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16


「それで少佐、司教からは何か聞き出せたのか?」


「いえ、申し訳ありません。今現在の所はなにも」



 情報局の構成員たちが司教を拘束してから二日。

 意識を取り戻した司教に対し、休む間もなく尋問が行われたが、これといった収穫は得られていない。



「少々手荒な手段も取りましたが、これといって有益な情報は得られておりません」


「少々で済んでいるのか?」


「……だいぶ、と訂正しておきます。致し方がないでしょうな」



 局長はやれやれとばかりに肩をすくめる。

 手荒な手段と言い表されたが、それが様々な手段による拷問であることは確かだ。

 局長自身もそれを咎める気は毛頭なく、必要な情報を得るためであれば同じことを躊躇なくするであろうと自覚していた。



「ですがこれといった、背後関係があって起こされた事案ではないようですな。全ては司教の暴走によって引き起こされた模様です」


「カミッロ以外に協力者の存在は?」


「それも今のところはなにも。……それと」


「ああ、連中が神判の聖水と呼ぶ薬品だな」


「はい、司教はその出所について、神から授かったとの一点張りですな」



 局長と呼ばれた女は、この事件がただの盲信的狂信者が引き起こした事件であるだけならば、然程大事にはならないであろうと考えていた。

 さっさと然るべき担当者に引き渡し、簡易的な裁判によって処刑なりなんなりすればいいと。

 だが構成員たちが遭遇した敵や、騎士団に潜り込ませた構成員から報告された情報は、別の価値を持ち始めている。

 報告された信者たちの様子は異常そのものであり、今ではそうなった原因についてが、より重要度の高い懸案事項となっていた。

 そこで得られた情報をかき集め、精査した末に辿り着いたのが、その""神判の聖水""と称される薬品の存在であった。



「背後に誰も居ないのであれば、司教などどうでもよい。だがあれだけは出所を明らかにせねばならん」


「仰る通りです、大々的に製造をする組織が存在しては事ですからな」


「カミッロは……あれは知らんだろうな、一応は聞いてみるが」


「そのカミッロ元副長ですが、最初は軍閥貴族連中が喚いておりました。ですがカミッロの罪状や、裏で行っていた不正会計の証拠を提示しましたところ、見捨てる選択をしたようですな」


「当然であろう。下手に庇い立てして、自身に疑いの目が向けられては叶わんからな。奴らも全員何かしら脛に傷を持つ者たちだ」


「仰る通りで。ところで尋問の準備はできておりますが、いかがされますか」



 頼みの綱である身内からも見限られ、既に尋問をする障害は取り払われている。

 局長にはカミッロがそこまで教団内で重要なポストに居たとは思えなかったが、ほんの僅かでも取っ掛かりとなるものが見つかればと、自ら尋問を行うことにした。



「我が自らやるとしよう。少佐は……そうだな、少佐にも同席してもらいたい。"色々と"頼みたいことがある」


「賜りました」



 発した意味深な言葉に対し少佐が頷くと、局長は自身の執務室から、尋問を行うために用意された部屋へと移動をした。





「ほ……本当に私は何も知らんのだ!」



 案の定というべきか、カミッロは教団においての地位はそれ程までに高くはなく、自身もそこまで信仰に厚いという訳でもなかった。

 教団が弱小勢力であるとはいえ、信者たちから金銭を集める要職に就けば、美味しい思いが出来るであろうと考えたようだ。

 そのための実績作りとして、自身の立場を利用し色々と情報を流していたと証言した。



「では貴様は教団内で出世するためだけに、あの娘の身に危険が及ぶと知りながら、情報を流した訳だな?」


「い……命に関わるような事になるだなどと、予想していなかったのだ」


「いったいどこから話を仕入れたのかは知らんが、貴様はあの少女がどういう存在であるかは知っていたのであろう。ならばその重要性くらいは理解していように」



 普通であれば極秘事項に含まれるシルヴィアらの情報は、本来カミッロの立場では触れる事のできぬもの。

 ならばそれを教えた者が存在するはずであり、そこを突きとめるのもまた情報局の役割となる。



「それで……? その情報はどうやって、誰から聞いたのだ?」


「そ、それは……」



 渋るカミッロから根気よく問い詰め聞き出すと、漏らした人物は内務府の高官である一人の人物と判明する。

 こちらは有益な情報を得るために金銭をばら撒いていたカミッロに釣られ、金銭に目が眩んだ結果として流したようであった。


 半分カミッロへの関心を失い始めていた局長は、これを今後の切り札として持っておくべきか、それとも早めに処理しておくべきかと考える。

 しかしその前に、カミッロから聞いておくべきことがあるのを思い出す。



「ではこれで最後の質問だ。司教が神判の聖水と呼んでいた薬品、その出所に心当たりは?」


「……」



 口を噤むカミッロの様子に、おやと思う。

 何がしかを知っているだなどと、局長や少佐は期待すらしていなかった。

 だがこれは念の為に聞いておいて、正解だったのかもしれない。



「何か知っているようだな、言わねば解放はないぞ?」


「言えば……全て聞き出せばどうせ殺すのだろう!?」


「何故そう思うのだ?」


「お前たちはそういう存在だ……用が済んだら切り捨てる」



 カミッロは若干興奮し始めている。

 これまで失敗することなど考えてはおらず、もし万が一掴まっても身内である貴族が助けてくれると盲信していた。

 だがその身内と信じた者たちに見捨てられ、後ろ盾を無くした今となっては、頼りなくも自身の持つ数少ない情報こそが命綱となっているようだ。



「そのような事はせぬよ……」


「信用できん!」


「貴様から信用などといった言葉が出るとは意外ではあるが、今は我を信じてはくれないか? 確かに貴様は我々を裏切った。だがこれまでは曲がりなりにも仲間であったのだ、正直に話せば命は保障しようではないか」



 まだ信じることができないのか、カミッロは鼻息荒くジッと局長と少佐を睨みつける。

 もうひと押しが必要であろうと、局長はそのまま言葉を継いでいく。



「誓おうではないか。我の情報局局長としての立場を賭けて。それで足りないならば……」



 局長は一呼吸置き、静かに告げる。



「第四王女デルフィーナ・カノーヴァの名において誓おうではないか、貴様の生命に対する保障をな」



 その言葉を聞いたカミッロは、しばし迷うかのように視線を泳がせると、観念したかのようにポツリポツリと語り始めた。

 デルフィーナと少佐は、それをただ黙って聞き続ける。

 当初は想像だにしていなかったが、カミッロは予想よりもずっと有益な情報を手にしていたようで、十分と言えるものを得られた。





「これで知っている事は全てだ……」



 しばらく話続けると、全てを語り終えたのかカミッロは顔を上げ問いかける。



「そうか、よく勇気をもって話してくれたな」


「全て話したのだ、私を助けてくれるのだろう!?」



 椅子から立ち上がり問い詰めるように近づこうとするカミッロに向け、デルフィーナは穏やかな笑顔を向ける。



「ああ、勿論助けてやるとも。全て話してくれたのだ、ゆっくり休むといい」



 告げられた言葉に安堵したのか、瞼を閉じホッと胸を撫で下ろすカミッロ。

 その眼前を、室内の明かりによって鈍く光る一筋の線が降りていく。

 それは素早くカミッロの首へと巻きついていき、カミッロが異常に気付いた時には、既に首を締め上げ身体を浮かせていた。


 背後に立っていた少佐は年齢を感じさせぬ力で、不摂生により肥え太ったカミッロの身体を、首に巻き付けた鋼線一本で吊り上げる。

 カミッロも振りほどこうともがくが、その手は空を切り、巻き付いた鋼線は強く食い込み指の入る隙間すらない。



「ご苦労であった、カミッロ元副長。これは僅かではあるが、情報によって貢献してくれた貴様に対する、我からの手向けだ。受け取るがよい」



 穏やかな表情を湛えたまま、デルフィーナは語りかける。

 しかしカミッロは既にそれを理解する余裕もなく、顔の色を激しく変色させその抵抗も弱々しいものとなっていた。

 徐々にその抵抗する動きを小さくなり、ガックリと力が抜けたかと思うと、半開きになった口からだらしなく舌が垂れ下がる。


 絶命を見届けた少佐が鋼線から手を離すと、カミッロと呼ばれる者であった身体は、床へと崩れ落ちる。



「相変わらず息を吐くように嘘をつかれる御方だ」


「当然であろう、我を誰だと思っている? 嘘と策謀を常として生きるのが、情報局局長の役割なのだよ」


「恐ろしい役回りですな、私は御免被ります」


「それは残念だ。なかなか我の後任が見つかりそうもないのが目下の悩みと言える」



 変わらず柔らかな表情を浮かべたまま語るその姿に、少佐は背筋が寒くなるのを感じた。

 まだ三十路にも届いてはいないであろう女性が、ここまで冷酷に役割をこなそうとする様は、身近に手を貸す者からしても畏怖の感情を抱くものだ。



「さて、これはどうするべきであろうかな? 少佐兼暫定副長代理」


「無難なところでは、未来を儚んで自害……といったところでしょうか?」


「ではそれでいこう。処理と通告は任せたぞ、少佐兼暫定副長代理」


「……なんですかその呼び名は。まさか気に入られたのですか?」



 ニカリと年齢にしては幼い笑みを浮かべ「良いであろう? 今考えた」と言い陽気そうに笑うデルフィーナ。



「私にはわからぬセンスですな」


「そうか? この無駄に堅苦しそうで、これといった意味がなさ気なうえに語呂が悪い。そこが良いのだよ」



 少佐はため息をつき足元を見やる。

 今しがた殺害したばかりの相手を前に、このような冗談に興じる。

 そういった状況を平然と行ってしまう自身と目の前に居る女性は、既にどこか壊れてしまっているのだろうと、そう思えてならなかった。

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