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教会内で行われている戦闘は、既に鎮圧とは名ばかりのものと成り果てている。
それをあえて形容するならば、殺し合い。
信者たちの狂ったかのような攻撃に押されていた騎士団は、致し方なく不殺を諦めざるをえず、刃の付いた武器へと使用を切り替えている。
当然これまでは打撲で済んでいた信者たちも、その身を次々に床へと崩していく。
刺され、抉られ。
あるいは切り落とすという行為の末に、礼拝堂の床は一面の流血に覆われる状況となっていた。
「負傷した者は一旦さがれ! 周りは援護しろ!」
床に溜まった血に足を滑らせ、その隙に攻撃を受けた騎士たちも一人や二人ではない。
次々に負傷していく者たちを下がらせたため、騎士たちはその数を最初よりもだいぶ減らしていた。
比較的軽傷な者は、応急処置をしてから戦線に復帰させるのだが、それでもやはり減るペースの方が遥かに早い。
もっとも、対峙する信者たちの足元に転がる死体の数はその比ではないが。
さらにその奥に居る信者も、若干名ではあるが倒れている者が居る。
おそらくは適当に振り回される武器に巻き込まれ、同士討ちでもしたのであろう。
床に倒れ笑顔のまま絶命した老人や女、エルフの青年。
切り落とされ転がっている、元は一つであっただろう身体の一部。
それら倒れた信者たちの武器を拾い、笑みを浮かべたまま再度攻撃を仕掛けてくる信者たち。
そのあまりにも常軌を逸した姿に、騎士たちがその戦意を徐々に下げていくのを、グレゴールは感じていた。
「次だ! 番え!」
だがここで怯んで引く訳にはいくまい。
切り結ぶ騎士たちの後方に控える、クロスボウを構えた数人の騎士へ向けて声を張り上げる。
その声を聞くのが早いか、騎士たちは次の矢を装填しいつでも発射出来る体勢へと移行していた。
グレゴール自身には、その流れる動作を眺める余裕などはない。
だが指示に従い行動する自身の部下たちの姿に、今の自身も含めこれではまるで戦場での戦いではないかと、そのような想いがよぎる。
「よし、下がるぞ! ……今だ、撃て!」
斜め後ろに飛び退り射線から離れると、後方でクロスボウを構える騎士たちが一斉にその矢を放つ。
幾本もの矢に次々と高速で射られ、信者たちの腹や足に、あるいは頭部に突き刺さっていく。
矢を受け絶命したであろう信者たちは、それまで見せていた力を失い、一人二人と血の海へ崩れ落ちていった。
水面に倒れ込むのとは異なる、粘度を感じさせるようなビチャリとした音が癇に障る。
「急ぎ次の矢を装填、待機せよ」
罪のない少女を略取し抵抗をする時点で、彼らを既に罪のない一般市民ではない。
それを悪であると断じるのは、騎士としては決して間違ったものではないのであろう。
しかしこの信者たちは、自らの意思でそれを行ったようには見えなかった。
グレゴールには何がしかの要因によって身体を操られている、或いはそう思考するように仕向けられているように思えてならない。
グレゴール自身は、少女を救出することに異論などありはしないし、ある程度の犠牲が出る覚悟は持っていた。
しかし救出するために、敵味方どれだけの血を流す破目になるのであろうか、と迷いを生じさせるほどに、教会内に広がる光景は凄惨を極めていた。
再び剣を携え、グレゴールは前へと出た。
後方の騎士たちは、既に次に放つ矢を番い終えようとしている。。
このやり方は、数年前に収穫祭で見た軍の演習で行われていたのと同じやり方を、即興で真似したものだ。
騎士としてはそういった形の戦い方をする機会など、そうそう訪れるものではないため、このような訓練はしたことがない。
見よう見真似のぶっつけ本番だ。
それでもそれなりに様になっているのは、日頃の訓練による練度の高さ故であろうか。
「撃てぃ!」
ある程度切り結び、矢の準備が完全に終えているであろう事を確認し指示を叫ぶ。
射線から離れるべく下がり、それを追い走る数人の信者たちに向けて次の矢が放たれた。
これで更に多くが沈黙していくであろう。グレゴールはそう考えていた。
だが撃ち終えたあとに残った光景に絶句する。
確かに多くの信者は血の海に沈んでいる。
しかしその中の一人、まだ少年と言える信者が、倒れた老人の骸を持ち上げ、放たれた矢からの盾としながら突進を続けていた。
これまでの思考らしい思考を感じさせぬ突進とは異なる、ある種考えられた戦闘行為。
だが骸の影からチラリと見える少年の顔は……他と同様に目の焦点定まらず、口の両端が釣り上がり笑みとなっている。
その姿に多くの騎士たちは戦慄し、恐怖した。
それは焦りからくるものではない、ここの奥底から沸き起こる、本能的な恐怖を。
グレゴールもそれは例外ではなく、迫りくる少年に向け、咄嗟に腰の後ろに据えていた矢の番えられたクロスボウを構え、無意識のうちに矢を放つ。
勢いよく放たれた矢はそのまま真っ直ぐに少年へと飛び、その澱んだ瞳は真正面に、自身へと迫る矢の軌道を映していた。
▽
上官の男は礼拝堂内部で行われる戦闘を、崩れた外壁の隙間から窺っていた。
既に戦況は悪化し、騎士団は手にした武器を刃の付いた物へと持ち替えている。
隙間からは鉄分を感じる不快な臭いが漏れ、事態は当初の予想とは大きく異なり、混迷の度合いを深めていることを実感させた。
「いかがいたしますか、中尉」
部下の一人から小声で問いかけられる。
どうするもこうするもなく、このような状況だ。
今さら騎士に加勢をしようとしても、余計な混乱を招くだけであった。
「連中も苦戦してはいるが、手助けは要らんだろう」
「よろしいのですか?」
「構わん。それに無理に参戦しようものなら、逆に状況が悪化しかねん。我らの戦闘能力では足手まといになるぞ。……多少の援護はするがな」
そう言うと、手にした投擲用ナイフを隙間から器用に投げ込む。
それは鋭く回転しながら、後方に立っていた信者の背へと突き刺さり、崩れ落ちた。
本来ならば気付くはずである他の信者たちは、その様子をまるで気にする素振りもない。
この時点で、信者たちが常軌を逸した精神であることは容易に想像がつく。
「気味の悪い連中ですね……人というよりもまるで人形だ」
「そうだな……っと」
そこで背後に新しく人が近づいたのに気付く。
他の部下たちと同様に振り返ると、そこに現れたのは、立ち塞がった竜種の対処を任せた少尉の姿。
暗がりの中ではあるが、そのローブにべったりと血液が付着しているのが見て取れる。
その量から激しい戦闘を行い、おそらく相手を殺害したであろうことは想像に難くない。
「少尉か、ご苦労だった」
「……はい、なんとか処理できました」
少尉と同じく、対処を任せた軍曹の姿が見えない。
そのことには上官の男を始め、他の構成員達も振り向いてすぐに気が付いていた。
夥しい血の跡、そして減った人員。
説明を求めるまでもなく、つまりはそういう事なのであろうと誰もが理解する。
「似ていますね……」
「何がだ?」
上官の男は、似ていると呟いた少尉にそう問いかける。
少尉は隙間から見える信者たちを指さしながら、「遭遇した敵とです」と返す。
「少々雰囲気は違いますが、痛みを感じている様子がないことや、思考して行動しているとは思えない点が……」
そう答える少尉の表情には微かに苦汁の色が滲む。
その心中には先程の戦闘を思い返し、自身が行った対処の仕方に対する後悔や懺悔の念が渦巻いているようであった。
「調べる必要はあるだろうな……。だがまずは対象の保護が先決だ。少尉、いけるな?」
「……はい」
平時であれば、多少の慰めや気遣いがあってもいい、だが今は作戦中だ。
上官の男はあえて少尉を突き放す。
今はあえてそうした方が、少尉自身も気が楽であろうという考えもあって。
「手分けをするぞ。少尉、お前は私と来い。お前たちは外周に沿って探せ、他は周囲の警戒と信者連中を探れ」
「了解」
指示に従い構成員たちは各自役割を果たすべく散らばる。
上官の男は全身を血に染めた少尉を一瞥し、静かに視線を上へと遣ると告げる。
「我々は……この塔だ」




