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04

「お前の世界において、軍という存在にはどういった役割があった?」



 眼下の兵士たちを見下ろしながらされる、デルフィーナの唐突な質問に固まり、思考を巡らす。

 あちらの世界でのシルヴィアは、決してそういった方面に関心が在った訳でもないため、あまり活動の内容を把握しているとは言い難い。

 それでも報道などから得た記憶を探り、なんとか言葉へと替えていく。



「えっと、戦闘と……あとは災害救助とかでしょうか」


「随分と大雑把な答えだが、まあいいだろう。概ねそんなところだろうし、それはこちらでも似たようなものだ。では今答えた片方、戦闘がこちらの世界ではほとんど無いというのは聞いているか?」


「はい、来て最初に説明を……」



 その答えに、デルフィーナは上出来とばかりに頷く。

 これから話を進めるに当たって、前提となる話だったのであろう。



「ならば自然災害から民を護るだけが軍の役割かと言われれば、そんなことは決してない。そのためだけに、これだけの数を維持することは叶わんからな」



 勿論それも重要な役割ではあるが、と付け足す。

 シルヴィアはただ黙って聞くのみで、相槌さえも返さない。

 というよりも、そういった話が得意ではないため、声を出せぬだけではあった。



「他国という形ではないが、この世界でも一応敵と言えるモノは存在する。それに対する備えとして、常に一定数は維持しているのだ」


「敵……ですか?」


「正確には完全な敵とは言い切れぬものがあるが、場合によってはそう断じても良い」



 思いもかけぬ言葉につい問うたシルヴィアであったが、デルフィーナの言う所の敵という存在には思い至らない。

 他に国が存在せず、脅威となる魔物の類なども存在しない。

 そんな平和にも思える世界で、どういった敵が存在するというのか。



「わからぬか? 簡潔に答えを言ってしまえば、その一つは貴族だ」


「貴族ですか……? そういえば、時々謀反を起こす貴族もいるとアウグストが言っていたような……」


「なんだ、ちゃんと知っているではないか。その通り、馬鹿な真似を仕出かそうとする連中の気を削ぐためにある。比較的王都から目の届かぬ、遠方の地方貴族に多いのだが」



 いわゆる抑止効果であると言いたいのであろう。

 反乱を起こしてもすぐに鎮圧されてしまう戦力差であれば、そもそも蜂起しようなど考えもしない。

 この点に関してはシルヴィアも異論はなく、言わんとすることももっともであると感じていた。


 世界にただ一つの国家とて、一枚岩ではない。

 むしろ外に敵が居ないからこそ、内側には野心持って動く者が後を絶たないのであろう。



「実際にその効果は、それなりに得られているようであるな。数年前にも北方がゴタゴタしていたが、軍を動かすフリをするだけで大人しくなった」


「では本当に戦闘になることはないのですか?」


「そう言っても差し支えないであろうな」



 「見ろ」と言うデルフィーナの言葉に、シルヴィアは反応し再び下を覗きこむ。

 そこには先程と変わらず、列となった兵たちが足並みをそろえ、延々と行進を行っていた。

 肩には槍を抱え、重い鎧を着こんでいるためとても重そうに見える。



「彼らのほぼ全員が、これまで戦闘らしい戦闘を経験したこともあるまい。それに今やっている行軍訓練も、それが役に立つのは精々収穫祭での演習くらいだ」



 それでも必要である、とデルフィーナは言い切る。

 善からぬ野望を抱かせぬためにも、牽制できるだけの最低限の武力が必要であると。



「話し合いでは……解決できないのでしょうか」


「無論話し合いの場は設けるさ。軍を動かさず、会話だけで平和的に終わらせられれば、それに越したことはない。なにより金がかからんしな」



 だが、と続けるデルフィーナは、言葉だけでは不可能であると告げる。

 それでは悪意ある者をつけ上がらせるだけであると断じた。



「現実として最後にものをいうのは力だ。武力があるからこそ交渉の場で優位に立て、相手を黙らせられるという事実は覆せん。それはあちらの世界における政治でも、似たようなモノではないかな」



 力強き者が他者を屈服させるというのは、むしろ自然な形と言えるのかもしれない。

 植生にしろ、動物の群れにしろ、人の社会においてもそれは変わらない。

 過剰な暴力を用いたやり方は別にして、ある程度の秩序を保つにはとても効果的なのであろう。

 その人生の多くを日本で育ったシルヴィアにとっては、あまり馴染みなく素直に頷き難い話しではあったが。



「もっとも、いざ本当に戦闘に発展しそうな場合には、我らが密かに手を下すのであるがな」



 デルフィーナはカラカラと愉快そうに笑いながら言い放つ。

 我らというのは、デルフィーナが率いている軍の情報局を指しているのであろう。

 諜報機関であると説明されたそこではったが、裏ではそれなりに後ろ暗い行為を行っていると想像するのは、そう難しいことではない。

 軽く言い放つその様に、シルヴィアは眼前の人物が恐ろしい組織を束ねる長であるのだと、今更ながらに思い出していた。




 黙ったまま下を見下ろすと、視界の隅に数人、建物の影に隠れた場所で座り込み談笑する者の姿が映る。

 やはり集団ともなれば、ああいった小狡い真似をする者も出てくるのであろう。

 もっともそれはすぐさま見つかり、蹴飛ばされながら練兵場の外周を走らされる破目となっていた。


 違う方向へと目を向ければ、軍施設の正門へと近づく複数の馬車が見える。

 それは開けられた門から中へと入ると、建物の側面に横付けし、中に積まれた大量の荷物を下ろしていた。



「あれはここで使われる物資だな。食料や武器といった、軍を動かすに必要な物ばかりだ」



 当然そこに人が居る以上は食料が必要であり、軍として成り立つにはそれを成す武器が必要となる。

 その程度のことはシルヴィアにもわかるし、それを否定するつもりもない。

 ただ、これだけの大人数に対してそれをしようとなると、いったいどれだけの費用が要るのであろうかとも考える。



「軍が無くなれば……縮小されたとしても同じであろうが、軍と取引をする多くの者たちも困るであろうな。それで生計を立てる者も、決して少なくはない」


「ある種の景気対策としての側面を持っていると?」


「察しが良いではないか。特に収穫祭で行われる演習などでは、大量の物資を必要とするため多額の金銭が動く。農家以外の者にとっても、収穫の時期と言えるわけだ」



 シルヴィアが見た限りでも、演習場近くの丘では多数の出店や観覧客でごった返していた。

 多くの人たちは財布の紐を緩め、思い思いの品を派手に売り買いする。

 非日常の空間であるそこは、商売をする者にとってはさぞ垂涎の場であることだろう。




「それにもし仮に、抑止力としての軍が不要であるとしても、解体することはできんだろうな」


「と仰いますと?」


「単純に雇用の問題だ。数万に及ぶ兵たちを辞めさせても、次に行く場がない」



 その点に関して、シルヴィアもあまり強く言えない面がなくはない。

 長年兵士として生きてきた者たちをただ放り出しても、決して碌なことにはならないであろう。

 それこそ兵士や傭兵としての生き方しか知らぬ者たちが職にあぶれた結果、大量に野盗となるなど、歴史的にもそう珍しい話ではなかった。



「食糧や武器の購入費用などという次元ではない。彼らの食い扶持を確保するために、いったいどれだけの町や村を新しく整備せねばならぬのか。到底予算が足りぬよ」



 予算不足という頭の痛い現実は、どこにでも付いて回るようであった。

 実際にそれを行うことはないであろうが、そうなった場合に必要な額。

 それは今のままでは捻出しようという発想すら浮かばぬモノであると、デルフィーナは力説する。



「兵に限った話ではない、今の時点でも雇用が足りておらんのだ」


「そうなのですか? あまり自分は実感できていないのですが……」


「これでも徐々に人口は増えつつある。だがそれに対して、産業の拡大が追いついておらん。……お前たちが何かしら、向こうの技術でも伝えてくれれば、新しい雇用が生まれようものだが」



 チラリとシルヴィアを見るデルフィーナの視線は、何がしかの期待を込められているようにも見える。


 しかしそれをするのには抵抗があった。

 かつてシルヴィアが聞いた限りでは、ガラスや紙の製法を伝えた者は、生涯の長くを厳しい監視の下に置かれたとの話。

 その有用と思われる知識を欲した国によって。

 ある意味で今もそれは大して変わりはしないのだが、これ以上自由な行動を阻害されかねない状況へと、自ら飛び込む真似をする必要性もないであろう。



「であるにも関わらず、今の貴族共はそれを無視して放蕩三昧。兄たちはそれを諌めようともせん」



 デルフィーナの口調は、これまでとあまり変わりはしない。

 しかし僅かにだが、シルヴィアにはその声に、苛立ちや怒りといったマイナスの感情が混ざり始めたように思える。



「お前も見たであろう。処刑の場でさえただの娯楽としか捉えぬ、享楽に耽るばかりの為政者共を」



 デルフィーナの発したその言葉に、シルヴィアは自身の動悸が早まるのを感じる。

 以前に自身を攫った男が処刑される場へと、なぜかシルヴィアは招待されていた。

 その場で絞首刑によって死ぬまでの時間を賭けの対象とする、下劣な貴族たちや王太子の姿に、吐き気すら催したのは記憶へと焼き付いている。



 いつの間にかジッとシルヴィアの瞳を見つめるデルフィーナの姿に、一つの確信が芽生えた。

 あの場へと自身を招待したのは、この人物だったのであろうと。

 おそらくデルフィーナが嫌悪しているであろう、貴族たちの本性を見せんがために、ブランドンを通じて連れて行ったに違いないと。


 明確な根拠は何一つない。

 だがそのシルヴィアを見つめる瞳は、悠然とそれが真実であると語っているように思えてならなかった。



 本作序盤の修正を行いました。

 おおざっぱな修正内容としては、

・改行位置や場面切り替えの記号などを、今のやりかたに変更

・過剰すぎる設定説明をスリム化

・「属性と種族が云々」の部分を設定段階から削除

となっております。


 ですが基本的には、読み直していただく"必要性はない"程度の変更に留めています。

 なので、書いてる当人も忘れがちな死に設定であった、属性云々の部分だけがなくなったと考えて頂ければ問題ありません。

 ご迷惑をおかけしました。

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