表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/95

02


 午後の陽光を浴びながら、シルヴィアは市街区の街中を歩いていた

 陽射しからは炙るような熱を感じられ、身に着けた衣服の全てを脱ぎ去りたい衝動に駆られる。


 しかし人通りが少ないとはいえ、ここは天下の往来。

 今のこの身は女性というのもあって、汗にまみれたシャツ一枚となるのすら、シルヴィアには憚られた。



「何もこんなに土産を持たせなくてもな……」



 手に持たれているのは、幾つかのイヤリングやブローチの類。

 それは再びクラリッサに友人として会いに行くという、以前にした約束を果たした結果だ。

 家業が宝飾商であるというクラリッサは、本当にシルヴィアが会いに来るのを心待ちにしていたのだろう。

 突然姿を現したシルヴィアを歓待し、帰る時には新作であるという商品を複数持たせてくれていた。



「つってもなぁ……俺はアクセサリーの類を着けないし」



 手にした複数の品と、以前クラリッサから譲られたリングを見やる。

 普段しないという装飾品ではあるが、親愛の証として贈られたリングだけは、外出のたび身に着けていた。

 だが元来があちらの世界でも、貴金属の類には一切の関心を示すことはなかっただけに、装飾品を貰ってもどう使ってよいのかがわからない。

 折角の好意を無下にする訳にもいかず、一応は持ち帰るものの、おそらく宝の持ち腐れとなるのがオチか。



 周囲を見渡せば、時折近隣を巡回しているであろう騎士の姿が散見する。

 クラリッサとの一件以降、この近辺では巡回が強化されていると、ついさきほど当人の口から語られた。

 あれ以降これといって不審者は現れていないが、それが騎士団の見回りによる効果か、あるいはデルフィーナらの活動による効果なのかは定かでない。

 だが近隣の住民たちにとっては、家の近辺が落ち着いているのであれば、どのような理由であろうと構わないのであろう。



「……ホント、ご迷惑お掛けします」



 僅かに大き目な声で、シルヴィアは独り言つ。

 一見して、シルヴィアの周囲に着き沿う者は居ない。

 だがその周囲には、姿を隠して護衛をする者が確かに存在するはずであった。

 今も危険に晒さぬよう警戒しているであろう人物に対し、少々申し訳ないように思えてしまったが故に漏れ出した言葉だ。

 自身が屋敷の中で大人しくしていれば、彼らもまた苦労することもないであろうと。




 帰宅の途についていたシルヴィアであったが、暑さから少々呆として歩いていたせいであろうか。

 いつの間にやら見覚えのない道を歩いているのに気が付く。

 本来ならば、今頃は大きな通りに出ている頃。

 だが周囲からは、それらしい喧騒は聞こえてこない。



「しまった……道を間違えたか」



 即座に来た道を引き返し、間違えたと思われる道を曲がる。

 おそらくは曲がるべき道を一本間違えてしまったのであろうとシルヴィアは考えた。

 だがその引き返した道さえも誤っていたようで、進んだ先はやはり見た事もない景色。

 むしろ最初よりも大通りからは遠ざかり、住宅地の奥へ奥へと進んでいるようにも思える。



「こ……この歳になって迷子とか、洒落にならないだろ」



 再び戻り道を試すも、変わらず知らぬ場所に出るどころか、元いた場所にすら戻ることが叶わない。

 どうやら完全に迷ってしまったようで、その事実がシルヴィアを酷く情けない気持ちにさせた。


 周囲には人影一つなく、人に道を問うことすらできない。

 こっそりと見張っているであろう護衛役に道を尋ねるのも、如何なものであろうかと思う。

 なにせ基本的には人前に姿を晒さないのが鉄則の人物であり、このようなつまらない用事で呼び出しても、困らせてしまうだけであろう。


 シルヴィアも今では内面の年齢が二十代の半ばも過ぎ、一端の大人を自称している。

 迷子になったからといって、助けて欲しいと泣きつくのは流石に憚られた。



「せめて誰か…………ん?」



 どこかに通行人でもと辺りを見回していると、不意に路地の向こうに人影を見つける。

 助かったと思い少しだけ歩を向けると、そこに居たのは見知った顔であった。

 顔とは言うものの、正確にはその人物の身に着けた物だ。



「あれは確か……ドナートだったか?」



 細い路地の向こうに見えたのは、道幅を占有するかのような巨体に、上を向いた大きな牙。

 そして腰のベルトにぶら下げた、緻密な彫刻を施したメダル。

 顔の区別はつかない、だがおそらくはシルヴィアの住む屋敷へと、食品の納入をしに来たであろうオークの彼であった。


 そのドナートは、民家の裏口と思わしき扉の前で、顔だけを出している老婆と何事か談笑している。

 もっとも、一方的に親しげに話しかける老婆に対し、ただ頷いているだけではあるが。



『いつも済まないね、年寄りの一人暮らしじゃ買い物も一苦労でね』


『いえ、何か困ったらまた言ってください』



 漏れ聞こえるその会話から、ドナートが老婆の買い物を手伝ったのであろうというのは想像がつく。

 お礼代わりと思われる小さなお菓子を受け取るドナートは、どこか照れくさそうだ。


 少しすると別れの挨拶を告げ、小さく手を振り路地の奥へと去っていくドナート。

 ついその光景を呆然と眺めていたシルヴィアであったが、ハッとし後を追う。

 知り合いとまでは言えないまでも、運よく見かけた知った顔だ。

 道を尋ねるには好都合な相手であるのには違いない。


 ドナートを追いかけ、シルヴィアは小走りとなって追いかける。

 しかし体格に似合わず細い路地をどんどん進んでいくドナートは、次々と道を曲がり、幾度もシルヴィアの視界から消えてしまう。

 このままでは見失ってしまうと考えたシルヴィアは、声を出してドナートを呼ぼうとする。

 だがそう考えた時、不意に正面の視界が開く。



「……ここは?」



 シルヴィアが足を踏み入れた場所、そこは小さな広場とも言える場所であった。

 周囲には随分と大きな扉を持つ家々が隙間なく林立しており、外観は無骨なれどひたすら丈夫さを重視した造りと思われる。


 広場の中央では、竜種や熊に似た姿の獣人、ドナートと同じオークの子供たちが集まって遊んでいる。

 長閑ではあるものの、王都で圧倒的多数である人種の見当たらない光景に、シルヴィアはどこか違和感を感じずにはいられない。


 そんな広場の歩いていたドナートは、遊んでいる子供たちから呼び止められていた。



「ねえ兄ちゃん! いつもの見せてよ!」


「今日はあたしにくれるんだよね!? きのう約束したよ」



 数人の子供たちに取り囲まれたドナートは、周りを取り囲まれながら広場の隅へと移動する。

 そこには切株のような粗末な椅子に、いくつかの木片が置かれていた。



「わかったから、順番にね。アメデオにはこないだあげたから、今日はキアーラの番だよ」



 優しげな言葉で子供たちをあやしながら、ドカリと重く椅子へ腰かけ、置かれた木片を拾い上げる。

 するとドナートは腰のベルトに吊り下げていた小袋から、短く細い数本の棒を取り出す。

 よくよく見れば、その先端に金属片が埋め込まれており、シルヴィアの目には子供の頃使った彫刻刀のように見えた。



「あたしね、あたしね、お花がいい! 兄ちゃんのみたいにキレーなの」


「いいよ、お花だね。キアーラはどんなお花がいいのかな?」



 兄ちゃんというのは、ドナートのことであろう。

 シルヴィアはドナートが取り囲む子供たちから、随分と慕われているものだと感じた。


 ドナートは獣人の少女が望むものを聞きだしながら、その大きな手で小さな彫刻刀を握り、下書きもなく掘り始める。

 シルヴィアの位置からはよく見えないが、これといって躊躇する様子もないことから、日常的に行われている作業なのであろう。

 そこでシルヴィアは、ドナートの腰にぶら下げられていた、微細な彫刻の施されたメダルの正体に気付く。

 あれはドナート自身が彫ったものであったのだと。



「えー! 花なんかよりも剣にしようよ。騎士が持ってるようなカッコイイの!」


「やだよ、兄ちゃんのもってるのとおんなじがいいの!」


「ほら……二人とも喧嘩しないで。仲良く待てない子にはあげられないよ?」



 ドナートの柔らかな言葉を受け、子供たちは幼い喧嘩の矛先を収める。

 どうやら彼の作る装飾品をもらうというのが、子供たちにとって何よりの楽しみであるようだ。

 その微笑ましい光景を、シルヴィアはどこか懐かしい想いをしながら眺めていた。

 かつての自身も、祖父の作った竹とんぼを兄弟で取り合っていたものだと。



 声をかけるのも忘れ、ただ遠目に眺めていたシルヴィアであったが、不意に自身に向く一つの視線に気が付く。

 それはドナートの周りに集まっていた子供の一人で、獣人の特徴的な耳をピクピクとさせながら、興味深そうにシルヴィアを見つめていた。



「にんげんだ! ねぇねぇ兄ちゃん、にんげんが居るよ!」



 唐突に大きな声で叫ぶ獣人の少年。

 決してやましいことをしている訳ではないのだが、指さしながら叫ぶそれに、シルヴィアは若干の狼狽を隠せない。

 他の子供たちもドナートの手元から視線を離し、やれ珍しいだのなんで居るのかなどと、口々に騒ぎ立てる。



「ほら、そんなことを言ってはいけないよ。兄ちゃんが話してくるから、ここで待ってな」



 ドナートはそういって子供たちを小さく諌め、重そうに腰を上げると、シルヴィアのもとへとゆっくり歩み寄ってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ