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 係の者へと、屋敷の住人たち全員が舞踏会へは不参加であると伝えたブランドンは、シルヴィアの待つ小部屋へ戻ろうと歩を進める。


 歩く廊下には誰も居らず、そこは不思議なほどの静けさを湛えていた。

 だが唐突に、正面から一人の人物が歩いてくるのが見える。

 その人物と数歩の距離まで近づくと、お互いに止まり、ブランドンは腰を曲げ丁寧な礼をする。



「久しぶりではないか。どうしたのだ、長く顔も見せてはおらぬが」


「申し訳ありません、なにぶん執事としての職務が多忙を極めておりまして。それにお忙しい中でお時間を取らせるのも申し訳なく……」



 深い赤茶の髪を短く整えたその人物は、カラカラと笑うと、からかう様な素振りをする。



「そのようなお為ごかしは要らんよ。どうせ貴様は我にからかわれるのが面倒で、会おうとせなんだのだろう?」


「いえ、決してそのような事は」


「まぁ良い。少々時間をもらうぞ」



 その人物、情報局局長であるデルフィーナは、適当に近くにある部屋を見繕い入って行く。

 後ろについて入室したブランドンは扉を閉めると、ソファーへと腰かけた相手に対し、今度は腰を曲げた礼ではなく右手を胸に当てる敬礼を取った。



「お久しぶりであります、局長」


「ああ、半年ぶりか。本来ならば先日の一軒が片付いた後すぐにでも、呼び出そうとは思っていたのだがな」



 情報局の構成員たちは、各所の機関や組織に潜入し情報を集め、或いは要人の監視や警護を行うのが主な任務となる。

 召喚された者たちが集まる屋敷もその対象であり、そこへと派遣されているのがブランドンであった。



「なかなかに執事の姿が板についているではないか」


「恐縮です。ですがこの役目に就いて十年以上にはなりますので」


「そうであったな。我がここに来た翌々年からであったか。局に入ったばかりであった我へのしごきの如き訓練、覚えておるぞ」



 デルフィーナは困り顔をするブランドンを見て笑う。

 その様子を見て、ブランドンはデルフィーナが情報局へと入った当初を思い出す。

 デルフィーナがブランドンの部下であった頃は、もっと素直な娘のはずであった。

 王族であると知ってはいたが、当人たっての希望により、他の構成員達と同様に、むしろそれ以上の苛烈な訓練を課した。

 だが今では自身の上に立ち、部下たちを所構わずからかう様をブランドンは少々苦手としていた。

 立派になったものだと思いはしているのだが。




「それでだ、どうせ貴様の事だ、我に問いたい事でもあるのだろう? その為に人払いをしたのだ、何なりと聞くとよい」



 廊下に人の影さえも見えなかったのは、意図的に人を遠ざけていただめであったようだ。

 ブランドンは、やはりという思いを抱きながら畏まり問いかける。



「では失礼して。何故局長……いえ、殿下はシルヴィア様を処刑の場に呼ばれたのでしょうか」


「既に順調に回復して、普段通りの生活に戻っていると治癒師らから聞いているが?」


「私はお遊びが過ぎると申しているのです」



 その言葉には若干の怒気がこもる。

 護衛と監視を兼ねた存在ではあるものの、実際には執事として仕える相手であるという側面が強い。

 故にブランドンは、仕える主に対する感情に近いモノが芽生えているのを自覚していた。



「遊び、という類のものではない。ただ我はあの者に、現実を受け入れてもらおうと考えてな」


「現実と申しますと?」


「こちらよりも遥かに進んだ文明や技術を持つとされている異界。そことの違いをだよ。それは早い方が良いであろう? その好機だということだ、この場はな」



 デルフィーナが言わんとしていることは若干難解なれど、ブランドンも多少は理解できた。

 そもそもシルヴィア自身がある程度自覚をしていたのだ、元の世界での思考に引きずられていると自ら口にしていたように。



「あの者は見たのであろう? 処刑を見世物として興奮に耽る低劣な貴族どもを。そのような連中から人気を得ようと煽る、矮小な次期国王を」


「……はい」


「これがこの国、そしてこの世界を支配する者たち本来の姿だ。そして自身もその中に属す貴族となってしまったのだと、彼は知らねばならん」



 あの光景はシルヴィアに、貴族や王族という存在を軽蔑させるに十分たるものであっただろう、そうブランドンは考えた。

 元来あまり王族や高官たちに対し、良い感情を抱いてはいないであろう事には気づいていた。

 それが更に悪化したであろうことは、先ほどの様子からよく解る。




「それを知らしめてどうしようというのですか」


「そうだな……理由の一つとしてだが、我は仲間が欲しいのだよ」


「仲間?」


「いざという時、我を支持してくれる者は多い方が良いであろう?」



 いざという時。それが幾つか存在する可能性の内どれかを示しているのかは定かではない。

 だが王位を得るに至らなかった王族に名を連ねる者には、脈絡と受け継がれた一つの責務が存在する。

 もし王が国を乱すようであれば、軍を率いて討つという役割が。

 デルフィーナは自身の代で、それが起る可能性を考えているのかもしれなかった。



「不穏な話ですな」


「あくまでも気構えと万が一の場合に備えた準備だよ。そうならないのが理想ではある」


「ですが支持するにしても、あの方の威光は弱くありませぬか?」


「まあ弱いだろうな。その地位にあるとはいえ、辺境の小さな領しか持たぬ泡沫貴族だ。今回の一軒で多少存在感は出たやもしれぬが……。異界の知識や技術でも提供させれば、存在感や価値も増えるであろうが。だがそうなればあの品位に乏しい兄に、横から無理に奪われるだけだな」


「ではなぜ……」



 もし仮にシルヴィアを身内に取り込めたとしても、地盤も弱く発言力に乏しい名ばかりの子爵。

 そこまで有用ではないであろう。



「やはり最大の理由は興味だな」


「興味ですか?」


「私はあの者が内に抱えたものを見たいのだよ。あの者の前任者である、今は亡きエイラス老から聞き出した話なのだが、召喚に応えた者たちは皆必ず、何がしかの強い後悔や絶望を抱えているという事だ。我はそれを知りたい、あの者の心からそれを抉り出してみたいのだ」


「……趣味の悪いことで」


「そうであろう? 正直我もこの点に関しては、貴族共を見下げることはできんよ」



 そう言って笑い、デルフィーナは立ち上がると用は済んだとばかりに扉へと向かっていく。



「では近いうちに、今回の報告書を纏めて提出してくれ。……そうだ、中尉が言っておったぞ。貴様は会うたびに姿が異なるせいで、大尉であると気付きにくいとな。今回は腰の曲がった老人に変装しておったそうだな」


「それは褒め言葉として受け取っておきます」


「褒めているのだよ、実際にな。正直我もどれが本当の姿なのか判断しかねる。今の姿が本来の貴様なのかも疑っているくらいだ」



 そう言い残し去っていく。

 一人部屋に残されたブランドンは、早くシルヴィアの下へ戻らなくてはと思い直し自身も部屋から出ていこうとすると、直後背後にある窓から鳴り響く鐘の音が聞こえた。

 いつもよりも数倍長く鳴り続けるそれへ向けて振り返る。

 その長い鐘は、暦上における季節の移り変わりを表すもの。


 収穫祭も終わり寒さは更に深みを増していく。

 暦の上では、冬の訪れが告げられたようであった。

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