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「申し訳ありません。俺ではお役に立てそうになくて」
「なに、気にする必要はない。そもそもがダメ元で聞いてみたにすぎないのだ。その女も肝心な部分を口にするほど、不用意ではなかったという事だろう」
しばし雑談混じりなデルフィーナの問いに答えながら、シルヴィアは襲われた時のことを思い出そうとしていた。
しかし首を捻り記憶を探るも、これといって有益な情報は出てこない。
シルヴィアの記憶に残っていなかったのではなく、単純にそういった情報を聞いていないだけなので、どうしようもない。
また一連の騒動で眠る間もなく、神経をすり減らしている状態では、それも期待できぬ状況ではあったが。
「残念ではあるが仕方がない。また地道に情報を集めるか」
それは問うた本人も、ある程度察してはいたのであろう。
そう言って肩を竦めるデルフィーナの様子からは、残念だと言う言葉程の無念さは感じられない。
本当にダメで元々といった程度の感覚で呼んだのであろう。
「個人的にはまだ話したい事は山ほどあるが……今日のところはこんなものだろう。いずれまた会う機会もあるであろうしな。中尉、彼を屋敷までお送りしてくれ」
話したい事があるとは言うが、用件は以上であるとばかりに切り上げ、ジーナへとシルヴィアを送るよう指示を出す。
その口角を上げて笑む様子からは、どこか悪戯めいたものを感じさせ、『いずれまた会う』という言葉への信憑性を感じさせるものであった。
「断りも無く連れてきてすまなかった。この償いは何らかの形でさせてもらう」
デルフィーナの謝罪を聞き、ジーナに先導されて部屋から出ようとした時。
ふと先ほど言われた言葉を思い出して振り向き問うた。
「そういえば、直接会って話す理由の二つ目をお聞きしていませんでしたが……。お教え願えますか?」
実際のところ、ここで話した内容程度であれば、ブランドンかジーナを通じて聞けばそれで済む。
それでもあえて、組織の頂点であるデルフィーナが出て来た理由について、シルヴィアは疑問を抱えていた。
それに、いずれまた顔を会わせるであろう可能性についても気にはなる。
どこか厄介事の気配を感じ、覚悟しておく為にという目的も込めて問う事にしたのだった。
「……個人的な興味、としか言いようがないな」
「俺にですか?」
「そうだ。君の奥底に抱えたモノ、心の内。それに触れてみたいのさ」
デルフィーナの言う言葉の意味が、シルヴィアには理解ができない。
興味というからには、その人となりを知り、親交を深めようという意図が含まれているのであろう。
しかし目の前に立つ人物からは、それとは異なる感情を感じられた。
「我は君の先代ともそれなりに交遊を持っていた。その彼に教えてもらった、召喚者に関する共通項。それに興味がある」
「共通項……」
「『召喚者は皆、何がしかの深い悲しみや絶望、後悔を抱えて逃げ込んだ先がこの世界である』それが彼の口癖だった。幼い頃より彼からその言葉を聞かされてきた我は、いつかその深淵に触れてみたいと願い続けてきたのだよ」
話す最中ずっとシルヴィアの瞳を凝視する。
その言葉に真実味を持たせんとするかのように、瞳の奥に灯る光の色を掘り起こそうとする重い視線。
それはどこか加虐的であり、薄ら寒い気配を感じさせる。
視線を受けたシルヴィアは、冷たいモノが背筋を這うかの如き感覚を抱く。
「それはまた……」
「趣味が悪い、だろう? そ奴にも以前同じ言葉を言われたよ」
と言って、直立するブランドンを横目で指してカラカラと笑う。
その笑う様子からは、今しがたの空気は感じられない。
「あとはそうだな、個人的に仲良くなっておいて、後々何かあった時に助けてもらおうという腹積もりだ」
「俺が何かできるとは思えませんが……」
「そうとも限らんぞ。あまり実感はないだろうが、君はそれなりの領地を持った子爵家の当主なのだ。気が向けば遊びに行くやもしれん」
「その際には精一杯デルフィーナ様をおもてなしさせて頂きます。俺も行ったことはありませんが」
存在感の強い相手に圧されぬよう抵抗せんがために、デルフィーナの軽口に対して極力調子を合わせる。
それなりに会話のやり取りを堪能したのか、若干の満足を得たようにも見えるデルフィーナは、軽く手を振りながらシルヴィアを見送った。
▽
自身の前を歩くジーナの後ろに着き、少しだけゆっくりとした足取りで元来た通路を戻る。
外の明りが一切入り込まぬこの通路では、今が夕方なのか、それとも深夜となっているのかさえ知りようがない。
ここに移る前、騎士団の詰所を出た時点では、まだ昼頃であった。
しかしそこから移動し、ここでの会話を終わらせるまでにどれだけの時間が経過したのか。
それを感覚的に捉えることすら、疲労の色が滲むシルヴィアには難しくなっていた。
先導するジーナはただひたすら無言。
これまでであれば、気を使ってか何がしかの話題を振ってくれていたのだが、今はその様子すらない。
単純に今は適当な話題を持たぬだけなのか。
あるいは正体を知られた今となっては、親しい振りをする必要がなくなったが故であろうか。
「ですけど、まさかジーナ先生が護衛をしてくれていたなんて、想像もしていませんでした」
碌な明りすらない通路を進むことへの不安に駆られ、そして沈黙にも耐え兼ねて。
どことなく落ち着かない気にさせられたシルヴィアは、無言で前を歩くジーナへと会話を試みた。
呼んだその名が本当のものであるという保証はない。
むしろこれまでシルヴィアが触れてきた、映画や小説といった創作物において、そういった者が名乗る名は概して偽られたものであった。
それが理由であるかは定かでないが、発した言葉への反応はない。
「でも実際に習ったのが役に立ちましたよ。先生の訓練がなかったら、逃げ出す前にやられていたでしょうから」
話題を作ろうと告げるその言葉に嘘はない。
短剣を使って切り結ぶような状況とはならなかったが、武器を手にしているというだけである程度の牽制にはなっていたはずだ。
それに、少しだけ習ったクロスボウよって、僅かながらも一矢報えたとも言える。
多少の意を決して再び投げかけたシルヴィアの言葉に、ジーナは多少なりと思う所があったのか。
歩を止め、振り返り問うた。
「お怒りには……ならないのですか?」
屋内ではあるが冬の寒さに冷え切った通路に、小さくも少しだけ上擦った声が響く。
それが職務上致し方ない行動であったとはいえ、ジーナにとってシルヴィアは、自身を師として見てくれていた相手だ。
現実として、シルヴィアを裏切った形となってしまっている。
ある程度は自身に対して怒りの矛先を向けられるのも、致し方がないと考えていたようであった。
「……そりゃ、多少気に食わない面はありますけどね。護衛だなんて言ってはいても、半分監視されてるわけですから」
監視されているというのは、なにもシルヴィアの被害妄想によるものではなかった。
召喚者たちは、自らが利用され行動を阻害されるのを嫌い、その持つ知識を開示したがらない。
とはいえそれはこの世界に置いて、幾万幾億の価値を秘めた財宝ともなる源泉だ。
利用できぬまでも、せめて善からぬ企みをする者たちに渡らぬように護衛と監視を行う。
それは先ほど雑談の中で、デルフィーナの口から語られた内容であった。
「ではどうしてそこまで平然と……?」
「……単純な話ですよ。ある程度普通に会話でもしていないと、こっちの気が参ってしまいそうなんです」
「……申し訳ありませんでした。結果として騙していましたので、私からお声をかけるのも不愉快かと思いまして……」
激しい動揺を表に出してはいないシルヴィアであったが、その実は多大なストレスに晒されていた。
自身の立場などどうとでもしてしまえる、遥か高位に位置する権力者。
暴力と凶器、身を抉る傷に流れる血。そして信じていた人たちは、自身を監視する存在であったという事実。
それらを一度に垣間見たシルヴィアにとって、平常に近い会話を試みるというのは、ある種の逃避行動でもあった。
「総監の言葉ではありませんが、この償いは必ず。局としてだけではなく、個人的にも」
償いの機会を求めるジーナと、それに対する返答に困るシルヴィア。
とはいえ求められた償いについて良案もなく、苦慮する。
「別にそこまでは求めませんけど……。そういえば、ジーナ先生はこれからも俺の護衛をしてくれるんですか?」
これといって責めもせず。かといってそれを償いの代わりとして求めもせず、ただ問う。
外見はともかく、中身は成人を迎えた男性であるシルヴィアにとっては、多少情けない問いであるようにも思えた。
しかし教団に略取された時に引き続き、昨夜再び命の危険に晒されてしまった後となっては、そのようなことも言ってはいられない。
またいずれこの身が危険な目に遭うように思えてしまい、戦うには頼りない身体である以上、それは無理からぬものであった。
「私からは何とも。実際私は貴方の護衛に失敗しましたので、それなりの責任を負う必要はあります」
「そう……ですか……」
「ですがご安心ください。少なくとも誰かが護衛を引き継ぎますし、あの方は私などよりもずっとお強いので」
シルヴィアを不安にさせぬよう考えたのか、極力安心させようとするかのように安全を強調する。
あの方というのが、執事として入り込んでいるブランドンを指しているというのは、容易に想像がつく。
「さあ、お疲れでしょう。お屋敷にお連れしますので、こちらに。今回起こった件については、後日経過をご報告しますので」
無理に話を切り上げるジーナの言葉に、不承不承ながらも首を縦に振り、再び後ろを歩く。
シルヴィアにはその後ろ姿が、悲痛に染まっているように見えてならなかった。
pvが3万となりました。
ジワジワと増えていくのに喜びを感じる昨今です。




