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03


「……いったいどちらへ向かっておられるのですか?」


「どちらと言われてもな。お前が軍について問い、我は直に見た方が早いと言った。ならば行く先は軍の施設に決まっておろう」


「それは確かにそうなのですが……」



 連れ攫われるかのように押し込まれた馬車は、高宮区の更に上へと向け、ひたすらに登っていく。

 シルヴィアが住む、貴族や富裕層の住む上街区よりも、更に上へと在る高宮区。

 過去に一度か二度しか足を踏み入れた事のないそこは、行政の主要機関が密集する場所だ。

 王宮や、シルヴィアらの住む屋敷を管轄している内務府、そして軍。

 これらが集まる地域は、まさしく国の中枢と言っても過言ではない。



「とは言うものの、以前にお前を案内した情報局の拠点ではない。今向かっているのは、我等のような日陰者ではない、一般の軍人が利用する場所だ」



 自身を日陰者と言い放つデルフィーナ。

 だがある意味でそれは正しい。

 あまり表沙汰にはされない、国の暗部を担う部署であるとシルヴィアは聞いている。

 その権威の程はともかくとして、軍の中でも決して大手を振って歩ける立場ではないのであろう。

 むしろその存在を知らぬ軍人の方が多いと、以前にシルヴィアへと説明したのはデルフィーナその人であった。



「それで今回の馬車には目隠しが付いていないのですか」


「別に隠す必要のない場所であるからな。ちゃんと入口には看板も設置してあるぞ」



 前回、騙されて連れて行かれた情報局の施設へ向かう時には、馬車の窓に厚手の大きめなカーテンが引かれ、外が見えぬようになっていた。

 だが今回乗っているのは、前回とそう変わらぬ作りの馬車ではあるものの、その窓は普通に開け放たれている。

 重要性はともかくとして、これから向かう先は秘匿する必要のない、公とされた施設であるようだ。



「あの時気になって、カーテンを捲らなくて正解でした。見ていたら今頃どうなっていたことやら」



 唐突に表れたデルフィーナに動揺していたシルヴィアであったが、今ではそれなりに落ち着き、ちょっとした軽口を叩く余裕も生まれている。

 もちろん、デルフィーナがそういった言葉を許容でき、むしろ好む性格であるというのも理由ではあるが。



「うむ、場合によっては口を封じねばならんかったかもな。……いや、冗談だよ」


「本当ですか……?」


「無論だ。せいぜいが十日ほど監禁して、その間に拠点を引っ越すくらいだろう」



 カラカラと笑うデルフィーナに、少々引きつった笑みを浮かべるシルヴィア。

 どこまで冗談であるのかは知れないが、あまり突っ込んで聞くべき内容ではないのかもしれない。

 いざとなれば実際に手を下せる人物であるだけに、言葉の上ではともかくとして、行動はそれなりに自制するべきなのだろうと考える。



 そんな肝の冷えかねない会話を何度か繰り返すうちに、馬車はその進みを緩め、高宮区の一角で停止した。


 扉を空け放ち先に降りたデルフィーナが、シルヴィアをエスコートするかのように手を差し伸べる。

 本来は立場が逆ではないのかと思いながらもその手を取り、淑女よろしく馬車から降ろされた。



「さあ、付いて来たまえ」



 一方的に告げるデルフィーナの後ろを、文句もなく黙って歩く。

 馬車二台が悠々と通れるだけの門を潜った先で、シルヴィアはその威容に圧倒された。

 周囲を見渡せば、質実剛健を絵に描いたように、装飾もなくただ建材を組んだだけな剥き出しの巨大な建造物。

 華美な装飾は無駄であると言わんばかりの佇まいに、ここが軍の施設であるとの認識を強める。


 中に入ってもそれは変わらず、大きな石のタイルが整然と敷かれた廊下に、柱となる巨大な木材。

 途中で見かけた武器庫らしき部屋には、多数の槍が置かれていた。

 当然のことながら、銃器の類は見られない。




「これはこれは殿下。まさかこのような場所にお出でとは」



 しばし中を歩み進んでいると、正面から一人の男がやって来て、仰々しく一礼する。

 これといって鎧の類を身に着けているわけではないが、鍛えられたその体躯から、この男が軍人であるというのを察するのは容易であった。

 王族と知って直に声をかけるあたり、軍の中でもそれなりの地位に居る者なのであろう。



「王族の方が直々に来られるとは。先触れを出して頂ければ、お迎えに上がりましたのに」


「所用あってな。ところで、ここには城下を望める塔があったはずだが、そこを貸してもらえるかな?」


「それは勿論。ささ、ご案内いたします」



 男は非常に腰の低い態度で、案内を買って出た。

 先導する男の後ろを歩くデルフィーナが、歩調を合わせてシルヴィアの横に並ぶと、耳元で小さく呟く。



「こやつも含めほとんどの者は、我が軍に属しているのを知らん。上の一部以外はな」



 前を歩く男がデルフィーナに対し、同じ軍人に対するそれではなく、王族に対する態度で接していたのもそれが理由であるようだ。

 もし知っていたとしても、やはり同じ接し方であったかもしれないが。


 二人を……というよりも、デルフィーナを案内して。

 男は目的の場所へと向かう途中で幾度となく振り返り、足元への注意を促したり、喉が渇いていないかといったことを聞く。

 その度に当たり障りなくあしらうデルフィーナの口調には、凛とした涼しげな空気を纏う。

 しかし背後を歩くシルヴィアは、その背から面倒臭いと言わんばかりの、ダレた雰囲気を感じずにはいられない。

 薄々感じていた事ではあるが、眼前を歩く人物は王族として扱われるのを、決して好ましく思ってはいないようであった。



 広い施設内の廊下を歩き、少々骨の折れる長さの螺旋階段を登り。

 行きついた先は軍の施設内に造られた、見張りに使われているであろう塔の上。

 そこは敷地全体のみならず、眼下に広がる市街区。そして街の外、遠く丘の向こうまで見渡せる場所であった。



「案内ご苦労であった。もう下がってよいぞ」


「は……? か、かしこまりました」



 もう少し傍で媚を売ろうと考えたかどうかは定かでないが、男はデルフィーナの言葉を受け、渋々と階段を降りていく。

 ようやく姿を消したところで、デルフィーナはようやく人払いできたと言わんばかりにシルヴィアを見て、小さく肩を竦める。



「我も普段はここに来ることはほとんどないのだが。どうだ、良い景色であろう?」


「はい。素晴らしいです」



 シルヴィアは少々媚びた返答であっただろうかと思いはするものの、デルフィーナの側にはそれを気にした風はない。

 ただ素直に言葉通りの意味として受け取ってくれたようで、ホッと胸を撫で下ろす。



「あそこが、お前の攫われた場所だな。懐かしかろう?」



 伸ばされたデルフィーナの指の先。

 王都を取り囲む城壁の向こう、南側にある少しだけ小高い丘。

 昨年の秋、収穫祭で行われた軍の大演習を見学に行った時のことを、指して言っているのであろう。

 その時は開始を待つ間に歩き回っている時に、シルヴィアは天幕へと引きずり込まれ、そのまま略取されてしまった。


 それを思い出し、微かな苦笑いを浮かべる。

 その直後でデルフィーナは頭を下げ、自身の手抜かりであったと謝罪した。

 深く頭を下げるその姿に困惑し、頭を上げるよう懇願する。

 このような状況を誰かに見られでもしたら、それこそ一大事となるのは間違いない。

 そういった理由もあって、デルフィーナは人払いをしたのであろうけれども。




 頭を上げたデルフィーナに、塔から見える幾つかの施設について説明を受けていると、不意に複数の人の声が聞こえ始める。

 いったい何であろうかと思いシルヴィアが視線を巡らせると、塔の下に在る広大なスペースへと、大勢の人が姿を現し始めていた。



「ここは練兵場だ。これから訓練を始めるようだな」



 縁から下を覗きこみ観察していると、デルフィーナはそう告げ、シルヴィアの肩に手を置き共に覗き込んだ。

 自身の住む屋敷の敷地よりも遥かに広いと思えるその空間へと、次々と人が流れ込み、綺麗に整列していく。

 千や二千では足りないであろう集団の最前列に置かれた台の上で、上官と思わしき人物が声を張り上げ始める。

 身振り手振り交えて何事かを叫んでいるが、声の向きが反対であるためか、あるいは塔が高い位置にあるためか、シルヴィアらにその声は届かない。



「多いですね……」



 広い練兵場の半分近くを埋める兵士たちの光景に、感嘆の声を漏らす。

 街中を歩いていても、兵士たちの存在を見かけることは決して多くはない。

 秋の収穫祭における演習を見られなかったシルヴィアは、これだけの兵たちが集まっているのを見るのは初めてであった。

 しかしこれで全員ということはあるまい。

 その見逃した演習では、数万にも及ぶ数の兵たちが参加すると聞く。

 この場に集まっているのは、その中でもごく一部なのであろう。



「今ここに集まっているのは、王都近郊に配された正規軍の二割程度といったところか」


「これでも二割って……そんなに大勢、普段はどこに居るんですか……」


「ここからは見えんが、王都の東西南北には砦が在るからな。普段はそこに駐留している。それとは別に、大陸各地に地方軍が駐留しておる。……これでも我が幼少の頃よりは、ずっと減っているのだぞ?」



 僅かに苦笑しながら告げ、デルフィーナはその首を少しだけ傾げておどける。

 そこでここにシルヴィアを連れてきた、本来の目的を話すに丁度良いタイミングであると感じたのであろう。

 並んで行進を始めた兵士たちへと視線を向けながら、僅かに姿勢を正して口を開いた。

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