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05


 夕刻。昼過ぎまで外を歩き回って帰宅し、ゆっくりとお茶を飲み、その後で夕食の準備を始めた。

 シルヴィア自身はまともに料理ができないため、せめてこれくらいはと茶の準備だけは買って出た。

 今は帰る道中に買った花を花瓶へと活けている。


 台所に立ち野菜を刻むクラリッサは沈んだ空気を纏っていた。その様子はどこか困惑をしているようにも見える。

 気付かれたのであろうかと考えるも、それにしては変わらずシルヴィアへと自身の妹として接し続けている。ならばどうしたというのか、昼食時からずっとこの様子だ。

 少々気を付けておかなければならないのだろう、そうシルヴィアは考えていた。


 食事の最中は静かなものであった。これまでの息つく暇もないほどに会話をしていた食卓とは大違いに。

 時折カチャリとした食器を打つ音のみが食卓に響き。その度にクラリッサが一瞬だけ自身へと目をやるのに気付く。



「どうしたの姉さん? さっきから何だか変だよ?」



 その言葉にビクリと反応すると、隠しきれぬ動揺を抱えたまま誤魔化そうとする。



「ううん、なんでもないの……本当に。カリーナは気にしなくても大丈夫よ」



 声には必至さが表れる。やはり何がしかの要因により、気づいているのかもしれない。面と向かう相手が自身の妹とは別人であることに。

 ただそれを認めたくないがために自分を誤魔化しているようにも見える。

 だが、もしもバレていたならばそれはそれで構わないと考えていた。

 現実へと目を向ける良い機会だ。しっかりと騙していたことを謝罪してそれからのことは後で考えればいいのだと。





 クラリッサと共に外出をした翌日。朝食を終えてシルヴィアが一人片づけをしていると、玄関の扉を叩く音が聞こえてきた。

 忘れ物でもしてクラリッサが戻って来たのかと思い玄関を開けると、そこに立っていたのはシルヴィアが見知った顔であった。



「……ジーナ先生?」


「お久しぶりですね、シルヴィアさん」



 訪ねて来たのはシルヴィアの護身の師匠とも言える女性であった。意外な人物の訪問にシルヴィアは唖然とする。



「ど……どうしてここに?」


「少々時間ができたのでたまには顔を出そうと思いまして。お邪魔してもよろしいですか?」


「あ、はい。どうぞ」



 少しの動揺をしながら、家の中へと案内する。実際には自身の家ではないので招くというのもどうかと思いはしたが、ついつい言われるがまま行動してしまう。

 中へ案内し、リビングに置かれた椅子を勧めるとジーナは礼をして着席した。

 何か飲み物でもと思い希望を聞くが、ジーナはお構いなくと言った。



「最初は稽古を付けようとお屋敷に行ったんですけれど。ご不在だったので諦めて帰ろうとしたところでブランドンさんに事情を教えて頂きまして」


「ああ、それでですか」


「面倒事に巻き込まれてしまったようですね」



 巻き込まれた、と言われれば確かにその通りなのだろう。だが半分以上は自ら首を突っ込んでしまったため、シルヴィアはその言葉に対して苦笑いを浮かべるしかなかった。

 ジーナとの訓練はこの身体では厳しいものの、シルヴィアにとっては数少ない元の世界での選手時代を思い出させるものであったため、そこまで嫌いではなかった。

 むしろ若干楽しみにしていた節もある。だが今ここで訓練を受けるというのも些か躊躇われた。



「すみませんジーナ先生。折角来て頂いたのですが、ここで訓練というのはちょっと……」


「ああ、いえ。大変な時期ですので、なにも今訓練をしようと思って来たのではないですよ。あくまで顔見せだけですので」



 そう言ってジーナはクスクスと笑う。

 その言葉にシルヴィアは若干安堵した。クラリッサに元気な姿を見せる目的があるとはいえ、戦闘の訓練などという物を見られてしまっては刺激が強すぎると思ったからだ。

 安堵する様子のシルヴィアを見て、ジーナはそれまでの笑顔を治めて声を落とし、少々不穏な話を切り出す。



「ところで話は変わるのですが……」


「はい? 何でしょうか」


「実はここに来る道中、というよりもこの家の付近でですが。どうにも怪しい輩を見かけまして……」


「……怪しい輩、ですか?」



 それまでの明るく朗らかな様子から一変。他には聞かれたくないかのように声を低くする。

 その様子に緊張を覚えた。あまり意識する機会はないが、ジーナは軍人だ。こういった空気感を出すような事態である可能性にシルヴィアは身を震わす。



「目的はわかりませんが、この近辺にある家を狙う様な様子が見られます。用心されるに越したことはないかと」



 告げられた言葉に息を呑む。またもや自身が何者かに狙われているかもしれない恐怖心と、クラリッサを巻き込んでしまうのではないかという焦りに襲われた。



「どうすれば……いいのでしょうか」


「私の方から騎士団には巡回を増やすよう要請しておきます。あとはいざという時に逃げる先を確保しておくべきでしょうね。下手に撃退しようなどとは考えないのが無難でしょう」



 訓練を受けたとはいえ、自身がそこまで強くなれているとはシルヴィア自身思ってはいなかった。

 それこそ逃げ出す隙を窺うために牽制するのが精々で、とてもではないが打ち負かすだけの実力や、戦いを本職とする人たちのような胆力を備えてはいない。

 もしも不審者たちの狙いが自分であったならば、逃げる為に何がしかの備えをしておくべきなのだろうと考える。



「あまり気にし過ぎてもいけませんが、頭には置いておいてください」


「は……はい」



 ジーナは忠告だけすると、そこからは二人でベルナデッタの家へと移動して顔合わせをし、本来するつもりであったという世間話に興じた。とはいえ話す内容は、今現在シルヴィアの置かれた状況というか、クラリッサについてではあったが。

 一応はベルナデッタにも不審者の存在については知らせておいた。もし万が一の事態になった場合には、ここに逃げ込む可能性もあると。

 ここが騎士団で師団長を務める男の家であるというのは、この近辺では周知の事実だ。

 不審者たちがそれを知っていなければどうしようもないが、知っていれば二の足を踏むだろうという思惑もある。目的がこの家であったならばどうしようもないが。





 そこからさらに2日。今のところ近隣の家々が何かしらの被害を被ったという話は聞かない。

 とりあえずは普段から上着の下に護身用の短剣を持ち、クラリッサの家にはベルナデッタから借りたクロスボウを隠してはいるのだが、ありがたいことに今のところは出番がない。


 クラリッサの様子はさして変わらない。ただどうにも名前を呼ばれる回数が増えたようであるとシルヴィアは感じていた。



「カリーナ……」


「どうしたの? 姉さん」


「ううん、何でもないの、ちょっと呼んでみただけ」



 用があるというよりも、まるで名前を呼ぶことそのものが目的であるかのようだ。

 名を口に出すことによって、目の前にいる存在が確かにカリーナであると思い込もうとしているかのように。

 本物の妹とは異なる細々とした点が、違和感を積み重ねていっているのだろう。

 目の前に立つ人物が妹とは似ても似つかぬ別人であるということを、気付いているのだろうかとも考えるが、確証は持てない。

 互いに一言も口には出さず、仲の良い姉妹という関係を互いにロールプレイしているかのように、シルヴィアには思えていた。

 そろそろ頃合いなのだろうか、と考える。


 自らそれを受け入れてくれればそれで良い。だがいつまでもシルヴィアとて妹を演じ続ける訳にはいかず、いつかは終わらせなければならない時が来る。

 自分自身の意思で了承したこととはいえ、シルヴィアはそれを告げるのは躊躇われた。

 妹の存在が危ういバランスの上に成り立っている精神の均衡を、自身の告白で崩してしまったら。と考えると、なかなかに踏ん切りがつかない。



「姉さん、お茶淹れるけど飲む?」


「ええそうね……頂こうかしら」



 目の前に危ういクラリッサが居て、外には不審な存在がある。この状況は、シルヴィアに酷くストレスを感じさせた。

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