05
事前にトリシアからは、驚くかもしれないと告げられてはいた。
確かにその通りなのだろう。
だが驚くというよりは、愕然とする、あるいは驚愕するといった表現が正しいのかもしれない。
その男の姿に、雄喜はただただ口を開け立ち尽くすしかなかった。
強烈な恰好をしているわけではない。
至ってシンプルなカッターシャツ状の白い服に、厚手の長いパンツ。
だがとてつもない巨漢であるとの予想は正解だ。
その男は身の丈2m半ほどにも達し、はち切れんばかりの隆々とした肉体が服を押し上げている。
そんな異様な巨漢が、薄暗い小屋の中狭そうに若干背を丸めながら歩いていた。
そして雄喜と同じく、身体が変異している可能性……これもまた正解。
だが雄喜が大人の男から年若い少女に変異したのに対して、この男は――
現代の日本に住む若者であれば、見たことがあるという者は多いであろう。
ファンタジー色の強い漫画やアニメ、外国製の映画などにおける定番キャラクター。
あるいはモンスターと言っても差し支えのない存在であるドラゴン。
そのドラゴンの頭が、男の巨漢に据えられていた。
肉体は頭と同じく緑の皮膚に覆われ、おそらく本来の用途としては役に立たぬであろう、小ぶりな翼が背から生えている。
雄喜の変容も常識の範囲外であったが、この男のそれは雄喜の比ではない。
「この嬢ちゃんがジジイの後任か? 今度のは随分と可愛らしいのが来たもんだな」
「間違いはございません。あの方が亡くなられてからもう二十日近くが経ちますし」
「居なくなってみると早いもんだな……。了解だ、あとは俺に任せて仕事に戻っていいぜ」
「畏まりました。では何か御用がございましたらお呼び下さい」
丁寧に男と雄喜に礼をして、トリシアは小屋から出ていく。
雄喜がその後ろ姿に声掛けて呼びとめようとするも間に合わない。
会話についていけず唖然としていたため、咄嗟に聞こえるだけの声を出すのは叶わなかった。
扉が閉められ、竜頭の大男と二人きりにされたことにより、否応なく緊張は高まる。
「まずは自己紹介から始めるのが筋ってもんだわな。まぁとりあえず座りな」
部屋の中央に置かれた椅子を勧め、男自身はテーブルを挟んだ対面の椅子へと腰かける。
その巨体から比べれば、あまりにも小さな椅子がギシリと軋む。
雄喜の緊張を知ってか知らずか、軽い口調で男は自己紹介を始めた。
「俺の名前はアウグスト・ロイアーだ。こんな姿をしちゃいるが一応元は人間でな、お前さんと同じ日本人だ」
「は、はぁ……」
「んでこの姿はドラゴニア種っつってな、見ての通り人の体に竜の頭がくっついた種族だ。こっちに来た時には、気が付いたらこの身体になってやがった」
立て続けに説明されるも、混乱をしている雄喜には理解が追いつかない。
ゆっくり話して欲しいと願う雄喜の気持ちは、至極真っ当なものであっただろう。
外見に似合わぬ軽い口調と快活な調子によって、緊張は徐々に解けつつあるが。
「えっと、沢渡雄喜……です」
雄喜も自己紹介をしてから気が付く。
対面する男は、自身が日本人であると言った。
しかしアウグストと名乗ったその名前は、到底日本人のものであるとは思えないものだ。
ただこの場でそれを問い質しても詮無いことであろう。
とりあえずは聞き流し、話を進めてもらうべきなのだろうと判断する。
「ユウキだな。これからここでの事について説明をさせてもらう前に、いくつかお前さんにも質問に答えてもらいたい。……かまわないか?」
男の大きな眼をジッと見、頷く。
その反応に、アウグストと名乗った男は満足そうに口の端を持ち上げ笑顔を作った。
「上等だ。まずこの場所についてだが……さっきのメイドのお嬢ちゃんになんか聞いてるか?」
トリシアは最初、お世話をさせていただいているとは言っていたが、メイドであるとは一言も言っていなかった。
しかし認識として間違ってはいなかったようだ。
「ここがメイル……なんとかという街にある屋敷で、国に名前がないということは。あと他にも来てる人たちが居ると」
「メイルハウトだ。この国のド真ん中にある首都だな。この国に名前がついてねぇってのも本当だ。にわかには信じがたい話ではあるけどよ」
トリシアの話していた内容と差異はない。
確かに最初雄喜と話した時に、国の中央部にある首都であると説明をしていた。
「他の連中に関してはまぁ後で順を追って話すとして、お前さんはこの国がどこに存在してるかわかるか?」
「いや……名前も聞いたことがないし、そもそも世界に一つだけしかない国だなんて言われても……。ここが地球ではない別の星だと言われたほうが、納得できるというか」
雄喜の言葉にアウグストは腕を組み、その体格からすれば随分と小さな椅子の背もたれに身体を預けた。
「確かに、この国はこの世界に唯一存在する国で、だからこそ他と区別するための名前を持たねえ。それとお前さんの思った地球外の星であるって説だが…これはあながち大外れってもんでもない」
「……え?」
アウグストはテーブルに腕をつき、その巨体を乗り出して静かに告げた。
「ここは俺らの知る地球と呼ばれる世界じゃない。言ってしまえば異世界だ」




