が話を聞いてきた奴らの中に似たような話をするのは居たな」
雄喜に限らず、その手の創作に慣れ親しんだ者ほど気になる点ではあるのだろう。
事実雄喜自身も、そういった話を読んで、妄想に耽るといった面が無きにしも非ずであった。
「どうする? ちょっと休憩にすっか?」
「いや……続けて欲しい。大丈夫だ」
若干の疲れを見せていたのであろうか。
雄喜の身体を気遣っているのか、休憩を提案するアウグスト。
だが雄喜には何よりも、状況や事情の把握こそが優先であると思えてならず、話しを求める。
頷いたアウグストは、雄喜の手に持たれたカップへと追加で水を注ぎ、話の続きを始めた。




