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ソウシツストーリア  作者: フライング時計
かわるモノ
6/95

03

 コンコンコンッ


 乾いたノックの音が部屋中に響き渡る。

 雄喜はベッドの縁に手を掛けたまま固まり、扉を凝視することしかできない。


 ドッドッドッドッドッ


 ノックに続き、雄喜には重い振動のような音が聞こえてくる。

 それが雄喜自身の鼓動であるというのは、すぐさま理解が及ぶ。

 そして再び響くノックの音。


 状況の一切が把握できず、得体の知れぬ場所に放り込まれた身には、ただそれすらも恐怖を感じるに十分足り得るものであった。

 いったい誰がその扉の向こうへと居るのか。

 それすら想像が及ばず、ただただ雄喜は警戒に身を強張らせる。




「失礼いたします」



 緊張する雄喜へ向けて、扉から聞こえてきたのは女性の声であった。

 日本語だ。

 それだけで幾分か警戒心が解けてしまうのは、日本人の性なのであろうか。

 少なくとも意志の疎通ができる相手である事に、僅かな安堵を感じる。


 声の主は雄喜の返答を待つこともなく、ゆっくりと扉を開け部屋へと姿を現した。


 その人物は、やはり声から察した通りの女性だ。

 しかしその姿は日本人であるようには見えない。

 ゆるく結われた長い三つ編みは、染色されたとは思えぬ自然な金色をしている。

 白いブラウスに膝下丈の黒いハイウエストのスカートをはいており、そのモノトーンの出で立ちがよく似合っていた。

 二十代の前半くらいであろうか、穏やかそうな表情を浮かべる顔だちは彫りが深い。

 先程聞こえた丁寧な日本語から受ける印象とは、大きく乖離しているように思えてならなかった。



「お目覚めになられたようですね」



 容姿に似合わぬ流暢な日本語で語りかける。

 もっとも昨今では、日本人以上に完璧な日本語を解する外国人も珍しくはなくなってきているだけに、特別驚くような状況ではないのかもしれない。


 柔和な笑顔を向けながらテーブルに歩み寄ると、手に持ったトレーを置き上に載せた布を広げる。

 それは今雄喜が着ている物とは意匠こそ異なるものの、同じく白のワンピースだ。

 そして幅広のストール。

 よく見ればトレーの上にはまだもう一枚白い布が残っている。

 随分と小さい布ではあるがハンカチという訳ではないだろう。ハンカチは三角形ではなく四角のはずだ。



「着替えを持って参りました。お召し替え下さい」



 言葉の通じる相手が現れたからか、それとも広い部屋に一人ではなくなったからなのか。

 はたまた薄布一枚しか纏わぬ状況から僅かに脱せそうであるからか。

 いずれにしても雄喜はいくらか緊張を解くことができ、その来訪者に対して質問を投げかける余裕が生まれていた。



「……あの、ちょっと聞きたいんですが?」


「どうぞ、なんなりと」


「ここはいったいドコなんです……?」



 まずは何よりも、それを知らなければならないのは確かなのだろう。

 今現在の雄喜が置かれた状況と、現在地の把握。

 得体のしれぬこの姿でそれが可能かはともかく、もし万が一ここから場合に逃げ出すとした場合、これを知ると知らぬでは大きな違いがあるように思えた。


 だが、その目論みはアッサリと打ち砕かれることになる。



「ここは王国の中央部、首都メイルハウトの上街区に建てられた、内務府保有のお屋敷でございます」


「メイルハ……なんだって?」



 まったく聞いたことがない街の名に、どう反応を返してよいものか。

 首都ともなれば、一度はその名を耳にした経験のある場合が多いものだが、雄喜の記憶には、その名に該当する都市は思い当たらなかった。

 欧州辺りにある小国か、それともミクロネーションの類か。



「メイルハウト、でございます」


「その……国の名前は?」


「ございません」



 アッサリと信じられないことを口にする女性は、その穏やかな表情を崩す様子もない。

 しかし国に名前が存在しないなど、にわかに信じれるものではない。

 そもそも国に名がなければどうやって他国と区別をしていけばいいのか。

 そんな雄喜の困惑を知ってか知らずか、続けて女性はここまでで最も信じられぬ言葉を吐く。



「世界にただ一つの国家ですので、名は不要かと思われます」



 雄喜は思う。

 ああ、自分はこの女性にからかわれているのだと。

 不安に身を縮め困惑する姿を見て、嘲笑っているのだと。


 雄喜は少しだけ、自身が苛立ち始めているのを感じる。

 俺を馬鹿にしているのだろうかと。


 しかし相手の声や表情には、雄喜を嘲る気配は微塵も感じられない。

 からかわれているのではないとするならば、この女性は本気でそれを言っているのだろうか。

 だとすればこの発言は、何がしかの抽象的な意味を持たされているのか、それとも特定の思想に基づいたものなのか。



「信用して頂けないであろうことは、十分承知しております。他の皆様も最初は同様の反応をなさいました」



 若干イラつきを覚え始めていた雄喜は、一瞬その言葉を聞き流そうとする。

 しかし女性が告げた言葉の中に、気になる節があるのに気が付いた。

 "他の皆様"と。それはつまり……



「俺の他にも居るんですか!?」



 雄喜は詰め寄り、自身の目線とほぼ同じ高さに位置する女性の両肩を掴む。

 ここに居るのは自分だけではない。

 この身のように、異常とも言える変異を遂げたかどうかは定かではない。

 しかし同じ境遇に置かれているであろう他者の存在は、雄喜に微かな安堵をもたらした。

 元の場所に戻るための手掛かりになるかもしれないその人たちと、どうにかして話ができないものかと。



「その人たちはどこに!? 無事なのか? 教えてくれ!」



 両肩を掴み揺さぶりながら問い詰める。

 だが他の者達も雄喜と同じように問い詰めたのであろうか。

 女性は平静を保ち、落ち着くよう宥める言葉を掛け続け、続けて告げる。



「それにつきましては、この後で然るべき方から説明をして頂けると思います。私がお教えするよりはよろしいかと」


「会わせてもらえるのか?」


「はい、ご案内いたします。ですがその前にお召し替えを。その恰好でお連れするわけには参りませんので」


「わかり……ました」



 ここは大人しく従っておいた方が良いのであろう。

 逆らった結果どうにかされるといった雰囲気ではないが、今の雄喜は自身で行動を決めていける状況にはない。

 とりあえずは言われるがままになるしかなかった。



「申し遅れました。私は当屋敷で皆様のお世話をさせていただいている、トリシアと申します。以後お見知り置きを」



 そう言って、右の手を軽く胸に当て礼をする。

 当人には決して他意はないのだろう。

 だが雄喜には、トリシアと名乗った女性の言う、"以後"の部分に酷く嫌な予感を感じずにはいられなかった。






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