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07

何時の間にやらPVが2万に達していました。更新速度の遅くなっている本作ですが、今後ともよろしくお願いします。

 面倒臭い。女はそう思い始めていた。

 いや、思い始めていたというのは正確ではないのだろう、最初からずっと面倒であると思っていたのだから。


 廃屋の中で行われた取引の現場へと運悪く出くわしてしまった少女を、確かに女は自らの手で始末したはずであった。

 声を発せぬよう口を押え、手にした短刀で華奢な胸を一突き。

 野良猫を追いかけて迷い込んだと思われる不運な少女は、自身がどうしてそのような目に遭ったのかを理解する間も無かっただろう。

 その後は取引現場から少し外れた路上に遺棄し、通り魔の犯行の様に見せかけた。自身の配下である男の一人を使い、そういった性的嗜好を持った犯人であるかのように見せるため、少々猥雑な行為も行わせた。


 その後遺棄した少女が通行人によって発見され、騎士や近隣住民の目に触れることになったが、女の下に疑いの目が向くことはなかった。

 殺した少女の姉と思われる女が、少女の亡骸に縋って泣きわめくのを見ながら、これで後顧の憂いはないだろうと考えていた。どうせ判りはしないと。


 だがある時、久しく使っていなかった取引場所の一つへと足を運んだ時に、気になる人物を見かける。

 自身が以前殺害した少女の姉と思われる女。その女と共に行動している一人の娘だ。

 それとなく聞こえてきた会話から、二人が姉妹として接しているのはすぐに理解した。他にも家族が居たのだろうと一瞬思ったが、一応は配下の者を使って、殺害した少女に関する情報もある程度は収集している。少女は姉との二人家族であるはずだったのに。

 それにどうやら妹の方は種族からして違うというのが見て取れる。


 事情は呑み込めないものの、もしも自分たちに繋がるものをその娘が知っているのであれば。そう考え万が一の可能性を考えて報告はしておいた。

 だが今のところ上からは静観するように指示されている。事態が定かでないうちは、動かないのが無難であろうと。



「チッ……。サッサと始末すれば楽だろうが」



 クラリッサの家を望む場所に立つ空家の一つに空いた窓の影。

 その女は吹き込む冬の冷たい空気の中、夜闇と部屋の暗がりに紛れるかのように監視を続けながら呟く。


 女は平々凡々とした容姿に似合わず、その内面は実に好戦的であった。好戦的と言うよりは、猟奇的と表すべきなのだろうか。

 障害があれば殺害して排除する。面倒な輩が居れば殺してしまえば楽。そんな思考を当然のように持ち合わせている。

 当然堅気の一生が送れるような性質ではなく、自然と裏社会の一員として過ごすようになっていたような人物だ。



「大人しくしてろとは言われてるが……面倒臭え」



 服の下に隠し持った短刀の先端を弄りながら独り呟く。

 女が持つ凶暴な気性を知る上の人間は自制を求めてきている。ただ自らが監視という面倒な役目から解放されるための手段として、対象の殺害という行為はこの女にとって強く魅力的なモノに映ってきている。



「そうだろ……脅威かもしれないんだ。バレずにやっちまえば全て解決じゃないか」



 ニタリと笑みを溢した女は、短刀を握る手とそれを弄る指先に若干の力を込めた。

 刃先に触れる指先からはツウと細く血が流れ、寒い室内に合って僅かに指先が熱を持つ。だが女は気にした風もなく自身の考えに陶酔する。

 上の意向など関係ない。これは必要な行為なのだ、仕方がないと。

 低く、くつくつと笑い始める女は、どんな手段で排除してやろうかと妄想を始めていた。





 日付も変わり物音ひとつ聞こえない深夜。シルヴィアはベッドに横になり天井を見上げていた。

 置かれた枕から固い感触が頭部に伝わるのをシルヴィアは感じる。ジーナからの警告により準備した短剣を、クラリッサにバレぬよう枕の下へと忍ばせているからだ。


 少しだけ寝苦しくなり、寝返りをうって横を向くとすぐ隣にもう一台のベッドが有り、そこではクラリッサが眠っている。

 その寝顔を見ながらシルヴィアは考える。もしや外に居ると思われる不審な人物とやらは、また自分を狙って来た者なのではないだろうかと。

 前回自身を狙った教団は、そのほとんどが投獄、あるいは散り散りになって組織としての体を成していない状態であると説明を受けていた。

 首謀者である司教は既に処刑され、僅かに残った者もシルヴィアを狙う理由は既にない。

 しかし端くれとはいえ貴族であるのに変わりはなく、貴族として考えれば僅かではあるが、一般人からすれば大金を保有しているのは事実。

 善からぬ企みをして近づこうとする者が居る可能性は常に在った。


 もしや自身の被る騒動にクラリッサを巻き込んでしまっているのではないだろうか。そんな考えが、ジーナから忠告を受けて以降ずっとシルヴィアの頭からは離れずにいた。



「……はぁ」



 このままではいつまで経っても眠れないだろうと思い、身体を起こしてベッドから降りる。

 立ち上がったシルヴィアは、普段ならば決して着ることがないであろう丈の長い、裾にフリルの付いた寝間着を着ている。

 クラリッサの家に泊まるようになって以降着ている寝間着なのだが、カリーナが自宅ではこういった服装を好んで着ていたためそれに倣っただけだ。

 とはいえ本来の自室では下着のみで眠っているシルヴィアは、あまりこの恰好を好ましく思ってはいなかった。当然元が男であるというのに起因する理由ではあるのだが。



 既に暖炉の火は落ち、冷たい外気により室内の熱が奪われ寒々としている。

 寝る前に温めた空気はほぼ残っておらず、その下がり続ける室温に一瞬だけ逡巡したシルヴィアであったが、多少なりと沈んだ感情を洗い流してくれるであろう、夜風に当たりたいという欲求が強かった。

 無いよりはマシであろうと適当に置いてあったストールを肩に回し、クラリッサを起こさぬよう忍び歩きで玄関を目指す。



「こんなのが続いたら身が持たねえな……」



 以前の騒動からまだそれほど月日が経っているとは言い難い。そこからまた厄介毎に巻き込まれようとしている。

 今回は半ば自ら飛び込んだとはいえ、得体の知れない脅威に晒されている状態はシルヴィアに酷くストレスとして圧し掛かる。

 今のところ胃が痛むという程ではないものの、この状態が長く続くのは決して良くはないであろうことは自覚しているようであった。


 玄関へと向かう前に水を求めて台所で一口、水瓶に張られている冷え切った水を口にして寒さに身震いする。



 それから台所を抜け玄関へと行こうとリビングを通った時、シルヴィアは違和感を覚えた。

 室内に漂う想像よりもぐっと冷たい冷気。風鈴を彷彿とさせるかのように窓へと掛けてある小さなチャイムは僅かに揺れ、いつも卓上に置いてあるクラリッサ愛用の小さなメモ帳は捲れている。


 直感的に悟った。この窓は今しがた開かれたのだろうと。

 鍵は締めたはずであるのに誰が……と、そう思う間もなく、背筋をゾクリとしたものが走る。

 シルヴィアはジーナとの訓練の中で繰り返しこう諭され続けた、戦いの場では存外直感が役に立つものだと。

 それが身に着いたのか否かは定かではないが、本能的なものに従って反射で身を投げ出し、転がりながらも台所へと突っ込んだのは正解だったのだろう。

 先程まで立っていた場所を、一筋の銀光が疾る。


 勢いよく転がりテーブルへとぶつかって止まると、すかさず元いた場所へと視線を向ける。

 向けた視線の先、玄関へと通じるリビングに立つ一人の女の姿が、切り裂かれて宙を舞う自身の灰色をした髪越しに見えた。


 ゆっくりと体を向きを変え、視線を向けるその女の眼はどこまでも冷たい。それに反して口元はどこか愉快気で、狂気に染まっているかのようにも見える。

 その顔を見てシルヴィアは瞬時に理解した。この女は自分を殺そうとしている、そしてそれを迷いなく実行できる人間なのだと。



「避ける……とは思っていなかったな。極力殺気を抑えていたつもりだったんだけどよ」



 若干感心したような口ぶりで語る。だがその様子は変わった相手を称えるというよりも、偶然出来の良い玩具を見つけたとでも言わんばかりの様子だ。

 それを聞きながら、シルヴィアは自身の迂闊さを後悔し始めていた。

 少し外の空気に触れる程度ならば問題ないであろうと、無意識に思い込んでいた。せめてあの時短剣を寝間着の下に忍ばせていればと。

 シルヴィアは、おそらく自身の力量では到底敵わぬ相手であろうと予想する。しかし、せめて誰かが異常を察して様子を見に来てくれるまでの時間は稼げた可能性も、僅かながら有るかもしれない。


 結局クラリッサを自身のトラブルに巻き込んでしまったという想いに支配され始めた時、女の口から漏れた言葉に疑問を抱く。



「テメーが誰かは知らんが、とりあえずは念の為だ。大人しく……とは言わんが始末されてくれねえか」



 そのどこか軽い口調にも違和感を覚えたが、それ以上に女が今まさに殺害しようとしている相手が誰であるかを認識していないという点に、シルヴィアは疑問を持った。

 貴族としてのシルヴィアを狙ってきた訳ではなく、何がしかの理由により「念の為」殺害しようとしている。



「……俺を殺そうとする理由くらい教えてくれてもいいんじゃないか?」



 僅かに震える声で、必死に声を張り上げて問いかける。

 どうして自分自身が狙われているのかを知りたいという理由と、少しでも大きな声を出し誰かに気付いてもらいたいという思惑からだ。

 誰かが気付けば、それだけ他者を巻き込んでしまう可能性は高くなるものの、今のシルヴィアにはそれを気に掛けるだけの余裕はない。



「それを知っても意味はないんじゃないか」


「ケチ臭いこと言わずに教えてくれよ……手向け代わりにでも」



 問いかけながら、じわりじわりと、尻餅をついたような状態のまま後ろへと下がる。

 その様子に女は気付いているはずであったが、大した抵抗など出来ないと踏んでいるのだろう、これといって動きを止めさせるような素振りは見せずにいた。

 興が乗ったのかそれとも退屈しのぎ程度に考えているのか、女は意外にもシルヴィアの問いかけに対し答えるという選択をしたようだ。



「手向け代わりか……まあいいさ。お前がこの家に住む女に妹と呼ばれていたのが理由だよ」


「どういうことだ?」


「この家に住む末の娘が色々と都合の悪いものを見たのでな、わたしが始末した。だが死んだはずの娘に代わりお前がこの家にやって来た。お前が誰かは知らんが何かを知っている可能性もあるだろ? そういうことだ」



 女は自分がカリーナを殺害した犯人である、と事もなげに言い放った。。

 それまでシルヴィアはカリーナが通り魔により殺害されたのだと聞き、それを信じていた。しかし事実はそれとは異なり、カリーナは運悪く見てはならないものを目撃したが故に、口封じで殺害されたという事実に衝撃を受ける。

 そしてまたこの女は、何かを知っている「かもしれない」シルヴィアをも手に掛けようとしているのだと。

 部屋の掃除ついでに、花瓶の水が腐っているかもしれないから替えておこうとでも言っているかのような。その軽い口調により恐怖感を煽られる。



「……残念だったな、俺は何も知らないよ」


「それならそれで構わねえよ。どちらにせよ死んではもらうがな」



 そう言い、手にした短刀を見せ、恐怖を塗りたくるようにゆっくりとシルヴィアに向けて歩を進め始める。

 腰を着けたまま後ずさり、壁沿いの食器棚へと追いつめられこれ以上は下がれない。しかしシルヴィアは歪ながら小さく口元に笑みを浮かべて棚の取っ手へと手を掛けた。

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