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01

話しの矛盾点やらを改善するための計画を立てるもなかなかうまくいかない今日この頃。


 娘はその一日の仕事を終え、我が家へと帰宅した。

 帰宅するや否や身体を休めるのも後回しに、いそいそと前掛けを着け、帰宅途中に買って帰った野菜や肉を手に台所へと向かう。


 自分一人だけであれば、疲れから食事など後回しにも出来ようし、あるいは通りにある出店で買って帰っても良い。

 だが娘には、少しだけ歳の離れた妹が居た。

 病気がちという程ではないが、あまり体が丈夫ではなく、激しい運動のできない子だ。

 普段の娘は、早くに他界した両親から受け継いだ事業を安定させるため、日中は街中を歩き回っており、妹の相手をしてやれない。


 昼間は妹に寂しい思いをさせてしまうが、これも仕方のないこと。

 自身と妹だけではない、両親が残した事業に関わってくれている人たちの生活もが、娘の肩にはかかっているのだから。

 それならばせめて朝と夕の食事くらいは一緒に過ごそうと、毎日懸命に仕事を片付け我が家へと帰っていた。

 毎日働きづめではあるが、朝夕の食卓で最愛の妹が笑顔を向けてくれさえすれば、娘は頑張れる。

 かかる苦労も、それほどには苦とも思えない。


 妹と他者のために日々奔走する自分自身は、これといった相手を見つけぬまま仕事に明け暮れ、歳を取っていくのであろう。

 娘はそう漠然と考えていた。

 だがそれでもいい、妹を立派に育てて送り出すことができれば。

 きっとそれは姉が妹に対して抱く想いではなく、母が我が子に対して抱くそれに近いのであろう。

 しかしその娘は、それこそが自身の幸せであると確信していたのだ。




「ごめんねカリーナ、遅くなって。お腹すいたでしょ? 今からごはん作っちゃうね」



「そうだ、こないだカリーナが美味しいって言ってたパンのお店あったでしょ? 帰りにまだ売ってたから買ってきちゃった」



「え? 大丈夫だよ、今日はお仕事も上手くいったし。いつもカリーナが家の留守を引き受けてくれるから安心してられる」



「カリーナはそんなこと心配しなくてもいいんだよ。それに姉さん、今すっごく幸せなんだから!」



 蝋燭の明りが煌々と灯るリビング。

 その娘は、自身の対面に座る一つの影に向け、楽しそうに笑いかけていた。





 3258年 冬



 冬の真っ只中。

 外は朝日を浴び気温も上がりつつあるが、それでも寒気は容赦なく吹き付けてくる。

 もっとも屋敷の中は、何がしかの魔力を用いているのであろうか。

 その空気は暖かく、適度な湿度を保ち快適そのものだ。


 その屋敷内で、朝食後のシルヴィア、食堂隅に置かれた布張りのソファーでくつろいでいた。

 それは最近市街区へ出かけた時に、自身が家具店で見つけた掘り出し物。

 ほぼ毎日のように、食後はこれへと身体を預け堕落を貪っている。


 だがあまりにもダラけた姿勢をしていると、二人の使用人から辛辣な説教を受けるのは間違いない。

 なので最近はそう見えないよう、姿勢を保ちながらもソファーへと身を預ける術を身に着け始めていた。

 最近ではバルトロの素行に対して苦言を呈すどころか、シルヴィア自身も自堕落な生活をしていしまっている。

 人に対してとやかく言える立場ではないのであろう。



「シルヴィア様、おくつろぎになられているところ、申し訳ありません」



 食事の片づけを終えたであろうトリシアが、傍に寄り声をかける。

 よほどだらけていない限り、普段であればくつろいでいる時にあまり干渉せず放っておいてくれるのだが、珍しいこともあるものだ。

 なにかあったのであろうかと、暖かい空気に眠気を覚え始めた頭を振り起こす。



「ん。どうかした?」


「すみません、シルヴィア様にお客様がお見えになっています」


「俺に客……?」



 一人称は未だに治っていない。

 秋の一件以降しばらく放置していたブランドンも、冬に入ってしばらくしてから再教育とばかりに改善に乗り出したのだが、なかなかに成果は上がっていない。

 もっとも所用で外に出た時など、人前ではそれなりに使い分けれているようなので、あまりしつこくは言ってこなくなっていた。



「はい、ベルナデッタ様のお屋敷にいる執事の方です」


「ベルナデッタさんの執事というと……あの女性の方だよね?」



 この世界に来てすぐに、一度だけ顔を合わせた相手を思い出す。

 これといってその女性執事と親交があるわけではないので、おそらくはベルナデッタからの使いであろう。



「お会いになられますか?」


「ああ、もちろん。どこに行けばいいかな?」


「応接室にお通ししていますのでそちらで」



 あまり待たせてはいけないと、急ぎ応接室へと向かう。

 食堂からはそれほど離れた場所ではないが、早足に向かいながら手櫛で適当に髪を整える。

 応接室の前にたどり着き、入る前に服の乱れを整え扉を開けると、室内には前回会った時とまったく変わらぬ、黒い揃いのタキシードを纏った人物が直立して待っていた。

 上着を持っているようには見えない。外はさぞかし寒いであろうに。



「すみません、お待たせして」


「いえ、こちらこそお忙しい中、急に押しかけてしまい申し訳ございません」



 執事は丁寧に腰を折り謝罪の言葉を述べる。

 忙しい中という言葉に、シルヴィアは少しだけ目が泳ぐ。

 先ほどまで食後すぐに寝ようとしていただなどとは、とても言えるものではない。



「ところで今日はどういったご用件で?」



 その格好や固い口調がそう感じさせるのであろうか。

 シルヴィアは執事という存在は、どこか似たような空気を持っているものなのであろうかと思いながら問う。



「はい、本日はベルナデッタ様からの言伝を預かってまいりました」





 シルヴィアは綿と木綿で作られた分厚いコートを着込み、外気に冷やされた冷たい石畳の上を歩く。

 寒さを避けるための帽子は、丁度冬に適した物を持っていなかったため、初めて市街区へ出かけた時に買わされたキャスケットをかぶる。


 今は執事の訪問を受けて要件を聞き、ベルナデッタの家へと向かう途中。

 話を聞けば、どうせ冬場用の外出着もまともに買っていないであろうから、自分の古着を使ってくれといった内容であった。


 確かにその通りだ。

 シルヴィアは以前からあまり服装に頓着しない部類であったため、市街区へと出かけてもあまり服を買うという行為をとらない。

 秋にはゴタゴタしていたというのもあって、結局冬用のものを用意しないままであった。

 屋敷内で過ごす分にはトリシアが用意してくれているものがあったため、これといって必要性を感じてはいなかったのだが。

 だが想像以上にこの世界での冬は寒く、ベルナデッタの申し出はシルヴィアにとって渡りに船。

 ありがたく申し出を受け、自らそれを受け取りに行く途中であった。



 それにしても、道中の会話があまり続かない。

 執事はシルヴィアからの質問に対し、必要な返答を淡々と返すのみであるため、話が膨らんでいかなかった。

 自ら話しかけるのは、立場上憚られると考えているのかもしれない。



「そういえばスズさんはこち……この辺りでは珍しい名前ですよね」



 シルヴィアは危うく、「こちらの世界では」と言いそうになる。

 スズというのは、自身の前を歩く女性執事の名前だ。

 欧米的な名前が主となるこちらの世界では少々珍しい、どこか日本的な響きの漂う名前。

 当然のようにそれが気になり、どこかで聞こうとは考えていた。



「そうですね、あまりない名前であるとは思います。父の故郷で使われている名前をつけてもらいました」


「ああ、父親の。どのあたりのご出身なんですか?」



 少しは話を広げられそうだと感じ、突っ込んで聞いてみる。

 この世界の地理に関して決して詳しいとは言えないものの、それでもよいだろう。

 できれば沈黙したまま歩き続けるのは避けたいと考えていた。

 スズは周囲に人の気配が少ないのを確認し、小声で答える。



「父は……シルヴィア様たちと同じ国の出身になります」


「え……同じって……」


「はい、私の父は皆様と同じく日本から来たのです」



 返ってきた答えは意外なものであった。

 だが言われてみれば、その黒髪や黒目などは、どこか日本人的な容姿に見えなくはない。

 あちらでの肉体を置いて来ているので、日本人としての遺伝子を残すことはないはずなのだが。



「私の父は、ベルナデッタ様の先代に当たります。本来ならば私はそれを知る立場にはないのですが、お仕えするに当たってベルナデッタ様は、事情を全て話してくださいました」



 ベルナデッタの先代として召喚された人物。

 ということは、既にスズの父親は故人なのであろう。

 申し訳ないことを聞いてしまったのではないだろうかと思い謝るが、スズは「もう吹っ切れていますのでお気になさらず」と、その口元を微かに緩め応えた。


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