09
騎士団の庁舎内。
板張りの通路を、第二師団長グレゴールとその副官は、紙の束を持ち早足で進んでいた。
庁舎で雑務をこなしていると、唐突に騎士団長から呼び出され、急な作戦を命じられたためであった。
既に同師団に所属する、他の団員達には召集がかかっている。
あとは装備を整えて、軍からもたらされた情報をもとに行動すればいい。
だが既に日は落ち始めている、急がなければならないだろう、とグレゴールは考えた。
控室の扉を開き中へと入ると、既に部下の団員たちは揃って椅子に座っていた。
折角の祭り期間中であるというのに、各々家族とのひと時を切り上げてまで集まってくれていた。
グレゴールは申し訳ないという気持ちと共に、これも騎士団の務めかと諦める。
なにより、自身も家族とは過ごせずにいるのだから。
眼前の部下たちはその種族も様々で、最も多いのは人種ではあるが、中にはエルフや獣人などの亜人と呼ばれる者たちも混ざっている。
どこよりも実力主義である第二師団は、雑多な種族による混成部隊でもあった。
「急な招集で済まぬな。とりあえず資料を配るから目を通すように」
グレゴールの姿を見て、立ち上がり敬礼をしようとする部下たちをジェスチャーで抑える。
控室の壁に据えられた板に、持ってきた紙の内一枚を打ち付け、残りを団員たちに配った。
描かれているのは、作戦場所の大まかな地図と概要だ。
団員たちは既に、作戦用の装備へと着替えている。
普段は制服として、一般の騎士たち同様に統一された青味がかった金属鎧を身に纏っている。
だが今はそれとは異なり、全員が黒く染められた軽装の硬革鎧を身に着けていた。
戦争をするのではないのだ、あんな重く動きにくい鎧などを来て戦う訳にはいかない。
騎士の象徴とも言える金属の鎧には、現在ではシンボルとしての意味合いしかなかった。
「ではこれより説明をする」
そう言い団員たちを見回し一呼吸置く。
「本日午前、演習会場付近にて貴族の令嬢一名の略取が確認された。既に実行勢力の正体と所在地は判明している。我々の任務は可及的速やかに当該勢力を障害を排除し、少女を救出することにある」
そう告げながら、グレゴールは約半年前に従事した作戦を思い出す。
その時は鎧を着替える暇もなく出動せねばならず、山の中を極力音を抑えながら進むのに難儀した。
そこで奪い返した荷と呼ばれた娘と、その数日後に自宅で再会したのには驚いた。
もっとも、向こうは一切を覚えてはいなかったが。
団員たちを見ると平静を保ってはいるが、「勢力」という言葉が引っかかったのであろうか、次に継ぐ言葉を待っているようだ。
「略取を行ったのは教団だ。確かお前たちの中には、信仰している者は居なかったはずだな」
この点に関しては既に確認が取れている。
そもそもが弱小勢力の類とも言える、新興の団体であり、そこまで人が多い訳ではない。
もし仮に団員の中に居たとすれば、そもそも作戦に参加はさせなかったであろう。
「抵抗は予想されるが、護衛を雇った形跡はない。基本的に相手は一般の信者たちだ、通常装備と共に、非殺傷武器を携行せよ」
団員の一人が挙手するのを確認し、グレゴールは発言を許可する。
「可能な限り拘束するという事でしょうか?」
「そうだ。急を要する事態ではあるが、無闇に死人を増やす必要もあるまい。状況次第ではあるが可能な限り捕縛で済ませるべきだろう」
騎士団の第二師団が使う主な装備は、クロスボウと中剣。
そこに状況次第で投げ槍などの投擲武器が含まれることもあるが、それらは滅多に使われることはない。
加えて、鎮圧用に使用される非殺傷武器である鉄の棒。
だが非殺傷の武器とはいえ鉄の塊だ、当たり所が悪ければ当然そういった結果にはなるが。
「では作戦の詳細だが……オッターヴィオ、頼む」
グレゴールは脇に控える自身の副官へと説明を任せる。
こういった説明事は自身でやるよりも、要点を纏めて人に説明するのが上手い彼にやらせた方がスムーズであると考えていた。
オッターヴィオと呼ばれた副官は小さく頷くと、配られた紙に描かれた地図や、把握されている信者たちの数が記載された情報をもとに説明を始める。
この地図や情報は、騎士団長の話では軍からもたらされたものだという事であった。
すぐにこの様な物が用意されているあたり、軍は教団もしくは略取された少女のどちらか、あるいは双方を監視していたのであろうと、グレゴールは考えていた。
「(軍には諜報を受け持つ部隊があるとは聞いているが……)」
そういった組織が存在するという情報は、一定以上の地位にある者たちであれば知ることはできた。
もちろんその規模や、構成員に関するものは表には出てこない。
だが大陸中の様々な組織へと潜り込み、情報を得ているという噂は真しやかに囁かれている。
以前に食堂で第一師団長と会話をした時にも、騎士団内部にも一人くらいは居るかも知れないと、冗談交じりに話したこともあった。
軍は情報を掴んでいるのだ、自分たちで救出すればいいだろうにと思うも、今頃は演習も佳境に入っている頃だ。
まともに部隊を割くことができなかったのであろうと考える。
「作戦は以上だ。何か質問は」
オッターヴィオが説明を終えそう問うと、騎士たちを見回す。
騎士たちは正面に立つオッターヴィオを見るのみで、これといった反応を示さないので、質問はないのであろう。
「無いな。では師団長」
「ああ。お前たち、約半年ぶりの実戦だ。腕は錆びついていないであろうな?」
騎士たちが静かに頷くのを確認し、満足気にグレゴールは笑み、声を発す。
「では出陣だ……!」
▽
城郭都市である王都の、外周に聳える城壁。
その東門で警備を担当している兵士は、少し前から幾ばくかの荷物を背負った数人の男女が、街の外に出ていくのを確認していた。
祭り最終日の今日、演習の見学をするのであれば、南門から出るのが普通だ。
それに昼前から始まった演習は、そろそろ終わりが近い。そういった目的ではないのであろう。
日の落ちかけた時間に街から出てどこへ行くのかと尋ねると、皆揃って演習の片づけをする手伝いに呼ばれていると答える。
東門から出るなど不自然だとは思いつつも、それなりに広域で行われる行事だ。
こちらから出る理由も存在するのであろうと、半ば強引に納得する。
今年この兵士は演習ではなく警備に回されたが、これまではずっと演習に参加をしていた。
例年演習後はそのまま宿舎に戻り、打ち上げで深夜まで飲んでいたのだが、自分たちが使った後始末をしてくれている人たちの存在など知りもしなかった。
自分たちが飲んだくれている間に、苦労してくれる存在に兵士は頭が下がる思いがする。
この後交代で呼ばれるであろう打ち上げでも、痛飲せぬよう内心で誓いながら、彼らを送り出していた。
東門から出て少し歩いた場所に在る森の中。
街道から藪を分け入ってすぐの場所に、十人ほどの男女が身を潜めていた。
皆揃って濃紺のローブを身に纏っており、その風体は教団信者たちとまるで同じものだ。
一足先に夜の闇に支配され始めた森の中で、男女は灯りも使わず暗がりに溶け込むように、静かに言葉を交わす。
「これで全員か」
そう言葉に出した男の声には、若干渋いものが混じる。
想定していたよりも人数が少なかったことによる落胆の色だ。
「これ以上は割けないと事でして……」
そう答えたのは、少尉と呼ばれた女。
今は下された命令によって、騎士団とは別に救出のために動いている。
今着ているのは、教団の監視を始めて以降、いつか使う日が来るかもしれないと一応用意された、変装用のローブだ。
「そうだな、わかっている。元々が少ない人数だ、上手くやり繰りせねばならんか」
元々軍全体の数と比べれば、情報局に所属する構成員の数は微々たるものだ。
せいぜいが百人にも満たぬ程度。
それも平時は大陸の各地に散らばり、王都に常駐しているのはその中で三十人ほど。
そこから更に"裏切り者"の拘束に向かう人員を考えれば、直接任務へと従事できる人数は、これが精一杯なのであろう。
「大尉はどうされた?」
男は少尉に問いかける。
少尉と共に情報の収集を行ったとされる人物のことであろう。
その姿が見当たらないため、訝しんだようであった。
「追加で新たな情報が確認できれば、合流されるとのことで。無ければ既に教団信者に変装し、潜入していると思われます」
「そうか。相変わらず我々の数歩先を行く方だ」
上官の男はふっと浅い笑みをこぼす。
だが一瞬だけ漏れた笑みをすぐさま打ち消すと、他の構成員たちに視線を向け「装備を確認しろ」と告げた。
その言葉に従い構成員たちが濃紺のローブを捲ると、その下から見えたのはいくつかの武器。
八本程の小振りな投擲用ナイフに、筒の表面を黒く塗り潰した吹き矢、そして同じく黒塗りの大振りなククリナイフ。
普段は周囲に要らぬ疑いを掛けられぬよう、あまり武器を携行しない構成員たちであったが、その立場は軍人に他ならない。
いざとなれば戦う術は持っているし、そのための準備はできている。
だが何も面と向かって正々堂々と戦う必要はない。
まずは信者たちに紛れ込み、騎士団の攻撃に乗じて撹乱してやればよい。
あくまで目的は救出だ。場が混乱してる間に、対象の救出を敢行する。
場合によっては自ら武器を持って戦うことはあるのだろうが、相手は訓練もろくに受けていない一般市民なうえに、武器も包丁や手製の槍といったものが殆どであるという情報を受けていた。
「油断さえしなければ、信者たちは問題はない。オークや竜種といった存在は厄介になりえるが」
高い身体能力を持つオークや竜種の存在が、一人ずつ確認されていた。
そこをなんとか対処できればよいだろう。
場合によっては騎士団に押し付けてしまうという手もあった。
「では行こうか諸君。久方ぶりに武器を握るが、気を抜くなよ」




