02
「バルトロは今日も朝帰りか……?」
朝食の席、シルヴィアはアウグストをジッと見つめ問いかけた。
その声にはどこか棘があるようでもあり、呆れが混じっているようでもある。
「だろうな。昨夜俺が帰る時もまだ飲んでたし、そのまま酒場で潰れてるんじゃねえか?」
パンを噛み千切りながら、綽々と答えるアウグストから悪びれた様子は感じられない。
バルトロと呼ばれた人物は、今現在この屋敷に暮らす新しい住人だ。
つまりは唯香の後任として、新しく召喚された人物となる。
ただ今度の人物はシルヴィアや唯香と異なり、身体と精神が共に男性のドワーフとして召喚されていた。
バルトロは最初こそ戸惑い悲観していたものの、十日もすればすっかり慣れてしまったのであろう。
元来が軽薄というか、いわゆる"チャラい"性格であったようで、トリシアやシルヴィアへとちょっかいをかけてくるようになった。
トリシアはともかくとして、シルヴィアに対しては中身が男であると知りながら。
もっともトリシアの好みはもっと誠実な男性であり、シルヴィアはそもそも男に興味などありはしない。
従って双方から相手してはもらえず、早々に諦めたのか毎日市街区へと遊びに行き、酒場へと入り浸っている。
「無理やりにでも連れ帰ってくれてもいいと思うけどね、私は」
この世界における春の始めに召喚されてから、それなりの時間が経過し季節は既に秋。
執事のブランドンに幾度となく窘められ、シルヴィアは自身を"私"と呼ぶのにも、だいぶ慣れてきていた。
もっとも、時折元々の癖である"俺"という呼び方が顔を出してしまうのは、ご愛嬌と言えるのであろう。
交流を深めるにつれ、仲間内での会話もだいぶ気楽になってきていた。
これまでよりもずっと親しげな口調となり、軽口を叩きあえる程度には。
「あいつだっていい大人なんだ、もし失敗したら自分で責任くらい取るだろ」
「いや、私は窃盗とかそういう被害にあったりしないかと心配して……って、失敗したら責任ってなんの話だ?」
「そりゃお前、男が責任っつったらアレだろ。アレ」
「ああ、なるほど……」
どうやらバルトロは市街区へと、酒だけを楽しみに通っているようではなさそうだ。
酒と一緒にとある遊びにも耽っているようであり、その奔放ぶりにシルヴィアは朝から頭を抱える。
唯香の後任として来た男は、良く言えば自由な人間。悪く言えば節操のない人間のようであった。
「まあいいじゃねえか。お前さんやトリシアにはもう手を出すのは諦めたんだろ? それにフィオネも眼中にねえみたいだし、外で遊ぶ分には問題はねえだろう」
「私やトリシアはともかくとして、フィオネに手を出そうとしたらさすがに追い出すっての……」
「フィオネのことよんだ?」
話しが理解できず食事に注力していたフィオネであったが、唐突に自身の名前を呼ばれたと思ったのだろう、首をかしげ問いかける。
だが流石に今話している内容を、子供にわかるよう説明する訳にもいくまい。
「ん、なんでもないよ。ほら口の周り拭いて」
シルヴィアは誤魔化すように、口のまわりへ付いたジャムを清潔なナフキンで拭き取る。
フィオネはずっとシルヴィアに対し、名前もしくはおねえちゃんと呼び続けている。
どちらかに統一せず、その時々の気分によって変えているようではあるが、シルヴィアは歳の離れた妹ができたような感覚で接していた。
懐いてきてくれているだけに可愛いし、守りたいと思う。
もしも仮に、バルトロがそういった趣味を持った男であったならば、問答無用で叩き出していたはずだ。
その程度にはこの幼い少女に対して、親愛の情を抱くまでになっていた。
朝食も終わり、淹れられたお茶をゆったりと飲んでいたシルヴィアへと、不意にハウから声がかかる。
「そういえばもう数日もしたら収穫祭ですが、貴女はなにか予定がありますか?」
「収穫祭か……私はとくに予定はないけど」
「でしたら祭の最終日にみんなで出かけませんか? アウグストは行くと言ってましたし、フィオネも勉強を休みにしてもらえるそうです」
「最終日に? 何か出し物でもあるのか?」
季節ごとに祭は行われているが、特に秋の収穫祭はその規模も大きく、三日間に渡って行われる。
シルヴィアはまだこの世界に来て一年も経っておらず、当然収穫祭に参加した経験もない。
折角なので行ってみても良いのであろうが、初日でも中日でもなく、最終日と指定されたことにシルヴィアは疑問を覚えた。
祭りの最終日など、最も込み合う日ではないのだろうか。
「秋の収穫祭は、最終日こそが本番と言ってもいいですからね」
「本番って、何があるんだ?」
「王都の南側に、開けた土地があるでしょう? あそこでは毎年収穫祭の最終日に、軍が二手に分かれて演習を行っているんです。かなり大きな規模で、祭りの目玉にもなっているんですよ。これのためだけに地方から出てくる人も居るくらいで」
「へぇ……」
この話について、シルヴィアは初耳であった。
収穫祭の存在を聞いてはいたが、想像していたのはせいぜいがご馳走を供されるといった程度のもの。
そういったイベントが存在するというのは、想像の範疇外であった。
戦争のない世界においては、軍にとって数少ない見せ場の一つなのであろう。
「でも目玉ってくらいなら、見物客でごった返してるんじゃないのか」
「確かに物凄い人出ですけどね。すぐそばにある丘の上なんて、観覧客と出店で例年ごった返しています。貴族や高官向けの観覧区域も用意されているので、僕らはゆったり見物できますけど」
それならば大丈夫であろうか。
この世界の文化や習慣への理解を深めるためにも、見に行ってみるの悪くはないと考える。
「それじゃあ……行ってみようかな」
「決まりですね。トリシアさん、一人追加です」
「かしこまりました。お弁当は大目に用意しておきますね。今年は大人数で行けるので楽しみです」
いつの間に背後へと立っていたのであろうか。
シルヴィアの後ろでニコリと笑顔を浮かべ、いそいそと厨房へと引っ込むトリシア。
食材の在庫でも確認しに行ったのであろう。
今年は大人数でと言ったということは、毎年のこれはこの屋敷での年中行事になっているようだ。
「昨年は行けませんでしたからね。貴女や唯香さんの前任者はご高齢でしたし、フィオネはまだこの世界に慣れていませんでしたから」
「それなら余計に楽しみだな」
「そうですね。こちらの世界で数少ない娯楽ですし、楽しみにしていてください」




