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09

 正体不明の女の前へと躍り出た、全身をローブとフードで覆い隠した影。ジーナは自身の油断に歯噛みする思いであった。

 シルヴィアを監視する男たちの姿が消え、何がしかの事態が動いた可能性は悟っていた。だが直接的な行動に出るにしても、もう少し後であろうと考えていたのだ。

 以前にも自身の油断から、護衛対象が攫われるのを止められなかった。その反省を活かそうとしていただけに、続けざまの失態で自身に対する苛立ちを否定できない。


 事が済んだら一定の責任は取らねばならないだろう。何せ同じ護衛対象を二度も危険な目に遭わせてしまったのだから。

 だがその前に……。

 ジーナは片手に小さな投擲ナイフ、もう片手に黒塗りのククリを構え、対峙する。

 まずはこの相手を制圧し、その目的や正体を暴く必要性があった。



「テメーなにもんだ。折角楽しい狩りを満喫してたってのによ」



 女が酷く物騒な物言いをするのを耳にしながらも、その実内容そのものをジーナは聞いてはいなかった。

 ただ考えていたのは、如何に眼の前に立つ人物かを無力化し、生かしたまま捕らえるか。そしてそれが自身の実力で可能かどうか。

 答えるだけの余裕がないという訳ではなく、ただその発言にさしたる意味が含まれてはいないだろうと感じたため無視していた。



「無視かよ。気に食わねぇな、人から話しかけられたら答えろってママに教わんかなったのか」



 女がそう言い終わるのが早いか、僅かにぶら下げた腕が動くのを目視すると、ジーナはククリを手にした側の足を一歩下げ半身をずらす。

 直後ずらして空いた部分へと何かしらの物体が、風切音をまき散らして通り過ぎていく。

 そのままジーナの横を通り過ぎ、裏路地の壁へと突き刺さったそれは、先程シルヴィアの脚を突いた黒く細い棒だ。

 月明かりが辛うじて当たるといった程度でしかないこの裏路地で、紙一重での回避に成功したのも、ひとえに対峙する相手へと集中していたからに他ならない。

 おそらくは女の言葉へと反応していたならば、避けられなかっただろう。



「意外とやるじゃねえか。ド素人のお嬢ちゃんよりは面白そうだ」



 愉快そうにクツクツと笑う女の姿を見ながら、ジーナは警戒心を高める。

 ジーナは一般の兵士以上には腕に覚えはあるものの、あくまでも一般兵士よりは上といった程度の実力でしかない。それはジーナに限らず、一部の者を除けば同じく情報局に所属する者の多くがそうであった。

 不意打ちなどの奇襲や複数人で取り囲んでの戦い方であればともかく、決して真正面から一対一での切り合いを得意とする類の者たちではない。

 自身がシルヴィアに指導した逃げる為の戦い方は、それこそ軍の情報局に所属する者が真っ先に教わる戦い方そのものだった。

 白兵戦で強さを発揮するような者は軍の中でも異なる舞台で活躍するか、端から軍ではなく騎士団へと入る。軍の情報局に所属する者は、そのような状況に置かれぬよう立ち回ることこそ本領となる。

 故に相手の力量を見極めるといった能力にも長けていなければならず、それによってジーナが下した対峙する相手の評価は、自身よりもずっと強いであろうというものだった。


 真正面から対抗してもまず勝ち目はない。

 最善は目の前の人物を拘束することではある。それが叶わないようであれば、シルヴィアが助けを求めた頃合いを見計らい、自身も離脱するというのが無難であった。

 とりあえずは多少の時間が稼げればそれでよい。

 まず間違いなく助けを求めるのは、この先に在る騎士団で師団長を務める男の家であることは予想がついている。

 この時間であればおそらく既に帰宅しており、自身や目の前に立つ女など到底及びもつかぬ武力を誇る偉丈夫に任せておけば問題はない。そう考えた。



「可能であれば、貴様等の正体と彼女を狙っていた理由について教えてもらえると有り難いのだがな」


「ようやく口を開きやがったか、このむっつり野郎」



 ジーナの低くゆっくりとした問いかけに、追手の女は酷く品の無い言葉を以て返す。

 月明かりの下で見える至って平凡な街娘然とした顔に反し、その粗野とも言える言葉からは凶暴性が滲み出る。



「随分と暴力的な輩だな。何も丁寧な言葉を使えとまでは言わないが、少しくらいは落ち着いた物言いをしても良さそうなものを」


「なにスカしたこと言ってやがんだ、てめえは。こっちは折角の玩具を横取りされてムカついてんだよ。代わりに相手してくれんのか」


「わたしがか? 御免こうむりたい。あまり戦いは得意な方ではなくてね」


「戦う気がねえんならどきな。それとも世間話の相手にでもなってくれんのか?」



 意外にも挑発に乗ってくるのか、女はジーナのゆったりとした言葉に反応を示す。

 このままある程度の時間稼ぎが出来れば、運が良ければ騎士団の者なり同僚なりが気付いてくれる場合もある。それだけシルヴィアや自身が無事でいられる可能性は高くなるはずであった。

 しかしその意図に気付いたか否かは定かでないものの、流石にそこまで待つ気は追手の女にはなかったようだ。

 下卑た笑みを浮かべながら、僅かに湾曲した短刀の刃先をジーナへと向ける。



「そんじゃ適当に刻んでから追いかけるとすっか。てめえは前菜代わり――」



 流石にこれ以上の時間稼ぎは不可能であると悟り、ジーナは相手が言い終わるのを待つのが早いか、隠し持っていた投擲ナイフを放った。

 黒く染められたそのナイフは、銀光瞬くこともなく迫り女へと肉薄する。

 しかし軌道を察知することが困難であるはずのそれを、身体を捻りながら間一髪で短刀により叩き落とした。

 投げた位置は完璧。軌道も読めようはずもなく、不意打ちにも成功していた。しかし結果として避けられたという事実は、ジーナにとって数少ない敵を打ち倒す手段の一つが失われたのを意味する。



「危ねぇ……。思ったよりも面白そうじゃねえか。お上品な戦いをする騎士様とはえらい違いだ」



 先程投げられたナイフを叩き落とした短刀の先端を弄びながら、ゆっくりとジーナへ向けて歩を進める。

 もう同じ手は使えない。普通のゴロツキ相手ならば何度でも使える手ではあろうが、目の前に迫る追手の女がそうそう何度も同じ手が通用する相手であるとは、ジーナには思えなかった。

 他にもいくつか奥の手とも言える手段は持ち合わせているが、どれも不意を打たなければ大した効果は得られないものばかり。

 ではあるが、必要な時にすぐ使えるようにしておく必要がある。すぐ取り出せるよう、ジーナは身体を覆うローブの裏に設えたポケットのボタンを外した。



 その動作を新たな攻撃に移る動きと見たのか、女は手にした棒状の武器をジーナへと放ると、自身もそれを追うように一直線に駆る。

 ジーナは投げられたそれを避けるため、そして距離を取るために斜め後方へと飛び退ると、すぐ真横を数本の物体が通過していくのを感じた。

 狭い裏路地の壁へとぶつかりそうになりながらも、強引に体勢を整え投擲ナイフを放つ。

 猛然と迫りくる女は、黒く塗られたそれが見えているかのように易々と短刀で切り払い、恍惚とした表情のまま短刀を腰だめに構えて突進してきた。



「そんなもんあたしには通用しねえんだよ!」



 品位の欠片すら感じない言葉と、まるでチンピラそのものといった短刀の構え。それらを冷静に見定めながら、ローブの内側に吊るした袋の一つを掴む。

 それを迫る敵へと軽く放ると、先程と同じように再び短刀で払われる。と同時に袋は裂け、中から白い粉が噴き出した。

 何のことはない、中身はただの小麦粉だ。ただそれも多少なりと気を逸らすだけの効果は得られたようで、視界を遮られ目に入ろうとする小麦粉から顔を背け、手で払う動きを見せた。


 すかさずジーナは手にした黒塗りのククリで、突きを繰り出す。

 しかしその攻撃は予想されていたのだろうか。口の端をニヤリと上げ、手にした短刀を下から振り上げるようにし、突いたククリを払い上げる。

 その衝撃にジーナは仰け反るが、同時に左足を女の顔へと向けて繰り出す。

 だが辛うじてそれも察知したのだろう、頭を狙った蹴りが首を捻り回避されたと知ると、再びジーナは後方へと飛び退り女から距離を取った。

 蹴りを繰り出した足に履かれたブーツの先端から、僅かに赤い物が滴るのを月明かりが映し出す。



「クソが……潰すぞテメェ……」



 悪態付くその顔には二筋の傷が奔り、内一筋からは顔を染めるほどの血が流れていた。

 ジーナが履くブーツの先端に仕込まれた刃物が顔を切り裂いたのだ。

 もう一方の既に血が止まった傷は、先ほどシルヴィアが放ったクロスボウの矢によって付けられたものであろう。

 追手の女にとっては、ジーナから受けた攻撃の数々は予想外の抵抗であったのだろう。これまで余裕を見せていた女の目が、赤く血走っている。

 これで奥の手を一つ消費した。上手くすれば視力を奪うだけの効果が期待できると考えていたジーナであったが、そうは上手くはいかない。

 負わせた傷は見た目よりもずっと浅く、ただ相手の戦意を強めるだけの結果に終わっている。



「弱りましたね……もうわたしには打つ手がありません。正直今すぐにでも逃げ出したいのですが」


「逃がすわけがねえだろ、あのガキ共々バラしてやるよ」


「あのガキ? ガキというのは、先ほど逃げたエルフの少女のことで?」


「ったりめぇだろ、何言ってやがんだテメェは!」



 吠える女の言葉に、ジーナから僅かに満足気な気配が漂う。

 その様子に触発されたのであろうか、女は血に濡れた顔を憤怒の形相に染め、地を蹴って迫りくる。

 迎え撃つべく再び黒塗りのククリを逆手に握り締め、もう一方の手を後ろに回して腰を落とす。

 当てるというよりも、牽制目的で振るわれたククリは宙を切り、迫りくる女から三度距離を取るべく後方へと飛ぶ。

 何度も繰り返したその動きにも慣れたのだろう。女は速度を緩めることなく追い縋り、ギラつく短刀を握りしめたままジーナへと肉薄した。


 懸命に回避を続けるが、短刀の刃先が小さくローブを、腕を切り裂く。

 若干動きの鈍るジーナに好機を見出したのか、女が憤怒から恍惚へと表情を移し、ジーナの胸元へと短刀を突き立てようと腕を伸ばす。

 その時、足元から強烈な紅い光と音が湧き起こった。


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